第7話・魔溜石の力
「この建物の中に……瞬間移動してきたんだ!」
痩せた男が言い放った言葉に、中央の椅子に座っていた他の者たちが一斉にざわめく。
「瞬間……移動?」
俺がポツリと呟くと、さすがに左隣の女性もわずかに頭を上げた。
「やれやれ……」
なかなか収まらないどよめきの中、わずかにパチンコ玉の声が聞こえてきた。
「その男を連れてきたのは長田君。君たちの班だったな?」
ひげ男が苦りきった顔で返事をした。そう言えばこの人は長田という名前だった(部屋の方で漢字も知った)。
「は、はい。直接連れてきたのは別の二人になります。一人は信頼のおける者ですが、もう一人の大野という者は若く未熟者ですので、おそらく彼の能力不足でこの男の眠りが浅くなったのだと思います」
大野と言えば、あの日俺の家に押し入った若い方がそんな名前だった。
やはりここにいるひげ男たちとあの時の二人はセットで、俺や痩せ型男を含むこの中の何人かをまとめて連れてくる任務にあったというわけだ。
「この男はやや気が動転していますので、部屋に連れて行きます」
長田が狼狽〈ろうばい〉しながら言うと、前に座る三人が同時に頷いた。
「それがよかろう。連れて行きたまえ」
その返事を受け、長田は金髪男と丸坊主に目配せをし、痩せ型男を廊下へ引きずり出させた。
金髪男と丸坊主に体を掴まれ廊下に出されてからは、男の呻きすら一切聞こえなくなった。
わずかにできた扉の隙間から見えていた薄暗い廊下が、一瞬明るく光ったので、きっと痩せ型男は例の剣で眠らされたのだろう……。
ようやく静かになりはじめた俺たちに冷たい目を向けたまま、パチンコ玉が一つ溜息をついた。
「ハァ~……。いっぺんに話すとみんなの頭が混乱すると思って、これから時間をかけて段階を踏んで説明していくつもりだったのだが……」
「すみません」と、長田が呟くように言って頭を下げた。
「仕方がない。彼が今口走ったことについては、君たちにも告げておこう」
頭頂部に毛がない分、慈しむように頬のひげを撫でながら、パチンコ玉は続けて言った。
「……今連れ出された彼が言った通り、我々は君たちをこの場所へ連れてくるために、ある特殊な能力を使用した。勘の良い者なら気がついているかもしれないが、我々が現在手に入れている魔溜石……その力を利用し、広場に集めていた君たちを一斉にこの場所へ運び込んだのだ」
それからわずかの間、黙した後、意を決したように再び口を開いた。
「……そうだな。彼の言葉を借りるなら、まさしく瞬間移動ってやつだな……」
俺は驚き、声を発しようとしたが、うまく言葉にならなかった。
横目で右隣を見ると、彼女も大きな双眸をさらに見開き、唇が何かを呟いているかのように小刻みに震えていた。やがて小さく咳き込む。
俺や彼女だけでなく、初めてその事実を聞かされた者たちは一様に愕然とした様子を見せている。
声を出そうとするが、詰まって言葉にならず、静寂に近い時間が流れる。
だが、それがかえって一同の不安や動揺、様々な感情が渦巻いた胸の内を雄弁に物語っていた。
魔溜石の知識については差があると思う。
俺のように家族からあまり聞かされていない者もいれば、周囲を取り囲む男たちの求める情報こそ提供できていないにしても、大々的に聞かされている者もいるだろう。
しかしこの場の驚愕した雰囲気を見るからに、やはり後者は少ないようだ。
魔溜石という物が、新しいエネルギーに代わり得るものという認識はあっても、瞬間移動などという非科学的なことを実現してしまうほど優れた物だとは思っていなかったという人がほとんどのようだ。
「……それが本当だとして、ここはどこなんですか?」
前の方のボサボサ頭が調子の外れた声で訊いた。
「本当のことだ。そしてここはどこかという問いについては後日だ。今は答えない。先ほども言ったように、少しでも早く解放されるために今君たちがすることは、魔溜石についての議論だ。さぁ、そろそろ本題に戻ろう」
こうして男たちの本来の目的であった、俺たち『囚われの身』の人間たちによる議論が始まった。
だが、新たな事実がもたらした衝撃をみんな引きずったままだ。
やはり何度も話し合いは中断し、誰かが男たちへ「ここはどこなのか?」というさっきと同じ質問や「帰してもらう時はそれぞれの家に帰してもらえるのか?」というもっともな質問がなされたが、明確な答えは返ってこなかった。
改めて主従関係を示すかの如く、男たちの威勢が増していた。
俺たちは仕方なく指示に従い、記憶の整理や話し合いにできる限り注力した。
議論は断続的に進んでいった。
途中、右隣の女性が顔を覆ってまた泣き出した。
その姿に耐えられなくなった俺は、パチンコ玉に「彼女も部屋に戻してあげてほしい」と提案した。
「……わかった。彼女の担当者、連れて行ってあげなさい」
壁際にいた一人が返事をして、こちらに歩み寄ってきた。
その者は、武装して凛々しく立っていたため近づくまで気づかなかったが、女性だった。
よく確認すれば、彼女以外にも、壁際に立っていた男たちに混ざって何人か女性の姿があった。
彼女たちはその格好から女戦士といった印象を与えるが、女性の平均身長より高いことを別としたら、線も細いようだし、決してひげ男たちのような強さは感じられなかった。
髪をポニーテールにした女戦士は、泣いている女性に手を貸して、ふらつく体を支えた。
「また気分が悪いの? じゃあ、部屋に戻るわよ。アイズミさん」
「……は、はい」
アイズミさんと呼ばれた彼女は、隣の俺でもやっと拾えるほどの小さな返事をして、ゆっくり立ち上がった。
一度こっちへ潤んだ瞳を向け、わずかにお辞儀をした。
そして、女戦士に体を預けるようにしてヨロヨロと部屋を後にした。
残された者たちは、それから五時間以上実りのあるようなないような議論を続けさせられた。
五時間……誕生してから間もない地球であれば一回転している長さだ。
***********************************************************
その後も三日続けて、俺たちは個室から大部屋に集められ、魔溜石についての話し合いをさせられた。
魔溜石の知識が少ない俺にとっては、そこで初めて知ることも多かった。
親父たちが働いていた『キルデビルヒルズの空』は、探査機によってある惑星から石を持ち帰ることに成功。
石を調査した結果、それが地球の新たなエネルギーになり得る可能性を秘めた、魔法の石であることがわかった。魔法の力を溜めこんでいる石……魔溜石と名付けられたのもこの時期だ。
その後、幾つかの研究施設や企業の協力を得て、数回にわたる惑星探査が行われ、採取した魔溜石の研究が秘密裏に続けられた。
この頃から情報漏洩に対して厳しいペナルティが課せられるようになったため、研究者家族や知人の寄せ集めである俺たちにも知らされていないことが多くなる。
しかし、中にはこっそりと情報を得ていた家族もいた。
彼らの話によれば、魔溜石には、その大きさで得られるエネルギー量が変わるのはもちろん、幾つか種類があって、それによって質も大きく変わってくるらしいのだ。
また、違った種類の魔溜石の組み合わせによってもエネルギー量と質が変化することもわかったらしい。
その量と組み合わせによっては、今まで実現不可能であったことも可能になる、まさに夢のような石なのだという。
その後、魔溜石研究は次の段階に進んだ。
それまでの小規模な実験や動物を使った実験から、大規模な実験、人間を対象にした実験が行われることになったのだ。
『キルデビルヒルズの空』の研究施設は元あった場所からひっそりとした山奥に移され、より外部とのコンタクトが遮断された。
思えば、この時期親父も家を空けることが多くなっていた。
それが五年前のことだ……。
ある者の推測では、研究者たちの行方がわからなくなったのはこの実験に関係があるのではないかということだ。
実験は失敗し、被験者となった者たちは何らかの理由によって我々家族とも連絡が取れず、帰れない状況になってしまった。あるいは命を落とした……。
その理由とは具体的にどういうことなのか?
また、実験失敗で命を落としたにしても、なぜその痕跡が未だに見つかっていないのか?
口にした本人たちにもそこまではわからないということだが、俺はその推測にある程度納得した。
毎度U字型に座らされた者たちの中で、俺、白鷹というお嬢様、藍住(漢字はこう書くらしい)というあのか弱そうな女性、そしてケラケラよく笑う明るい茶髪の男(北川と判明)は、同年代で歳が若く、知識も少なかったため、他の者たちの口から発せられた魔溜石や研究所の話に驚嘆することが多かった。
しかし周りに立つ男たちにとってはさほど新鮮な情報が得られなかったようだ。彼らの顔は議論を重ねるごとに深刻な表情に変わっていった。
説明的な展開が続いておりますが、もうすぐ外の世界に出て物語も動きます!




