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第860話・魔獣は夜空に消えてゆく

 相手に『MAZE=迷路』という魔法を使われ居場所を変えられた俺は、誤ってレンジリー先生の防具を壊してしまった。 


 それから間もなく、香取先生がうめき、再び壁にぶつけられた。その場に崩れる。

 銀髪男は事切れたように倒れた香取先生に一瞥(いちべつ)を投げてから、足元に落ちていた物を見下ろす。どうやら香取先生の防具に付いていた『(きば)』の校章の飾りが外れて落ちていたらしい。


「『牙』の紋章か? 足の裏にぴったりのサイズだな」

 言って、銀髪男はそれを踏みつけた。

 そして俺の方に射るような目を向け、右手『エイト剣』を体の横へ引いた。赤い光が一気に広がる。


「特大……待った……」と、俺は慌てて剣を構えながら、横に逃げる。

 しかし当然待ってはくれない。

「バズーカ」

【BAZOOKA(=バズーカ砲)・射水所持魔溜石、『A』、『A』、『B』、D、E、『K』、M、N、『O』、『O』、S、S、U、『Z』】


 大きな赤い『砲弾』を撃ち込んできた。

 それは俺の目の前で破裂し、赤い光の(くず)が飛び散った。

 

 一瞬何が起きたのかわからなかったが、二宮の「パイル!」という声が聞こえたから、彼女が前進してきて防御魔法を張ってくれたのだと理解した。

【PILE(=堆積、山)・二宮所持魔溜石、B、C、『E』、H、『I』、『L』、N、『P』、S、Y】


 それでも『PILE(パイル)』を破った一部の『BAZOOKA』の気が、ぶつかってきた。

 俺も『エイト剣』で対応したが、少し後ろへ突き飛ばされた。しかし二宮が防御をしてくれたことで随分助かった。


「サンキュー、二宮!」

「別に、瀬戸さんのためじゃありませんよ~! 後ろの美咲さんを護るためです~!」と、二宮の声が返ってきた。

 なるほど、確かに男の放った『BAZOOKA』が俺を突き飛ばしまっすぐ飛んで行くと、そこには美咲がまだひざまずいている。

 

 とにかく、二宮はまだ恐る恐ると近づいて来ているだけなので、今相手の男と戦える状況にあるのは俺ぐらいだった。

 俺は(つか)を両手で握った。意識を集中し、棒グラフを思い描く。


「突き上がれ……攻撃力! ウォーリア・グラフッ!」

【GRAPH(=グラフ、図表)・カケル所持魔溜石、『A』、E、『G』、『H』、I、N、『P』、『R』、S、T』


 刀身が一度、銀の光に包まれる。『GRAPH』が発動された。うまく行っていれば、攻撃力がアップしているはず!

 その代わり発動距離、自身の運気は落としているが、現在の銀髪男との距離なら問題ない。


「……アーレス・ストライクッ!」

【ARES(=ギリシャ神話軍神・アーレス)・カケル所持魔溜石、『A』、『E』、G、H、I、N、P、『R』、『S』、T】


 何倍もの破壊力になった『ARES(アーレス)』を叩きこむ!

 放たれた火焔の気が大きすぎて、建物がわずかに揺れた。天井から壁から、砂塵(さじん)が落ちてくる。熱波で建物内の冷ややかな空気も熱せられ、地面からは微かな陽炎(かげろう)が上がる。


「……みんな、防御を!」と香取先生が苦しそうにしながらも、俺の代わりに叫ぶ。

 轟音を響かせ飛んで行った『ARES』の爆撃は、銀髪男を呑み込んだ。

「がぁっ……」と男は、俺の前ではほとんど初めてとなる苦痛の声を漏らした。

 

 男は吹っ飛び、後方の柱を崩すほど激しくぶつかった。

 さらに後方へ転がり、残っていた壁の一部を粉々にし、その数メートル後ろに転がってようやく止まった。

 遠目からでも防具が破損し、服から煙が上がっているのが見える。男の片方の手からは剣が飛び、さらに後方に転がって鈍い音を鳴らした。


「決まった。いや、まだか。もう一撃……う……」

 さらに銀髪男に詰め寄ろうとしたが、俺の手足が重くなっていた。

『GRAPH』を発動し攻撃力を上げるため、発動距離などを犠牲にしたのだが、どうやらスピードまで落ちてしまっているらしい。やはりまだ『GRAPH』を完璧にマスターできていないようだ。

 

 しかし……相手が倒れている、この機会を逃すのは惜しい……。

 俺は倒れている香取先生や美咲を見てから、最後に二宮に目を向けた。彼女は怖いのか、また指しゃぶりをしていたが、俺の目線に気づいてすぐに手を離した。


 そして、赤らんだ顔で言った。

「わ、私ですか?」

「すまん。俺、スピードが落ちている状態なんだ。向こうに行くにも時間が……。ここで頑張れば美咲に褒めてもらえるぞ?」

「……み、美咲さん」と、二宮は美咲の方を見る。


「美咲を護ることにもなる」と、俺は付け足した。

「も、もう~、ズルい……そう言われたら私が断れなくなるのを知っていて! わ、わかりましたよ~」

 二宮はやや身を低くしながら、銀髪男に近づいた。


「気をつけて」と防具のベルトを直しながらレンジリー先生が声を掛ける中、二宮は『矢』の先をまず自分に向けた。

「シード・オブ・バイセプスッ!」

【BICEPS(=上腕二頭筋、力こぶ)・二宮所持魔溜石、『B』、『C』、『E』、H、『I』、L、N、『P』、『S』、Y】


 銀色の光の粒が二宮の弓を持つ腕に吸収されていった。

「な、何をした?」

「付加・補助魔法です」と、俺に短く答え二宮はさらに前へ出た。右腕は銀色の光、弓は青白い光に包まれている。


 さらに彼女は「ミサイル・ペンシル!」と言って、『矢』をリリースした。

『矢』は空中でバットほどの大きさの青い白い気(巨大な鉛筆型)と入れ替わった。


 立ち上がりかけていた銀髪男に、その先端を尖らせた気が突き刺さった。

 二宮の『PENCIL(ペンシル)』はそれほど攻撃力の高い魔法ではないが、事前に発動した『BICEPS(バイセプス)』という付加・補助魔法で攻撃力が上がっていたらしい。

 相手に与える傷も、周りの瓦礫などの破壊もすさまじかった。


「うおおおおっ!」

 銀髪男は血を飛ばしながら叫んだ。長い前髪の中に獣のような鋭い眼光が見え隠れしている。

 そして、左手に持った剣で幾つかの気を放ち、二宮を撃った。

「きゃうっ」と、二宮は後退する。


 しかし、男はすぐにまた俺たちへの攻撃はしない。

 左手に持っていた『エイト剣』が『PENCIL』の残滓(ざんし)を受けて弾け飛んでしまったのだ。

 男がそちらに持っていた剣は、それほど威力ある気をまとっていなかったということだ。

 

 なるほど、これまで『BAZOOKA』など特大攻撃魔法を放っていたのは右手の『エイト剣』だったわけだが、先ほどの俺の『ARES』によって後ろへ飛んで行った剣がそれだったのだ。

 

 この男はそれ以前、両手に『エイト剣』を持ち、どちらも同じような魔法を使えるよう魔溜石をはめていたようだし同じ程度強化していたようだ。しかし、その一つも、だいぶ前に香取先生が弾き飛ばしていた。

 

 その後、腰に吊るしていた『エイト剣』……おそらく他人から奪った剣を代替として手にしたが、それでは二宮の強化された『PENCIL』を止めるのがやっとだったのだろう。

 

 銀髪男はこちらを睨みつけながら、腰の柄に手を添えた。そう、彼の腰にはもう一本『エイト剣』が残っている。

 武蔵坊(むさしぼう)弁慶のように人を倒しては『エイト剣』を奪っていたわけだから、いくらでも持っているのだろう。しかしさすがに全部を持ち歩くことはできないわけで、腰に吊るしているのはそれが最後。

 

 そしてそれも、先ほど飛ばされた剣程度の強化しかされていないようだ。

 事実、男は柄に手を掛けたが、鞘から剣を抜くのを戸惑っているように見えた。

 これで戦っても、まともに勝てない……と考えているに違いない。

 

 俺がそこまで推測を巡らせた直後……。

 銀髪男は柄から離した手を広げ、こちらに向けた。

「え?」

 

 次の瞬間には「あああ!」と、二宮がさらに吹っ飛ばされた。

「ぐわっ、二宮? ……あっ?」

 俺は咄嗟(とっさ)に二宮を支えながら、視線を男の方に転じる。

 

 男は青白い光に包まれながら、ジャンプした。自ら天井に頭から激突したのだ。

 それによって、天井が崩れ、コンクリート片や鉄筋、木片、砂塵が落ちてくる。

 銀髪男は天井にできた穴を抜け、そのまま2階へと消えた……。

 

 俺は二宮を横に寝かせながらも呟く。

「頭突きで? あいつ、もしかしてやっぱり……」

 

 そして俺は男を追いかけるため右手の崩れた壁を抜け、一旦外へ出た。雨脚は少し強くなっていた。

 美咲、そして防具を直し終えたレンジリー先生も出てくる。

 

 俺よりも先に、レンジリー先生が魔法を使って跳び、2階の窓の中に飛び込んだ。窓と言っても、壁が崩れて穴になっているだけだが。

 俺と美咲も跳び上がった。

 

 最後に香取先生が上がってきた。血に濡れた腕を押さえ、足も引きずっている。

「瀬戸君も気づいただろう?」と、香取先生は辺りを見回しながら言った。

「彼は基本『エイト剣』から魔法を放つが、時折肉体で攻撃してくる。それも魔法を使ったように強力だ」


「魔獣人ですか?」と、俺も男の姿を捜しながら訊ねる。


「そのようだ。魔獣人としては知能が高く、人間だった頃の記憶も残っているのかもしれない。生前も魔法剣士だったのだろう。人間社会に溶け込む必要もあったからだろうが、魔法剣士としてのプライドもあるのだろう、基本『エイト剣』を使う」

「ただピンチには、ああやって体も使うわけですね?」と美咲が言い、先生はうなずく。


「『エイト剣』を使う魔獣人が……。熊野のオッサンを殺し、羽村(はむら)を倒した時も、『エイト剣』を使っていたけど時折体から気を発したようだったからな……。やっぱり魔獣人だったわけか」

 俺はその時の光景を思い出しながら言った。

 そのため、王寺(おうじ)の顔をしたあの男が、王寺が死んで魔獣人になったものだと勘違いしていたのだが……。


 その王寺が生きていたことや、特殊な魔法『MASK(マスク)』の存在を知って、相手が魔獣人ではなく生きている魔法剣士だと思い込むようになった。

 しかし、まさかあんなに器用に『エイト剣』を使う魔獣人だったとは……。


「どっちにしても……」と、レンジリー先生が北側に走りながら言った。

「相手にとっては危機的状況なのだと思うわ。あ! いた、こっちよ!」


「魔獣人なら、慣れた『エイト剣』を失っても関係ない気がするけど、逃げ出したのは危機に違いありませんね」

 俺も言いながらレンジリー先生を追う。

 

 銀髪男は北側の外階段から、隣の建物の屋根に移って、尚も奥へと走っていた。

 俺たちも跳んで、隣に移る。少し遅れて美咲、香取先生も跳び移ってきた。

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