18話 事件の真相
「くそ! こうなったら……!」
床に這いつくばってわたしを忌々しそうに睨みつけるイザークが懐に手を伸ばして、何かスイッチみたいな物を取り出した。
カイル様がすぐに奪おうとしたけれど、その前にイザークがスイッチを押してしまった。隣から伸びてきたルトガー様の腕がわたしを抱え込む。まさか爆弾!? ……と思ったのだけれど予想した衝撃は襲って来ない。
かちかち、かちかち、と乾いた空しい音だけが響いていた。
「な、なぜだ!? なんで爆発しない? ぐは!?」
「はい、大人しくしてね」
やっぱり爆弾をしかけてたんだ! ルトガー様の腕越しに覗くとカイル様にスイッチを奪われてさらに強く背中を圧迫されたイザークがカエルが潰れたような声で呻いた。
……良かったけど、でもどうして爆発しなかったんだろう?
屋敷には周辺で待機していた騎士団が一気に突入したらしい。王都にある他のアジトも一斉に突入することになっていて、今頃どこも一掃されているだろう。
煙で目が痛い中、わたしはなんとかお父さんの元まで急いだ。幸い騎士様に助けてもらったおかげでテーブルの陰に縛られたまま転がっていただけで、無傷みたいですごくホッとした。
「お父さん!」
「フローラ? どうしてそんな格好……」
「話はとりあえずここを出てからだ。さあ、立てるか?」
「え!? パラディス様……!?」
駆け寄ったわたしにお父さんはまだ混乱しているみたいだった。無理もないよね。地味な恰好しかしてこなかった娘が大変身してるんだから。そして反対側からルトガー様に声をかけられてビビっている。借金したまま行方をくらませちゃったからね。
「フローラ!」
「社長も! 無事でよかったあ」
騎士団が突入して大混乱の屋敷から、ルトガー様と一緒にお父さんを連れて玄関を出るとクルトとロッティが駆け寄ってきた。
まっすぐにロッティがわたしの胸に飛び込んできた。
「ロッティ! 無事でよかった! 何もされてない?」
「大丈夫……ごめん心配かけてしまって」
ロッティは屋敷の地下室に捕まっていたらしい。そこには他にも元貴族や下位貴族の人々が誘拐され閉じ込められていた。彼女たちが捕まっていた地下牢には天井付近に通気口があった。ロッティはこの仕事を始めたときに、カイル様から小型の狼煙を渡されたんだって。ポケットに入るサイズで紐を引っ張ると狼煙があがるの。もしもの時のためにと渡されたそれが役に立ったんだ。
見張りの目を盗んでロッティが上げた狼煙は無事クルトが見つけてくれた。
「カイル様とも打ち合わせて俺と他の数人の騎士団の人達が裏口から入ってロッティ達を助けたまでは良かったんだけどさ」
クルトは壁にいくつも沿っている線を見つけたらしい。爆弾の配線だとすぐにわかって、屋敷中の人目を盗みながらその線を切って周っていたんだって。だから爆発せずに済んだのね。それにしてもよく全部の配線を切れたなと思ったらそれはロッティが全てチェックしてくれていたからだった。
そうだった。ロッティは火薬技師の免許を取ってたんだっけ。まさかそれがこんなところで役に立つとは……。
心なしかちょっぴりどや顔をしているロッティが可愛い。
「社長その腕どうしたんですか? 手当をしないと」
「別に問題はない」
そうだった。屋敷内が大混乱で忘れていたけれど、ルトガー様の腕は真っ赤に染まったままだった。自分で応急処置したのかスカーフで止血してあるけど痛々しい。
慌てるクルトに相変わらずの涼しい顔でルトガー様が答えた。
「問題ないわけないじゃないですか! どうしてあんな無茶……」
わたしを庇ったせいでこんな怪我をして、たくさん守ってくれて。
大体本来であればルトガー様がそんな危険を冒す必要はなかったはずだ。パーティー会場のわたしを保護しに来る役目は他の誰かでも良かった。それなのに自分のところの社員だから、とわざわざ危険に飛び込んで。そんなことが頭の中を次々と過って行ったら、いつの間にかなぜか視界がぼやけていた。
あれ? どうしてだろう?
ルトガー様の背後ではイザークが連行されて屋敷から出てくるところだった。
お父さんも無事に帰って来て、ようやく終わったんだなと実感したら胸がいっぱいになってしまった。涙が次から次へと流れて止まらなくてこれじゃあ令嬢じゃなくてまるで子供みたいだ。ロッティやクルトが驚いていたけど止められない。
この半年ずっと本当は不安だったの。怖かったの。でも、いつもルトガー様は怖い顔でわたしを助けてくれた。
「……おまえはよくがんばった」
みっともなくグスグス泣くわたしの頭をルトガー様はいつまでも優しく撫でてくれた。
その後は大変だった。イザーク始め大勢のアストラの人間が騎士団に連行されていった。
わたしたちも今後しばらくは事情聴取されるみたいだから、まだ王都にいないといけないらしい。そろそろトビアスが恋しくなってきた。母にも父を会わせたいし。とは言っても父も今は王都の病院に念のため入院しているんだけどね。
「そうか……フローラには本当に苦労をかけてしまったな。お母さんにも」
「いいのよ。お父さんが無事でいてくれたんだもの」
「それにしても派遣悪役令嬢ってまた珍妙な仕事を……」
「それは言わないで」
イザーク・ルイス・フリーダは子爵家の三男坊、それも上二人とは母が違っていたため家庭内では不遇な扱いを受けていたらしい。同じ家族、兄弟ですら扱いが違うことに彼は納得ができなかった。そしてその不満は長子が優遇される貴族社会そのものに向かったようだった。
もちろん平民の家庭でだって長男が優遇されることはあるけど、やっぱり貴族社会のそれは絶対的に覆せない序列だった。
そして彼は仲間を集め始めた。力や財産を失くした没落貴族、貴族でも高位貴族に不満を持っている若者、貴族に恨みのある平民など色々だ。中にはだまし討ちに近い形で無理やり協力させられていた人達もいたみたい。そしてわたしのお父さんもアストラに巻き込まれた一人だ。
最初はトビアスで仕事を通じて知り合った知人が、一緒に店を持たないかと持ち掛けてきた。そうすれば少しは収入が増えて家族に楽をさせられると考えたお父さんはその申し出を受け、パラディス家から融資も受けたのだけど、途中から雲行きが怪しくなってきた。
知人はトビアスにアストラの支部を作りたかったみたいだ。だけど本当の理由を知る由もないお父さんはお金を渡してしまった。だけどその後、お父さんは知人が偶然アストラの人間と話している内容を聞いてしまって自分が地下犯罪組織に巻き込まれていることに気がついた。だから事業からは手を引くと告げたのだけど、すでに知りすぎていたお父さんはそのまま拘束されてしまったのだという。
半年間捕まっていたお父さんは大分痩せ細ってしまっていたけれど、それ以外は特に大きな問題はない様で2,3日で退院できそうだ。
「捕まってる間何度も協力しろって言われたけどはいと言わなくて良かったよ」
本当はアストラの人間は家族を人質にとってお父さんを脅迫する気だったみたい。だけどお父さんが失踪した直後に不審に思っていたルトガー様がわたしはパラディス商会へ、母は警備の厳重な病院へ入れてくれたおかげでわたし達親子の行方はわからなくなっていたんだって。
わたしを悪役令嬢にしたのも、本当に人手不足もあったらしいのだけど普段の地味な恰好とは似ても似つかない姿をさせておけば見つかりにくいだろうってことだったらしい。
ルトガー様は何も言わなかったけれど最初から父の失踪に事件性があると考えていたんだ。
本当にルトガー様には感謝してもしきれないくらいだ。
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