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願い ―わすれな草の海―  作者: 吉岡果音
第一章 出会い
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それは、満月の夜

 男の名は、狐ヶ月(きつねがづき)シュウ。

 昨晩――空には淡い光をまとった満月。

 飲み会の後、ユイは帰宅しようと一人歩いていた。だいぶ酔ってはいたが、パンツスーツで颯爽と歩く姿は傍目からそうとは感じられなかった。

 シュウは足早にユイに向かって歩いていく。


「すみません。ちょっとお話ししてもよろしいですか?」


「私?」


 ユイは絹のように滑らかな長い髪をなびかせ振り返る。後方から大きな歩幅で近づいてきた若く小柄な男性に突然声をかけられ、少々驚きながら。

 ユイはすらりとした長身の、快活な印象のする美人だ。大きな瞳は好奇心いっぱいといった感じで、常に光を湛えくるくるとよく表情が変わる。本人はまったく自覚していないが、ふっくらとした唇がどことなく憂いを帯びたように見え、とてもセクシーだ。しかしユイは自分の魅力をあまり理解していない。容姿を褒められることがあっても、愛の告白をされることがあっても、明るく元気な性格のためか、自然といつの間にか冗談や明るく楽しい雰囲気に変わってしまう。告白の場合は相手が勝手に「やっぱり自分には無理だ、高嶺の花だ」と諦め、すぐに冗談に切り替え急きょ無かったことしてしまう、ということも多々あった。しかしユイはまったく気付いていない。ユイの知らぬ間に始まり知らぬ間に終わっていた恋は山程あった。

 ユイはもちろん、深夜酔った女性が一人で歩いて帰るのは非常に危険なことだとわかっている。しかし自分に対しては周りがはらはらするくらい無防備だった。今夜の飲み会も、皆送っていくだの近くてもタクシーを使えだの散々提案したが、大丈夫、ありがとう、気を遣わないで、夜風が気持ちいいしちょっと歩きたいから、とあっさり却下してしまった。

 シュウはまず、自分が怪しい者ではないことを、決してナンパではないことを、不器用ながら真剣に丁寧に説明しようとした。しかし悲しいかな、シュウの地道な努力は実を結ばず、ユイは終始「勧誘」か「ナンパ」だと思っていた。

 ユイは気の合う仲間との宴の余韻が残っていてご機嫌だった。今ならなんでも楽しいと思える気がした。久しぶりの開放的な感覚――ずっと、もやもやした重くて暗いなにかに囚われている閉塞感があったから――アルコールと親しい人々の笑顔がそれを忘れさせてくれた。それに、彼氏ナシ、色恋沙汰とはすっかり縁遠い生活だったので、まあたまには話くらいならちょっと聞いてみるのも一興かな、もし危ない感じだったら蹴りの一つもお見舞いしてダッシュで逃走だ、自分は絶対大丈夫――そう軽く考えていた。

 シュウの話は実に荒唐無稽だった。自分はこの世界に潜む「魔獣」という怪物を退治することを生業にしている者だという。そういう家系に生まれ、特殊な能力を持っている、ユイに魔獣の影を感じたので声をかけたのだ、そうシュウは説明した。


「まじゅう?」


 酔った頭にいきなりの奇妙な話。突然すぎて笑い出すことすらできなかった。


「はい。単刀直入ですが、貴女は魔獣というものにとりつかれています」


 ――ええと。なんだそりゃ? この人は真顔でなにを――


「最近、悪夢を見続けているのではないですか?」


 いきなり言い当てられ、ユイは驚きを隠せなかった。


「その夢を見ることで、なぜか奇妙な喪失感を感じてはいませんか?」


 なぜ最近ずっと感じている私の不安を……。でもきっと偶然だ、適当に言ったのがたまたま当てはまってしまっただけだ、ストレスの多い現代、悪夢を毎日見るなんてきっとそんなに珍しいことじゃない、みんな常に大なり小なり不安や喪失感を抱えて生きている、とユイは思い直した。

 しかし、自分でそう考えたのだが一つの疑問に行きあたる。


 ――でも私、どうして悪夢を見るんだろう。一体なにが不安なんだろう。悩みもストレスも特にないと思うんだけどなあ。最近悲しかったようなこともないし。仕事上の問題もこれといってないし。疲れてはいるけど、体調だってそんなに悪くないと思う。家族や友人、周りの人間関係もありがたいことに良好。彼氏と別れて気がつけばもう二年。彼とのことは思い出すこともあるけれど、彼は彼でどこかで元気に暮らしていたらいい、ちょっと切なく懐かしく思うくらいだしなあ……。人生振り返っても過去のトラウマとかも特にないはずだし。そうすると、私の悪夢の原因、心にかかった黒いもやの正体は一体なんなのだろう――


「……もしかして、新手の宗教の、勧誘、とか?」


「違います」


 シュウはまっすぐな瞳でユイを見つめ、話を続ける。


「貴女に『ユメクイ』という魔獣がとりついています。このままでは危険です。貴女の生命を守るため、私の力を使わせてください。報酬は、お気持ちで結構です。たとえば一円でも。仕事としている以上、無償で、とは言えないのですが、貴女を助けたいのです」


 ――まさか。冗談? なにかのドッキリ? サプライズ?


 どこかに自分の友人が潜んでないか、念のため辺りを見回す。


 ――そんなわけないか。それにしても変な作り話。人を騙すなら、もっと現実味のある嘘を言えばいいのに。


 ユイが周囲を気にしているのを見て、シュウも周りに視線を配る。その視線はまるで武道家のように素早く鋭い。


「なにそのただ者じゃない感じ! もしかしてキミ、殺し屋とかスパイとか!?」


「えっ!?」


 思わず目を丸くするシュウ。シュウが面食らったのを見てユイは笑い出した。


「キミ、面白いねー! 魔獣とか特殊な力とか、ほんと変なこと言うー!」


 と、そこでユイはシュウの肩をばんばんと叩く。シュウはユイより三センチくらい背が低かった。

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