10話 カイルからの依頼
執務室に入ると、ルトガー様とカイル様は来客用のソファに座っていた。
「あれ? 君はさっきの……」
「はい、廊下でお会いしました」
「やっぱりかあ。もしかしてとは思ってたんだ」
カイル様が振り向いて珍しそうにわたしを見た。
「あのときのご令嬢が君とはね。雰囲気が全然違うや」
「まあそいつは瓶底眼鏡が強烈に印象に残るからな」
わたしが強盗から助けた令嬢と同一人物だということに驚いてるカイル様と、澄ました顔のルトガー様。瓶底眼鏡ですけど何か問題でも?
この眼鏡は小さな頃からずっとかけているから、もう体の一部みたいなものなの。
「フローラ、とりあえずこちらへ座れ」
「はあ」
一体何の用だろう。
来客用のソファは3つ、二人掛け用のソファはルトガー様とカイル様がもう使っていたから二人の間にある一人掛け用ソファに座った。
「ルトガー様、一体何の御用でしょう」
「……それが、おまえの……って何をしている」
いつも単刀直入にズバズバ物を言ってくるルトガー様が珍しく言葉を選んでる、と思ったら反対側から手が伸びて来て私の瓶底眼鏡を外した。
ええ? 突然なに?
ルトガー様が眼鏡を外したカイル様の手の甲を思い切りつねる。
「いたたたたたた!?」
「勝手に触るな」
「ごめん、ごめんて」
予想外すぎて反応できなかったよ。
呆気にとられるわたしを見てカイル様が覗き込んでくる。
「急に悪かったね。あの時も思ったけどやっぱり綺麗な瞳をしてるね、女王様」
「へ、え!? そんなことは……というか! 女王様はやめてください!」
わーお。なんていうかイケメンにこんなこと言われるとドギマギしてなんて返していいのかわからないんだけど。おろおろするわたしの隣でルトガー様はなぜか氷のような雰囲気を纏っていた。
「カイル、このままでは話が進まん。女ったらしは禁止だ」
「当たり前のことを言っただけなんだけどなあ」
「フローラ、お前ももう少ししっかりしろ」
「うう、すいません」
カイル様から取り上げたわたしの瓶底眼鏡をルトガー様が返してくれた。でも今のってわたしが悪いのか?
わたしが瓶底眼鏡をかけ直したところでルトガー様が話し出した。
「フローラ、お前の新しい派遣先の話だ」
「新しい仕事ですか?」
「今回はこいつと共同で仕事をしてもらう。この男はカイル・マティアス・シェーンハイト。非常に不本意だが俺の友人だ」
「よろしく、フローラ」
「よ、よろしくお願いします」
笑顔で握手を求められて思わず手を出したら両手で握られてぶんぶん大きく振られたんだけど。思ったより愉快な人だな。ルトガー様の機嫌もなぜか急降下していくので気が気じゃないんだけど。
「……本来であれば今回の仕事は受けないのだが」
「え?」
低い声でぼそりとルトガー様が呟いた。一体どういうことだろう?
一度軽くため息をついたルトガー様が仕切り直すように顔を上げた。
「今度の依頼もまた現場は王都だ。フローラ、お前にはある令嬢に成り代わってもらう」
この依頼はカイル様が持ってきたものだった。
というのもシェーンハイト家は王都で城仕えをしている伯爵家。カイル様は騎士団で諜報員として活動しているらしい。
カイル様はわたしも巻き込まれた強盗事件を調査していた。王都では最近貴族の馬車をターゲットにした強盗団が頻発しているんだって。おそらくそれなりに大きな規模の犯罪組織が絡んでいるだろうとカイル様は考えている。だけど実行犯は金で雇われた下っ端ばかりで大本の組織にはたどり着けないでいた。
……って、これって本来は騎士団とかそれこそ国の諜報員の仕事じゃないの?
それがなぜ派遣悪役令嬢に依頼が……?
「成り代わるって、一体誰にですか?」
「アリアナ・ルーン・フェティス。フェティス辺境伯の娘だ」
フェティスといえば北の大部分を占める広大な領地を持つ辺境伯家だ。国内でも大きな影響力を持っている……なんて新聞で読んだことはあるような。
「現在アリアナ嬢は王都の貴族学校に通っているんだ。そこで彼女には不思議な力がある、という噂が流れている」
「不思議な力?」
カイル様の言葉にわたしは思わず聞き返した。
「彼女には生き物の命を蘇らせる聖女の力がある、らしいとね」
「それで彼女の周囲には信者のような者達が大勢集まっているらしい」
呆れ混じりのルトガー様の顔を見て、これは絶対信じてないなあと思う。カイル様も苦笑していた。
「もちろんそれは嘘だよ。ちゃんと調査したよ。彼女はある男性の気を引きたかったのさ。そのために嘘をついた」
「ええー!?」
「だがその嘘は彼女の予想を超えて広まってしまい、彼女を信じる取り巻きが出始めた。そしてその力が欲しい連中が彼女を狙っているんだ」
アリアナ嬢は貴族学校の先輩である男性に恋をした。だけど彼には婚約者がいた。それでもなんとか彼を振り向かせたいと思ったアリアナ嬢は自分は聖女だと偽って近づいた。彼は生物学を研究している人だったからだ。
アリアナ嬢は本当は怪我をしていない猫を怪我をしているように仕立てて治すふりをしたり、枯れた花を咲かせてみたいり(すり替えただけね)そんな風にして自分を特別に見せた。
どうしてそんなことができたかっていうと、彼女には手品師の経験のある従者がいたから。
ただ、本格的すぎたそれを周囲の人達まですっかり信じ込んでしまったのね。彼女を崇拝するような人達が出始めたの。しかも肝心の彼は結局アリアナ嬢には興味を示してくれなかったらしい。
もちろん中には疑う人もいて、でも後に引けなくなったアリアナ嬢は手品を使って周囲の人々を騙していた。
ところがある日アリアナ嬢の屋敷に賊が入り込む事件が起きた。
目的はアリアナ嬢を攫うこと。噂になっている彼女の力を狙ってのことだった。幸いその時彼女は屋敷を留守にしていたから無事だったのだけれど。
どうもそれがある地下組織の仕業じゃないかということみたい。
「ち、地下組織?」
「そう、王都にはそういう犯罪組織がいくつかあってね。その中のひとつがアストラという反貴族を掲げる集団なんだ」
カイル様の説明によると、現在の貴族制度を良く思わない反貴族主義という人たちが集まった組織なのだという。
貴族が嫌いな人たちが貴族の力を狙うって言うのも矛盾してるような……。
「アリアナ嬢にはしばらくの間、別の場所に隠れていてもらうことになった。その間お前がアリアナ嬢になるんだ」
「それっておとり調査ってやつですよね……?」
「まあ……そうなるな」
滅茶苦茶犯罪がらみじゃない!
派遣悪役令嬢で今までやって来た仕事って男女の色恋沙汰のピエロみたいなものばかりだよ。そもそもこれって悪役令嬢の仕事なの……? さすがに及び腰になってしまう。
「それってわたしに務まるんでしょうか……」
「大丈夫、俺が必ず守るよ」
そんな大天使みたいな顔で女殺しな台詞を言われても今は不安すぎて何も響かないんですが。
ルトガー様が溜めを息をついた。
「本来であればこんな危険な依頼は受けない。だが、今回にかぎって受けようと思ったのはだな」
「何か理由があるんですか」
「……その地下組織にお前の父親が捕まっているという情報があったからだ」
予想外の言葉にわたしは思わず固まってしまった。
だって父は半年前に多額の借金を残して行方不明になったまま。犯罪組織に捕まっているってどういうことなの?
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