人は何かの犠牲なしに何も得ることは出来ない。
「働らきたくない」
バイトを探して早5分。ファーストフード店のWi-Fiを使って、スマホで求人アプリを眺めているとそんな感想が出てきた。
「気合い入れなさい。人間、犠牲無くして欲しいものは手に入らないのだから」
こんなどうでもいい独り言に反応してくれるのは凛しかいない。
「凛って意外と熱血系?」
「私はそんなに体液塗れた人間じゃないわ」
……でも、変な子である。
「ホールスタッフとレジ打ちしかない……」
「仕方ないでしょ。高校生なのだから」
「どっちも嫌! 引きこもりたい」
小中とぼっち道を7年間、歩んできたあたしに接客なんてできるわけない。想像しただけで胃が痛い。
「じゃあ、一緒のところにする? そうすれば、少しは気が楽でしょ?」
「え。元々、別々にバイト探すつもりだったの?」
「そうだけど」
……。ショックだ。これから、一緒に空から飛び降りるって言うのに。もはや、一心同体でしょ!?
と思いながらも、さすがに重い女だと脳内で客観視するあたしが、あたしの頬をビンタする。
「そもそも、何故、ホールスタッフとレジ打ちは嫌なの?」
「だって、他人と話すの緊張するし」
「どうして、緊張するの?」
どうしてと言われても。そういう性格だからとしか言いようがない。
「僭越ながら言わせてもらうけど、幸子は人と話すのを恐れているのよ。自分の話はつまらない、上手く相槌を打てない、最近のトレンドを知らない。そう言うことが頭の中でぐるぐると蠢いてる」
全くの図星だった。
小学生の頃、私はクラスの子が好きだった可愛いデザインの文房具やおしゃれよりも少年漫画が好きだった。だから、クラスメイトと話すのは退屈で自分の殻に篭るようになった。
中学生になって友達を作ろうと思ったけど、何を話していいか分からず自分の好きな漫画を勧めていたら、誰もあたしの話に耳を傾けなくなった。
でも高校に上がって、漫画やアニメの話はせず流行の韓国ドラマやコスメの話をしてもダメだった。
けど、余り物として体育のペアになった凛とはその後何となく話すようになった。
凛は何に関しても無関心だけど、いつもあたしの話を聞いてくれる。リアクションに困るようなことを言っても返してくれる。だから、彼女と一緒にいるこの時間は居心地がいい。
そう考えてふと思ったことがある。凛はあたしのことをどう思ってるのだろうと。
あたしばかり居心地が良くなって、もしかしたら凛はあたしに対して退屈と感じていたのではないかと思い始めた。
「ごめんなさい。責めてるつもりじゃないよ」
あたしが自分の世界に入っていると、凛が気を使ってそんなことを言い出した。
「あっ、ごめん。責められてるなんて思ってない。ただ、もうちょっとコミュニケーション能力は上げないと駄目だよね」
「その必要はない」
「え?」
「私が言いたかったのは、人には誰しも向き不向きがあるっていうこと。苦手なことを克服するよりも長所を伸ばすのが利口ね」
「でも、あたし得意なことなんてないよ?」
「言ったでしょ。誰しもって」
あたしの長所……? そんなものあるんだろうか。
「じゃあ、教えてよ」
「......ごめんなさい」
えー。
「ふざけんなしっ!」
「まだ会って1ヶ月。分かるわけないじゃない?」
うっ。こいつ開き直りやがった。
「それもそうだね。じゃあ、尚更あたしはコミュニケーションスキルを磨いた方がいいんじゃない?」
「言ったでしょ。その必要はないって。今回の目的はスカイダイビングの資金を集めることよ。その過程でストレスが溜まったら意味ないじゃない?」
「じゃあ、どうしろって言うのさ?」
「幸子は1つだけ見逃しているわ」
凛は自分のスマホからとある求人欄をあたしに見せる。
「配達?」
「キャッシュレス決済だからコミュニケーション音痴でも大丈夫だそうよ」
「いや、あたし免許持ってないし」
「電動アシスト自転車らしいわ」
「体力ないし」
「じゃあ、接客にする?」
「......配達にします」
「頑張りましょう。私はここのホールにするわ」
凛は優しい。前世で命でも救ったのかと疑うほど良くしてもらってる。
「何でそんなに親身になってくれるの? まだ会って1ヶ月なのに」
「決まっているじゃない。幸子といるのが心地いいのよ」
彼女はいつもそうだ。あたしが必要としている言葉をくれる。