何気ない独り言が思いも寄らぬ事態となった。
「もしかして、スカイダイビングしたらあたしも主人公になれるんじゃない?」
不意に出た言葉だった。
「……いきなり何?」
IQ11くらいしかないであろうあたしの呟きに刺々しく言葉を返してくれたのは、友人の凛だ。
「いや、ほら。異世界系のラノベのあるあるなのよ。転移したらそこは高度1万メートルの上空でさ。『ふざけんなっ』みたいな展開が」
「それで、転移をした後は結局どうなるの?」
「ラノベだと、通りすがりのヒロインが魔法で何とかしてくれたり、自分の頭の中にいる『AIアシスタント』みたいなのが自分だけの特殊スキルを教えてくれて何とかなる、よ」
「随分と都合のいい話ね」
「全少年の願望だからね」
と現役女子高生バリバリのあたしは言った。
放課後。ファーストフード店であたしたちはいつもこんなたわいも無い話をして過ごしている……。いや、違う。あたしのたわいも無い話に凛は付き合ってくれる。
凛は普段からぶっきらぼうで他人から不機嫌だと思われがちだが、本人曰く感情が顔に出ないタイプらしい。
高校を入学して、しばらく経った後。凛とは何となく連むようになっていて、お互いに帰宅部だったあたしたちは、放課後毎日、高校の最寄駅から一番近いこのファーストフード店で時間を潰してから帰るのが日課だ。毎日通っているせいで、親の脛を齧って生きているあたしたちは資金に余裕がなく、Sサイズのポテトを二人で分けている始末だ。
「なら、やりましょう?」
あたしが指についたポテトの塩を親指と擦り合わせて落としていると、凛がそんなことを言った。
「何を?」
「幸子が言ったんでしょ。……スカイダイビング」
ちなみに幸子といういかにも昭和感漂う名前はあたしの名だ。
……いや、ちょっと待って。
「何で?」
「幸子が言ったんでしょ。異世界に転生できるかもしれないって」
色々と違う。
転生じゃなくて転移。それと、スカイダイビングをするのは転移した後だ。
「いや、無理でしょー。第一、お金がないじゃん」
テレビでスカイダイビングには50万くらいかかるって聞いたことがある。
そんな大金あれば好きなアニメのBlu-rayBOXとそれを見るための100インチ8KのTV買うわ。
「何? お金があればやるの?」
えっ。なに、こいつ。金持ちキャラなの?
「さあ? ……まあ、やってもいいかな?」
嘘だ。本当は絶対にやりたくない!高いとことかマジ無理。
「だけど、お金はどうするつもりよ?」
うわっ。どうしよう。絶対親が金持ってるパターンのやつじゃん。
アニメでよく出てくる金持ちキャラじゃん。ホントにいたのかよ。
「バイトしましょう」
普通だったー。
あたしは心の中で一息ついた後、自分がアニメの見過ぎであることを反省する。
「嫌だよ。何でわざわざ高い金払って高いところから飛び降りなきゃならないんだよ」
「じゃあ、私1人で飛んでくるわ」
「え? 冗談でしょ?」
「私が冗談をつく時は、気分が悪い時だけ」
何それ。この子、怖いんだけど。
「空から落ちるんだよ、怖くないの?」
「それは怖いけど、人生で一度くらいは経験したいわね」
「なら今じゃないよ!? 貯金がある社会人になってからがいいよ! ……それに、こんなあたしの思いつきで言った一言で決めちゃっていいの?」
まだ、凛と出会って1ヶ月といったところか。
だから、あたしは凛の人柄をよく知っているわけではない。最初に会ったときは無愛想、今はちょっと変わり者って印象だ。でも、今までこんな奇抜なことを言わなかった。
「ええ。どうせ、退屈してたから」
凛の言葉が深く胸に突き刺さった。
あたしに対して言っていないことくらい分かる。でも、あたし達が会うのは平日だけだし、趣味も性格も合わない。
唯一の共通点は、自発的に何もしていない、ということだけ。
「で、幸子はどうするの?」
「あたしはパス。高いとこ苦手だし」
「……そう。じゃあ、私はバイトを探すから帰るわ」
「うん。ポテトもらうよー」
凛はスマホをスクールバッグにしまって席を立つ。
そして、店を出ようと歩き出すがすぐにこちらを振り向いた。長く黒い艶やかな髪がなびく。
「最後にもう1度だけ。やっぱり、一緒にやらない?」
ああ、この子はこういう子だったよ。1回断った後に必ずもう1回誘ってくるんだ。その最後の誘いが後悔しないためのチャンスにしか思えない。
だから、あたしの答えはいつも同じだ。
「やる」
あたしは自分ののさりげない独り言のせいで、スカイダイビングをすることになった。