16話 イザークとの駆け引き
優雅な曲が流れる中、ホールの中心でわたし達は踊る。
派遣悪役令嬢の仕事を始めた頃にみっちり仕込まれたので一応踊ることはできるんだ。まあ、基本的なステップの簡単なものだけだけど。
それよりも問題は目の前のイザークだ。
「本当によく来てくださいましたね。リンク家はかつて初代国王のそば近く仕えた由緒正しい血筋。あなたはそれだけで価値がある」
「……価値だなんて、今ではただの落ちぶれた平民です。こんな姿はしてますけど」
「そんなことはありません。今この国の上層部にいるのは薄汚いことをして権力を得た者達ばかりだ。そうしなかったからあなたの祖先は田舎に追いやられてしまったのでしょう」
本当にそうかなあ?
わたしはつんとすました顔をしながらも内心では首を傾げまくっていた。そりゃ国の上層部にいる人たちは苛烈な権力争いの末に今の地位を得ているんだろうけど、別にうちが清く正しいから没落したかどうかなんて誰にもわからないじゃない。
うちのご先祖様だから、ちょっとしたうっかりからあっという間に没落しちゃった……なんてことの方がありえそうだ。
それより。
ちらりと私はさりげなく周囲を見渡した。
柱の奥にいる赤いドレスのご令嬢。飲み物を配っているウェイターの青年。窓際にいる貴族らしき少年。……どの人も、こちらをじっと見つめてる。この人たちは全員イザークと同じ思想を持って彼の元に来たのだろう。
少し背筋が寒くなった。だってこの人達の顔、見覚えがある。数日前にカイル様から見せてもらった捜索願が出ている行方不明リストに載っていた人達だ。
「私達は、今の貴族制度で不利益を被っている人々を助けたい。そしてこの国を正しい形に作り直したいのです。本来選ばれるべき人が選ばれる世界に」
赤い血のような瞳をわたしはじっと見つめた。
現状に不満があるのはわかる。だけどうちのお父さんみたいに嫌がってる人まで巻き込んで無茶苦茶な方法でやること?
「わたしの父はずっと昔から働きどおしでした。生まれた時から貧しかったので……。そしてわたしも。あなたのなさることが成功すれば、わたし達も報われるのでしょうか」
「ああ、もちろんだとも。君は由緒正しきリンク家の令嬢だ。今の扱いが間違っているのさ」
イザークは得意げにそう言ったけど。
わたしはそんな遠い昔の話には正直興味がない。だって今を生きるのに精一杯だから。没落しちゃったことに嘆きたくなる日もあるけど、そんなこと言ったって仕方ない。ましてやそれで誰かを傷つけるなんて考えたこともない。
ふと、ルトガー様のことを思い出した。
あの人だって本当はお父上を憎むこともできただろう。けど、それよりも力をつけてお母様と同じように苦しむ人を減らすことを選んだ。わたしはそんなルトガー様のことをすごいなって思っている。だからわたしも誰かを憎むより自分の力で前に進みたい。
この人……イザークにはそれを教えてくれる人がいなかったのかな。
自然と足が止まって俯いたわたしを、イザークが覗き込んできた。
「…………」
「フローラ、不安なのですね。大丈夫です。何も心配することはありません」
押し黙ってしまったわたしの手を引いてイザークが周囲へと向き直る。
「皆、新しい仲間を紹介しましょう。彼女はフローラ・リンク。平民へと身をやつしていましたが、古き貴族の血を引く正真正銘のリンク家の令嬢です」
なんか、勝手に仲間にされちゃってるんですけど。リンク家のご令嬢っていうのもなんだかむず痒いなあ。だってわたし自身は生まれてこの方ずっと平民なんですよ。
わたしは扇子で口元を隠したまま大勢のわたしを見つめる人々を見渡した。大きくとられた窓からはきらきらと陽光が入り込んでいる。訳を知らなければ本当にただのパーティーみたい。
「イザーク様、本当にわたしが仲間になれば父もロッティも助けてもらえるのですか?」
「もちろんです。……ただし、君がアストラに忠誠を誓えばですが」
「忠誠?」
「本来このようなことはしたくないのですが、あなたは騎士団に協力していた身ですから」
やっぱりそう簡単にはいかないらしい。
イザークがちらりと赤い瞳を向けると人々の中からどさりと縛り上げられた男性が床に転がった。
「お父さん!?」
「ふ、フローラ……? 」
思わず叫んでしまったのは仕方ないと思う。だってそこにいたのは縛られたお父さんだったのだから。
半年ぶりに見たお父さんはずいぶんと痩せてしまっていて、顔には疲れの色も濃い。きっと大変な目にあったんだろう。すぐにでも駆け寄って抱きしめたいけど今はできない。それに今着ている衣装はアリアナ嬢のものだからわたしを呼ぶにも疑問形だ。
ああすごく懐かしい声だけどちょっと黙っててお父さん……!
「フローラ? 本当にフローラなのか? なんだかお姫様みたいな恰好してるけど」
優雅な笑みをたたえてイザークがわたしに視線を向けた。
「君のお父上もリンク家の血筋です。どうしても私達の思想に賛同していただけなかったので拘束していましたが……フローラ、君の行動によっては彼を解放しましょう。もちろん君の友人も」
わたしのことだって利用するだけで信用なんかしてないだろうに。
でも、今のわたしは彼に、アストラに忠誠を誓うしか道がない。
「――わかりました。ではアストラへの忠誠の証にある情報をあなたにさしあげます」
「情報?」
「わたしは仕事でたくさんの貴族の方々と交流してまいりました。だから、王族や高位貴族に不満を持っている方、おそらくアストラに繋がりたいと思っている方の情報をお伝えすることができます」
「なるほど、それで君の父と友人の命を助けてほしいというわけですか」
「はい、そうです」
全部咄嗟についた嘘だった。そんな人、一人もいるわけないし、いたとしたって言う訳がない。
ちらりとイザークの背後にいる人々の中に数人じっとこちらを観察しながらわずかに動く人影が見える。あと少し、彼と周囲の人々の注意を引きたい。
顔を歪めたイザークが愉快そうに笑った。
「ははは! 顧客の情報を売るとは。君は職業として悪役令嬢とやらをやっているのかと思っていたのですが、どうやらその性根は本物の悪党だったようですね」
「ふふ、だって命には代えられませんから」
「――おもしろい。ではこちらで話を聞きましょう」
できるだけ妖艶に、悪魔のように笑って見せる。悪役令嬢で培ってきた演技力を総動員して。そんなわたしのことをイザークが抱き寄せて連れて行こうとしたときだった。
「いつまで茶番をやっているんだ」
「え、わ……!?」
聞きなれた低い声と同時に強い力で腕を引かれてイザークから引き離された。正面の赤い瞳が憎悪に歪む。
「貴様……」
「悪いが、これは俺のパートナーだ」
ルトガー様が私の肩を抱いていつもどおりの威圧的な顔で宣言した。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったらブクマや下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると嬉しいです。




