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第87話・ローリング・タイガー

『プライド』に加入試験の申し込みをしに行った帰り道。


 そこから馬車でも牛車などの乗り物が通るまで、節約のため徒歩で進もうということになって、俺と鮫川が東に向かって歩いていると、偶然茅野(ちの)姉妹と出くわした。


「ああ、あなたたち。どうです? あの女性たちのパーティーは? あなたたちには居心地がいいんじゃない?」と、妹の夏妃(なつき)も含み笑いで言った。


「俺たちより、君の方は? ケガはもう大丈夫か?」

 心配して訊くと、その言葉が意外だったのか彼女は目を丸くしてから、顔を赤らめて言い返した。

「あ、あの程度のケガで、いつまでも痛がっていられないわ……! あ、あなたにそんなこと心配されたくないんですけどっ!」


「ああ、そう……」

 困惑して言った俺の後で、鮫川が前に歩き出した。

「こっちの心配もいらん。今『プライド』に顔出してきたところだ。そのうちお前らのパーティーに肩を揉む依頼を出してやるよ」


「『プライド』に?」と、兄の春樹は鷲鼻(わしばな)にしわを寄せた。

「ハッ、どうせまた落とされんだろ。今度はくれぐれも変な少女を連れ歩くなよ? 『プライド』の奴らの前でそんなことしたら、殺されるぞ?」

 

 鮫川は彼らの横を通り過ぎながら言った。

「お前らに言われなくてもわかっている。どけ」


「あ、おい、鮫川。俺はこいつらにちょっと話がある。何だったら、先に帰ってくれ」

 俺がそう言うと、鮫川は眉根を寄せた顔をわずかにこちらに向けてから、また背を向けて歩き出した。

「……勝手にしろ。しかし気をつけて帰れよ? あの姉ちゃんたちがうるさいからな」

「ああ」と返し、しばらく鮫川の背が小さくなるのを見ていた。


「おい。俺たちだってお前と話なんかねぇぞ?」

「そうよ」

 茅野兄妹が苦りきった顔をして言った。


「待ってくれ。時間は取らねぇよ。明石(あかし)の話だ。あいつはどうなった?」


「明石? あいつも不合格になったに決まっているだろ。不意打ちとは言え、少女にやられたんじゃ当然だ」


「やっぱりか……。で、その少女なんだが……。本人は真相を話したがらないんだが、明石に……いや、もしかしたら『SDG』自体に恨みがあったのかもしれない。何か思い当たることはないか?」


「心外ですわ。私たち『SDG』が? 彼女に恨まれるようなことを?」

 夏妃が薄い眉を吊り上げる。

 

 俺は慌てて両手を向けて制した。

「いや、もちろん全員疑っているわけじゃないんだ。ただ、明石と関係ある奴がいないか知らないか? 明石が何か隠しているのは間違いないんだが、アイツ一人がミュウに……いや、あの少女に、何かしたとも思えないんだ」


「知らねぇよ……。明石をもっと厳しく問い詰めろよ。……ああ、そう言えば、明石は『SDG』に先輩がいるって言っていたな」と、春樹。


「ああ、そうだ! だから『SDG』に入りたいんだったな、あいつ。で、その先輩が誰か知らないか?」

 

 春樹は鼻の頭を掻いて、渋々と言った感じで答えた。

「明石の話をしていた奴らがいて、多分そいつらが明石の先輩だろ。そのうち一人は飯田(いいだ)っていう赤髪のモヒカン野郎だよ。確かにそいつらには知立(ちりゅう)さんや忍野(おしの)さんも手を焼いていたみたいだから、過去には『SDG』の名を汚すようなこともしているかもな……。だけど……」

 春樹はそこで言葉を切って、数秒視線を地面に落とした。

「そいつらなら、先日魔獣にやられて全滅したよ」


「何ぃ? 死んだってことかよ?」


「そうだ。それも、知立さんたちの(めい)に反して勝手に魔巣窟のレベルを上げたからだ。死んだ奴らを悪く言いたくはないが、調子に乗ったのさ……」

「死んだ……」と、俺は口元で何度も呟いた。


「少女が何か恨みを持っているのなら、多分主犯格はそいつらで、後輩の明石は子分みたいなもんだったんだろうな……」と、春樹。


「どのような恨みなのかは知らないけれど、子分の明石には自分で復讐できたし、主犯格の連中は魔獣によって死んだ。あの子にそう報告してあげなさい。少しは気が晴れるんじゃないかしら?」

 夏妃も髪をいじりながら言った。




『ビッグドーナツ』へ戻ってから、『プライド』で決まった試験の日取り等を美咲たちに報告した。


 そしてミュウには茅野兄妹から聞いたことを伝えたかったのだが、なかなかタイミングがなかった。

 ミュウの過去の話にこちらから切り込むのは気が重かったし、いざ話そうと思っても、ミュウはやはりまだ俺に気を許しているわけではないのですぐに雛季たちの影に逃げてしまうのだ。

 

 そうこうしているうちに宵の口に。

 女性陣がゾロゾロと大浴場から戻ってきた。

 すでに寝る格好になった彼女たちは相変わらず刺激的だ。

 しかし今はそれに目を奪われている場合ではない。

 明日に持ち越すことになるのは気持ち悪いので、俺は今ミュウに話すことにした。


 ミュウにとってはやや唐突だっただろうが、俺はミュウと雛季の布団のそばに座って、茅野兄妹から聞いた話を伝えた。

「……ということだ」

「ミュウちゃんが恨みを抱いていた相手は、死んだということ……?」

 美咲は確認するようにミュウの方を見て言った。


 ミュウはいつものように両膝を抱え、ページが閉じられた飛び出す絵本の中の人のように小さくなって黙っていた。


「だから、ミュウの身に何があったのかは無理に訊かないけど、自分の身を危険にさらしてまで復讐することはもうないんじゃないか?」


「そうだね……。本当にそいつらが復讐したかった相手だったなら、天罰が下ったってことなのよ」

 鹿角がベッドから手を伸ばし、ミュウの肩を叩いた。


「赤い髪、モヒカン……特徴は合っている」と、ミュウは両の膝がしらに顔をうずめるようにして呟いた。

「……死んだんだ」


「ああ。もちろんまだ茅野の奴が適当言ったということは捨てきれないけど……」

 そう言った俺に続いて、美咲も頷きながらミウの手に軽く触れた。

「その辺は私たちでまた茅野さんにはっきり訊いてみるわ」


「うん! なっちゃんは嘘つき通せないタイプだから、私もはっきりさせてくる!」

 雛季はガッツポーズを取った。


「わかった……。もう復讐しない」と、ミュウは呟く。

 その抑揚のない声からは、ミュウの心の内はわかりかねた。


 だが、その後、偶然見た彼女の横顔からは本当に何かが吹っ切れたようだった。

 それは、みんなが眠りについてからのことだ。

 俺もすっかり夢の中にいたのだが、例によって、柔らかいものが自分の体に覆いかぶさってきて、ゆっくりと目が覚めさせられていった。

 

 目をこすりながら隣を見ると、柔らかいものの正体は雛季の胸や腕だった。

 彼女はまた寝相の悪さによって、自分の場所からここまで無意識に転がって来ていたのだ。


「ああ……あれ?」と、俺は雛季の布団の方を見る。

 白い掛け布団が敷布団からはみ出した所で、モンブランのようにそびえ立っている。

 敷布団の上には、誰もいない。

 雛季はここにいるから当たり前だが、その隣で寝ているはずのミュウもいなかったのだ。


「ミュウちゃんがいない……」

 美咲も気づいたらしく、素早く立ち上がって部屋を見回した。

 入り口横のソファにはいないし、奥にあるトイレの灯りも点いておらず人の気配はない。

 鹿角のベッドには……やはりいない。さすがに鹿角も自分の寝床にミュウを誘い入れるほどふしだらではないようだ……多分。

 

 俺たちは、みんなを起こさないようそっとドアのノブを回し、外に出てみる。

 そして、常夜灯と月明りのわずかな明かりの中、階段を下りる。


 階段の途中で、下にミュウの姿が見え立ち止まった。やはりここにいたのだ。


 少しの間、階段の柵の隙間からミュウを見ていると、口元に何かを運んだようだった。

 サクサクという音が、夜のしじまの中でわずかに聞こえてくる。おそらくクッキーを食べているのだ。

 ミュウはクッキーを二枚買ったら、一枚をこうして夜食べたり、誰かにあげることが多いのだ。


 常夜灯に仄かに照らされたミュウの横顔。

 クッキーを頬張ってから、その口の端にわずかな笑みが浮かんだ。

 自分が恨んでいた相手が死んだことを知り、自分の復讐は終わった……。

 クッキーと共にそれを噛みしめているようだった。


 俺と美咲は視線を交わし、また階段を上って部屋に戻った。

 ミュウの気持ちに整理がついたようだ。彼女はもう大丈夫……。

 

 それを機に、ミュウは少しだけ、あくまで少しだけだが、ハツラツしたように見える。

 ベランダで飼われている『グラジオラス』のレインボーバード(スカイという名)はもちろん、もう一羽の野生のレインボーバードもミュウに懐き、彼女は度々笑顔を見せるようになった。

 人見知りと不思議な性格は変わらないのだが、とにかく、『SDG』に向けられていた彼女の復讐心が消え、その瞳にもっと明るい未来が映し出されているようであった。


************************************************


 一方で、『プライド』の加入試験の日が近づくにつれ、俺の顔は険しいものへと変わっていった。

 そしてあっという間に、試験の日が来た。


 俺と鮫川は琴浦家で待ち合わせ、『プライド』メンバーが集う例の場所に向かった。

 俺たちの馬車の後ろにピッタリとついて、琴浦姉妹を乗せた馬車が追ってきた。

 建物のそばまで来ると、姉妹はこちらに視線や合図を送ってから、一旦どこかへ姿を消した。


 門の前で俺たちを待っていたという者に案内され、門をくぐる。

 中庭の訓練場手前に、軽武装した男女が立っていた。

 両者『エイト剣』を佩刀(はいとう)し、背嚢(はいのう)を背負っていた。


 男の方が笑顔で歩み寄って来る。

「やあ、来たか。今日、君たちと共に魔巣窟に行く加西瑛司(かさいえいじ)だ。審査も頼まれている。今日一日よろしく」

 俺と鮫川、順に握手を交わすと、加西という男は後ろの女性を見た。

「そして……」と加西さんが言うと、女性も前に出てきて握手をしてきた。

小鹿野(おがの)つぐみです。よろしく」

 

 加西さんの方は一八〇センチ以上ありそうな大柄な男だ。

 赤茶色の短髪を逆立てている。

 四角い顔で、もみあげとひげが顎のラインを覆っている。

 山型の両眉はくっつきそうで、その下の一重の目、短く太い鼻はいかつい男の顔にピッタリという感じだ。

 

 一方で、小鹿野という隣の女性の方は、黒髪ショートボブで、垂れ目がちのつぶらな瞳。どこか可愛らしい女性だ。

 身長も156~7といったところで、防具から見えている首や手足もそれほど太くない。

 魔法剣士だからそれほど体格は関係ないし、彼女も『プライド』の一員である……とは言え正直なところ魔巣窟への付き添いとしては心配な感じがする。

 

「あんたが付き添い? 大丈夫かよ……」

 鮫川が思っていたことを不躾(ぶしつけ)に口にしやがった。

 

 小鹿野さんはあからさまにムッとして言い返した。

「大丈夫よ。少なくともあなたたちよりはできると自負しているわ」


「フアハハハッ、ナメられたもんだな、小鹿野!」

 豪快に笑った加西さんを、小鹿野さんが鋭くにらむ。しかしその顔もそれほど恐いというものではない。

「もう~、笑っている場合じゃないでしょ、加西さん! つまりは『プライド』がナメられていると言っても過言じゃないんですよ?」


「ああ、悪い、悪い。ハハハ……。お前たち、安心してくれ。俺もこの小鹿野も、今日の付き添いと審査を上に任されているぐらいだ。お前たちを死なせるようなことはせんよ。……と言っても、まぁ、魔巣窟に行くわけだから、何が起きるかはわからんが……いや、怖がらせるつもりはないんだがね」


「は、はあ……」


「それにね、私もこう見えて『牙』(きば)に通っていますから」と、小鹿野さんは強い口調で付け足した。


「『牙』……。北部にある魔法剣の学校ですね?」

 俺の問いかけに小鹿野さんは誇らし気な笑みを見せた。

「弓の方も教えているけどね。『(エイト)ビギンティリオン』を教える学校としては『サライ』最大よ。二人ともそこの二年生なの」


「まぁ、向こうで君の強さもわかってもらえるさ」と、加西さんは彼女の肩を叩いてから俺たちの横をすり抜けて行った。

「さぁ、早速行こうぜ」


「あ、もうですか? 『プライド』のキャプテンとか上の方々に会っていないんだけど……」

 俺が尋ねると、加西さんは薄い笑みを浮かべた。

「まぁ、みんな忙しいからなぁ。でも心配いらん。俺たちがちゃんと審査するからな。もちろん活躍すれば加入できるように伝えるからよ。さぁ、行くぜ」

 

 加西さんはそのまま門の外に出てしまった。

 小鹿野さんもついてくるようにと促しながら出て行った。

「ひどい扱いだな……」

「まぁいいさ、あの二人以上に魔獣をぶっ倒して、認めさせてやろうぜ」

 俺たちは囁き合いながら、彼らの後について行った。




『マレンゴ』に乗って『北の森』に向かっている途中、時間を持て余した俺はこれから行く魔巣窟がどういう所か、加西さんたちに訊いた。それすらもまだはっきり教えてもらっていないのだ。

 加西さんが言うには、中央本部が決めている魔巣窟レベルで言ったら『2』の魔巣窟らしい。


『冒険者の町』に着いて、小休憩を取ってから、すぐに森の中へ入る。

『SDG』の時よりも無駄なくサクサクと進んで行くので、こちらとしては落ち着く暇がない。

 

 先頭に加西さん、俺たちを挟んで最後尾を小鹿野さんが歩き、森の中をずんずん進む。

 彼らも時折魔溜石がその場の地面から頭を出してはいないかと、草を分けて確認するのだが、『SDG』のそれよりも淡々としていて早く終わる。

 幾つものパーティーが何度も往復している場所だから、魔溜石が簡単に見つかることはないと考えているようで、草むらに分け入るのもあくまで念のための作業のようだ。


『プライド』にとってそれより確実で、重要視していることは、魔巣窟に入って魔溜石を見つけることと魔獣を倒して体内に残った魔溜石を取り出すことのようだ。

 

 森をさらに奥へ進む。

 加西さんと小鹿野さんが横道にそれて、形式的に魔溜石を探している間、俺は後方へ目をやった。

 ここから少し距離を置いた濃い緑の中で、やたら大きく動き回っている人影があった。遠くてもすぐにわかる……雛季だ。横に美咲の姿もある。

 彼女たちがついて来ていることを認めると、少しだけ緊張が緩んだ。

 

 しかし、そんな矢先だった。

 前方にいた加西さんと小鹿野さんがそれぞれこちらに向けて大声を発した。

 意識が後方にいっていた俺は、教室の窓に校庭の方から蹴られたサッカーボールがいきなりぶつかってきた時のようにビックリし、慌てて『エイト剣』に手を掛けた。


 斜め上、木の枝に大型の猫のような動物が乗っていて、こちらに向かって威嚇するような高い声を上げていた。

 離れた場所からでもわかる、鋭い二本の牙が上あごから伸びていた。

 眼光も鋭く、何より全身が炎のように赤い。いや、よく見れば本当に炎をまとっているではないか……!


 加西さんが「魔獣だ。ローリング・タイガーだ!」と叫んだ。

 ローリング・タイガーと呼ばれたその魔獣は、小鹿野さんにロックオンしたらしく、しなやかな脚で枝を蹴り、その名の通り体を回転させながら彼女に襲い掛かった。

 枝の上から地上までの宙に赤い残像が伸び、火の粉が舞った。まるで火の玉だ。


 急襲された小鹿野さんは咄嗟に自身の『エイト剣』で防御、敵を弾き返した……が、回転しながらの敵のアタックは相当衝撃があったとみえて、小鹿野さんは体勢を崩した。

 さらに『エイト剣』を握っていた彼女の両手から腕に掛けて、火が移っていた。

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