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第76話・いざ魔巣窟へ

「本当に行くんだね……?」

 魔巣窟(まそうくつ)に向かう朝、美咲が淋しそうに呟き、雛季はうつむいて足元の石ころを蹴っていた。

 場所は『SDG』パーティーのたまり場であるレストランの前だ。


 彼女たちは『グラジオラス』の仕事があるということで、『エイト剣』はもちろん、防具を身につけて背嚢(はいのう)を背負っている。


「ああ、そこまで心配してもらってありがたいけど、もう気持ちは変わらないよ。……まぁ、大丈夫さ。心配はいらないよ。何て言ったって俺は、あの長門(ながと)君を倒したんだからな、ハハハ」


「だから、あいつは大したことねぇ」とツッコんでくる鮫川。

 そこに美咲が寄って言った。

「鮫川君。私たちはカケル君の近くまでは行けないから、何かあったら護ってあげてね? 君は自信過剰なところがあるけど、実力がついてきているのは確かだから、お願い!」


「フンッ……自信過剰は余計だが、まぁ、瀬戸がコバンザメみたいに俺のそばにいりゃ、自然と助かるんじゃねぇか?」


「それじゃあ合格にならねぇよ……って言うか、君たち。近くまでは行けない……と言うのは?」

 美咲の言葉が引っかかっていた俺は、そこで美咲たちに視線を移した。


「あ、うん、だからぁ……」と、美咲は微苦笑を浮かべた。

「さすがに『SDG』メンバーに混ざって行くことはできないだろうから、少し距離を取らなきゃいけないっていう意味だよ」


「え、え? どういうことだ?」

 微笑みを返すだけの美咲に代わって、雛季が(うら)らかな声で答えた。

「私たちもついて行くんだよ~!」


「な、何だって?」

「冗談だろ?」と、鮫川も眉を動かす。


「本当だよ~? カケル君に何かあったら困るもんね!」

 言下、通りを挟んだ反対側の街路樹の後ろから、数人の人影が現れた。

 鹿角(かづの)玉城(たまき)、松川さん、坂出(さかいで)だった。

「そういうことだよ、カケル君!」

 鹿角が道を渡りながら言った。


 彼女たちもみな防具を身につけ、『エイト剣』を腰に吊るしている。

 彼女たちが身につけているのは身軽さやデザイン重視の防具のようで、琴浦姉妹の防具以上に露出部分が多い。


 鹿角や玉城は胸元がビキニの水着のようで、胸の谷間が出ているし、腹部も開いていておへそが出ている。

 腰のフォールドや膝当て(ポレイン)も小さく、その下にはやはりビキニ水着のパンツのようなものが見えている。


 松川さんも防具自体は似たようなもので、下に首まであるレオタードのような黒い服を身につけているので、胸の谷間が見えにくいぐらいだ(残念だ……)。

 それでもその服の首や胸辺りは透けた生地でできているのでよく近づけばふくよかな胸の存在が見てとれるし、フォールドや膝当ての前部が鹿角たちよりも開いているので、下半身はより刺激が強く目のやり場に困るぐらいだ。


 坂出はさすがにおとなしめで、シンプルな銀の防具の下にシャツと短パンを着ている。

 それでも魔獣と戦うには軽い格好と言える。

 みんな魔溜石が使われている防御力の高い防具だからそれでも充分と考えているようだ。


「私たちも丁度今日魔巣窟に行くんだよ」と、鹿角がまた言った。


「何、偶然のように言ってるんだよ……」


「ハハハ。本当、偶然だよ、偶然。だからこっちはこっちで忙しくなるけど、安心して。美咲はできるだけカケル君を見ていたいっていうから、私も了承してるし」


「ま、護るためよ!」と、美咲が顔を赤く染めて言った。


「……結局付き添うようなものだな」

 俺が呟くと美咲は苦笑した。

「ハハハ……。でも、さっきも言ったようにすぐ傍にいるってことはできないから、気をつけてよ、カケル君?」


「あっ。誰か出てくるよ、お姉ちゃん!」

 雛季に急かされると、美咲はこちらに背を向けながら言う。

「それじゃあ、私たちは一旦ここで別れるからね」

 自分の肩越しに振り返りながら、美咲は小さく手を振って、鹿角たちと再び通りの向こうに走って行った。

 

 一旦離れた彼女たちの後ろ姿から、レストランの方へ視線を移すと、扉が開いて『SDG』のキャプテン・知立(ちりゅう)さんたちが出てきた。

「おお、鮫川君に瀬戸君。逃げずに来たか。『エイト剣』の確認や荷物のチェックは済んでいるかい? よければすぐ出発になるが?」


「ああ、大丈夫です」

 そう答えると、知立さんは頷き、店内を振り返った。

 そして誰かの名前を呼ぶ。

 

 間もなくして、銀色に黒の模様が所々入っている防具を身に付けた(胴鎧にはやはり『SDG』の刻印が入っている)女性三人が表に出てきた。

 

 三人のうち一人は茅野(ちの)夏妃で、他の二人は以前店内で見かけた気もするが、初めてかもしれない。


「あとは彼女たちについて行ってくれ」と、知立さんが扉を閉めかけながら言った。


「よろしく」と言う女性たちの挨拶に目もくれず、鮫川が知立さんへ詰め寄った。

「お、おいおい! サポートってこいつらなのかよ? あんたらは来ないのか?」


「失礼ね」と、夏妃が冷たい視線を鮫川にではなく俺に向けたので、曖昧な表情を作って肩をすぼめてみせた。


「俺たちは北部の森のもっと奥へ進むので、別行動だ。そこはまだあまり人が踏み入れていない場所で、試験で行くには危険すぎる」と、知立さん。


 鮫川が舌打ちし、何か文句を垂れようとしたが、知立さんはそれを黙殺し、話を続けた。

「君たちは彼女たちと、もっと手前の魔巣窟に行ってもらう。そこは色々なパーティーに荒らされているから魔獣も少ないし、いたとしても他の者たちが割に合わないと判断するような低レベル魔獣がいるぐらいだろう。その分魔溜石採取の期待も薄いが、君たちの腕を見るには丁度いいのさ」

 

「この俺というガトリング砲を手に入れたのに、投石の練習させるようなもんだぜ」と、鮫川はわけわからんことを呟く。


「そういうわけだから、改めてよろしくね」

 三人のうち、先頭に立っていた、モディリアーニが描く人のように面長の女性が手を差し伸べた。

 鮫川が動こうとしないので、俺だけ握手する。

「私は大島(おおしま)。一応今回の試験のリーダーってことになっているわ。何かあったらすぐに言って頂戴ね」

 

 大島さんは面長でやや目つきが鋭いが、顔のパーツパーツは端正で、美人の部類に入るだろう。

 日焼けした肌と、髪を後ろで無造作に束ねているようなところから、アクティブで男らしい性格が想像できる。


「私は白石(しろいし)。よろしくね」

 次に握手した白石という女性は大島さんよりも少し小柄で、色白だ。

 薄茶色のセミショートの髪にはウエーブが掛かっている。

 彼女も端正な顔立ちだが、眉毛が夏妃よりも薄く、雛人形の三人官女の真ん中にいる人妻のようだ。

 

 最後に夏妃が俺と握手を交わした。

「今日はお兄様がいないですし、できるだけ足を引っ張らないでくださいね?」


「あ、ああ。……君の方は大丈夫? あれから体調は持ち直したのかな?」

 夏妃は不機嫌そうな顔で答える。

「相手にトドメを刺したことについて言っているの? ……どうってことありませんわ。悪漢はいずれ殺される運命だし、逆に魔法剣士ならそういう者を倒すことをためらっているわけにはいかないもの」

 

 俺はヒュ~っと口笛を鳴らし、「強いんだな」と言った。

 夏妃は不機嫌そうなまま一歩下がり、代わりに大島さんと白石さんが前に出てきた。

 どうやら夏妃は二人より後輩らしい。


「私たちも本当は物足りないんだけどね、今日行く魔巣窟のレベルでは。ま、君たちのテストも兼ねているし仕方ないけど……」

 大島さんは独りごちてから、歩きながら後ろを振り返った。

「さぁ、行きましょう、瀬戸君に鮫川君……そして、明石(あかし)君」


「ああ、はい」と、俺たちよりも早く別の男が返事した。

 知立さんたちと入れ替わるようにしてレストランの扉の所に立っていた男だ。

『SDG』のメンバーの一人かと思っていたが、どうやらその男も同じ加入希望者らしい。


 明石という男は『最後の晩餐』よりも色あせていそうな服の上に古くさい防具を着けている。

 使いまくって割れた歯ブラシの先のような髪に、一重の鋭い目。

 髪が少し後退している上、顔のパーツが下の方に集まっているので、おでこが広く見える。

 身長はそれほど高くはないが、露出している肌が浅黒く、筋肉もそこそこついているようで、一次試験を突破したと聞いても驚きはない。


 三人の女性剣士の後ろを俺、鮫川、明石でついて行く。


「俺は明石俊行(としゆき)だ。よろしくな」

 歩きながら明石が自己紹介したので、面倒くさかったが俺たちも名を名乗る。

「瀬戸翔琉(カケル)だ……よろしく」


「鮫川だ。そして俺を中心にして360度広がる円を『世界』と呼ぶ」

 鮫川が真剣な表情でそう言うと、明石はチョンマゲのカツラをお土産に渡された海外スターの様な苦笑いをした。

「ああ、イタい奴なんだ。気にしないでくれ」と、俺は肩をすくめて言った。

 

 


 やがて一同は『ゴブレット』北門から壁の外に出る。

 前もって琴浦姉妹などから聞いていた話の通り、北門の外にはしばらく舗装された道があり、その両側に建物が建っている。

 中央本部が魔獣接近の監視や迎撃のために造った施設だそうだ。


 それ以外にも、今の俺たちのように北の森や魔巣窟に向かう魔法剣士のためのレストランや武器防具屋、雑貨屋などの店がいくつかあり、そういう者のために中央本部が用意した施設もあった。


『マレンゴ・ステーション』もその一つだ。

『北の森』の入り口に造られた町・『冒険者の町』へ魔法剣士たちが苦労なく行けるよう『マレンゴ』が数台配備されている場所だ。

 この『マレンゴ・ステーション』は、中央本部が魔溜石採取に関わることであれば市民に協力的だということの顕著な例だという。


『マレンゴ・ステーション』には常に数人の中央本部兵がいて、大島さんは彼に身元を明かすためのカードを提示して言った。

「『SDG』第一グループです。後から来る第二グループとは別で、川は渡らず『北の森』の手前の方の魔巣窟に向かいます」

 

 中央本部兵の男はしかつめらしく頷いてから、一台の『マレンゴ』の方へ来るように促した。


 その『マレンゴ』は、俺がこの世界に連れて来られてから初めて乗ったバイクのような『マレンゴ』とは明らかに大きさも形状も違っていた。

 今、目の前にあるのは、操縦席の後ろに軽トラックの荷台のようなものがついているタイプだ。

 大島さんたちの説明では『大型マレンゴ』と言うらしい。

 真横から見ると、でっかい和式便器に見えなくもない……。

 

 中央本部兵が操縦席に座り、大島さんたちは慣れたように『荷台』の方へ乗り込んだ。

 ためらいながら俺たちも乗り込む。

 その前後左右に手すりがあり、進行中はそこに掴まるらしい。

 

 ややあって、『大型マレンゴ』は北に向かい発進した。

 最初のうちは風が心地よかったのだが、舗装された道が途切れると、砂埃がうっとうしくなる。


 しかし、タイヤが地面に接して走っているのとは違い、機体が地面から浮いて進む仕組みのため、でこぼこ道でもそれほど揺れがなく、その点は快適だ。

 

 このような魔溜石エネルギーを市民がもっと自由に活用できていたなら、この『惑星サライ』は俺たちが元いた世界よりももっと発展していただろうに……。


「ああ、やっぱ壁の外に出ると爽快ね!」

 白石さんが風になびく髪を耳に掛けながら言うと、大島さんも夏妃も同意した。


「……何だか楽しそうですね?」

 俺が聞こえよがしに言うと、白石さんは笑顔のまま返す。

「だって、この時ぐらいしか『マレンゴ』に乗れないもん。中央本部の連中はセコいからね」

 操縦席にいる男に聞こえないように、彼女は途中から声のボリュームを絞った。

 

 俺も男に聞こえないぐらいの声量で大島さんたちに訊いた。

「……ハンドルがあるけど、あの人ほとんど触れてないでよね? これって自動運転か何かなんですか?」


「まぁ、そういうことね。北門前から目的地の『冒険者の町』の入り口まで、一定のルートを進むように魔法術が使われているの」と、大島さんが答える。

 

「でも、ハンドルがあるということは自分で操縦することもできるんですよね? ルートを外れることも……。あの人を強引に下ろして、これに乗って逃げ出す奴とかいないのか?」

 

 夏妃が鼻で笑った。

「それはハンドル操作もできるけど、ルートから脱線したらすぐに『ゴブレット』の方に伝わって追いかけられるわ。ルートから外れるとスピードは落ちるし、向こうはこっちよりも数段クオリティの高い魔溜石や魔法を使えるから、あっさり捕まって牢屋行きですわ」

 

 大島さんが付け加える。

「それに、仮に逃げ切ったとしてもその先はどうする? 『ゴブレット』や数か所ある外の町近辺以外は、どんな魔獣がうろついているかわからないし、この星から逃げ出すだけの魔溜石を個人単位で集めるのは難しいし、一度逃亡すれば街ではお尋ね者扱いになってしまうから戻れなくなるし……」


「それだったら、少し不自由でも街で中央本部に従って働いて生活した方が断然いいって話よ」と、白石さんが続けた。

 

「なるほど……」と、俺も納得した。


 その後の移動中、さらに話を訊くと、過去にも何度か中央本部に背く者がいたが、力の差は歴然としていて、すぐに捕まったり、見せしめに殺されたりしたそうだ。


 逆にそういう反乱が起こる度、中央本部の締め付けが余計に厳しくなる。

 特に『エイト剣』『エイト弓』に対しては、一定の強化がされたら回収し新しいものと交換するという手を打って、反乱を未然に防ぐようにしているそうだ。

 

 そんな話をしているうちに、前方にうっすらとしか見えていなかった森の輪郭がはっきり見えはじめ、次第にその色が濃くなっていった。

 近づいてくる森の奥から、まるで人間たちに警告を与えるかのような、鳥や獣の鳴き声が不気味に聞こえてくる。

 

『大型マレンゴ』に乗ってから三、四〇分。『冒険者の町』の入り口に到着した。


 しかし『冒険者の町』を利用するのは、『北の森』の奥地や町の先の『レインボーバードリバー』を越える者たちがほとんどで、『北の森』の手前の魔巣窟に行く俺たちは今回利用しない。


 町の入り口付近に、『ゴブレット』側の『マレンゴ・ステーション』よりも小規模な『マレンゴ・ステーション』があり、そこで『マレンゴ』から降ろされた俺たちは、送ってくれた中央本部兵やその場にいた別のパーティーの者たちと別れ、いよいよ『北の森』に踏み込んでいく。


「さぁ、ここから魔巣窟までは歩きよ。もちろん私たちだけで」

 先頭の大島さんがそう言って、森の黒い影の中に消えていった。

 白石さん、夏妃も後に続いて行く。


 風に揺れた木々の葉擦(はず)れの音が何か囁いているように聞こえて俺の脚はすくんだ。

「何、突っ立っているんだよ、瀬戸」と、後ろにいた鮫川が追い抜きざまに言った。

「ここにきてビビってるんじゃねぇだろうな? 怖いんだったら、帰って虫さんの観察日記でも付けてろよ」


「う、うるせぇ……」

 弱々しく言い返しながら、振り返って荒野の方に視線を投げる。


 はるか向こうに『ゴブレット』の長い壁が(おぼろ)に見えている。

 その手前を一台の『大型マレンゴ』が疾駆(しっく)している。

 操縦席にはやはり中央本部兵らしき者がいて、その後ろで赤毛や明るい茶色の髪が揺れている。

 俺のことを遠くで見守ってくれると言っていた『グラジオラス』のメンバーを乗せた『マレンゴ』だろう。

 

 彼女たちがもっと近づくまで時間を稼ごうとしたが、森の中から大島さんたちの呼ぶ声が聞こえてきた。

「早く行こうぜ、瀬戸君。モタモタしていると多分減点対象になるぜ?」

 一番近くにいた明石がこちらを振り返って言ってから、手招きした。

 仕方ない。俺は明石の後について森に踏み込んだ。

 美咲たちもすぐにやって来てくれるだろう。

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