全力映画
『桃太郎』。
誰もが知っているこのお話の映画化が決まった。
作風はアレンジされ、鬼は角の生えた美男美女に。
桃太郎の仲間となる、犬、サル、キジも、『狂犬』、『能猿』、『雉笛』と呼ばれる人間達に。
桃太郎も困っている人々を助けるためではなく、恋人が鬼にさらわれたことで鬼ヶ島に行くことを決意する、という今風の展開になった。
今日は、桃太郎が初めて鬼と対峙するシーン。
ここで桃太郎は鬼にこっぴどくやられ、恋人をさらわれてしまうのだ。
*
鬼が村で暴れ回る。
俺は近くの鍛冶屋から1本の刀を手にし、鬼の下へ駆けつけた。
「なんだ、てめぇは?」
この鬼は、桃太郎の因縁の相手となるのだが、鬼ヶ島の中では下っ端。
この後、修行した桃太郎とその仲間達に瞬殺される、いわばモブである。
「これ以上、この村で暴れ回ることは許さない!」
台詞を叫び、刀を構える。
この時の桃太郎は、まだ刀に慣れていないので、決めポーズは少し不格好に。
「ほぉー、正義感のある奴だな。
少しは楽しめそう、だ!」
鬼が刀サイズの金棒を振り下ろす。
俺はギリギリでそれをかわし、鬼の体めがけて刀を袈裟懸けに振り下ろした。
しかし、桃太郎のこの一撃は、鬼に全くダメージを与えられない。
そして、反撃に遭い、助けに来た彼女がさらわれてしまう。
よし。
ここまでの流れは完璧。
後は鬼に殴られ、吹っ飛ぶだけ。
……だったのだが。
「……もっと本気でこい」
台本にはない台詞。
一瞬、背筋が凍った。
直後、金棒が横から凄い勢いで接近。
俺は反射的にこれをかわす。
舞う砂埃。
冷や汗が俺の頬を伝う。
今の振りはまぎれもなく本気だった。
「まだだぜ」
いつの間にか、鬼は俺の目の前で金棒を振り上げていた。
俺は咄嗟に刀でそれを受け止める。
こいつ、いかれてる。
そう思った直後、目の前の鬼が俺にだけ分かるように、少し首を傾けた。
俺は悩んだ。
台本にない行動をとるべきか。
だが、既に台本は無いに等しい状況に陥っている。
今更俺がどんな行動をとろうが、このシーンは取り直しだ。
なら、やるだけやってやる!
俺は覚悟を決めた。
「うおおおぁ!」
鬼の金棒を、力いっぱい弾き飛ばす。
金棒が鬼の手から離れた。
そして、俺は鬼の首めがけて刀を振り下ろした。
「上出来だ」
鬼は俺の刀を素手で受け止める。
そして、がら空きになった俺の腹めがけて、勢いよく拳を繰り出した。
俺は、吹っ飛んだ。
*
何か悩んだとき、俺はあの鬼を思い出す。
俺は今日も、全力で映画を撮る。