第856話・南と西に進路を取れ
香取先生の通信機に何かの報告が入り、先生は深刻な表情になる。
「どうしたんですか、先生?」と俺は、通信機を切った香取先生に訊いた。
「何か、袋とじの中身が大したことなかった時みたいな暗い顔をしていますけど?」
雑誌の袋とじの表に『ヌード』とあっても、中身ではヘアーどころかおっぱいのトップも見えなかったパターンの時の顔だ。『ヌード』、『裸身』、『〇〇が脱いだ!』という文字だけに踊らされてはいけないのだ。
「その例えの意味が分からないけど……英田さんという中央本部兵から連絡があった」と、香取先生は言いながら、南に向かって歩き出した。
「え?」と、俺たちも慌てて歩き出す。
「犯人が見つかったんですか?」と問いかける美咲に、うなずいた先生は、直後に通信機を使ってレンジリー先生たちに呼びかけた。俺たちにも、その話を聞いていろということだろう。それだけ緊急事態のようだ。
「……ああ、香取です。今、英田さんから連絡がありました。彼のグループが犯人に襲われ、やられたそうです」
それを聞いて、俺たちは丸くなった目を見合わせた。
通信機の向こうのレンジリー先生らしき声も驚いたようだ。
南に早歩きで進みながら、香取先生はさらに言った。
「王寺さんグループもその前にやられているようです」
「な、何?」と、俺。
「ちゅ、中央本部兵が何人もっちゅうことか? ま、まさか……」と、鳩ケ谷の声はわずかに震えている。
「相手は『西ブロック』から南に向かったようです。おそらく、『神々』を出るのでしょう。向こうにも中央本部兵が行って見張っているらしいですし、常時いる門番たちにも伝えているはずですから、相手はそこをすり抜けるために顔を変えるでしょうね」と、香取先生は通信機に向かって続ける。
「顔さんを……? 誰に変えるのでしょう?」と、桜川。
「雛季の顔、真似されたら嫌なの」
「180センチ弱の雛季や桜川やミュウ……何か嫌かもな」と、俺は身長の伸びた彼女たちを想像した。
「私も嫌だよ。その人が男の人と二人で歩いていただけで、スキャンダルになっちゃう」と、青葉。
「ワシも嫌じゃ。それでノゾキとかされたら、ワシ本人がノゾキを疑われるんじゃろう? 何もしていないのに罪に問われるなんて……」と、鳩ケ谷。
「そういうことじゃないと思うよ? 二人とも……。心配すべきことは」と、東御がツッコむ。
「そうよ。その顔で、外に出て殺しをするかもしれないのよ?」と鹿角が言い、青葉たちは身震いした。
「ついでに言うと、鳩ケ谷は過去ノゾキをしているから、何もしていないということはないから」と、俺。
「どんな極悪人にもセンスってものはあるんじゃないか? 好き好んでその顔になろうとも思わんだろう」と、鮫川も言った。
「お前らが言うな!」と、鳩ケ谷は眉を吊り上げる。
「多分、私たちの顔になることはないんじゃないかな? 相手は、一度襲うか何かした者の顔にしかなれないんじゃないかな、これまでのことを考えると。多分、『MASK』という魔法に一度顔を憶えさせる必要があるんだと思う」
美咲がそこまで説明し、二宮が「私もそう思います、美咲さん!」と同調したところで、香取先生が通信機を切った。
「その通り。目にした者や、頭に思い描いた顔にすぐ変われるようではないみたいだ。いわゆるインプットみたいな作業が必要なんだろう。そう考えると、敵は、英田さんの顔を使う可能性が高いな」
「ああ、『神々の黄昏』を管轄しているエリア長でしたっけ? その人なら、門番にまったく止められず通過できそうだ」と、俺。
香取先生はうなずいて言った。足はずっと南に向けて動き続けている。
「そう。レンジリー先生たちにもそう伝えた。見回しながら追いかけて来てくれている」
振り返ると、確かにレンジリー先生らしきセミショートの赤紫の髪の女性ともう一人の女性が辺りを見回しながらも、こちらに歩いて来ている。
少し離れた場所には、砥部先生と思しき面長の男性ともう一人の男性教師も動き出している。
『西ブロック』を抜ける道中で香取先生が話したことによれば、他の先生たちはブロックごとに分かれて南門に向かうようだ。英田さんの話では、敵は南へ向かったらしいが、それはフェイクで、引き返して『神々の黄昏』内に留まる可能性もなくはないからだ。
そして、他に衛兵グループもいるらしいが、彼らには『神々の黄昏』の外壁沿いを探らせているようだ。一般人の『神々の黄昏』の出入りは南門だけに限り、魔法を使って他の場所の壁を跳び越えて出入りできないよう中央本部が魔法で結界を張っているようだが、敵はかなりの能力者のようだ。それも突破することもゼロとは言えない、ということで衛兵グループはそちらを見回っているということだが、彼らだけでそんな相手を捕縛できるとは思えないな……。
そうこうしているうちに、南門にやって来た。
そこには門番としての中央本部兵や衛兵十数名の他、香取先生と顔見知りの中央本部兵が一人いた。その人は英田グループの一人で、先にここへ来て銀色の髪の男が来ないか見張っていたらしい。
銀色の髪の男、それ以外にも身長180弱の細身の怪しい男は、他の門番たちと目を光らせて捜していたらしいが……。
「英田さんは、通しましたが……?」と、彼は言った。
一同頭を抱えた。
「きっとそれは英田さんに扮した犯人だろう……」
「いつもと様子がおかしかったはずだし、こんな大事な時に一人で表に行くことが不思議じゃなかったんですか?」
香取先生に次いで、俺は思ったことを口にした。
「仕方ないだろう、犯人が表に出ていないか見てくると言って……それにいつも英田さんはあんな感じだし」
中央本部兵は俺たちを睨みつけて言った。俺も少し口を閉じる。いつもの赤と黒の防具ではないから忘れがちだが、この人も中央本部兵なのだ。あまり怒らせない方がいいだろう……。
俺たちは香取先生に続いて、門から『神々の黄昏』を出た。
「逃げられてしまったか……?」と、香取先生は珍しく険しい顔で通りの人混みを見据える。
「これじゃあ、今までのような地道な捜査になってしまいそうね」と、美馬さんも嘆く。
「いや、まだ諦めるのは早いよ、先生。さっきの人が言っていたけど、犯人を通したのはついさっきでしょう? トラヒメ君の嗅覚で……」
鹿角がそう言っている途中で、ミュウは首を小さく振った。
「相手の臭い、嗅がせていないから難しい」
「ああ、そうか……。でも、控室にいた無愛想な王者、あれが犯人だったわけだよね? あいつの臭いは?」
「私たち廊下にいたから……多分、難しい」と、ミュウは言った。
「それじゃあ……東御ちゃんや鳩ケ谷君にも追跡魔法があったよね?」と、鹿角は二人の方に視線を転じた。
「一応あるけど、『TRAIL=引きずった跡、痕跡』という魔法が……。でも、相手のイメージが難しそう、似顔絵だけしか見ていないから」
「ワシもじゃ。……正直、殺し屋を追うのも気が引けるし……」
東御と鳩ケ谷は渋い顔をしていたが、鹿角や美咲に改めて頼まれ、追跡魔法の準備を始めた。
また、香取先生も鳩ケ谷と同じ『USHER=案内係』という魔法が使えるので試すことになったが、やはり先生のそれも精度は高くないという。
東御の刀身から出現した銀の光は西の方に伸びて、光線となった。光線はさらに西へ向かう通りに東御を誘っている。
香取先生の剣から出た『USHER』の銀の光の球も、ゆらゆら浮遊しながら西の方へ。東御の光線とは一本離れた道に向かっているようだが、どっちにしても敵はそちらへ逃げたに違いない。
だが、鳩ケ谷の発生させた銀の光の球はまっすぐ南へ進もうとしている。
「あれ? ポッポ君のやつは違う方に行っているの」と、雛季がことさら騒ぎ立てたため、鳩ケ谷は苦笑い。
「い、いや、ワシのはあてにならんじゃろうね……」
「探す相手が男だし、似顔絵でイメージしているからな」と、俺。
「う~ん……ただ、僕や東御さんの魔法が正しいかもわからないな」
「そうですね。合っているのかも、一人だけ、鳩ケ谷君の方が」
香取先生と東御は謙遜するように言った。
「じゃあ、二手に分かれましょうか? 他の人は信頼できる方について行く形で……」
鹿角が言い、早速東御や香取先生の後ろについた。もちろん青葉も続く。
「雛季も、アンジェちゃんが当たっている気がする!」
「私も。先生も同じ方向さんですし」
雛季、桜川もそっちについて行くので、必然的にミュウとトラヒメも後につく。
「こっち一択だな。鳩ケ谷を信じるぐらいなら、ジャージー・デビルの存在を信じる方がいい」と、鮫川も彼らの方へ。
「こ、こんな所で人気の差が露わになるとは思わんかった……悲しい~!」
鳩ケ谷は腕で涙を拭いながら、俺の肩にもたれかかってくる。
「いや、お前自身、自信ないと言っていたんだから仕方ないだろ? じゃあ、俺も行くから。一人で頑張れよ」と、俺は鳩ケ谷を押しのけた。
「なぬ? 友が肩で泣いているんだぞ? 『俺は行ってやるよ』と慰めるじゃろう、普通!」
「いや、むしろ汚いから肩で泣くなよぐらいにしか思っていなかったんだが……」
「なんじゃと~」
「ああ、もう~、時間はないわ。それなら君の方には私がついて行ってあげる」
そう言ったのは、あとから合流してきたレンジリー先生だった。
「おお~、レンジリー先生! お優しい~!」
飛びつきそうなほど喜ぶ鳩ケ谷。
レンジリー先生は端正な顔をしかめ、「近づきすぎ!」と彼を押し返す。
「まぁ、俺たちは別ルートを捜すつもりだったけど、生徒たちだけのグループは心配ですからね」と、砥部先生たちがうなずきながら言った。
「そうですね、それじゃあ、そちらの生徒たちはレンジリー先生、お願いします」と、香取先生も振り返って言った。
「オーケー。でも、待って。私と鳩ケ谷君だけでは不安ね。美馬さんも空いているね? あと、やっぱり瀬戸君にも来てもらおうかしらね」
レンジリー先生がそう言うと、鳩ケ谷は一層だらしがない笑顔になりかけたが、すぐに困惑の表情になった。
「美馬さんも! うひょ~……しかし、瀬戸はおらんでも……」
「仕方ないな……。俺もついて行ってやるか……」
俺は腕を組み、うなずいた。レンジリー先生を鳩ケ谷と二人きりにするのは危ないから見守っていたいし、何より美馬さんと同行すると何かお得なことがありそうだ。こんな時に不謹慎かもしれないが、美馬さんにはそういう魅力がある。
しかし、俺の袖が引っ張られた。
「カケル君に何かあったら困るから、私もそっちについて行くよ」
美咲がやや頬を染め、上目遣いで言った。
「美咲……そ、そうか……でも、雛季たちは大丈夫かな? ハハハ……」と、俺は硬い笑顔を作る。
「もう歩き出してしまったよ」
美咲が言ったように、東御、香取先生の魔法に従って、雛季たちは西へと歩き出していた。
「美咲先輩がこっちに行くなら、私もついて行きます。男性二人は少し頼りないですけど……」と、二宮も美咲の隣に寄ってきた。俺や鳩ケ谷を見る目は冷たい。
「みんな……ハハハ、なんだかんだ言って、ワシも好かれているようじゃな」
「何を聞いていたんだよ……。お前を好いて集まった奴なんていないぞ?」と、俺は一応ツッコむ。
「それじゃあ、早くしましょう。鳩ケ谷君、『USHER』はどっちに向かうの?」
レンジリー先生にせっつかれ、鳩ケ谷は改めて銀の気を動かした。
ぷかぷかと浮いたそれはやはり南に進み出し、俺たちはそれを追った。




