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第868話・【三人称視点】今宵も生き延びろ

『北部エリア』西にある『プライド』のたまり場・訓練場。


『プライド』のメンバーとなった元『SDG』メンバー15名(残りは忍野(おしの)のように死亡するか、魔溜石の一部を取られてパーティーから外された)のうち、知立(ちりゅう)茅野(ちの)兄妹の3名がこの日、訓練場の掃除をさせられていた。

 

 そこへ元々『プライド』メンバーだった男3名がやって来た。そのうちのリーダー格の男が声を掛ける。

「なあ、知立のオッサン? それと茅野兄妹」


「知立のオッサンって……」

「威張ってるわね……」

 床を拭いていた茅野春樹と夏妃が顔を(ゆが)め、小声で呟く。

 同じく拭き掃除をしながらそれを目顔で制して、知立は訊ね返した。

「何でしょう?」


「ここだよ、ここ。足の裏が黒くなったぞ? ちゃんと拭いたのか?」

「それは、そもそもお前の足の裏が汚いんだろう!」

 茅野春樹は雑巾を投げつけ、立ち上がった。

「お、お兄様……」


「何だぁ? 誰に向かってそんな口きいてんだよ?」と男たちもがなり立て、詰め寄った。茅野春樹の胸ぐらを掴み、春樹も相手の胸ぐらを掴み返した。

「お前らしかいねぇだろ! 足の裏以上に汚いその顔、雑巾で拭いてやろうか?」

「んだと?」


「やめろ、春樹……」

 知立が床に膝を突いたまま言った。

「……知立さん」


「すまない。こいつは少し熱くなりやすいんだ、許してやってくれ。そこは先ほど拭いたのだが、拭き方が甘かったようだな。あとでもう一度拭く。許してくれ」

 知立はそう言って、男たちに頭を下げた。

「おう……。まぁ、あんたがそう言うなら……」と、リーダー格の男は春樹を押し飛ばして言った。

「今回は許してやるよ。オッサンに感謝しな」


「お礼にオッサンにケツ突き出してやれよ?」

「ハハハッ」

「てめっ……」と、春樹はまた薄い眉を吊り上げる。


「お兄様を侮辱しないで!」と夏妃も勢いよく立ち上がったが、またしても知立が止めた。

「鎮まれ、春樹! 夏妃も!」

「しかし……」

 

 知立は硬い笑みを見せ、男たちが立ち去るのを穏やかに見送った。


「知立さん! あんなにバカにされて悔しくないんですか?」と、怒りが収まらない様子の茅野春樹が言った。

「そうですよ、キャプテン! 『SDG』の知立昂暉(こうき)ともあろうお方が! あんな軟派な男たちに指図されて……」と、夏妃も目を潤ませて甲高い声を発する。


「キャプテンじゃないよ、今は。『SDG』も……もうない」

 知立はそう言ってまた雑巾を手にし、床を拭き始めた。


「知立さん……。もうやめてください、そんなこと! あなたがすることじゃない!」

「新人は掃除をする。それがここのルールだ」と知立は春樹の声を聞き流し、手を動かす。


「やめてください! 俺があいつらにやめさせます! あいつらに知立さんの偉大さを……」

「やめろ!」

「ち、知立さん……」

 知立の声が大きくなって、訓練場に響き渡った。


「俺たちは破れた。そして、俺たち15人だけは『プライド』に入れてもらえた。それを無駄にしたら、去っていった他のメンバーたちに、パーティーを失ったメンバーたちに申し訳がない! 何より……!」

 知立は雑巾を握りしめたままうなだれ、額を床に突けて震える声で言った。

「何より、忍野たち、死んでいった者たちに申し訳がないだろう!」


「ち、知立さん……」

 茅野兄妹は揃って呟き、それから春樹が「すみません」と頭を下げた。


「俺たちはここで生きて、もっと強い魔法剣士になるんだ! 忍野たちが譲ってくれたこの命は、『惑星サライ』の未来のために……!」

 

 その知立の言葉を聞いていたのは、茅野兄妹だけではなかった。

 訓練場の扉横に立っていた『プライド』キャプテン・大刀洗(たちあらい)も耳にしていた。


「ええ心意気や、知立さん……。うちらとあんた……新生『プライド』なら、『アクシス』にも引けを取らんで」

 大刀洗は一人呟き、静かに笑みをこぼした。


 *******************************************


 一方。時を少し(さかのぼ)って。

『プライド』から知立一行が逃げていた際、一人で『プライド』の追っ手を食い止めるために立ち止まった十和田(とわだ)だったが……。

 

 追っ手の先頭集団の数名は切り倒したり魔法で吹っ飛ばしたりできたが、大刀洗の斬撃を受けてしまった。その一撃は速く、十和田の防御を壊す力強さがあった。

 十和田は横の木に叩きつけられ、うめいた。

 

 その間、大刀洗は、先を進む知立を追うため走り出した。大刀洗に続いて『プライド』メンバーが次々に林を駆けて行く。

 

 十和田は少しでも追っ手の人数を減らすため、痛む体もそのままに立ち上がって、相手集団に迫った。

 しかしすぐに『プライド』の数名に囲まれ傷を負い、突き飛ばされる。

 

 さらに、相手の『エイト弓』士が遠くから気を放って来て、構えが中途半端になっていた十和田はまた後方へ突き飛ばされた。

「ぐあっ……がああああ……」

 

 後方には高さ5、6メートルほどの窪地があって、十和田はそこに向け傾斜を転がって行った。

 下に落ちてからも何回転か転がって、幹にぶつかって止まった。

 そうしている間にも、上の方で『プライド』メンバーたちの掛け声や葉擦(はず)れの音が近づいて来ている。


「くっ……この状態で囲まれたらマズい……」

 十和田は歯を食いしばって匍匐(ほふく)前進し、とにかく深い夏草の中に紛れ込んだ。

 さらに、休むことなく草の中を前進。

『プライド』メンバー数名が十和田を捕らえるため、あるいは仕留めるために下へ降りて来たようだが、その声が聞こえなくなるまで、とにかく進んだ。

 

 すると、突然また傾斜があった。

 十和田は踏ん張り利かず、そのまま下に向かって横転して行った。

 4メートルほど下がった所で体は止まった。湿った草がクッションとなって、痛みはそれほどなかった。

 しかしそれまでの斬撃による痛みが体に残っている。


 十和田はまだ追手が来ていないかしばらく警戒したのち、魔溜石ランプを灯しなおし、自分の体に治癒魔法を掛けた。ある程度痛みが引き、息も整う。


 ようやく知立たちを助けに行くため動きだそうとした十和田。

 だが、すぐ傍の地面が突如動いた。雑草に隠れて何かがいたのだ。

 それは一気に大人ほどの高さになった。ランプでよく照らすと、二本足で立つ巨大なトカゲのような魔獣だとわかった。


「レディ・スネークヘッド! こんな時に!」と、十和田は剣に気を溜めながらボヤく。

 体はトカゲのようだが、その黄緑色の胸部には人間の女性の乳房のような二つのふくらみがあるので『レディ』の名が付いている。トカゲのような尻尾はなく、蛇のような頭を支えている首は長い。

 

 その魔獣が、気づけば3体。

 重心を低く、「シャーシャー」と鳴きながら、十和田との間合いを詰めている。

 そして、先頭のレディ・スネークヘッドの頭が前に勢いよく飛び出した。首がまさに蛇のように上下に波打って伸びたのだ。口を開くと、紫の長い舌と、毒を持った鋭い牙が見えた。


「カーッ!」

【CAR(=車)・十和田所持魔溜石、『A』、B、『C』、E、H、I、K、『R』、W、X】


 十和田は後ろへ跳びながら素早く『エイト剣』を振り、前に幾つかの青白いブロック状の気を飛ばした。それは空中で積み木のように重なり、最終的に車のような形になって、宙を走り敵に衝突した。

 敵の頭は上に跳ね、首も限界まで伸びた。そして体の方も何メートルも後ろへ転がる。

 

 しかしその間、もう2匹のレディ・スネークヘッドが左右から首を伸ばし、その鋭い牙で十和田を狙ってきた。

 十和田は気を利用して跳び、それらをかわすと、空中から下りてきながら剣を十字に振った。二つの青白い斬撃が、それぞれの首を斬りつけた。敵の蛇柄の首から青っぽい血が飛び散る。

 

 着地した十和田は片膝を軸にし横回転しながら、剣を振り、後ろの2匹の足を()ぎ払う。

 立ち上がると、倒れた2匹に向かってさらに攻撃魔法の気を放ってダメージを与えた。

 

 十和田はさらに、後ろ向きに走りながらも背後の気配は感じていた。1匹目のレディ・スネークヘッドがトカゲのように四つん這いになったまま、蛇のような首と頭を伸ばしてきていたのだ。

 十和田は体をひねりながら跳び上がり、敵の牙をかわすと、剣を振り下ろして、真下へ気を叩きこんだ。青白い光が飛び散り、同時に敵の頭が破裂した。

 

 それでも、3体ともまた立ち上がった。頭がなかったり、横腹の一部が欠けていたりしながらも迫ってきた。

 しかしそれも(ほふ)り、ようやく一息ついた。

 

 そこで小さく拍手の音がする。

 十和田は再び柄に手を掛け、後退りした。


「ああ、すみません。安心して、戦うつもりはないから」

 3つほどのランプの灯りの中に、5人ほどの人影が立っている。そのうち、先頭の男が両手を広げて見せて言った。確かに『エイト剣』は腰に吊るされたままだ。


「誰だ?」

「ああ、すみません。俺たちは『アクシス』の者だ。俺は『アクシス』の国頭(くにがみ)

「僕は駿河(するが)


「『アクシス』……」と、十和田はまだ警戒を解いてはいない。

 やがて国頭や駿河の好青年らしい微笑が浮かんだ顔はしっかり確認できたが、『アクシス』も『プライド』と同じように勢力を拡大しているパーティーだ。まだ油断はできないと考えていた。


「俺たちは向こうの魔巣窟から帰って来たところだったんですが、たまたまあなたが『蛇女』と戦っているところを目撃しまして。いや、素晴らしい戦い方でしたよ」

 国頭は言って、また拍手した。

「ああ、いやいや、大したことは……」


「それにしても……」と今度は駿河が呟き、上の方を見上げた。

「さっきから、上の方がずいぶん騒がしかったですね? 何かあったんでしょうか?」


「大人数で戦っていたみたいだな、今は静かになったけど……。あなた、何が起きたのか知っていますか?」と、国頭が十和田に訊ねる。


「え、ええ……。私は『SDG』の者ですが、『プライド』と戦いになりました」

「『SDG』と『プライド』か……。そう言えば、ずっとやり合っているようですね?」と、国頭。

「その、決戦と言うべきですかね……」と、十和田は自嘲的に微笑む。


「それで、終わったのかな? 静かになっているけど?」

「……そうかもしれない。我々の敗北か……いや、とにかく私はこれで失礼する。仲間を助けに行かねば」

 十和田はそう言って一礼し、魔溜石ランプを翳しながら勾配(こうばい)を駆け上がった。

 

 転げ落ちた二つの傾斜を上り終えると、木立の奥にたくさんの灯りが揺れているのが見えた。『プライド』のメンバーたちが持つランプだろう。

 そして、その集団の中央に、知立がいた。

 知立には黄緑色に発光した気が巻き付いている。捕らえられてしまったようだ。


「知立さん……」と、剣を抜いて出て行こうとした十和田だったが、腕を掴まれた。

 掴んでいたのは国頭だった。

「どうするつもりですか? どうも、ほとんどが『プライド』の奴らのようですよ?」


「あの特殊な髪型の人は、向こうのキャプテンの大刀洗さんですね。ここで一人出て行っても、勝ち目はないのでは?」と、駿河も小声で言う。

「し、しかし……知立さんが」


「知立……。なるほど、あそこにいる、あなたが助け出したいという人はキャプテンの知立さんか」と、国頭。

「そうです」


「知立なら、『プライド』の奴らも簡単に命を奪うようなことはないんじゃないか?」と、『アクシス』の別の一人が口を挟む。

「そうだろうな。おそらく、能力が高い者は『プライド』に加えられるだろうな」と、国頭も顎のヒゲを触りながら言った。


「しかし……」と、十和田はうろたえた。

 知立が大刀洗に肩を叩かれながら、一団と共に歩き出した。

「連れて行かれる……」と、十和田の声はくぐもる。

 

 国頭は諭すような穏やかな声音で言った。

「あなたが今助けに出ても、最悪……殺される。さすがにこの状況ではな。降伏して、奴らに従うというのなら、助けられるかもしれないが……」


「あなたは能力が高そうですからね」と、駿河も言った。

「私は、それほどでも……」

「いやあ、なかなか……」と駿河は謙遜する十和田に笑顔を見せたが、十和田がすぐにまた言った。

「それに……私は、()()()()()()『プライド』には入れない」


「……事情?」と、国頭も駿河も首を傾げる。

「ええ……」


「何か言いにくい事情なんですね?」

「まぁ、とりあえず林を出よう。『プライド』メンバーが負傷者などを確認しているから、俺たちも見つかるぞ」

 駿河に続いて国頭がそう言い、『アクシス』メンバーは慎重に外へ向かった。

 知立や捕まった『SDG』メンバーのことは気になったが、十和田もとりあえず国頭たちと共に歩き出した。

 

 


 林を抜けてから、改めて話の先を促された十和田は、ややためらったものの、自分が置かれている立場を語った。

 自分には妻と(あきら)という息子がいて、二人を養っていくために魔法剣士として働いていかないといけないこと、そのため以前入っていた小さなパーティー(『グラジオラス』)を離れ、『SDG』に入ったこと、そして『プライド』には、前妻と再婚した中井という男が所属していること、中井が十和田のことを毛嫌いしていることや十和田自身も気まずいことなどを。【第561話・参照】

 

 今日会ったばかりの若者たちにそこまで話す理由もないとは思ったが、気づけば泣き言のように全部漏らしていた。

 国頭や駿河が真摯(しんし)に耳を傾けていたことも、十和田の告白を後押しした。


「……それじゃあ、『SDG』があのようになって大変ですね」

 一通り話を聞いた駿河が、自分のことのように切実な相貌(そうぼう)で呟く。


「……それなら」と、国頭も迷いを見せながらも言った。

「もし、このまま『SDG』が解散ということになって、あなたも行く当てがなくなった場合……一度、俺たちの所にまた報告してくれませんか?」

「……え?」と、十和田はわずかに涙が浮かんだ目を国頭に向けた。


「ああ、いや……どうなるかはわからないんですけど、一応、『アクシス』の上の人にも報告して……」

「ああ、そうだね」と、駿河も国頭に同調した。


「ええ? そ、それって……」

「もしかしたら、あなたを『アクシス』に迎え入れることもできるかもしれません」と、国頭は顎を触りながら言った。

 

 十和田は驚き、しばらく固まった後、深々と頭を下げた。

「お、お願いします!」

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