00 プロローグ ~疎外された部屋~
最近、よく同じ夢を見るようになった。
薄暗くぼんやりとした視界。仰向けに寝転んだ私の額に、誰かの指が優しく触れる。前髪をそっと分け、撫でられる感覚は少しむず痒い。
段々と遠ざかっていく意識の中で、指先から伝わってくる誰かの体温。こんな僅かで何でもないような温かみが、私の心には深く染み込んでくる――――。
*
「んん……」
本棚が並び、無機質な白い光が照らす部屋の片隅。心地良い微睡みから覚めたイズミは、ぼんやりとした表情で辺りを見回した。ふわふわとした睡眠の余韻に浸りつつ、額に手をかざす。
「誰もいない……か」
そうポツリと呟くと、伸びをして小さく息を吐いた。段々と思考が明瞭になってきて、ようやく身体も目を覚まし始める。
手元の眼鏡を拾い上げて掛け、何度か瞬きをした後、ふと壁の時計に目をやった。――時刻は19時半。
(……もうこんな時間。そろそろフロアが閉まっちゃうから、今日はこの辺にしておかなきゃね)
ほんの少し前まで突っ伏していた机。イズミはその端の方に積まれていた数冊の本を手に取ると、おもむろに立ち上がった。
本棚の間をスルスルと通り抜け、一際奥まった一角で足を止める。彼女は無個性な背表紙の列を丁寧に整え、その隙間にそっと本を戻した。
(これでよし……と)
どこか満足げな表情を浮かべ、指で何冊かのかすれたタイトルをなぞる。
「……また来るからね」
彼女はそう言った。
ここに保管されている何百、何千にも及ぶ本は、非効率な情報記録媒体として時代遅れの烙印を押されたばかりか、その中に蓄えられた情報を電子化する価値も無いと判断された「非貴重書」だ。
目録すら作られず、社会に忘れ去られてしまった遺物たちを脇目に、イズミはまた本棚の間を通り抜けて部屋の出口へと向かう。
――扉横の機器にICカードをかざすと、そっけない電子音と同時に部屋の明かりが消えた。
本作が初投稿になります。至らない点も多々あるとは思いますが、温かく見守っていただけると嬉しいです。
今後は週に1回のペースを目指し、不定期に投稿していく予定です。