午後のショッピング
うららかな陽光は次第に傾き、風もほんの少し冷たくなってきた。瑞々しい緑の木々が優しくそよぎ、本当に今日はこのまま過ぎていってもよいのですか? 外はとても気持ちがいいですよ、と誘っているようだ。
「お買い物、行ってもいい?」
許可を必要とするわけでもないだろうが、一応シュウに確認してみる。
「私も同行します。もしお嫌でしたら、離れて歩きます」
「離れて歩くなんて、そんな! 普通に一緒に歩こうよ!」
シュウだったら要望さえあれば、さながらベテラン刑事の尾行のように、見事一定の距離を保って歩いてしまえるだろう。
日中の明るさの中で、並んで歩く二人は人ごみの中でも目立っていた。
華のある二人、「陽」の明るさを放ち魅了するようなユイと「陰」の引力で人を惹きつけるシュウ。まるで太陽と月のようだった。
しかも、男性の方が女性よりいくらか年若く見え、くわえて小柄で華奢な体つきの男性と長身でスタイルのよい女性との取り合わせ、というのも余計に珍しかったようだ。
横を通り過ぎた女子高校生達が二人を振り返りながら、きゃあきゃあ騒ぐ。「あの人達、芸能人とかモデルとかかなあ? すごい綺麗で目立つよね! 雰囲気が普通の人じゃないって感じー!」「オーラ、ってやつ?」「オーラ、まずウチらにはないよねー!」「なくはないよ! ウチらだって生きてんだから!」明るい笑い声――シュウは彼女達の瑞々しいオーラが、力強く美しく輝いているのを眩しく感じていた。
シュウもユイも自分達のことを言われているとはまったく気付いていない。シュウも、ユイ同様自分の魅力についてあまり把握していなかった。二人とも、どこに芸能人みたいな人達がいるんだろう、そうぼんやり考えながら歩いていた。
ユイはまっすぐ、若い男性向けのカジュアルな洋服店に入っていく。ユイの弟がユイを頼ってこちらに遊びに来たとき、安いしサイズも豊富だしどれもかっこいい、と喜んでたくさん服を買いこんだ店、だった。
シュウもユイの後に続いて店に入る――彼氏へのプレゼントでも探しているのだろうか、それにしては今日はなにも予定がないと言っていた、なぜ急に無理を押してまで買いに出ることにしたのだろう――と少し不思議に思いながら。
シュウは、必ずしもユイに恋人がいないとは限らない、と思っていた。ユイはとても魅力的な女性だ。ナンパだと誤解したまま部屋にあげたようだが、それでもそれが「恋人がいない」という絶対的な証拠となるわけでもない、と考えていた。たとえば、恋人とけんか中だった、遠距離で寂しかった、恋人に浮気され、ついやけになって……、そういった事情は色々考えられる。また、なんの事情もなく、ただ衝動的に、ということでさえ、ありえないことではないとシュウは思う。
――人の心はどこまでも深く、そして常に揺れ動く。自分の心であっても、自分で理解できているのは表面的なごく一部だろう。そのときの体調や天候の状態など案外ささいな要因にも簡単に左右されてしまうし、運命的な力としか思えないタイミングや神秘的なものの影響を受けることさえある、ときに自分でも予想外のことを思い、想定外の行動をしてしまうものだ。そのうえユイはかなり酔っていた。理性のブレーキが弱まっていたのなら、なおさら不思議なことではない。しかし、ユイは映画を観る前、気を遣ってかどこかへ出かけようと誘ってくれた。メールや電話などを気にする気配もまったくない。もしかしたら本当に現在ユイには恋人がいないのかもしれない――
そこで一瞬だけ、じゃあもしかして昨晩「そういった誘い」も可能だったのか、という考えがシュウの頭をよぎった。そんなよからぬ雑念は即座に打ち消した。一人で勝手に考え、勝手に頬を赤くした――危ない危ない。なにを考えているんだ。まだまだ自分は修行が足りない、とシュウは反省し密かに気を引き締めた。
「これなんか、いいよね」
ユイは鮮やかな藤色のカットソーを手にし、シュウの体にあてて合わせてみる。
「どうして私に合わせるのですか?」
シュウは疑問に思った
――自分は平均的な男性よりだいぶ身長が低い。正直、昔はそれがコンプレックスだった。しかし年齢を重ねた今は、まあそんなことはどうでもいいと思っている。それにしても、自分はどう考えても彼氏の代わりのマネキン役にはならないんじゃないか。それともユイの恋人は自分のような小柄な男なのだろうか。
「この調子じゃ、シュウはいったん自分の家に帰るとか、そういう気はないんでしょ?」
「え。確かにそうですが……。それがなにか……?」
「やっぱり着替えがなくちゃ! 報酬の一部前払いってことで、プレゼントさせて。それから疲れないようにルームウェアとかも……」
まさか、自分のために! ――シュウは驚く。
「そんな! 大丈夫ですよ! 私は数日間くらい野宿だってよくあるし……!」
と、言いかけてシュウは少し考えた。
――そうか、若い女性だから、やっぱり不潔な男が近くにいたら嫌だろう――
しかし、ユイはまったくそんなことを考えてはいなかった。ただ、ユイはほんの少しでもシュウの疲労が軽く済むように、心身共に健やかに過ごせるように、ということだけを考えていた。
「わかりました。報酬の前払い、ということなら喜んで受け取らせていただきます」
「全額じゃないよ! 『一部前払い』だよ! なんたって私の命がかかってるんだから! 私の命だったらこんな安いもんじゃ絶対に済まないよ?」
果たして店員が聞いたらなんと思うだろう。
「あ! これもシュウに似合うね。うん。いい感じ!」
嬉々として次々選び出すユイ。呆然とするシュウ。ユイは誰かにプレゼントすることや、その人に本当に似合う物を探してあげることが大好きな性分だった。喜ぶ顔が嬉しいし、その人自身も気付かない新しい側面を見つけてあげるのが楽しかった。また、ユイのセンスは素晴らしかった。
「……てっきり、恋人への贈り物を探しに来たのかと思っていました」
「彼氏なんていないよう! いたら男の人を家に入れたりしないもん! ……自分から男の人を家にあげるなんて、初めてだったんだから……」
ユイはちょっとふくれた顔をした――自分は恋人がいるのに他の異性と関係を持つような人間じゃないし、そもそも簡単に男性と一夜を過ごすような女性じゃない! ――と言いたかった。しかし、主張しているうちになんだか自分で恥ずかしくなり、後半部分は思わず口ごもってしまった。
――そうだ。初対面の男性を自分から家に招き入れたのは事実なのだ。
恥じ入る気持ちをごまかすため――ごまかしたところで消えてなくなるわけではないのだけれども――あえて明るい声でユイは話す。
「でももし、私に彼氏がいたら、この状況はかなりややこしい話になりそうだね。十回くらい説明を繰り返す、だけでは済まなくなっちゃうよね」
ユイはややこしい修羅場を想像して、なんとなく笑ってしまった。身に降りかからない想像だけならなかなか滑稽な場面だ。
シュウはどこかほっとした顔になった。そして、笑顔になる。
「そうだったんですか。本当に恋人へのプレゼントとばかり……」
あれ、シュウがなんだかやけに嬉しそうだ。「ややこしい話」、にはならないことがわかったからかな? と、ユイは思った。
「あ、そうだ」
ユイは下着コーナーに向かって歩き出した。
「それは自分で買いますっ!」
さすがにシュウが止めにかかった。




