最終話 派遣悪役令嬢の恋
地下組織アストラの事件への捜査協力や諸々の手続きが終わって、わたし達が揃ってトビアスに帰ったのはそれから一週間後のことだった。ただルトガー様はパラディス商会社長として以外に、伯爵家の子息として各方面に説明に出向かなかければならなかったらしく、実はほとんど顔を合わせていない。
本来だったらルトガー様はこんな大規模な事件に首を突っ込んだりしなかっただろう。だけど今回自ら協力したのはわたしのお父さんがいたからだ。
パラディス卿にお叱りを受けたりしてないか心配だなあと思ったけど、大規模な事件の解決に協力したことで恩賞を得るらしいと聞いてほっとした。
今回のことでアストラの人間が多く捕まり留置所は大変なことになっているらしい。無理やり協力させられていたお父さんみたいな人達は釈放されているみたいだけど。イザークは国家反逆罪で裁判にかけられるらしい。その後どういう量刑が課されるのかはわからないけれど、きっと重い刑罰になるだろう。
また、事件を重く見て国王陛下は収入の少ない貴族への救済策や、長子優遇を改める政策、また貧しい人達の環境を改善する政策を考え始めているんだって。今後こんな事件が起こらないように。
お父さんと再会したお母さんは最初ぽかんと間の抜けた顔をしてたけどすぐに大粒の涙を流してぽかぽかと殴り続けた。表面上は怒ったりしていたけどお母さんだってお父さんに会いたかったんだよね。まだお母さんは入院しているけれど、ずいぶん元気になって借金の形に取られた家は帰してもらえたのでそちらに近く引っ越す予定だ。本当にルトガー様には感謝しかない。
アリアナ嬢のその後の話も少しだけ聞いた。聖女の話が嘘だとばれて王都では大顰蹙だとか。今はフェティス辺境伯の領地のお屋敷に引きこもっているらしい。いくら気を引きたいからって無茶なことしなきゃよかったのにね。
「フローラ・リンク」
「はい」
そしてわたしは今パラディス邸内にある、ルトガー様の執務室にいた。机を挟んで立っているわたしに一枚の紙を差し出される。
「お前の父親は詐欺事件の被害者だ。あの借金はフリーダ家へ請求することになった。……つまりフローラ、お前ももう自由の身ということだ」
執務室の机の上にルトガー様が差し出したのは半年前にサインした雇用契約書だった。ルトガー様は何を考えているかわからない顔をしている。雇用契約書を手に取ってしみじみと眺めてしまう。これにサインした日から半年の派遣悪役令嬢生活が始まったんだ。
華やかなドレスを着て、きつめの化粧をして、おーほっほっほなんて高笑いしてたくさんの人達の恋模様を見てきた。いやあ、本当に色々あったなあ。もう今日からは悪役令嬢になって断罪されることもないしルトガー様にこき使われることもない。
ぼんやりそんなことを考えていたらルトガー様が立ちあがった。
「では、これでこの契約は終わったということになる」
「え」
そんなあっさり?
思わずわたしは声を上げてしまった。
「あ、あの、ルトガー様はわたしが辞めちゃっても平気ですか?」
一体何言ってるんだろうって感じだったけれど、つい言ってしまった。だって本当にこのままでいいの? っって思ってしまったから。
ルトガー様がわたしの目の前に立つ。相変わらずの威圧的な顔だけどわたしも負けじと見つめ返した。
「そうではない。これで一旦俺達は対等だということだ」
「対等……?」
どういうことだろう?
まあ確かに上司と部下ではなくなるんだろうけど……。
首をかしげるわたしをルトガー様はまっすぐと見つめていた。
「フローラ・リンク。お前に交際を申し込む」
ん?
んん?
えっと……?
堂々とえらっそうに腕を組んだルトガー様の言葉にわたしは首を傾げたまま固まって……。
「ムードが無さ過ぎませんか!?」
「む……」
いやいくらなんでもこれはないでしょ。そりゃわたしは恋とか愛とか疎いけどこれが無しだということはわかるよ。これが悪役令嬢派遣してる会社の代表のやることですか?
思わず駄目出ししてしまったら、ルトガー様はめずらしくちょっと焦った様子で眉間に皺を寄せていた。
「何が問題だ。立場上、上司が部下に迫るのはよろしくないから一度は対等の関係になってから言ったつもりだが」
「そういうことじゃないですよ! もー!!」
わたしはばしりと雇用契約書をルトガー様の胸につき返した。
「普通に言ってくださいよ。そうすればわたしだって……」
わたしだって……?
そこでわたしは固まった。顔がどんどん熱くなるのがわかる。あまりの酷さに思わず怒ってしまったけれど、だって、わたしに交際を申し込むって、それってつまり……。
ルトガー様がわたしの手をそっと掴む。
「フローラ、おまえのことが好きだ」
「ひぇ……!」
至近距離でまっすぐに告げられて、急に心臓がドキドキしてきた。なんだかんだルトガー様も綺麗で整った顔をしている。紫の綺麗な瞳が動揺するわたしを映していた。
……ルトガー様の手、大きいな。
いつもわたしを助けてくれる手だ。
最初は怖くて何考えてるのかわからなくて苦手だったけれど、今は側にいると安心してしまう。……ずるいよなあ。あんなに守ってくれたら好きになってしまうに決まってるじゃないか。
なんだかおもしろくなくて往生際悪く抵抗してしまう。
「で、でもわたしは平民ですし」
「身分のことなど気にせんでいい。誰にも口は出させない」
「そそっかしいですし、結構抜けてるところがあるし」
「そんなことは最初からわかっている」
「ほら、こんな地味だし綺麗でもないですし」
「十分可愛いが?」
「え!?」
びっくりして顔を上げたらルトガー様もちょっと赤くなっていた。むすっとした顔で一度息を吐いたルトガー様がぎっと睨みつけてくる。それは愛の告白をしてる人がする顔じゃないよ。どちらかといえば悪役のする顔では?
「フローラ、簡潔に答えろ」
「す、好きです! わたしも、ルトガー様が好きで……わ!?」
その瞬間、掴んでいた手を引かれてルトガー様に抱きしめられた。
ああもう、本当にずるいなあ。
そう思いながらも、わたしもルトガー様の背に手をまわした。
だって結局、わたしも彼が好きになってしまったんだから。
派遣悪役令嬢にもようやく真実の恋が舞い降りたみたい。
そして、晴れて恋人同士となったわたし達だけどまずは伝えておきたいことがあった。わたしはルトガー様から渡された雇用契約書をそのまま差し戻した。
「ルトガー様、自由の身だと言うならわたしはここで働きたいです」
「……悪役令嬢を続けるというのか?」
「はい」
怪訝な顔をするルトガー様にわたしはしっかりと頷いた。
「最初は借金を返すために始めた仕事でした。だけど今はこの仕事が結構気に入っているんです」
お父さんは失踪してしまいお母さんは病気で多額の借金が突如降りかかったあの日。内容もろくに知らされず飛び込んだ悪役令嬢の仕事。最初はわけがわからなかったけど、続けていくうちに自分なりにやりがいをみつけていた。
「人と人を結びつけることができる素敵な仕事じゃないですか」
「……そうか」
悪役令嬢の仕事は大変だ。普通の仕事みたいにマニュアルがあるわけじゃないし、自分を偽らなくちゃならないし、時には人から負の感情をぶつけられることだってたくさんある。だけどそんな悪役令嬢の存在がきっかけで結ばれる恋人たちもたくさんいる。
わたしの言葉を聞いたルトガー様の口元が少しだけ笑った気がした。
ルトガー様のお母様のような悲しい恋をする人が少しでも減ってくれればいい。それがきっとルトガー様の願いだ。だからわたしもその手伝いがしたいなと思っている。
「別に俺はかまわない。好きにしろ」
「はい、これからもよろしくおねがいします。社長」
仏頂面でコーヒーを飲むこの人は、顔は怖いし口調も厳しいけれどいつもわたしを助けてくれる優しい人だ。考えてみればわたしはいつもルトガー様に助けてもらってばかり。ルトガー様はパラディス商会にわたしが入る前から見守っていてくれたのにね。
だからわたしはそんな仕事はできるのにちょっと不器用なこの人をそばで支えたいなと思っているんだ。
「……そういえばルトガー様、わたしのことパラディス商会に入る前からご存じだったんですよね。カイル様に聞いたんですけど。どうして教えてくれなかったんですか?」
「ぶっ!?」
ふと思い出したことをなんとはなしに聞いてみたら珍しくルトガー様がコーヒーをむせて吹き出した。慌てて近くに遭った書類を避難させて机を拭いていたらげほごほせき込んでいたルトガー様が顔を上げた。
「大丈夫ですか?」
「だ……大丈夫だ。その、カイルから聞いたというのは」
「ああ、わたしが働いてたカフェにお忍びでお二人がいらっしゃってたっていう話です」
「そうか……」
どうしたんだろう? なんだか少し気まずそうに視線を逸らされた。ずっと黙ってたことを悪いと思ったのかな? 驚きはしたけど別に怒ってはいないんだけどな。
「……お前が気づいてないならそれでいいと思っていただけだ」
「教えてくれればよかったのに。どうしてあのカフェがお気に入りだったんですか? あ、あの店コーヒーが美味しくて評判だったから」
「違う」
「じゃあ、ランチについてたデザートのケーキですかね? あれも美味しいって人気で……」
「違う」
はあ、とため息をついて気まずそうに紫の瞳がこちらを見る。ちょっと意地悪し過ぎたかな。でもルトガー様も素直じゃなさすぎ。
「そろそろ、本当の理由を教えてください」
「……お前の顔を見に行っていた」
観念したように呟いたルトガー様の手が机を拭いていたわたしの手に重ねられる。ルトガー様はそっぽを向いていたけれど耳が赤くなっていた。思わずわたしも頬が熱くなってしまった。
でも、答えがちゃんと聞けて満足だ。
「悪役令嬢を続けるというならかまわない。ただし、今度はそう簡単には辞めさせてやれないぞ」
きゅ、とわたしの手に重ねられたルトガー様の手に力が籠る。
心臓の鼓動が早くなって煩いくらいだ。だけど、不思議と重ねられた手は温かくて嫌じゃなかった。彼の手にもう片方のわたしの手を重ねて笑う。
「もちろん、喜んで」
どんな依頼が来たってきっと大丈夫。
だって悪役令嬢のそばにはいつも、怖い顔をした頼りになる堅物上司がいるのだから。
これでお終いです。ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
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