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第81話・いなくなった少女

 ケイブジャイアントは鹿角の放った炎の弾丸を大きく開いた口で受け止め、噛み砕き、消滅させた。

 口元から火花が散り、鼻から煙を出す。


 とんでもない奴だ。しかし同時に、頭は決して良くはないと思う。

 自分の鼻や口から噴き出した煙によって視界が遮られ、もう一方の相手……大島さんと白石(しろいし)さんに逃げる機会を与えたのだから。


「みんな出たわね? さぁ、森の方へ逃げましょう!」

 大島さんは相手の脇の下の隙間を通過して、叫んだ。

 

 ケイブジャイアントはこちらに体の向きを変え、俺たちを見下ろす。

 その迫力と威勢は未だ衰えていない。

 覆いかぶさるように地へ投げられている巨人の影に飲み込まれてしまいそうだ。


 迫り来る背後の影と、地響きに近い大きな足音に追われながらも、俺たちは魔巣窟を脱出した。

 みんな岩を下り、四方の草むらへ散る。


 俺も美咲たちが逃げ込んだ木々の間に向かおうとしたが、何かに足を取られ派手に転倒してしまった。

「くっ……痛て……あ?」

 

 足元に夏妃が倒れていた。

 彼女は最初にここへ落とされていたのだった。

 苦しそうな顔には汗の粒があり、荒い呼吸を続けている。

 そして自身の体の下になっている右脚をしきりに触っていた。


「ケガしているのか? ……くそっ」

 俺は土を掴んで立ち上がり、半ばやけくそに彼女の肩に手を回した。

「逃げるぞ。あいつが追ってきちまう。いや……奥にいた小さい奴の方に行くかな?」


「魔獣は……しつこいから、追ってくるわ……。私には構わないで、みんなと行って……」

 夏妃は弱々しくそう言って、俺の腕を払おうとした。


「そんなわけにいかないだろ……」

 

 前方の草むらから鮫川が叫んだ。

「何やってんだ、瀬戸! 一人ぐらいの犠牲はやむを得ないぞ?」


「薄情な奴だな……」


 直後、辺りが暗くなる。

 上から降っていた陽光が遮られ、大きな影ができたのだ。

 

 見上げると、魔巣窟の入り口がある岩場の上にケイブジャイアントが立っていた。

 夏妃の言った通り、こちらに戦意がなくなろうとも、容赦なく攻撃をしてくるのが魔獣の特性らしい。

 間もなくして、巨人の両の脚が落ちてきた。

 大きな振動と風が起こり、地面に窪みとヒビ割れができる。


 ケイブジャイアントが岩場の上から、俺たちのいる場所に下りてきた。

 俺は間一髪、夏妃を抱きかかえながら横に跳んで転がった。


「私はいいからっ……と言うか、抱きしめないで……!」

 体の下で夏妃が白い顔を桜色に染めながら、俺の胸を叩いた。

「そんなこと言っている場合じゃないだろ? 早く肩に掴まれ!」

 上体を起こしながらそう叫ぶと、夏妃も素直に従って自分の両手を俺の肩に回して抱きついてきた。

 彼女を片手で抱き寄せながら、体勢を立て直す。


 ケイブジャイアントの眼がギョロッとこちらに向けられたと思うとすぐに、大きな足が後ろに引かれた。俺たちを蹴るモーションだ。


 咄嗟に片手で『エイト剣』から『HIT(ヒット)』の気を放つ。

【HIT(=打撃の当たり、命中)・カケル所持魔溜石、『H』、『I』、『T』】


 しかし夏妃を抱えたままで思うように剣が振れない。

 放出された青白い気はイメージよりも小さなものになり、巨人の足で蹴散らされる。


 ケイブジャイアントの足の動きは多少の間止まったが、すぐにまた振り下ろされてきた。

 前に出していた右肩を中心に重く鈍い衝撃を受ける。

 夏妃の甲高い悲鳴を聞きながら、俺の視界が回転する。


 次の瞬間、背中を樹に打ちつけた。

ここでも背嚢がわずかに緩衝(かんしょう)材代わりになったが、それでも衝撃は大きい。

「げふっ……」

 しかし、意識などしていなかったが、夏妃を胸に庇うかたちになったのは幸運だった。

 俺はボロボロだが、最悪彼女の身は護られていた。


「カケル君! ちょっとだけだけど……回復するわ!」

 耳元に鹿角(かづの)の声が響いたと思ったら、白い光をまとった『エイト剣』を持った手を首の後ろに回してきた。

 鹿角はそのまま俺の頭を自分の胸元へ寄せた。

「アミナ~・ハートッ!」

【HEART(=心臓、心)・鹿角所持魔溜石、『A』、『E』、『H』、O、『R』、S、『T』】


 突然の出来事に我を失いかけている間に、俺の体は白い光で包まれ、巨人の足に蹴られた箇所や樹に打ちつけた痛みが消えて楽になっていた。


「鹿角さん……! 胸に押し当てる必要はないよね?」

 鹿角の後ろから美咲が手を伸ばし、俺たちを引き離して言った。

「ハートって言う治癒系魔法だからさぁ、胸で包み込む方が雰囲気出ると思って」と、鹿角が小さく舌を出した。


「とにかく、体は軽くなったよね? さぁ、夏妃さんと先に逃げて、カケル君」

 美咲がそう言って鹿角の手を引っ張り、俺たちの前に出た。

「し、しかし……」

 

 ためらう俺の横に雛季が顔を出し、夏妃の肩に手を掛けて言った。

「カケル君、なっちゃん、後はお姉ちゃんたちに任せて、安全な場所に逃げよう!」


「早く行って、カケル君!」という鹿角の声が前から、「早くこっちへ!」という松川さんたちの声が背後から飛び交うので、雛季と共に夏妃を連れてその場から離れた。

 

 美咲、鹿角のことが気にはなるが、彼女たちなら時間を稼いで隙を見て逃げ出すぐらいのことはできるだろ……。

 雛季と両側から夏妃を支えながら森の中を進む。


 夏妃も鹿角の魔法を受けて少しは痛みが消えたようだったが、それでも足を引きずって、時々苦痛に顔を歪めた。


 また、雛季の方は視線をキョロキョロ辺りに彷徨(さまよ)わせていた。

「どうしたんだ、雛季? 他の魔獣を警戒しているのか?」と、俺。

「ううん、違うの。ミュウちゃんが先に出ているはずなんだけどなぁ……」

「ミュウ……? あの女の子か?」


「うん、ミュウちゃん。森を入った所の入り口で出会った子だよ。あんまり話さない子なんだけど、どうも狩りをしていたらしいの。一人だと心配だから、雛季たちについて来ることになったんだよ」


「見覚えがない子がいると思ったけど、そうだったのか……。しかし、まだ幼く見えたけど、あんな子を魔巣窟にまで連れて行っちゃったのか?」


「しょうがなかったんだよ~。黙って雛季の後ろをついて来ちゃったの~。みんなが戻るように言ってもついてくるから、諦めて一緒に連れて行くことにしたんだけど……あの巨人さんに遭う前から姿を見ていないんだよ。その前に勝手に一人で外に行ったと思っていたんだけど……」


「いないじゃないか……。もしかして、魔巣窟に取り残されたってことも……?」と、俺の顔は硬くなる。


「う~ん……外に逃げ出してくれている気はするんだけど……」

 小首を傾げて言った雛季を、(いぶか)りながら見た。

「……その根拠は?」

「コンキョ? あ、うん……これは雛季の勘なの!」

「勘かよ……」

 危惧した通りの回答に、その子の安否も気に掛かった。


 森の中を迂回(うかい)して、行きに通った見覚えのある場所に出た。

 ここまで戻ると、空から降る日の光、木々のすぐ向こう側から差し込む光でかなり明るくなった。


 その場所に俺たちが辿り着いた時にはすでに、大島さん、白石さんの『SDG』組と鮫川、少し離れて玉城(たまき)、松川さん、坂出(さかいで)の『グラジオラス』組と木の幹を背にうなだれて座っている明石の姿があった。

 彼女たちも今さっきここまで辿り着いたらしく、一様に肩で息をしていた。


「ああ、茅野(ちの)さん……。ありがとう、瀬戸君」

 大島さんはそう言ってすぐに立ち上がり、座ろうとしている夏妃に手を貸した。

 メンバーを置き去りにしてしまった責任を感じているような決まりの悪い表情をしていた。


 一方、息を切らしながら雛季は、玉城たちのそばに寄って行った。

「ねぇねぇ、フェリちゃん、杏華(きょうか)姉ちゃん、(たま)ちゃん。ミュウちゃんは? どこかで会わなかった?」


「う~ん……私はこの負傷したボーイ担いでいたから、それどころじゃなかったヨ。二人は?」と、玉城。


「私も自分が逃げ出すのに精一杯で、あの子のことを気に留めている余裕なかったわ。ごめん……」

「私も見ていません。あの子、結構勝手に動くから、多分もう外に出てはいる気がするんだけど……」

 松川さん、坂出も顔を曇らせて続いた。

 

 そこで、脇の木々の間から鹿角と美咲の二人が息を弾ませて出てきた。


「よかった。あの巨人を()けたんだな?」

 俺は『SDG』メンバーの手前というのも忘れて、鹿角、美咲に歩み寄った。


「うん。何とかね。でも、そのミュウちゃんのことが……。私たちも気にしながら戻ってきたんだけど、どこにもいなくて……」と、美咲は憂い顔で返した。


「あの子、最初からよくわからないところがあったからね……。やっぱり後をついて来ても、きっぱり断る勇気が必要だったんじゃないかしら、愛海那(あみな)ちゃん?」

 松川さんがトゲを感じない優しい声で言うと、鹿角は「ううう」と口を引き結んだ。

 

 代わりに美咲が話を続ける。

「魔巣窟内でミュウちゃんがいないことに気が付いて、引き返したの。そうしたら彼が倒れていて……」

 一団から少し離れた草の上で、うなだれて座った姿勢のままの明石を指した。

「その時、先で騒ぎ声がしたから、君たちに何かあったのだろうと急いで駆けつけたんです」と、美咲は続ける。


「残念だけど私たちもそのミュウちゃん? そんな子見ていないわ。もちろんあの時は必死だったから見逃したって可能性もあるけど、あんな状況を前に一人でケイブジャイアントをかわして出口の方へ行ったとも思えないけどね」と、大島さん。


「ミュウちゃん……。まだケイブジャイアントが現れる前に、魔巣窟を出ていてくれていればいいんだけど……」

 美咲が魔巣窟の方角へ目をやり不安気に呟く。


 無関心といった感じの鮫川を除いてみんな一様に疲労と不安が混じったような表情をしている。


 その沈黙を破ったのは、明石の呻くような声だった。

「……俺は……見たぞ」


「え?」

 一斉に彼の方へ視線が集中する。

 

 明石は顔を上げ、ニュース番組のインタビューに答える隣人住民のようにここぞとばかり喋りだした。

「俺はその女の子を見た。……あんたら、俺が魔獣に襲われて意識が朦朧(もうろう)としていたと思っていないか?」


「違うの?」と、白石さん。


「違う! あんたたちの後をついて歩いていると、いきなり背後から石をぶつけられたんだ。おそらくそのミュウとかいう女の子が襲ってきたんだ」


「な、何?」

 俺のその声に、他の者の同じような驚きの声が重なった。

 

 真っ先に雛季が首を大きく振って返した。

「そんなわけないよ! ミュウちゃんが……雛季も今日会ったばかりだけど、でもあの子がそんなことするわけないの!」


「そうだぞ!」

「そうよ!」

 俺や鹿角、玉城たちも同調して言ったが、明石は一層声を張り上げた。

「本当だ! 倒れながらも俺は見たんだ。後ろにワンピースの女の子が立っていたんだ! くそっ、あのガキ、フザけやがって!」


「どっちにしても、そんなガキにやられたお前が未熟だということだ。魔法剣士の道は諦めて、暗い部屋で壁のシミと会話しながら一生を過ごすんだな」

 鮫川が茶化すと、明石は顔を赤くしてわめいた。


 それをなだめながら俺は訊いた。

「それが本当だったとしたら……お前、その子に何か恨みを買うようなことをしたんじゃないのか?」


「そ、そんなもんねぇよ! 俺だってあんなガキ、今日初めて会ったんだぞ?」

 明石は顔をしかめて否定したが、俺は彼が一瞬動揺し表情を曇らせたことを見逃さなかった。

 こいつは何かを隠している。

 ベッドの下のエロ雑誌、そんな物とは別の何かを……。


「とにかく、まだ一人魔巣窟の中に取り残されている可能性もあるよね」

 美咲はバドミントンの線審が判断を困った時のように両手で顔を覆い、溜息をついた。


「今頃ケイブジャイアントの餌食(えじき)になっているかも……」

「ハンッ、それはいい気味だよ」

 呟いた白石さんと明石。

 大島さんが二人を小さく叱責する。


「ごめん。冗談が過ぎたよ……。でもさぁ、どうするの? ケイブジャイアントがまだいるかもしれないのに、戻るわけ? 悪いけど私たちは無理だわ」と、白石さん。

 大島さんも曇った顔で小さく頷く。


「……私も正直リョーカイとはいかないカナ……」

「本当に魔巣窟内に残っているかもわからないですからね……」

 玉城に続いて坂出も俯きながら言った。


 また沈黙が下りそうになった時、俺は一歩前に出て言った。

「取り残された可能性がある以上……と言うか、話を聞く限りその可能性は高いから、行くしかないだろ……」


「カケル君……」

「うん! 雛も行く!」

 美咲の後に、雛季が拳を握って言った。


 鹿角たちも少しの間悩んでいたが、結局みんな行くことを決めた。

 

 しかし、動き出した俺たちに大島さんの「待った」がかかる。

「瀬戸君、待ちなさい。君は今、『SDG』の試験としてここに来ているのよ? 私たちから離れて行動するのなら、残念だけど知立さんたちには『失格』として伝えることになるわ」


「だとよ。それなら俺は行かねぇぞ。名前も知らねぇガキのために、俺の輝かしい未来をフイにしたくはないからなぁ」

 そう無慈悲に言い切った鮫川に、雛季が詰め寄る。

「名前はミュウちゃんって言うんだよ~、鮫ちゃん!」


「いや、名前を知ったところで俺は行かねぇ!」

 二人がそんなやりとりをしている間も、森の方から不気味な獣の鳴き声が聞こえている。


 こんな獣の咆哮があちこちから聞こえる薄暗い森の中に、あるいは凶暴な巨人のいる魔巣窟の中に、一人取り残された少女のことを考えれば、二の足を踏んでいる場合ではない。


「行こう」

 俺は自分にも言い聞かせるように美咲たちに言って、森の奥に歩き出した。

 美咲たち『グラジオラス』メンバーもついてくる。


 背中には大島さんや白石さん、鮫川たちの視線を感じたが、それらを引き離して進んで行った。

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