12話 学者の青年
アリアナ嬢に成り代わってから数日後。
テーブルに置かれた手紙の山にわたしとロッティは驚いていた。
「これが全部聖女への面会希望の手紙なの?」
「これ隣国のだ……こっちは北の国……」
なんと国内だけじゃなく国外からも聖女への面会依頼がきていた。アリアナ様、あなたの噂とんでもないことになってますよ。
これが今日だけじゃなくて毎日なんだ。
ここから騎士団の方で面会する人間は選定されるからわたしが実際に会うのは数人なんだけどね。もしかしたらその中に地下組織アストラの人間が紛れているのかもしれないと思うと緊張する。
「貴族も平民も……色々な人がいる」
「みんな奇跡の力が欲しいんだね」
そりゃあわたしだって聖女の奇跡の力が本当にあるなら、今の借金をチャラにしてもらってお父さんも返してもらってお母さんも病気を治してって願いはたくさんある。だけどそれはできないから自分でがんばるしかない。
「奇跡の力かぁ……。そんなものに頼っている暇があったら己の身で動けってルトガー様なら言いそう」
「確かに、すごく言いそう」
ここにはいない気難しそうな顔をしたルトガー様を思い浮かべていたらロッティがクスリと笑った。
わたしたちもがんばらないとね。
――とは言ったものの。
「聖女様お願いです! どうか私と結婚してください!」
「私を捨てたあの男に復讐を!」
「うちの畑を豊作にしていただきたく……」
「聖女様に広告塔になっていただいてこの商品を」
「ペットのネコを生き返らせてほしいの」
「ぜひ私の研究のためにお話を伺いたいのですが」
聖女と結婚して自分の力を誇示しようとする没落貴族の男性。
自分を振った男性に復讐しようとする女性。
痩せた田畑をなんとか蘇らせたいおじいさん。
聖女を商売に利用しようとする商家の社長さん。
大好きな猫を生き返らせたい男爵家のお嬢様。
歴史の研究をしている子爵家の気楽な三男坊。
「この中にアストラの関係者がいるかもしれないの?」
首をかしげるロッティにわたしも腕を組んで悩んでしまった。
数日かけてわたし、というかアリアナ嬢が会った人々は皆普通の人達に見えた。どの人も特に経歴に怪しいところはないし。というか、本当に聖女の力を信じている人達っているんだなあ……。
一通り騎士団が選定した希望者との面会が終わった翌日、わたし達はアリアナ嬢の部屋で今後のことを話し合っていた。
「フローラは話していて気になる人はいたかい?」
「うーん……。どの人も怪しいような怪しくないような……」
ああもう早くお父さんを助けたいのに。今この瞬間にもお父さんは王都のどこかで捕まっているのかもしれないと思うと気持ちばかり急いてしまう。そんなわたしの気持ちを察したのかカイル様が向かい側に座った。
「一人で焦らなくても大丈夫だよ。調査はこっちの仕事なんだし。実際何人かの候補と話したフローラが感じたことを話してほしいんだ」
大天使のような自愛溢れる微笑みにわたしは少しだけ気持ちを落ち着かせた。そうだ、焦ったってしかたがないよね。しっかりしなくては……。
「……そういえば、わたし結構忠実にアリアナ嬢のキャラを演じてたんですけどほぼ皆さん驚いてた中で一人だけ全然気にしてない人がいました」
アリアナ嬢は失礼を承知で言えばリアル悪役令嬢みたいな人だ。銀色の髪の儚げな外見からは想像もつかない性格のきつさに初対面の人達はほぼ驚くだろう。実際面会で会った人たちもほぼ引いていた。そんな中で一人だけまったくそのことを気にしない人がいたことを思い出したんだ。
――さて、それから数日後。
なぜかわたしは騎士団のパーティー会場にいた。
普段着ているドレスより数段豪華で繊細な刺繍が施された公式の式典用の淡いブルーのドレスに綺麗に結い上げられた髪。隣には同じように豪奢な刺繍の施されたマントを身に着けた白髪の男性……フェティス辺境伯がいる。
今日は騎士団の叙勲式だった。功績を上げた騎士団員がフェティス辺境伯から勲章を授与されるの。叙勲式の式典が終わった後のパーティーは和やかな雰囲気だ。
アリアナ嬢として急遽同行することになったわたしは緊張しすぎて挙動不審になりそうだ。急にこんな大勢の前に出るなんて聞いてないよ。
「あれが噂の聖女様か」
「誰か話しかけにいかないのか?」
「でもフェティス卿のご令嬢だろ?」
親が偉すぎても声がかかりにくいらしい。
フェティス卿の隣で何人かと挨拶はしたけど、さすがに辺境伯の前で聖女の噂について触れてくる人はいなかった。わたしは念のため扇で口元を隠して笑顔であいさつに来た貴族や騎士団の人達の話に相槌をうっていた。正直滅茶苦茶疲れる。
本来はフェティス卿だけの参加で良かったところをどうしてわたしがいるのかというと、それはカイル様からの提案だった。
しばらくしてフェティス卿が騎士団長と話し込んでいた時のことだった。
「失礼、少しよろしいですか?」
にこやかに声をかけてきた貴族の青年がいた。制服を着てないから騎士団員では無い。このパーティーには騎士団員以外にもその家族や関係者が大勢来ているから不思議ではなかった。
長い黒髪を後ろで1つにまとめた、穏やかだけどどこか冷たさを感じる瞳。
「まあ、確か先日お会いした……イザーク様でしたかしら」
「覚えていてくださいましたか。光栄です」
イザーク・ルイス・フリーダ様。研究者肌の子爵家の三男坊。先日、聖女アリアナに面会に来た青年が恭しくお辞儀をした。
「アリアナ嬢、お声をかけることを許していただき感謝いたします」
よし、釣れた。
わたしは今日、この人に会いに来たのだ。
「イザーク様は学者様でいらっしゃいましたね」
「はい。とはいえしがない子爵家の三男坊。ごく潰しと呆れられておりますよ」
時間が過ぎると共にお酒も入って大分雰囲気は緩くなってきている。
賑やかなパーティー会場の中でわたしはアリアナ嬢としてフリーダ子爵家の子息だというイザークと話をしていた。
「ご専門はたしか歴史でしたかしら」
「ええ。この国の成り立ちから現在に至るまで様々なことを調べるのが好きでして」
「そうですの。わたくしにはよくわかりませんがご立派ですこと」
「趣味が高じて仕事になりました」
騎士団では座学もあって、イザークは歴史学の教授の手伝いをしているらしい。まだ若いのに優秀なんだろうな。
面接の時、アリアナ嬢の態度に驚かなかったのは彼だけだった。そんなことはまったく気にならない様子であのときもフェティス家の歴史や血筋、その力について興味深いと話していた。まあ、ただそれだけなんだけどね。なんとなくわたしはその態度が引っかかった。本当にアリアナ嬢自体にはまったく興味がなさそうなところが。彼はアリアナ嬢ではなくまったく別のものを見ているように見えたから。
「……ああ、今日は月が綺麗ですね。良かったらバルコニーに移動しませんか」
「ええ、ぜひお話をもっとお聞きしたいですわ」
パーティーの喧騒に紛れて二人で近くのバルコニーに出る。外は少しだけ肌寒い。
今日は満月が綺麗な夜だった。
月明りだけでもイザークの表情がわかるくらい。少し緊張しながらわたしは彼の隣に並んだ。
「最近はどのような研究をしてらっしゃるのですか?」
「そうですね、現在は貴族についてです」
「貴族?」
「ええ、現在この国の建国当時から存在する貴族の家系は非常に少なくなっています」
うちみたいに没落しちゃう貴族って実は多いらしい。だから昔に比べれば大分貴族の人口は減ってしまったっていうのは聞いたことがある。
それでも長い国の歴史の中でずっと強い権力や財産を持ち続けている家が現在の高位貴族の家系なんだろう。
「しかしこの国の中枢を支えてきたのはそんな古き貴族達です。己を犠牲にし、他を優先してきたから淘汰されてしまった。……だが現在高位貴族の位置にいる人々はそうではない」
「……どういうことでしょう?」
なんだか話が妙な方向に転がっていくような。
月を眺めながら滔々と語るイザークはやっぱり少し怖い。
「現在の貴族たちは利権と汚職にまみれていますからね。……納得ができないのです」
はたしてうちが己を犠牲にして、他を優先したから没落したのかはわからないけどイザークはそんな貴族達の方が現在の高位貴族より国を大切にしていたって思ってるみたいだ。
赤い瞳を細めてイザークが笑う。
「だから僕は、この国に台頭する高位貴族達を引きずり下ろし、真に国を想う古き貴族の血を復活させたいのです」
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