チートヒロインに転生したので攻略対象者とかイチコロです
死んだ。
神様に会った。
「好きな世界に転生させてあげよう」
「ほんと!? じゃあ、私が大好きだったあの乙女ゲームの世界にいきたい」
「いいよ。ヒロインにしてあげる。ついでにチートも付けてあげよう」
「わーい、ありがと神様」
「楽しんでおいで」
そして気がついたら正門前。
ここは私がハマった乙女ゲームの舞台となる学園。すごーい、本物だ。
今日から私はヒロインなのだ。
職員らしき人が入学の案内をしている。
私が最後のようで、もうすぐ入学式が始まってしまうらしい。
会場までは廊下を通らないといけないようだ。
急いで向かうことにした。
廊下の曲がり角に差し掛かる
あ、ここ見覚えある。そうよ、スチルで見たんだわ。
思い出してきた。
ここで攻略対象者の誰かとぶつかって出会いイベントが始まるはず。
誰とぶつかるかは完全ランダムで、その攻略対象者の初期好感値にプラス補正が入るのだ。
角の向こうから足音がしている。
どの攻略対象者と出会うかはわからない。
だけどゲームの中だけだった出会いが、現実となって目の前で起こるのだ。
興奮するなという方が嘘である。
近づいて来るわ。
もうすぐ。
そう、今この瞬間――
――ドン!!!!!!!
「コケェェェェええええぇぇぇぇ――――」
攻略対象者と思われるキラキラしい男子は、奇声を上げつつ長い長い廊下を一直線にふっ飛んでいく。そして、反対側の壁に突き刺さるように激突してから止まった。
余程の衝撃か、あちらの壁は蜘蛛の巣状に亀裂が入り、盛大に抉れてしまっている。
見るも無残な有様だ。
ぐったりしたキラキラ男子は、ピクリともしていない。
……え? なんなの?
物凄い轟音が響き渡ったせいで段々と人の気配が増えてきた。
何が起こったのだろう……わからない。
わからないけど、ヤバイことだけはわかる。
逃げなきゃ(一択)
入学式は中止となった。
次の日。
改めて入学式が行われた後、クラス分けに従い自分の教室に向かう。
そうして集まったクラスメイトの前で担任から発表された一つの事実。
同じクラスになった攻略対象の男子の一人が大怪我を負い、領地へ療養に戻るらしい。今年度は休学するそうだ。
クラスメイトたちはざわざわしている。
……違うよね?
私のせいじゃないよね?
だってわざとじゃないんだし……。
まあ、確かに昨日、私と彼は出会い頭にぶつかったよ。
それは事実だ。間違いない。
そして彼は廊下の反対側の壁に激突していった。それもまた事実。
その二つの出来事。
そこに何か因果関係が認められるだろうか。
うーん……ないよね。
私の常識では、無い。有り得ない。皆無だ。
つまり因果関係は存在しないということになる。
証明終了。
私の無実も証明終了。
はいこの話おしまい!
さて、悲しい偶然のせいで攻略対象者が一人減ってしまったが仕方ない。
まだ何人かいるし問題ないけど。
でも同じようなことが起こるのは流石に困る。
原因に心当たりはある。たぶん、神様がくれたチートのせいだ。
たぶんなんて曖昧な言葉を使ったが、昨晩のうちにある程度検証は済ませてあるので百パー確実だ。
このチートはちょっと凄い。
ほんの少し『えいっ』ってやるだけで、岩を割ったり、大地を割ったり、あと色々割ったりできる。割ること以外もできる。
むしろあの攻略対象者が死ななかったことの方が驚きだ。何で死ななかったんだろう、不思議だ。
不思議系イケメンか。
攻略対象者って凄い。
せっかく乙女ゲームのヒロインになったからには、全力で恋愛に取り組む所存です。
でも逆ハーレムとかはちょっとゴメンかな。
私ってほら、曲がったことが苦手っていうか一途なとこがあるんだよね。
このゲームの攻略対象キャラは六人。うち一人はもういないので計五人の男の子の中から誰か一人を選べばいい。
そういえば裏ルートでもう一人攻略対象キャラがいたけど、面倒な側面も多いのでパス。堅実にいこう。
まあどの攻略対象者を選ぶにしても、特に問題も障害もないと思う。
みんな素敵で魅力的な男の子だし。
そして何より。
きっと私の魅力でイチコロだもの。
学園内を徘徊していると、二人目の攻略対象者に出会ってしまった。
妖艶な魅力を漂わせる一学年上の彼は、節操無く女性に手を出すプレイボーイだ。
出会って早々、あれよあれよの間に、私は空き教室に連れ込まれてしまった。
他人の善意に付け込む巧妙な手管に感心を覚えてしまう。
彼は幼少期に母親から捨てられたトラウマのせいで、女性という存在を信用していない。女性に淫らな誘惑を仕掛け、玩具のようにもて遊んでは捨てていく彼の行動は、そんなトラウマに端を発する一種の復讐行動でもあるのだ。
そして彼自身、自分の行動に嫌気が差し、激しい葛藤を抱く二面性も持ち合わせている。
このルートは、やらかしまくった年上のイケメンの更生を促し、献身的に支え、成長を見守る聖母ムーブに浸りやすいルートで、人によって好き嫌いが激しかったと記憶している。
「ふーん。君、俺に興味ないんだ?」
「ありません」
ほんとはありまくりだけどね。でもここでがっついてはいけないのだ。
「へー、ならこれでも?」
背後の壁にドンと手をついて、形のいい顎を寄せてくる。
「………………」
「反応無しか。悔しいね~」
言葉とは裏腹に、その顔には悔しそうな感情は欠片だって浮かんでいない。
面白そうな表情のまま、彼は私の顎に手を添えてクイっと上向け、唇を近づけてくる。
もう好きにして~っ、と黄色い声を上げたいところだが、それは先走りが過ぎるというもの。そんな言葉を口にすれば彼の興味は瞬く間に失せて、この場を去っていくだろう。
追えば逃げる高貴な猫のような存在なのだ。彼という人物は。
だから私は緩みそうになる頬に喝を入れ、強い口調を意識して反抗をみせる。
「やめて下さいっ!!」
同時に力の限り彼を睨みつける。
「へぇ、おもしれーオン――」
その時、教室中の全ての壁が鳴動した。
特に窓と扉はガタガタと揺れ、大きな騒音を奏でている。
まるで大嵐の真っ只中に晒されたような一幕。だが、教室内に風などは吹いていない。地震が起きたわけでもなさそうだった。
そして目の前の人物だが、更なる異常事態に見舞われていた。
途中で言葉を止めた彼は、一瞬で顔面を蒼白に染めたかと思うと、白目を剥いて泡を噴き、そのままバターンと倒れてしまったのだ。
更には、ズボンの股間部分が変色していく怪奇現象まで。
こ、これは……。
もしかして、さっきの気迫を込めた拒絶が威圧感的なものに変わり、彼の心をバキバキに折ったのかしら?
そしてこの惨状……。
えーっと……そうだわ!
婚約者でもない未婚の男女が密室で二人きり。この状況は非常に不味い、ええ非常に不味いの。
周囲に不健全な関係を疑われてしまうわ。
これはいけない。
私だけでなく彼の名誉の為にも、この場を離れなくっちゃ。
私が空き教室を脱出して僅かの後、今度は複数人の生徒があの空き教室に入っていく姿が見えた。
あれだけ教室内が揺れたので当然と言えば当然である。
間一髪だったわ。
これで私と彼が変な噂になることもないでしょう。
互いの名誉は守られたはずだ。
後日。
彼の醜聞が怒涛のごとく学園を駆け巡っていた。
何らかの粗相をしてしまったらしいが、それ以上の話は耳を塞いで聞こえない振りをした。
いえ、単にそういう悪口みたいな話、聞きたくなかっただけよ?
ただ今回の醜聞によって、彼の女性からの人気は大分落ちてしまった。
元々同性からの人気は最低に近かったので、男性陣からは嵐のような嘲笑が飛び交っている。
そのせいなのか定かでないが、彼本人は絶賛引きこもり中らしい。
酷い話である。
私は盛者必衰の趣を感じずにはいられなかった。
どんな強者にも終わりは訪れるということだ。
南無……。
供養も済んだので次の攻略対象者に行ってみよう。
三人目のお相手は野生児わんこ系男子。
彼は初対面でヒロインに「美味そうな匂いだ」って失礼な事を言ってくるの。
でもそれは、匂いによって人の心を直接感じてしまう、彼の特殊な能力に起因するもの。知りたくもない他人の感情を嗅ぎ取ってしまう彼は、実の家族にすら疎まれ、孤独の中を生きてきた。
そんな彼が、初めて嗅いだヒロインの優しい匂いに惹かれ、やがて恋に落ちていく。
孤高の獣が、飼い慣らされたわんころに変化していく姿は、まさに破壊力抜群。ギャップ萌えってやつね。
待っててねわんこちゃん。私が貴方を幸せにするよ。
そんなわんこちゃんなんだけど、なぜか彼は、初対面から毎回会うたび五体投地をキメて、絶対にこちらと視線を合わせようとはしない。
これは私に会えて嬉しいって喜びを体現しているんだよね? ちょっと自信ないけど。
それでもめげずに話しかけていたら、やがて彼は学園を去ってしまった。
私の想いは、彼の能力で伝わっていたはず。それでも逃げたということは……。
おそらく、私の愛は重すぎたのだ。彼の行動は、その重みに耐えられなかった結果に過ぎない。
思ったより私は、重い女だったようだ。
人を愛するって難しい……。
ま、いっか。
四人目に出会ったメガネが似合う優等生系の攻略対象者は、色々あってメガネをパリーンしてしまったところ、糸の切れた操り人形のように生気が無くなり、そのまま意識を失ってしまった。今も昏睡状態が続いているらしい。
彼に関して言えば、メガネを割った以外何もしていないので本当に謎だ。
ただ、割れたメガネから不吉な感じの靄みたいなものが出てきたので、一応浄化しておいた。なんだったんだろう。
そんなこんなで五人目、六人目とチャレンジしていった結果。
――学園から全ての攻略対象者が消えてしまった。
え、待って。この作品、ミステリー要素あったっけ?
謎が謎を呼んでしまったわ。
だけどどうしよう。これでは私は、誰とも恋ができないじゃない。
仕方ない。もうなりふり構っていられないわ。
最終手段、奥の手を使おう。
奥の手を使って裏ルートの彼を攻略するのだ。
待ってて、本当に最後の攻略対象者さま。
私の魅力で、貴方をイチコロしてあげるから。
というわけで。
やって来ました魔王城。
そしてここは一番偉い人のお部屋。
そう、何を隠そう裏ルートの攻略対象者は魔王なのだ。
ちなみにここまで来るのはテレポートで一発でした。チートってすごい。
通常のルートの場合、魔王は完全にラスボス要員としてしか存在せず、彼を倒して物語は終了する。
魔王である彼と結ばれるルートを見る場合、逆ハーレムルートをクリアして大団円エンドを見た上で、もう一度逆ハールートをプレイすることで初めて分岐が登場する。
まあクリア後のおまけみたいな要素だ。
この世界で再現するには難易度が高すぎる上、好みの結末でもないので、正直興味は無かったんだけどね。
でも唯一残ったルートだ。私は彼と添い遂げてみせるよ。
「誰だ? いや、どうやって入ったのだ?」
「貴方と夫婦になるために来ました。私たちは愛し合えるんですよ魔王様」
「……ただの狂人か。まあいい、死するがよ――――あ?」
私の目がチカチカ光り、魔王の怜悧な瞳に吸い込まれていく。
この瞳は魅了の魔眼。その名の通り、対象の精神に自身に対する絶大な好意を植えつけるアウトな瞳だ。
流石に倫理的に問題があり過ぎたので禁じ手としていたが、このたび解禁と相成りました。
この魔王さん、徹頭徹尾悪役だし少しくらいいいかなって。
「もちろん私のこと、好きなんですよね?」
「な、ん……あぁあぎいいいィィ――――!!! …………すきだすきだすきダすきダすキダアイしてスキスキスキィスキキキキキキィィキキィイイイャワウヒィアヤヴェィスズキィィアアハハハァァ――――!!!!」
おや? 魔王の様子が……。
壁にゴンゴン! 頭をゴンゴン!
そして全身を激しく掻き毟り始めたかと思うと、一際長い天を突くような、世にも恐ろしい絶叫を轟かせた魔王さまは、やがて静かになった。
「あの~、魔王さま?」
未だ、二本足で立ち上がったままの魔王に声を掛けてみるが。
「もしかして……お加減が、悪かったり……?」
傍に近寄り、改めて観察した私にはわかってしまった。
断言しよう。
魔王の生命活動は終了していた。
全身が白く煤け、世界中の苦悶を詰め込んだような表情で、瞳にはハートマークを浮かべたまま。
魔王は発狂死したようだった。
私は深い悲嘆の念に暮れていた。
皮肉にも私への愛で死ぬだなんて、そんなことこれっぽっちも望んでいなかった。
なんて悲劇的で、救いの無い結末だろうか。
まあ、この魔王さま。放っておくと、人間全部皆殺しとかおっ始めるような殺伐としたお方だからね。
裏ルートを除けば、殺るか殺られるか、それだけだから。二択だから。
チートごときでその因果は捻じ曲げられなかったってことだよね。
勉強になった!
良い経験になった!
ありがとう魔王さま!
さて帰ろ。
こうして私の乙女ゲームのヒロインとしての役割は終わった。
全ての攻略対象者の攻略機会を消化し終えた私は、もうヒロインではない。
でもここはゲームの世界でもない。
私も、攻略対象者も、脇役も、その他のモブと呼ばれる人たちだって、みんな血の通った人間だということ。みんな、NPCなんかではないのだ。
だからこの世界も、私たちの人生も続いていく。
ここは現実だからね。
異性の数だけ攻略対象者は存在していると言えるのだ。
私の婚活も、もちろん続いていくよ。
まだまだ終わらない。
そう、まだまだね……。
補足
一人目
独特の発言と空気感が特徴の不思議系イケメン。
懸命の治療とリハビリで二年遅れで学園に入学を果たす。
平和な学園生活を送った。
ヒロインの顔は見ていない。
二人目
失禁現場を大勢の生徒に目撃され引きこもる。
女性に見つめられると震えが止まらない身体になった。
三人目
ヤベー奴に狙われているのがわかり土下座ムーブをかますも見逃してもらえず逃走。
四人目
メガネに乗っ取られていた可哀相な人。
一年後に目覚めるも全ての記憶を失っていた。
ヒロインに救われた唯一の人。
五人目六人目
第一王子と第二王子。
玉座を争う異腹の兄弟。
ヒロインの存在を知り、自陣営に抱き込もうと互いに画策。
実際にヒロインの物理的被害が及ぶに連れて、メリットとデメリットを秤にかけて懊悩。結婚したら本気で命がもたないとほぼ同時に理解し、ヒロインを諦める判断を下す。
が時すでに遅し。
四人分の失敗から本気モードのヒロインは絶対に引かない構えをみせる。
互いにヒロインの身柄を押し付けあう兄弟だが、事態は悪化の一途を辿る。
仕方なく共闘し、共同戦線を張る……と見せかけて第二王子は他国に留学し逃亡、離脱する。
最後の攻略対象者となった第一王子は、玉座と自身の生命を再度天秤に乗せ、最終的に逃亡を選択。
ヒロインの執念の猛追を、多大なる犠牲と持ち前の頭脳、王者に相応しい絶対的強運で辛くも交わし、逃亡を成功させる。
魔王
通常ルートの攻略対象者全てに逃げられ、修羅と化したヒロインは禁断の力を開放する。
ヒロインの魅了(洗脳)能力を全開で受けた魔王はあっさりと自我が崩壊。発狂死するに至った。
もともと外道ムーブ全開の冷血パーフェクトキラーマシン魔王なので、同情に値する背景は特に無し。
原作では逆ハーレムルート終盤からのルート分岐。魔王からの求婚を受け入れ、攻略対象者たちを裏切ることで成立する。
ルート確定後は選択肢無しのエンディングへ一直線。
攻略対象者六人の屍の上で結婚式を挙げる闇堕ちエンド。
ヒロイン
クズ界に颯爽と現れた寵児。
様々な悪徳と大いなる忘却力を併せ持つハイブリッドサイコパス。
貰ったチートでほぼ何でもできるが、本人の発想が貧困なので今のところ歩く災害くらいに留まっている。
結婚願望は強い。
前世は原作以外のことは覚えていないが、ろくでもない人物だったのは確かなようだ。