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願い ―わすれな草の海―  作者: 吉岡果音
第二章 異形
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魔獣

 キッチンでちょっと遅めの昼食を作りながら、ユイは一人考える。


 ――魔獣「ユメクイ」というものが私の中にいる、そうシュウは言っていた。かすかに記憶に残る、異形の怪物……。もしかしてあれが……! 私は、あの恐ろしい怪物に少しずつ蝕まれているのだろうか……。


 突然、頭の中に映像が現れた。

 暗闇に、蠢く四つの目。

 ユイを見つめる恐ろしい大きななにか……。


「なに!? 今の……!」


 背中に氷をあてられたようだった。はっとし、思わず包丁を取り落とす。鈍い光を放ち足元を刃物がかすめた。

 ユイはかぶりを振った。考えるのはやめよう。だめだ。意識すればする程、底の知れない冷たい恐怖に支配されてしまいそうだ。足が震える。目の前が暗くなり、軽いめまいを覚えた。目に映る景色が歪む……。


 ――だめだ。意識してはいけない。もっと別のことを考えよう――


 こちらが相手を見ようとすれば、相手もこちらを見つめ返す、そんな気がした。

 シュウはまだ眠っているようだった。ユイは思う――シュウはよほど疲れてしまったのだろう。自分のために、一晩中……。今ならわかる。シュウの話は紛れもない真実なのだと。今朝自分が穏やかな気持ちで目覚めることができたのは、シュウのおかげだったのだ、と。


 ――あのひとが、シュウが、私を守っていてくれた――


 そう思うと、胸に熱いものがこみあげてきた。繰り返し、心の中でゆっくりと何度も反芻する。


 ――私を守ってくれたんだ――


 シュウはそのとき目を覚ましていた。ユメクイのわずかな動きを感知したのだ。しかし、それから変化は見られない。

 シュウは目を閉じた。それから、頭から天に向かって昇る長い管のようなものを、足からは大地に向かって伸びる管のようなものを、それぞれイメージした。それらの管状のものを通して天のエネルギー、大地のエネルギーを受け取る。高い波動のエネルギーを体の中でゆっくりと循環させる。建造物の中でもそれは可能だった――今のうちに、純度の高いエネルギーをしっかり蓄えておかなければ――「循環」を繰り返しながら、シュウは再び深い眠りについた。

 ユイは恐ろしい怪物から離れるために、意識的に楽しいこと、素敵なことを考えることにした。


 ――この前、輸入雑貨のお店で買ったデンマーク製のかわいいお皿、早速使ってみよう。


 普段使いに、と思って購入したが、一目惚れしたその皿を、自分ひとりで普通に使ってしまうのもなんだかもったいない気もして、初めて出すのはちょっと特別なときにしようと考えていた。

 白地にペールブルーの縁取り、中心にかわいらしい花模様が描かれたその皿は、食器棚の片隅で晴れの出番を待っていた。改めて手に取ってみると、その重み、質感もユイの好みにぴったりだった。きっと料理も素敵に引き立ててくれる。


 ――あのひとは――シュウは、お昼ごはんも喜んで食べてくれるかな。そういえば誰かのために食事を作るのって久しぶりだ。変なの。昨晩知り合ったばかりなのに、妙に嬉しい。自分の作った料理を見て驚く顔や、おいしいと喜んで箸を進める姿を想像するだけでなんだかわくわくする。彼は、どんな料理が好きなんだろう? とても痩せてるけど、スイーツとか好きそうだな。チーズケーキを焼くより、お気に入りのカフェにでも連れてってあげようかな。あそこのパンケーキは、ふわふわでフルーツも生クリームもたっぷりで、とっても素敵なんだ。


 シュウとなら、出かけるのもいいな、と思えてきた。でも、若い女の子で賑わうあのかわいいお店に行ったら、シュウは照れてしまいそうだなあ――そんな他愛もないことを考えていたら、体中にあたたかい力が戻ってきたような気がした。


「すみません。すっかり眠ってしまいました」


 おいしそうな香りに誘われたのか、シュウが起きてきた。先程よりずっと顔色はよいようだ。ユイはほっとした。


「ちょうどよかった。お昼、できたよ」


 つい姉のような口調になってしまう。なんだか彼女みたいな言い方だと思われるかな、なれなれしいとか思われないかな――今まですでに充分なれなれしかったと思うけど――、とユイは一瞬考え、変に思われないように急いで他の話題を探そうと思った。さりげなくしよう、意識してしまっているのがばれないようにしよう、そして――少しでも好感を持ってもらえるような楽しい話を探そう――、と心は焦る。

 しかし、そんなユイの心配は無用だった。


「うわあ! おいしそうです! 本当にありがとうございます!」


 やっぱり驚いてくれた――ユイは自然に笑顔になっていた。


「私のせいで徹夜になっちゃったんだもんね。色々ごめんなさい。本当にありがとう」


 シュウは少しなにかを考えていた。言葉を慎重に選んでいるようだった。

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