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17話 幸せかどうか決めるのは

「……これはこれはパラディス伯爵家庶子のルトガー殿。一体どこから入り込んだのか」


 顔を歪めて笑ったイザークの挑発するような言葉にルトガー様はぴくりとも反応しない。


「くだらない問答をするつもりはない。この屋敷はすでに騎士団に包囲されている。大人しく投降しろ」


 緊迫する広間でわたしは実は全然別のことを考えていた。

 パートナー? わたしがルトガー様のパートナー? え、一体どういうことだろう。……あ、そうか。ここはパーティー会場だもの。女性の参加者にはパートナーが必須よね。だからパートナーか! あーなるほどねー。

 顔はもちろん真顔のまま、ルトガー様が言った「これは俺のパートナーだ」という言葉にちょっと動揺していたんだ。我ながら場違いすぎる! こんなこと内心考えてたなんてばれたら絶対怒られそうだ。

 なんだか肩も抱かれたままで距離が近いし妙にどきどきしてしまう……。こういうの慣れてないから。

 

「……フローラ、君は父上がどうなってもいいということですか」

「ち、父もロッティも返してもらいます」


 さっと怒りを帯びて紅の深くなった瞳に睨まれて、我に返ったわたしは慌てて毅然と言い返した。

 わたしは決めたの。この半年以上ずっと共に過ごしてきたルトガー様や仲間達を信じるって。

 騎士団内にアストラの内通者がいることはすでにわかっていた。それがアントンさんだということも。そしてお父さんを人質にしている以上必ずイザークはわたしを誘い出そうとするはず。だからわたし達はそれを待っていたんだ。ロッティが攫われてしまったのは想定外だったけど……けど大丈夫。きっと今頃はカイル様の仲間に助け出されているはず。

 だから、この屋敷に連れて来られたふりをしてイザークや周囲の人々の注目を集めた。カイル様達騎士団が密かに屋敷を包囲するまでの間。


 イザークがちらりと視線を父に向ける。すると取り押さえていた男が父の首にナイフを突きつけた。


「ひっ」

「お父さん……!」

「フローラ、お父上を傷つけられたくなかったらこちらへ来てください」


 思わず叫んだわたしに一歩イザークが手を差し伸べて近づいてきた。わたし達の周囲を囲むようにアストラの人間達も少しずつ距離を詰めてくる。

 ぎゅう、とわたしの肩を掴むルトガー様の手に力が籠った。


「君はリンク家の姫だ。借金のために悪役令嬢なんて馬鹿げた仕事をする必用はないんだ。さあ、古き貴族の誇りを取り戻そう」

「残念だがこの娘は貴様にはやらん」


 まるでお父さんみたいな台詞だな。ルトガー様はわたしを片腕で抱えたまま宣言する。

 イザークはすっと赤い瞳を細めて表情を失くした。


「……ルトガー殿、君も貴族には恨みがあるだろう? 我々と共に来ないか」

「断る。貴様のやることに興味はない。俺には守らなければならないものがあるしな」


 ルトガー様の守らなければならないもの。

 きっとそれは家族とか、友人とか、会社とか従業員とか色々だろう。でも普通はみんなそうだよね。大切なものがたくさんあるから大変でも今の生活を投げ出したりできない。

 イザークはもしかしたらパラディス家の事情も知っていてルトガー様も引き入れられると思ったのかもしれない。だけどそれはあまりにも浅慮だ。

 ルトガー様が終始いつも通りだから緊張していたわたしもなんだか冷静になってきた。


「そうか、残念だよ」


 さっとイザークが手を上げる。それと同時にお父さんに向かってナイフが振り下ろされそうになった瞬間異変が起きた。

 お父さんを捕らえていたアストラの者達が数人、次々と床に倒れた。潜入していたカイル様の仲間だ!


「ちっ。貴様ら……!」

「さっきから言っているだろう。ここはもう騎士団に包囲されているんだ」

「平民や庶子の分際で偉そうに!」


 イザークが憎々し気に顔を歪ませてこちらを睨みつけてきた。所詮はそうやって人を見下して自分が優位に立ちたいだけなのね。

 だけどその手元にぎらりと光るナイフを見つけてわたしはとっさにルトガー様の前に出ようとした。だけどルトガー様の方が動くのが早い。こちらにナイフを持って飛び掛かってきたイザークからわたしを胸に抱き込んで庇って床に転がる。視界は一瞬で真っ暗になった。ぱん! と乾いた音が鳴ったのと、何か衝撃音、そしてくぐもった様な悲鳴が聞こえた。

 ようやくルトガー様の胸から顔を上げたときには周囲は煙が充満していた。そして周囲からガラスを割る音や人の叫び声が聞こえ始めた。わたしからは見えなかったけどルトガー様が煙幕弾を撃ったんだ。それ合図に騎士団が突入してきたんだ。


「怪我はないか」

「は、はい、わたしは大丈夫……って腕! 怪我してるじゃないですか!?」


 ルトガー様のわたしを抱えているのとは反対の腕が血まみれになっていた。

 イザークにやられたんだ! 止血! 止血しなきゃ!


「まだ周囲が騒がしいから少し大人しくしていろ」

「で、でも」


 怪我している当の本人がまったく気にしていない。結構な出血量でこっちが眩暈を起こしそうだ。と、ふとルトガー様越しに周囲を見ると床にイザークが蹲っていた。おそらく襲い掛かってきたときにルトガー様に反撃されたんだ。お腹に蹴りでもいれられたかな。

 ぎらぎらとした赤い憎しみのこもった瞳がこちらを見つめている。


「貴様ら……! どうしてだ。選ばれた存在になりたくないのか?」


 這いずって近づいてくる男に背筋がぞっとする。

 結局この人が一番血に囚われているのかもしれない。でもそんなの全然魅力的に感じない。わたしもルトガー様と同じ。どんなに大変でも派遣悪役令嬢なんて珍妙な仕事に就いていても、自分の大切なものがある世界で生きていくんだ。

 そのときふとイザークの側、テーブルの脚の影にナイフが落ちていることに気がついた。ぎらついたイザークの赤い目もそれを捕らえている。


「フローラ!?」

「はははっ……なめたマネを……!」


 咄嗟にルトガー様の腕からわたしは飛び出していた。イザークもその瞬間ナイフの存在に気がついた。彼の手がナイフを掴む寸前、わたしは思いきりナイフを遠くへと蹴る。乾いた音をたててナイフは回りながら床を滑って行った。

 それを見て激高したイザークがわたしの腕を強くつかんだ。ぞっとして振りほどこうとしたけど力じゃかなわない。


「来い! おい、そっちは動くなよ」

「離して!」

「……」


 ルトガー様を牽制しながらイザークはわたしを羽交い絞めにしようとする。このままじゃ人質にされてしまう。それじゃあただの足手まといじゃない。ただでさえ戦力になれないのに……!

 わたしのせいでルトガー様は動けない。

 腕をねじられて痛いし動きが制限されるしどうしたらいいの?

 そのとき懐にあった扇が揉み合っているうちに落ちそうになっていた。咄嗟にそれを自由な片手で広げて力任せにイザークの顔に叩きつけた。


「ぶ!? 貴様……ぐぁ!?」

「フローラ!!」


 顔面に扇が当たったイザークの腕が一瞬緩んだ隙にルトガー様に強い力で抱き寄せられた。

 それと煙幕から飛び出してきたカイル様がイザークを取り押さえたのはほぼ同時だった。


「大人しくしろ!!」

「没落した平民の小娘が……!」

「ええ、そうですよ。だけどそれがなに?」

「そこの貴族に借金の肩にこき使われて不満じゃないのか? もっとやりたいこともあるだろう? 幸せになりたくないのか」

「いい加減黙れ」


 ルトガー様が鬼のような形相でイザークとわたしの間に入る。でもわたしはそっとルトガー様の腕を押して首を横に振った。

 大丈夫。


「わたしは、ルトガー様に感謝しています。まあ確かにこき使われてはいるけど、でもあなたが思っているよりずっと楽しくこの”ばかげた仕事”をやっています」


 派遣悪役令嬢の仕事を始めたことでわたしは今まで知らなかった色々な世界を見ることができた。そりゃあ大変なことの方が多いけど、本来であれば言葉を交わすこともないような人達とも話ができたし、何組かのカップルが結ばれるところを見てきた。

 ……それにね、ルトガー様や仲間達と出会えた。


「お給料はちゃんともらええるし、お母さんは病院に入れてもらえたし、職場の仲間はみんないい人達だし、わたしは幸せだなって思ってますよ」


 もちろんわたしと同じ境遇でも不幸だと嘆く人もいるだろう。でも感じ方は人それぞれだから。イザークを取り押さえるため背中に座ったカイル様が笑っていた。ルトガー様は少しむくれた顔でわたしの隣で黙って立っている。


「わたしが幸せかどうか決めるのはわたしです。だから平民でも悪役令嬢でもわたしは幸せです」


 堂々と胸を張って、それこそ悪役令嬢みたいに自信満々に笑って見せた。

 そう。わたしは今のわたし自身を血なんて関係なく誇りに思っている。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったらブクマや下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると嬉しいです。

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