第97話・爆乳化? ≪キャラ挿絵≫
鹿角がウサギの形をした攻撃魔法・『HARE』を、『OAR』で方向転換させ、日向にぶつけた。
日向は痛みに耐えかね、道の真ん中でのたうち回る。
「さてと……ここで降参して、お金を返してくれればありがたいんだけどなぁ……。私だって嫌だもん。人が死んじゃったら」
鹿角は座った目で、倒れている日向を見下ろし、『エイト剣』の先を彼女に向けながら言った。
日向は小さくうめきながら顔を上へ向け鹿角を睨み返し、そして血の混じった唾を吐いた。
「冗談じゃないわ……! 勝ったつもりでいる気?」
「いや、この状況、どう見ても勝ってるでしょ、私が!」
日向は不気味に笑ってから、体を転がし、一度放していた袋を掴んだ。
「ハハハッ……まだ決まっていないわ!」
「あっ! このぉ! いい加減にしなさいよ!」
素早く上半身を起こした日向を見て、鹿角は『エイト剣』を振り上げていよいよトドメを刺すことにした。
私もマジックオーバーワークでぶっ倒れてしまうかもしれないけど……この女を倒してお金を取り返しさえすれば、あとは他のメンバーたちが治癒してくれるだろう。
そう考えながら、鹿角は柄を握る手に力を込めた。
「アミナ~・トールズダンス!」
【THOR(=雷神、トール)・鹿角所持魔溜石、A、E、『H』、『O』、『R』、S、『T』】
斜めに振り下ろされた鹿角の『エイト剣』から特大攻撃魔法の大きな黄色い光線が走り、周辺にいくつもの爆撃をもたらした。
日向は目玉が飛び出しそうなほど目を見開いて、金色の閃光の中、咄嗟に自身も剣を構える。
「アンチ・アタッカー!」
【ANTI(=反対者)・日向所持魔溜石、『A』、F、『I』、『N』、S、『T』、W】
日向の『エイト剣』から発せられた黄緑色の光が円状の壁を作る。
『THOR』の雷のような屈折した気が、日向の前の光の壁に突き刺さり、激しい爆発音が響く。
少し離れた場所には、日向の防御魔法から外れた気が落ち、地面を深くえぐった。
日向の両脚が揺れ、全身に伝わる。
剣を握る両手は衝撃で後ろへ押しやられそうになり、腕にまで痺れが伝わる。
歯を食いしばって耐えようとした日向だが、鹿角の放った特大攻撃魔法の威力は強すぎた。
「くああっ……」
ついに体勢を崩された日向。
それによって彼女の体の前の防御の光もわずかに力を失い、二つの魔法の均衡が破られた。
黄緑色の光が割れたガラス片のように四方八方に飛び散り、その真ん中を貫いて、太く鋭く尖った『雷光』が飛び出し、日向の腹部に突き刺さった。
「ぎああああっ!」
日向は耳をつんざく叫び声を上げ、地面に叩きつけられるように倒れた。
激しい衝撃音と地響きの中、彼女を中心にして直径三メートルほどの穴ができる。
削られた地面の土砂が辺りに飛び散り、視界を覆うほどの土煙が舞った。
「ハアハアハア……」と、肩で息をする鹿角。
わずかにめまいがして、下に向けていた剣で思わず体を支える。マジックオーバーワークに陥る手前だと感じた。
土煙に少し咳き込みながらも、鹿角はゆっくり前方の窪みに歩み寄って行った。
道にできた窪みの真ん中に、投げ捨てられた人形のように日向が倒れている。
防具や衣服が破損し、半裸のような状態だ。白い肌に流れている鮮血が生々しい。
「そ、そうだ……お金は?」
金の入った袋も巻き込んでしまったことを実は後悔していた鹿角は、視線をさまよわせて袋を探した。
もしかしたら中身ごと木っ端みじんに吹き飛んでしまったのでは……と不安になったが、袋の端が日向の背の後ろに見えた。
奇跡的に袋の形をとどめているようだ。日向が盾になって袋を守った形だ。
金が無事であることを確認すると、やはり心配になってくるのは日向の安否だ。
「お、お~い? まさか……死んでいないよね? ねぇ!」と、鹿角は声を掛ける。
反応はない。
更に気を揉んだ鹿角は、窪みの上から身を乗り出して倒れている敵の顔を改めてのぞき見ようとした。
その時……。
日向に向けられていた彼女自身の『エイト剣』が仄かに光った。
窪みの中へと一歩踏み込んだ時になって、鹿角は初めてその光に気がついた。
それは白い光だった。
剣先から出た白い光の塊が、動かない日向の体に溶け込んでいった。
『エイト剣』を握る日向の手がわずかに動き、衣服が破れて露わになった彼女の乳房が呼吸によって激しく上下する。
「はっ……? ち、治癒系魔法?」
鹿角は調子外れの声を発し、剣を前に構えながら後退りした。
土が削られてできた段差に足を取られ、元の道と窪みの境のへりに背中からもたれ掛かる格好になった。
その間、斜め下から日向の囁くような声が聞こえてきた。
「パトロン・セイント……」
【SAINT(=聖人)・日向所持魔溜石、『A』、F、『I』、『N』、『S』、『T』、W】
再び白い光が日向の体に吸い込まれていく。すでに彼女の上半身は起き上がっていた。
「治癒する力がまだ残っていたの? しぶとい奴!」
鹿角は体勢を立て直し、気を溜めた『エイト剣』を急いで構える。
しかしそこで視界が霞む。マジックオーバーワーク……。その言葉が再び頭に浮かんできた。
「がはっ……!」
気がつけば、鹿角の胸部に日向の黄緑色に光った『エイト剣』が刺さっていた。刺さっていたと言っても斬られた痛みというものは特にない。
しかし……。
「ファット・アンド・ヘビー!」と日向がポツリ呟いた直後、鹿角の体に変化が起きた。
【FAT(=脂肪)・日向所持魔溜石、『A』、『F』、I、N、S、『T』、W】
「は……?」
鹿角はなぜか息苦しさを感じ、体全体が外側に引っ張られる感覚があった。
自分の体に視線を落とすと、胸がやけに大きくなっていて前に突き出ている。
鹿角はもともとふくよかな胸の持ち主であったが、今はそれが二倍ほどの爆乳になっている……いや、胸だけではない。その下のお腹もふくらんでいた。
両脚、そして剣を構えていた両腕がやけに重く感じて徐々に下に垂れていってしまう。
その両腕を見ると、異様にむくんでいて、それも次第にひどくなっていく。
防具のサイドのベルトが悲鳴を上げている。
鹿角の防具は主に革とプレートで作られた、この世界で一番普及している物だ。
革の部分はわずかに伸びることはあっても限界はあるし、プレートの部分は伸びない。
身軽さを重視した女性向けの防具のため、お腹の部分は開いているが、肩、バストやみぞおちはどんどん苦しくなっていく。
腰と両太ももも大きくなり、そこを覆っているフォールド、ポレインに押えつけられて痛くなっていく。ブーツも脚を縛り付けている。
「何ら(何だ)、これ……?」
首も太くなり、顔もふくらんでいるため、うまく喋ることもできなくなっていた。
鹿角は混乱する頭の中で、日向の唱えた魔法名・『FAT』のことを思い出していた。
おそらくそれは、一時的なことではあるだろうが、相手の体の『脂肪』を増加させることができるのだ。
それがわかったところで、この特殊攻撃魔法から脱却する術は見つからない。
両脚が体重に耐えきれず、鹿角は膝から崩れた。
その衝撃でボールのように上半身も横に転がって倒れてしまう。
「あ~あ……酷いわね、この格好。ほとんど裸になってしまったわ……」
日向はゆっくり立ち上がると、自分の肩や腕に張りついていた、破れた衣服の切れ端を片手で剥ぎ取った。
日向は背後の袋を一瞥してから微笑を見せる。
「まぁ、いいわ。どうせ防具も新調するつもりだったし、この金もあるし……。しかし、本当に危なかったわ。あなたがあんな大きな攻撃魔法を使えるとは思わなかった。あれは強力だったと認めざるを得ないわね」
それでも余裕のある言い方に感じ、鹿角は唇を噛む。そして荒い呼吸の中、呟く。
「……らのに(なのに)、らんれふごける(何で動ける)?」
「フッ。喋るのもやっとって感じね? 何で動けるかって? それは私の方が魔法力では上回っていたからよ。だから、何とか治癒する余力があったわけよ」
言ってから、日向はブーツの底で鹿角を軽く蹴った。
「そしてこの魔法であなたの動きを封じることもできたわけよ、可愛い子豚ちゃん。でも解けてしまうのも時間の問題なのよね。……だから次はこっちもとっておきの攻撃をさせてもらうわ」
「らにぃ(何ぃ)?」
「魔法発動に少し時間が掛かるし、エネルギーも使うから控えていたんだけど、あなた、しつこいから。ここで使って追っかけっこを終わりにするわ」
「ひっ……」
鹿角に向けられた日向の剣が、黄色い光を纏い始めた。
ゆっくりと、まるで棒に巻き付いてできていく綿菓子のように黄色い光の筋が『エイト剣』の刀身に巻き付きながら次第に大きくなっていく。
鹿角は自身のふくらんだ脂肪で身動きが取れず、目の前で出来上がっていく相手の気を、ただ怯えながら見つめていた。
鹿角の防具はすでに両側のベルトが切れて前後に外れていた。
ブーツも勝手に脱げていて、ほぼ、紺色のスポーツタイプのショーツ一枚という状態だった。
元々鹿角の武装時は両の内腿が露出していてショーツが見えているという格好であるし、場合によっては乳房が晒されてしまっても仕方ないという性格なので、パンツ一丁という状態だけではそれほど恥ずかしくはなかったのだ。
しかしその上まんまると体がふくれてしまっているから、さすがに彼女も赤面する。
この姿をカケルはじめ、メンバーに見られたくはない。
しかしそんな羞恥心も、日向が次に放つ特殊攻撃魔法を食らってしまっては何の意味もないのだ。
「フェイント・ブリージングッ!」
【FAINT(=気絶、失神)・日向所持魔溜石、『A』、『F』、『I』、『N』、S、『T』、W】
高らかに宣言するように声を上げて、日向は剣先を前に突き出した。
放射された黄色い光の柱が鹿角の丸い体に当たる。
その瞬間から、鹿角の意識は深い暗闇の底に落ちていった。
『FAINT』は相手を一時的に気絶させる特殊攻撃魔法だ。
それを防御する術なくまともに食らった鹿角は、例にもれず気絶したのだ。
一方で、魔法力の消費が激しいため、使用者の日向も直後、軽いめまいを覚え、その場にしゃがみこんだ。
理解はしていたものの、やはり危険な魔法だ。もっと魔法力が温存されている時にしか使用しない方がいい、と日向はうなだれながら思った。
日向は再び立つと、衣服の切れ端で体の血を拭う。
多少はマシになったが、まだ白い肌がピンク色に染まっている。
あとはどこかで洗い流すしかないが、それまで何か上に羽織らなくては。
いくら人通りの少ない道とは言え、血の跡が残った半裸のままで歩き回るわけにはいかない。
日向の視線は真っ先に、鹿角の前に落ちている防具に向かった。
それを持ち上げる。
そこで、いきなり背後から犬の吠える声がして、日向の体は一瞬固まった。
機械のようにゆっくり顔を後ろに向けると、斜め後ろの木陰から「ハァハァ」と息を荒げた柴犬が出てきた。
日向の視線はすぐその後ろに向けられる。
木陰から篠山佳織が出てきたのだ。その横には犬のリードを持ったミュウがいる。
篠山佳織は口を大きく開き、慌てて両手を顔の前にかざした。
「あ、あなた……ほとんど裸じゃない?」
「うわっ……本当だ……」
後から現れた篠山純太も思わず顔を背けた。
しかしチラリと横目で日向の方を見直して言った。
「しかし、すごい戦いの跡だな……って言うか鹿角さんは?」
「そ、そう言えば……あっ! ま、まさか……あそこの……」
篠山佳織が顔を赤く染めたまま、日向の奥を指差した。
彼女の指先を目で追った純太は、その目を白黒させ、上ずった声を出す。
「う、嘘だろ? 何であんなに太っているんだ? しかも……あの人まで裸じゃないか……」
「きっと、あの人の魔法でしょう……。つまり鹿角さんが負けている……」
「何ゴチャゴチャ言っているんだ!」と、最後に木陰から出てきた黒石が『エイト剣』を光らせ前に走り出す。
「あの露出狂も早く倒せ!」
野太い声をあげ迫ってくる黒石に向かって日向は自身の剣を振るった。
日向の発した気と黒石の放った気がぶつかり合い、激しく明滅する。
挿絵・『FAT』を食らった鹿角




