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第858話・砂塵の彼方へ

 並んでいる廃屋の一つの、奥の方から、爆発音が断続的に響いている。


『エイト剣』を構えながら進むレンジリー先生や美咲に続いて一行は、その廃屋の1階の瓦礫(がれき)の中を進んで行った。


 もとは何かの工場だったのか、所々にコンクリートやレンガの柱、壁がある以外は、奥まで繋がったフロアのようだ。

 しかし、大きな機材が点在し、また一部天井が崩れているのと、砂塵(さじん)が煙のように舞っているので(差し込んでいる外灯の灯りが映し出している)、奥の方はまだしっかり見えてこない。


 ただ、あきらかに気がぶつかり合う時の音が、段々と近づいて来ていた。


「ああ……あなたは、青葉さん!」

 レンジリー先生が突然しゃがんだ。

 崩れて半分になった壁に寄り掛かるようにして、青葉が座っていた。ぐったりしている。防具が傷み、彼女の白い肌に血が付いている。


「ああ、先生ぃ……」と、彼女は(うつ)ろな目を向け力なく言った。

「青葉さん……。ああ、雛ちゃん、東御(とうみ)さんも!」

 美咲が言ったように、少し前に雛季(ひなき)、東御も倒れていた。二人ともやはりダメージを受けていて、「うう……」と苦しそうだ。


「雛ちゃんたち……待って、治癒をするわ」と、美咲が刀身に治癒魔法の白い光を溜める。

「ああ、じゃあ、ワシも。青葉ちゃんを治癒しよう」

 鳩ケ谷がそう言った理由はわかる。この場所で彼女たちを治癒し、敵がいると思われる奥には極力向かいたくないなのだ。青葉の治癒をすることにしたのは、きっと彼女が一番手前にいるからだ。

 

 そういうこともあり、少し先にいる東御を治癒するのは二宮になった。

 3人が治癒している間、残りの3名(俺、レンジリー先生、美馬(みま)さん)は腰を落としながら慎重に進んだ。


 さらに奥にある大きな瓦礫を防壁のようにして、鹿角(かづの)と桜川がいた。彼女たちも負傷しているようだが、先ほどの3名よりは意識がしっかりしているようだ。

「鹿角、桜川!」

「ああ、カケル君……それに美女二人」と、鹿角は無理に微笑む。


「そんな冗談言っている場合じゃないでしょう、鹿角さん? かなりマズい状況ね?」

 膝立ちしたレンジリー先生が瓦礫越しに奥を見て言った。

「ええ……。東御ちゃんと香取先生の追跡魔法の案内でこの近くまで来て、この廃屋のどこかに隠れているんじゃないかと……そしたらビンゴ。いきなりバトルになった」


「みんなやられてしまいました。あとは、先生と鮫川(さめがわ)さんが戦っているだけです。私たちはここで後ろの人たちのために防御魔法さんをするのが精一杯です」と、桜川がやや息を切らしながら言った。


「通信機が途中で途絶えたってことは、先生もヤバそうね?」と、美馬さん。

「うん。そっちに助けを呼ぼうとして、相手にやられて壊されたみたい」と、鹿角が答える。時々痛みで顔を(ゆが)めるので心配になる。


「当然鮫川も危ないな。勇ましいけど実力が伴っていないからな……」と、俺は呟く。

「そうね。じゃあ、私たちは助けに行くよ? 鹿角さんたちは引き続き後ろの子たちを護っていて」

 レンジリー先生は言ってから、中腰でまた走り出した。


「はい……できる限りは」と、鹿角たちは弱々しく返した。

 それを聞いてから、俺と美馬さんも頭を低くして建物の奥へ走り出した。

 進んでいる間も、薄暗い建物内で明滅が起き、壁などが崩れ落ちる音がした。


 砂煙の中、ようやく相手の影が見えてきた。手前には、香取先生と鮫川と思しき人影もある。

 今まさに、香取先生が『エイト剣』を後ろへ引いた。赤い気が大きくまとわりついている。特大攻撃魔法のようだ、が……。


「パニッシュメント・ファイアーボールッ!」

【FIREBALL(=火の球)・香取所持魔溜石、『A』、A、『B』、D、『E』、E、『F』、G、H、『I』、『L』、『L』、Q、『R』、S、U】


 放たれた火の球は次第に大きくなって、銀髪の男に迫る。

 対して男は「モーセッ」と言った。

【MOSES(=モーセ)・射水所持魔溜石、A、A、B、D、『E』、K、『M』、N、『O』、O、『S』、『S』、U、Z】


「またそれかよ……」と、反対側で片方の膝を突きながら鮫川が呟く。

 

 モーセが海を割った伝説のように、香取先生の放った『FIREBALL(ファイアーボール)』が左右二つに分かれた。

 それでも中央にいる男は、燃え上がる気の一部を食らい、後ろの壁に叩きつけられた。腕の服が燃え落ち、ただれた皮膚が露わになる。

 

 ただ、香取先生はうなだれたように見えた。

 先生の『FIREBALL』という魔法がどれほどの威力は知らないが、おそらくいつもより弱かったのだろう。本来なら、相手の『MOSES(モーセ)』という魔法でも簡単に割れてしまうことはなかったのではないだろうか?

 

 現在(いま)の香取先生は、これまでの戦いでかなり疲弊しているようだ。『FIREBALL』を放つ瞬間も、わずかにふらついたのを俺は見逃さなかった。

 そしておそらく香取先生の想定よりも早く、相手の銀髪男はまた剣を構え直した。


「こっちの気が割れる前に、お前のドタマ割ってやるよ! パーフェクト・アンド・フォールトレス・ロードッ!」

【LORD(=支配者、君主)・鮫川所持魔溜石、C、『D』、『L』、『O』、P、『R』、T、U】


 鮫川が叫び、片膝を突いたまま両手で剣を振った(彼の口から血のようなものが飛んだような気がする)。

 青白い大きな気が一つ、その周りを囲むように小さな気が幾つも出て、銀色の髪の男に襲い掛かる。鮫川が最近身につけた特大攻撃魔法だ。


 対して、相手の男も「バズーカ」と言い、おそらく特大攻撃魔法であろう大きな赤い気の球が発射され、鮫川の『LORD』とぶつかった。

【BAZOOKA(=バズーカ砲)・射水所持魔溜石、『A』、『A』、『B』、D、E、『K』、M、N、『O』、『O』、S、S、U、『Z』】


 二つの気はお互い削り合いながら、二人の方へ流れた。

 鮫川は『BAZOOKA(バズーカ)』の一部を食らい、「ぐがっ!」と後ろに吹っ飛び、壁を壊す。

 一方、相手の男は『LORD(ロード)』の残滓(ざんし)を片手の剣で後ろへ逸らした。男の背後の壁が砕け、穴が開き、屋外の薄闇が見えた。


 特大攻撃魔法の撃ち合いは、鮫川の力負けだ。

 しかし、その隙に香取先生が再び剣を振り下ろす。

 相手の男はそれに対しても、もう片方の手に持った『エイト剣』で対応した。

 青白い気をまとった二つの剣が激しく火花を散らし、薄暗い屋内を照らし出す。


「二刀流……」と、レンジリー先生が呟く。

 いや、それだけではない。

 直後、香取先生の一刀が相手の『エイト剣』を弾き飛ばしたが、男はすぐに腰の鞘からもう一本の『エイト剣』を抜いた。


「また……?」と、レンジリー先生。

「これまでにも、他人を襲ってたくさんの『エイト剣』を奪っていますから、もしかしたら今持っているやつの他にもどこかに隠し持っているかもしれません」と、俺は言った。


「ブック……」

【BOOK(=本)・射水所持魔溜石、A、A、『B』、D、E、『K』、M、N、『O』、『O』、S、S、U、Z】


 銀色の髪の男が言いながら、剣先で半円を描いた。

 同時に、香取先生の左横の地面から飛び出すように、黄緑色の板状の気が現れ、そのまま先生の立つ右側に倒れる。『BOOK』という名の通り、それはまるで巨大な『本』のページがめくられたように見えた。


『ページ』の気にのしかかられた香取先生は体勢を崩し、右膝を突いてしまう。さらに重圧がかかっているようで、反撃ができぬまま(うめ)くだけだ。


「ケンドウ」

【KENDO(=剣道)・射水所持魔溜石、A、A、B、『D』、『E』、『K』、M、『N』、『O』、O、S、S、U、Z】


 また男が、冷淡に言った。

 振り下ろされた剣から青白い棒状の気が伸び、香取先生に向かって倒れ、打撃を与えた。

「がはっ!」と、香取先生はうつ伏せになって呻く。


「やめなさいっ!」

 レンジリー先生が叫びながら前進した。俺と美馬さんも後に続く。

 相手の男の青白い顔が、わずかにしかめられたように見えた。


「カーブ・オン・バイス! クイック・カットラー!」

【CURB(=拘束)・レンジリー所持魔溜石、『B』、『C』、E、H、I、L、M、N、『R』、R、S、T、『U』、W、Y】

【CUTLER(=刃物師)・レンジリー所持魔溜石、B、『C』、『E』、H、I、『L』、M、N、『R』、R、S、『T』、『U』、W、Y】


 レンジリー先生の剣筋に従って黄緑色の光が流れ出て、3本の線状の気になった。そして相手の男の顔((あご)付近)、胴、脚に当たり、内側に曲がって巻き付く。『CURB(カーブ)』の気だ。

 さらに、先生の刀身は青白く光る。続いて発動予定の『CUTLER(カットラー)』の気だろう。

 

 しかし直後、男が大きく吠えながら両腕を広げると、『CURB』の気が飛び散った。

「え? 力ずくで?」と、俺たちは驚く。


 さらに、男は「メイズ」と言って剣先をギザギザに動かした。

 すると、俺の視界が変化した。

「な、何だ、一体……?」

「メイズ……迷路ってこと?」と叫ぶ美馬さんの声も、傍から離れて行った。


【MAZE(=迷路)・射水所持魔溜石、『A』、A、B、D、『E』、K、『M』、N、O、O、S、S、U、『Z』】 


 見えている風景が動き、止まった。

「あん? どうなって……」

 戸惑う俺の足元に、なぜか香取先生が倒れていて(もっと離れた前方に倒れていたはずだ)、俺に言った。

「『MAZE(メイズ)』という魔法は、周囲数メートル以内にいる人の立ち位置を一気に変えて混乱させる魔法だ」


「ええ?」

 俺は車酔いのような気持ち悪さを覚えながらも、辺りを見回す。


 美馬さんが今の俺の対角に背を向けて立っていて、慌てて振り返る。

 今俺がいるあたりに倒れていたはずの鮫川は美馬さんのかなり後方……右手前に移っている。

 瓦礫に隠れていた美咲と二宮は今がチャンスと前に出てきて、必死に彼を引っ張って瓦礫の裏へと運ぶ。


 そしてレンジリー先生は左手奥の壁に向かって剣を振り下ろしていた。直前に発動した『CUTLER』という魔法の残光だろう、青白い半円の光が今まさに壁にぶつかって亀裂を入れた。

「は? 痛っ、痛っ!」

 レンジリー先生は自分が放った攻撃魔法の跳ね返りを浴び、痛がる。

 

 一方、銀髪の男は先ほどとほぼ同じで中央にいた(『MAZE』の発動者の位置は変わらないらしい)。

 そして、ピンチ回避をまったく喜んでいる様子もなく、と言うか、そもそもピンチになったとも思っていないのかもしれないが、顔色を変えず右手の剣を振り上げた。


「ムーン」

【MOON(=月)・射水所持魔溜石、A、A、B、D、E、K、『M』、『N』、『O』、『O』、S、S、U、Z】


 銀髪男が横向きに振りきった『エイト剣』から、半月型の青白い気が発射された。

 それはこっちに向かって来るにつれ拡大、勢いも増した。


「どぅぐああっ!」

「がああっ!」

 俺と香取先生は同時に突き飛ばされ、背後の柱に激突。

 柱の一部は崩れ、天井からもコンクリート片が落ちてきた。

「カケル君っ! 先生!」と、美咲たちの声がこだまする。

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