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第75話・長門戦

 逸れた魔法をかき消す効果がある『ラウンドシールド』と言うポールの横を過ぎ、訓練場の中央に着く。

 数メートル先にはすでに対戦相手の長門(ながと)が待っている。


「そこで止まれ、瀬戸君」と、横の壁際にいる知立(ちりゅう)の声が掛かった。

「『エイト剣』を抜け。俺が始めの合図を出したら、対戦開始だ。決着がついたと判断したら止める。その前に自分でダメだと思った時は頭上で手をクロスさせろ」


「……わかりました」

 俺が言うと、前方で長門が静かに笑った。

「フフフ。手をクロスさせるそうだ。練習しなくていいかい?」



「……俺は大丈夫だ。それより、あんたは? 降参したくても手が吹っ飛んじまっている時どうするか、先輩に訊かなくてもいいのか?」

 

 長門はイスカのくちばしのように口を歪め、燃え上がった怒りを押えこもうとしていた。

「もうメンバーは充分足りているんだ。みんないらねぇって思っている。みんなの期待通りお前をぶっ倒して、諦めて帰ってもらうぞ」

 長門は吠えながら剣先をこちらに向けた。

 

 俺も『エイト剣』を鞘から抜き、胸の前に構えた。

「後からサインくれって言ってもやらないからな? まぁ、あんたの一番高い服の上になら書いてやってもいいけど」

 俺の言葉を長門は黙殺した。

 

 忍野(おしの)が『ラウンドシールド』と呼ばれる『魔神具(マシング)』の、丁度人の腰辺りの高さにあるパネルを何度か指で押した。

 直後、「ブ~ン」というパソコンの起動音のようなものが鳴り、『ラウンドシールド』全体に光が走った。

 忍野や知立は何も言わなかったが、これで『ラウンドシールド』に防御魔法が張られたのだろう。


「それでは準備いいな?」と、知立が声を掛けてくる。二人は同時に頷いた。


「……始め!」

 知立のやや野太い声が地下室一杯に響いた。

 

 喊声(かんせい)を上げ、二人同時に相手に向かって走り出す。

「だああああっ!」

「おらぁぁぁぁ!」

 お互いの『エイト剣』から青白い光が放たれ、ぶつかり合って激しく火花を散らした。


 二度、三度やり合い、その反動で二人とも後方へ弾き飛ばされる。

 長門との間に再び距離ができた。

 揺らめく光の残像の先に、剣を背後に引いた長門の姿が見えた。

 攻撃魔法を放とうとしている……!

 

 俺も素早く剣を引き、空気を斬るように振る。

「パーフェクト・ヒットォ!」

【HIT(=打撃の当たり、命中)・瀬戸カケル所持魔溜石、『H』、『I』、『T』】

 

 咆哮と共に、俺の『エイト剣』から青い気の弾丸が射出され、長門に向かって飛んで行った。


「こんなものぉっ!」

 長門はそのまま防御の体勢に移って、『エイト剣』でこちらの攻撃を受け止めた。

 しかし、思わず漏れたうめきを、俺は聞き逃さなかった。

 威力を見誤ったに違いない。

 あるいは、長門自身が発動しようとした魔法が防御に適したものではなかったのか。


HIT(ヒット)』の弾丸を完全に弾き返すことはできず、圧に負けて彼は後ろへ吹っ飛んだ。


 長門の剣によって方向を変えた気は上へ流れ、激しい音と共に消滅した。

 周囲を護るために張られた『ラウンドシールド』の結界が、気を消し飛ばしたのだ。


 だが、今はそのことに感嘆している場合ではない。

 目の前の敵も空中で体勢を変え、見事な着地をしていた。


「思っていたよりいい攻撃だったな……だけど、防御はどうだ?」

 長門は低い姿勢から地を蹴って前進し、『エイト剣』を横に振る。

「デビルズ・アッシュズ!」と叫ぶと、その剣先から赤い球状の気が飛んできた。

【ASH(=灰)・長門所持魔溜石、『A』、G、『H』、『S』】


 赤い光は火系の魔法の証だ。『(アッシュ)』という魔法名もふまえ、どんな攻撃か想像する。

 しかしその一瞬で予測できるはずもなく、相手の攻撃魔法は、こちらが咄嗟に構えた『エイト剣』にぶつかって炸裂した。


 熱風が俺を飛ばし、飛散した火の粉のような赤い気の残滓(ざんし)が体のいたる所に突き刺さる。

しかしそれだけではない。

 後転した後、仰向けに倒れた俺に向かって、さらに無数の細かな気が降り注いできた。そう、まるで灰のように……。


「ぎはぁぁっ!」

 剣山を幾つも落とされたような痛みに思わず奇声を発する。

 どこからか琴浦姉妹の悲鳴と掛け声がわずかに聞こえた。


 痛みに耐えながらもすぐに上体を起こす。

 目の前にいるはずの長門の姿がなかった。

 背後の壁際にいたはずの琴浦姉妹の声も、今ならはっきり前の方からしていることがわかった。


 どうやら俺は相手の最初の攻撃である熱風にのまれ、体を回転させられたた際、前後逆に倒れたらしい。

 つまり……。長門は後ろだ。足音が背後から迫ってくる。


 片膝を立てる。

 瞬間的に『誠檄館(せいげきかん)』での記憶が蘇る。

 クラスメイトである伊賀の父がやっている剣術の道場だ。

 そこに通っていた俺は、低い姿勢から背後に迫る敵への攻撃を習い、何度も体に叩き込んでいた。


 中腰のまま左から右へ流れるように、自然と体が回転していた。

 長門が近距離まで詰めていた。

 右足を踏み込み、左膝をつくと同時、振りかぶっていた『エイト剣』を振り下ろす。


 顔をしかめた長門が映る。

 即時、彼の全身が青白い光に包まれ、強風を受けたように後方へ弾け飛んだ。

 後ろに流れた気はやはり、『ラウンドシールド』の壁によって消滅、破裂音のようなものを轟かせた。

 長門の体が硬い土の上を何回転も後転して、ようやく止まる。


 その間、忍野や茅野(ちの)兄妹をはじめとした『SDG』メンバーのどよめきが俺の両側から耳に入ってきた。

「……大した技は出ていない。なのに、あんな吹っ飛ばしたのか?」

 カクテルパーティー効果のように、みんなが発する忍び声の中で茅野春樹の上ずった声だけが聞き取れた。

 

 俺もまったく同感だ。

 名前のある魔法・『HIT(ヒット)』を放ったわけではないのに、それ同様の攻撃を長門に与えることができたことが、俺自身も信じられない。

 おそらく、魔法を最大限引き出す条件の一つ、『エイト剣』の(さば)き方というものがうまくいったためなのだろう。

 

 次はさらに強い『HIT』だ。撃ち込む余裕も充分にある。

 長門にある程度接近して放ち、それでフィニッシュだ! 

『エイト剣』を後ろに引いて構え、地面を蹴る。

 

 だが、長門もうつ伏せの体勢から()っと立ち上がった。

 大きく吹っ飛んで転がり、それなりのダメージを受けているはずだが、気を食らった際の打撃を最小限に抑える防御を咄嗟にしていたのか?

 そして敏速な立ち上がりからすでに攻撃態勢に入っている。

 これが『SDG』のメンバーということか……。


「ドラゴンズ・ガッシュッ!」

【GASH(=深く長い傷)・長門所持魔溜石、『A』、『G』、『H』、『S』】

先に長門の雄叫びが響く。


「ドラゴン……ガッシュ? ガッシュ!」

 その言葉を聞いて俺はハッとなった。

 それはあの風呂場の事件で、クレンペラーさんが放った魔法と同じだ。

 だとしたら……。

 

 案の定、長門の『エイト剣』から放たれた青白い気は長く真っ直ぐ向かってきた。

 このまま軌道が変化することはないはずだ。

 

 前屈みになって右足を大きく踏み出す。

 相手の気は頭上スレスレを通過していく。

 耳をつんざくような轟音、そして風圧にすくみ上がりそうになるが、逆にこれはチャンスでもある。

 頭上に余裕のない場合の抜刀も道場で鍛錬してきたことなのだ。

 

 低い体勢のまま剣を背に添わせ、気が通過しきった瞬間上体を起こしつつ、右足を踏み出す。


 あの時クレンペラーさんが言っていた通りだ。

GASH(ガッシュ)』は真っ直ぐ長い気を放てる分、かわされた時に隙が生まれる。


 目の前の長門も、ただ歯を食いしばって『エイト剣』を左下へ振り下ろした体勢のままでいる。

 次のモーションに移れないのだ。

 長門の顔が、目を見開いたまま固まっているのが見える。


「だああああっ! パーフェクト・ヒットォ!」

 上体を完全に起こしたと同時に、『エイト剣』を斬り下ろす。

 青白く発光した弾丸がすぐに長門に直撃した。


「どおあああっ!」と呻き吹っ飛ぶ長門の手から、剣が落下する。

 直後、長門は白い気に包まれた。

 その気の尾を辿るように視線を横へ向けると、自身の『エイト剣』の先を突き出していた知立の姿があった。


「勝負あった! そこまでだ」と、知立は威勢のいい声で言った。

 白い気は治癒系の魔法の特徴だ。

 長門が吹っ飛んだ瞬間、決着を認め、知立がすぐに治癒系魔法を放ったのだった。


「そ、それじゃあ……俺の勝ち?」

 そう漏らしてから、知立が小さく頷くのを見て、俺は改めて歓喜した。

「よっしゃぁ!」


「見事だったよ」と知立は三回、はっきりと聞こえるように手を叩いた。

「いや、魔法自体はそれほどでもないようだがね……身のかわし、剣さばきが優れていた。正直、君が勝つ確率はそんなに高いと思っていなかったんだが、よくやったよ」

 

 しかし知立の表情は、今までの笑みを湛えた彼のそれよりも曇っているように思える。

 やはり、これ以上メンバーが増えても余剰(よじょう)人員になると考えているのだろうか……。


「お前はもう少し鍛錬が必要だな、長門?」

 忍野がそう言い放つと、おもむろに立ち上がった長門は弱々しい声を出した。


「……待ってください。まだ、まだ……」


「剣も手放しているし、お前の負けだ、長門」


「……くそぉ」

 長門はまた膝から崩れ、床を叩いた。

 そこへ歩み寄った知立は、長門の肩に手を掛ける。

「悔しいか、長門君? その悔しさがあれば、君はこの先もっと強くなれるさ」


「……ハイ」と、長門は涙声で呟いた。

 

 一方、その場で勝利の余韻に浸っていた俺の元に琴浦姉妹が駆け寄ってきた。

「カケル君っ! やったね!」と雛季が飛び跳ねて、俺の肩に抱きついた。

「……おめでとう、カケル君」

 状況がいまいちわかっていないような喜び方の雛季とは対照的に、美咲は複雑そうな表情で静かに称える。


「あ、ああ……。これで一次試験突破できたみたいだ」と、俺も困惑気味に返す。

「ツイていたな、瀬戸」

 鮫川がクソをした後ケツを拭かずにいたため痒くなってきた時のようなしかめっ面をして言った。

「相手があんな奴で。俺の時の相手の方がまだ骨がある奴だったぜ?」


「長門をナメるんじゃねぇ。あの『GASH』って魔法だって、俺がうまくかわしたからよかったものの、大したもんだぞ?」


「ああ! あのクレン……クレン…」

 言い(よど)んでいる雛季に、美咲が「クレンペラーさん」と小声で言い添えた。

「そう! あのクレンペラーさんが使う技と同じだったもんね?」


「そう。彼女が魔獣を倒した時に使った魔法と同じだ。つまり、長門のあの魔法もそれだけ危険だったってことだよ」


「なるほどな。女風呂で覗き見たことを戦いに活かしたわけか。瀬戸らしいぜ」

 馬鹿みたいに大きい声でそう言う鮫川を俺は慌てて制するが、歩み寄って来ていた知立や忍野たちに聞かれてしまった。

「女風呂で覗き見る……? 何のこと?」と、茅野夏妃が真っ先に不快な表情を見せた。


「ああ、いや……そ、それより、これで、つ、次の試験を受けさせてもらえるんですね?」

 保健体育の教科書の第二次性徴のところを音読させられた中学生のようにカミカミになって言うと、知立がわずかな苦笑を見せて返した。

「ああ、そうだな。鮫川君と一緒にな。我々のメンバーが魔巣窟(まそうくつ)へ向かう時に同行してもらい、君たちが実戦でも通用するのか見極めさせてもらうよ」


「行く日は後で伝える。それまでしっかり鮫川と準備しておくんだな」

 そう言った忍野に続いて、茅野春樹が薄笑いを浮かべて付け加えた。

「魔巣窟の魔獣は手加減などしないからな? 新人だとかテストだとか、奴らにはそんなの関係ない。相手が死にそうだからストップするなんてことはないからな? 怖気(おじけ)づいて辞退するなら早めに伝えろよ?」


「ここで辞めるかよ」と俺が言い、「一度かき鳴らしたギターは指が千切れ飛んでも鳴らし続けなきゃならねぇ」などと鮫川がわけわからないことを言う。

その間、美咲の顔はやはり曇っていた。


*********************************************


 魔巣窟に向かう日まで、一旦『SDG』メンバーと別れた俺と鮫川は、農園の手伝いや魔法術を使って近隣住民からの依頼をこなす仕事の合間、『エイト剣』で訓練を重ねた。


 もちろんその間も、行方不明になっているもう一人の級友・伊賀直寛(なおひろ)のことを気にかけていて、初めて会う人にはまず彼のことを尋ねたが、居場所に繋がりそうな情報は得られていない。


 以前『依頼受付所』に『尋ね人』として掲示してもらったが、それも未だ実っていなかった。


 その後『SDG』から魔巣窟に向かう日が伝えられ、その日が刻一刻と迫ると、美咲をはじめ『グラジオラス』メンバーたちが俺に思い直すよう言ってくる回数が増えていった。

 特に美咲のそれは嘆願に近いものだった。


 さらに鹿角や玉城、松川は、『グラジオラス天国作戦』なるものを実行し、過激なサービスとお色気攻撃で俺を何とか『グラジオラス』に留めさせようとした(そもそも『グラジオラス』には入っていないのだが……)。


 後に鹿角に乗せられた雛季、中間や宇佐なども加わり、最終的には美咲までもが恥ずかしそうに甘い言葉を掛けてきた。

 これにはさすがに、紳士の俺も気持ちを揺れ動かされてしまった。


 しかし、試験当日の朝を迎えるまでに決意はしっかり固まった。

 俺のことを心配して頑張ってくれた(?)美咲たちには悪いが、『SDG』のようなパーティーに入って強くなり、魔溜石稼ぎに貢献したいという思いは変わらなかった、と言うよりむしろ日を追って強くなっている。


 俺たちが元の世界……過去の地球へ帰還するために莫大な魔溜石のエネルギーが必要ならば、一日でも早く、一つでも多く、その魔溜石を採取しなければならないのだ。

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