13話 イザークの目的
つまり現在の貴族制度をひっくり返し、今は消えてしまった家を復活させたいということ?
こ、怖い人だ。思わず素で引いてしまったじゃないか。言ってることが無茶苦茶だよ。屋外だからってだけじゃない、ぞぞぞっと背筋が寒くなった。
「そのことをどうしてわたくしにお話しになったのです? 反逆罪ですわよ」
「このお話に賛同していただけたらあなたの力をお借りしようかと。仲間は多い方がいいですからね」
「力?」
「聖女としての力と知名度……と言いたいところですがそれは先日お話をしてやめました。本当にそんな力を持っているのならば興味深いと思いましたがやはり違うようだったので」
イザークは苦笑してわたしを見つめた。たぶんこの前の面会でアリアナ嬢に特別な力なんて無いことを確信したんだろう。
「私は同じ志を持つ人々を探しているのです。光の当たらない者達、たとえば貴族に虐げられている平民、貴族でありながら長子でないという理由で不遇な扱いを受けている者、正当な扱いを受けられない古き貴族の血を引く人達です」
間違いない、この人は地下組織アストラの人間だ。でもアリアナ嬢の聖女としての名前を使って自分の仲間を増やすために近づいたわけではないみたい。一歩後ずさりしたら一歩踏み込んでくる。
すぐにバルコニーの欄干に背中が当たってしまって、わたしは追い詰められてしまった。
ゆっくりと手が伸びてくる。
「それはあなたのような人です。フローラ・リンク嬢」
「え……」
「君のお父上に会いたくないかな?」
正体ばれてるじゃない!?
わたしが答えに窮して固まっている時だった。
「失礼いたします。アリアナ様、フェティス卿がお呼びでございます」
バルコニーに繋がるガラス戸が開いてカイル様が立っていた。
「わ、わかりました」
内心心臓がバクバクしてるんだけど、なんとか平静を装って答えたわたしはイザークから離れた。
「フローラ嬢、今宵のことは内密に。お父上に無事でいてほしければ」
「…………」
すれ違いざま、イザークが小さな声で呟いた。
思わず立ち止りそうになったけど、カイル様に促されてバルコニーを出た。静かにガラス戸が閉まるのと同時にどっと汗が出てきた。
わたしの素性はばれてるし、お父さんが人質にとられてる。
どうすればいいんだろう?
「カイル様、ありがとうございました……」
「別にいいよ。これが俺の仕事だしね」
バルコニーから離れながら、お礼を言ったけど軽く流されてしまった。カイル様はさっきまでのきりりとした騎士の顔からほんわかした天使みたいな顔にあっという間に変わっていた。おそらく少し離れた場所でずっと様子を見ていたんだろうな。
「フェティス卿に呼ばれてるっていうのは」
「ああ、あれは嘘。顔色悪いよ。ちょっと休憩しようか」
「助かります……」
正直どっと疲れた。
カイル様に連れられてパーティー会場の側にある休憩室へ入るとすぐにソファに座り込んでしまうくらいには。
「それで、あいつに何を言われたんだい?」
「えっと……彼の専門分野の話とか。貴族の歴史を研究してるって」
カイル様に聞かれてドキッとした。
ここでイザークのことを話したらお父さんは……。ああわたしってすごく浅はかだ。お父さんが捕まっているんだからこういう方法で敵方が接触してくることだって考えておかなければいけなかったのに。
ぐるぐると考え込んでいたらどさりと隣にカイル様が座った。
「フローラ」
「へ?」
こつん、と額と額が合わさった。
宝石みたいにキラキラした瞳が至近距離にある。
え、どういうことだろう。近すぎなんですが……。
「一人で思いつめないの。どーせイザークに何か言われたんだろう?」
「は、はぁ。カイル様、ちょっと近すぎなような……」
「あれ? すごいな君、こうされてもなんともないなん……いってぇ!?」
がんっとすごい音がしてカイル様がべしゃりと地に沈んだ。
え!? ……ってルトガー様!?
唖然としたわたしの目の前には悪鬼のような形相をしたルトガー様が仁王立ちしていた。
「るるるルトガー様……」
「勝手に触るなと言ったはずだが?」
「あだだだ……ちょっと心を解してあげようとしただけなのに」
「セクハラだ馬鹿者が!」
休憩室に大きな雷が落ちる。
思わずソファからちょっと飛び上がった。
それにしてもどうしてここにルトガー様がいるんだろう? 疑問が顔に出ていたのか不機嫌そうなルトガー様がぎろりとわたしに視線を向けた。
「所用で首都に来る予定が元々あったんだ。お前たちの仕事の進行具合が気になったのでフェティス家のタウンハウスに行ったのだが今日はこちらだとロッテーシャから聞いてな」
「心配なら心配って言えばいいのに……いたたたた!」
ぼそりとカイル様が何か呟いてルトガー様にこめかみをグリグリされている。ちなみにロッテーシャっていうのはロッティのことだ。
トビアスにいるはずのルトガー様の登場にびっくりしていると、ルトガー様がわたしの前に立った。
「それで? イザークと何があった」
ぎくり、とわたしは固まった。
だって話してしまったらお父さんはどうなってしまうの?
膝の上でぎゅっと両手を握りしめて首を横に振る。
「いえ、本当に何も。ただイザーク様の専門分野だという貴族史について聞いていただけです」
「…………」
ルトガー様は無表情でこちらを見つめている。
うう、怖い。うっかり話してしまいそう。本当は正直に話してしまいたい。だけど……。
「特に、気になるような情報はありませんでした」
「…………なるほど?」
「あはは……」
どうしよう。絶対信じてない。これ絶対信じてない顔だよ!
冷ややかなルトガー様の視線に半泣きになりながらわたしはカイル様に助けを求めた。
わたしってこんなに嘘が下手くそだったっけ? いつもは仕事で演技をしているじゃない。どうしてルトガー様の前だと上手くできないんだろう。威圧感がすごいからかな……。
カイル様は崩れた髪型を直しながらやれやれという顔で立ち上がった。
「二人とも落ち着いて。とりあえず今日はここまでだ。イザークにはうちの騎士団から監視の目をつけてる。……それにそろそろフローラも戻らないと」
「そ、そうでした。……わ!?」
今日のわたしはアリアナ嬢としてフェティス卿に同行してパーティーに参加しているんだった。慌てて立ち上がったらドレスの裾を踏んで転びそうになってしまった。傍に居たルトガー様が倒れ込みそうになったところを受け止めてくれた。
「気をつけろ」
「すみませんっ。そうですよね、今わたしはアリアナ嬢なんだしもっと気を引き締めないと」
「違う。そうではなく……フローラ。無理はするなと言っている」
「え?」
至近距離でルトガー様の紫の瞳がじっとこちらを見つめる。怒っているわけではなさそうで、どちらかといえば心配しているような眼差しに心臓の鼓動が一瞬大きくなった気がした。なんだろう、妙にそわそわして居たたまれない。
「わ、わたしは大丈夫です。ご心配おかけしてすみません!」
なんだか恥ずかしくて慌ててルトガー様から離れてわたしは休憩室を飛び出したのだった。
結局その後パーティー会場に戻ってもイザークの姿は無かった。
イザーク・ルイス・フリーダは子爵家の三男坊だ。ただでさえ貴族社会では家を継ぐ長子が優先されるうえに彼は愛妾の子供だったため家の中では孤立していたらしい。一応騎士団の座学の授業の手伝いはしているけれど、ほとんどの時間は家から出ず研究をしているという。
己を取り巻く環境に不満を感じていたんだろう。それで世界を変えようなんて迷惑極まりないんだけど。
騎士団の叙勲式の翌日。フェティス邸の一室でわたしはカイル様からの報告書を読んでいた。
わたしはまだバルコニーでのイザークとの会話を誰にも話せていない。
お父さんの命がかかってるんだと思うと怖くて何も言えなくなってしまったんだ。
「……ところでルトガー様はお仕事の方は大丈夫なんですか?」
わたしの正面の席には紅茶を飲みながら書類を読んでいるルトガー様がいた。
トビアスから仕事で首都に来ているというルトガー様は昨夜からフェティス邸に泊っている。商会の仕事の他に伯爵代理としての仕事もしているいつも忙しいルトガー様がわざわざ顔を出したのには驚いた。まあ友人のカイル様が持ってきた依頼だし気になるのかも。
いつも通りの鉄面皮にずれた眼鏡を直してルトガー様がこちらを睨む。
「……しばらくはこちらに滞在する予定だ。今回はいつもの仕事とは勝手が違うからな」
「そうですか……」
「なんだ、不服か?」
「そ、そんなことありません!」
ぎろりと視線を向けられて慌てて首を横に振る。
なんだかすごく後ろめたい気分だ。それに秘密を見透かされてる気がして落ち着かないのだった。
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