そもそもの話
カサカサと、風に揺れる木々の葉の音がする。
私とザークの間にも、少し冷たい風が通り過ぎる。
お酒に熱った身体にはちょうど良いな。
なんて、頭の片隅で思う。
ザークは、私の言葉が聞き取れなかったのか、不思議そうな顔をしている。
あれ?そんなに小さい声だったかな?
私はもう一度ザークに伝えてみる。
「えっと。ザークさんは、魔術師じゃないですよねって言ったんですけど。」
ザークはちょっとだけ目を見開くも、私を見つめるだけで変わりない。
何も言わない彼に、どうしようかと思いつつ、その瞳を見つめ返す。
綺麗な深い青色。
スーッと吸い込まれそうな瞳。
その色を見ていてると、その青色は普通の青色と違う輝きを感じる。
その瞳は、少しづつ揺らぐように動き始める。
「……なぜそんなことを言うんだっ……」
ザークが苦しそうに呟く。
眉間の皺も口までも、ぐっと力を入れて私を見つめる。
「俺は、魔術師で君のペアだ!
それに!君の心臓をもらった事を忘れてはいないだろう!」
力強く言い切るザークの言葉に、その通りだと思う。
確かに私の心臓は彼が手にしているんだ。
そして、そんなことが出来るのは魔術師なのだろう。
でも、それなら魔術師や魔女の証である紫色の瞳は?
彼の瞳が青いのはなぜなの?
「確かに私の心臓は、あなたに取られました。
魔術師なのかなとも思うけれど……」
私はザークの瞳をしっかりと見るため、顔を彼の正面に向けた。
「なんで、ザークさんの瞳は青色なんですか?
さっきの話が本当なら……あなたは魔術師じゃないですよね?」
先程気付いた疑問をザークにしっかり伝えた。
ザークの息を飲む音が聞こえる。
その顔は、今気付いたように、はっとして固まっていた。
いつも眉間に皺を寄せている彼は、この少しの時間だけで随分と表情が変わる。
意外な発見に少しだけ、面白いと思う。
「魔術師や魔女は、その体内のエネルギーの影響で瞳が紫色なんですよね?
私は魔女だから、瞳が紫色だと言っていました。
でも、ザークさんは魔術師のはずなのに、なんで瞳が青いんですか?」
私を見つめていたザークの視線が、するりと逸れる。何かを考えるように、私の体に添うようにあった手を口に添えた。
「……だからか?……いや、瞳に影響…………聞いたことが…………でも反応……」
何かブツブツ話しているが、こんなに近くにいるのに声が小さすぎて、全く聞き取れない。
何かを真剣に考えているようだけれど、私の指摘が図星だっから戸惑っているのか?
でも、その割にはそこまで取り乱していないような。
何かを呟いていたザークは、その答えが出たのか、そらしていた視線を私に向ける。
その瞳は、今までの揺らぎはなく、とても強い。
はじめて見るその瞳の強さに、私の腰が引ける。
ザークは、口に当てていた手を、私の左頬に添えてきた。
とても大きなその手は、水仕事のせいか少しガサガサしていた。
でも、なぜだろう。
暖かくて包まれるような感覚がある。自分の頬を擦り付けたくなる。
「アルテナ。
君の言う通り、俺の瞳は青い。ただ、魔術師なのは本当だ。
日常になりすぎて、すっかり忘れていたが……
瞳の色を変えている。」
ザークは、体を私の正面に移動すると、両手で私の頬に触れる。
私の髪を少しだけ顔の外へ流して、その瞳から視線を外せないように、顔を近づける。
「魔術師や魔女の瞳が紫なのは、詳しい奴なら知っている事実だ。
自分の身を守るためにも、日常的に使うのが瞳の色を変える魔術だ。」
ザークの顔がより近づく。
私の鼻とザークの鼻が触れそうだ。
「今から、この魔術を解く。
……君に俺がペアだと感じてもらえるかもしれない……」
最後の方は、独り言のように呟いたザークは、ゆっくりと瞼を閉じた。
柔らかに吹いていた風が止まる。
足の先が地震の時のように、揺れる感覚がある。
目の前のザークの髪が、風も吹いてないのにフワッと広がる。
途端に、私の体が持ち上がるような浮遊感。
地面に足はついているのに、浮かび上がるような体重を感じない感覚に、目の前のザークの腕を掴む。
でも、それは一瞬のことだった。
すぐに自分の重さを感じると、無意識に力の入っていた体が緩む。
そして、目の前にいるザークの瞼が動く。
それは、なんだかスローモーションの様にゆっくりとした動きに感じた。
ゆっくりと開かれる瞳。
さっきの青い色はそこにはなく。
キラキラと輝く紫がそこにあった。
その瞳を見た瞬間に、まるで磁石のように引き寄せられて、目が離せなくなる。
まるで、雷に打たれたように、頭の先から背中にかけて、ビリビリとした痺れが広がる。
身体が沸騰するように、急激に熱を持つ。
こんな感覚を知らない。
でも、戸惑いよりも、もっと感じたい。もっとそばに、もっと深く。
このかき乱される感覚はなんだろう。
ザークが、さっきまでのザークじゃない。
もう1人の私が、頭の奥で警鈴を鳴らしている。
あぁ……
これは、まずいやつだ。
今すぐ離れないと、きっと捕まって離れなくなる。
そうわかっているのに、体が動かない。
抗えないことを、わかっているのかもしれない。