第857話・西部戦線異状あり ≪キャラ挿絵≫
鳩ケ谷の『USHER=案内係』と言う魔法の銀色の気は、右に左に蛇行しながら『北西エリア』東5ブロック辺りまで俺たちを誘った挙句、唐突に萎んで消えた。
「あらら、急に元気なくなってしまったわね、タマタマちゃん」
「は、恥ずかしい名前付けんでください、美馬さん。と、とにかく、この辺じゃないかな? 銀髪の男は」と、鳩ケ谷はとぼけたような顔で言う。
「ダイナーの前……この中でステーキでも食べているってのか?」と、俺は頭を抱える。
「あ、ありえなくもないじゃろう? 敵だって人間、一仕事終えてから食事もするじゃろうし、靴下に穴が開けば新しい物を買いに行くし、パンチラスポットを探して歩き求めることもあるじゃろう」
「最後のはないです」と、二宮が顔をしかめてツッコむ。
「ちょっとも待って」と、窓からダイナーの中を見ていたレンジリー先生が口を開いた。
「私も不甲斐ない鳩ケ谷君に罵声を浴びせようと思っていたけど……ちょっと待って」
「そ、そんなこと思っていたんか、先生。恐ろしい……でも、それがゾクゾクしてええような気も……」とほざく鳩ケ谷を無視して、俺は「どうしたんですか?」と先生に続きを求めた。
「奥に灰色の長い髪の人がいるようよ? もしかしてあの人が逃げた犯人かも?」
「本当、いますね。そろそろ中央本部兵の人の顔から元の顔に戻していてもおかしくないですからね」と、美咲も先生の横で言う。
「同じテーブルの向かいに他の人が座っていますね? 知り合いでしょうか?」と、二宮も美咲にくっついて中を見ている。
「殺しの依頼を出した奴らか? 遠目からも何となく悪そうな奴に見えるし……。しかし、犯人の方の顔はここからじゃ見えないな」
俺がそう言うなり、レンジリー先生は動き出した。
「入って確認すればいい。みんなで囲むように立って、少しでも逃げる素振りを見せたら押さえ込むのよ。多少なら殴っちゃってもいいわ」
「殴っていいんすか?」と俺は苦笑い。
「私たちも行きましょう。丁度雨が降って来たわ。びしょびしょに濡れちゃう」
美馬さんが囁くように言って、レンジリー先生の後に続いた。
確かに、小雨が降って来たようだ。それにしても、何かいやらしい言い方で困る……。
美咲たちに続いて俺も店の中へ。鳩ケ谷は靴ひもを直すフリなんかして、一番後ろからついてくる。
レンジリー先生の指示通り手を『エイト剣』の柄に添えながら、灰色の髪の人物がいるテーブルに近づく。
「ああ? あなたは……」と、俺は灰色の髪の横顔や格好をしっかり見て、目を瞬いた。
「あ、安城さん……」と、美咲も呟いた。
そう、そこに座っていたのは、鹿角の幼馴染で『バンクシア』のキャプテンである女性……安城カノンさんだった。
よく見れば、隣に座る女性も……いや男性は、葉山だった。
「ああ、美咲ちゃんたち……って一体どうしたの?」と安城さんたちも、いきなりゾロゾロとやって来てテーブルを囲んだ俺たちを怪訝な顔で見上げる。
「おお~、安城さんたちか~……正直よかったぁ」
「いや、鳩ケ谷君! どういうこと? 君たちの知り合いの場所に連れて来てなんて言っていないわよ?」と、レンジリー先生は柳眉を逆立てた。
俺や美咲が先生をなだめ、安城さんたちには手短に説明する。
「……じゃあ、私をそんな凶暴な男だと勘違いして?」と安城さんは肩眉を吊り上げ、少し笑った葉山を睨んだ。
「いや、あなたを男と間違えたというより、鳩ケ谷が『USHER』を発動する際、灰色の髪の犯人ではなく安城さんをイメージしてしまったんだろうな。彼はエロいから」と、俺。
「エロは関係ないが、そのようです……。ワシの中では、銀髪と言えばどうしても安城さんの綺麗な顔を思い出してしまうんじゃ」と、鳩ケ谷は鼻の下を伸ばして言った。その視線を辿ると、安城さんの露わになっている日焼けした胸の谷間に向かっている。
「……それはどうもありがとう。でも、そっちとしてはミスよね?」
安城さんはやや引き気味に言った。
「そうよ。まったく、鳩ケ谷君……しっかりしてよ!」と、レンジリー先生や二宮は呆れている。
「話を聞いて私たちも協力してあげたいところだけど、ちょっと用があって」
安城さんは言って、視線をテーブルの向かいの男たちに向けた。
「ああ、そうなんですね……えっと、彼らは?」
「彼らが少し怖い感じだから、誤解してしまった面もあるんだよ」
美咲に続いて、俺は小声で言った。
「ああ、彼らは『プライド』の人。先日、彼らと『SDG』の争いに私たちが巻き込まれて、私たちのメンバーが負傷したのよ。それについて話し合い中なのよ、補償の話も含めて……」
安城さんがそう言うと、『プライド』のメンバーという男たちはゴチャゴチャ言い返した。
安城さんも応酬し、葉山は困り顔で双方をなだめる。
「……こっちはこっちで大変そうだね」と、美咲が苦笑い。
「それじゃあ、もうここに用はないわね。出ましょう」と、苛立ち気味に歩き出したレンジリー先生。
「そして鳩ケ谷を糾弾だ」と、俺。
「何がじゃ? ワシはできるだけやったんじゃ!」
一行が外に出た頃には、先ほどより雨粒が感じられた。これ以上強まるならレインコートが必要になりそうだ。
レンジリー先生に言われ、鳩ケ谷は先ほど以上に集中し『USHER』を発動することになった。
しかし先生に責められ、二宮にも冷たい目を向けられ、一方では美咲や美馬さんに「頑張って」と応援された鳩ケ谷はどこか嬉しそうで、とても集中しているように見えない……。
とにかく彼が目をつぶり、剣に銀色の気を溜め始めた時、レンジリー先生が持つ通信機が鳴った。
「……はい、レンジリーです。えっと……香取先生ですね? どうしましたか? ……もしもし? もしも~し……」
レンジリー先生は首を傾げ、俺たちに向け「おかしい。応答がない」と呟き、また通信機を耳にあてがった。
「もしもし、香取先生? ……え? 何、今の音?」
その音は、俺たちにも漏れ聞こえてきた。何か爆発したような激しい音だ。
「ど、どこかで犯人と戦いになったんじゃないでしょうか?」と、美咲。
少しのあいだ応答を待っていたレンジリー先生も、ようやく通信機を離して首肯した。
「助けを求めた途中、やられたのかもしれない。とにかく、彼らが向かった西に行きましょう!」
俺たちはダッシュで、『神々の黄昏』の西に戻った。
それから、香取先生や鹿角たちの姿を最後に見た『北西大通り』へと続く横道を進んだ。
進みながら、鳩ケ谷に改めて『USHER』を発動させる。
また、レンジリー先生は幾度となく通信機に応答を求めるが、やはり反応がない。
鳩ケ谷の『USHER』の光は、今度は一応西へと向かっていた。
しかし、鳩ケ谷の意思が組み込まれているかのように可愛い店員がいる店の方に寄って行ったり蛇行を繰り返したりしていてどうも信じられない。
ただ、香取先生の応答がない以上、一行は鳩ケ谷の『USHER』を信じてついて行くしかない。
『北西大通り』を横断し、脇道に入ろうとしたところで、運が味方した。
肩を組んだ酔っ払いの男二人のうち一人が、俺たちを呼び止めた。
「ん? ああ、丸さん!」
それは『スピリット・オブ・セントルイス』店主の丸森さんだった。もう一人は飲み仲間らしい。
「誰なの?」と少し苛立ち気味のレンジリー先生に美咲たちが説明している間、俺は丸森さんの言い訳のような話を聞いた。店が休みの日は、こうして息抜きをしなきゃやってられないのだとオッサンは言ったが、おそらくその辺の店でただ飲んでいたわけではないのだろう。『ゴブレット』東に住むオッサンがここまで足を運んでいるということは、『神々の黄昏』の女の子がいる店にも行ったに違いないのだ。
「……それより、さっきのグループとは別行動なんらなぁ? 珍ひい」と、丸森さんは少し舌をもつれさせながら言った。
「え? さっきのグループ?」と、俺や美咲は目を丸くして問い質す。
「鹿角ちゃんや雛季ちゃんらよ……」
「彼女たちと会ったんですか?」と、美咲が丸森さんを揺する。
「うん、ああ、あの威張ったあんちゃんもいたし、メガネした男も、バルーンドッグも」
「どこで会いました? どちらへ向かっていました?」と、レンジリー先生も丸森さんの肩を揺らす。先生のそれは美咲よりも強く、オッサンは少し吐きそうな素振りをした。
丸森のオッサンともう一人のオッサンは酒でふにゃふにゃになった頭で何とか思い出した方角を教えてくれた。
礼を言いつつ走り出した一行は、教えてもらった通りへ向かった。
そして、その細い道の先に、トラヒメにまたがったミュウを見つけたのだ。
「ミュウちゃん!」
「ミュウ~!」
ミュウは涙目で、何度か口をパクパクさせてから、ようやく声を絞り出した。珍しく焦っている。
「み、み、みんながあっちの建物の中、敵と戦いになった……」
「あっちね? 案内できる?」と、走りながらレンジリー先生。
ミュウはトラヒメを反転させた。同時にトラヒメの体がむくむく大きくなる。
「乗せてくれるのね? ありがとう。みんなも早く!」
「は、はい」と、レンジリー先生の後ろに美咲、二宮、美馬さんとまたがった。そして俺。
「お、おい……美馬さんの後ろ~……ワシが魔法を消している間に……」
「そんなこと言っていないで、早く乗れ!」と、俺は鳩ケ谷を掴んで引っ張り上げた。それから前に向き直り、美馬さんの肩に手を掛ける。
「手はそこでいいの? 腰に手を回しても、胸に回してもいいのよ、瀬戸君?」と、美馬さんが自分の肩越しに囁く。
「いや、これで充分です……」
すでに、後ろの鳩ケ谷にぶつぶつ文句を言われるぐらい美馬さんとはかなり密着した状態だ。それに、雛季たちが心配でさすがにそれどころではない。
俺たちを乗せたトラヒメは、『西北西通り』から南に延びる脇道に入り、大きな廃屋の一つの前で止まった。
「この中」と、ミュウ。
「廃屋が集まっている地域のようね……。ありがとう、ミュウちゃん」
トラヒメから下り、レンジリー先生は言った。
「ありがとう。私たちが見てくる。ミュウちゃんはどこか安全な場所で待機していてね」
「ここも人通り少ないから危ないと思う。大通りの方で待つといいよ」
美咲や二宮も下りてから、ミュウに言った。ミュウは「気をつけて」と不安そうに返す。
「ああ? 今の音、何じゃ?」
鳩ケ谷が俺の背中にしがみつきながら言ったように、爆発音の後、石が崩れるような音が聞こえた。
鳩ケ谷に強く掴まれたので、俺の手は思わず美馬さんの胸へと落ちてしまった。
「戦いは続いているようね。私たちも行きましょう。瀬戸君も、胸を触るのは後にしてね?」と、美馬さんは俺の手を優しく払って、トラヒメから下りる。
「あ、ああ……後にする」と、俺も飛び降りる。
「何が後にするじゃ! させるか!」と、鳩ケ谷。
直後にまた奥の方から破裂音が響いた。彼はへっぴり腰になって、俺への文句どころではなくなった。
【挿絵】左からカケル、レンジリー、安城、葉山




