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第72話・裸の脱出作戦

 雛季(ひなき)玉城(たまき)に手を引かれ、俺は隠れていた水風呂から出る。


 そうしているうちに俺の前には松川さんが立ち塞がった。

 彼女も蠱惑(こわく)的に笑うだけで、体を隠す気がない。

 松川さんは俺の腕に手を掛けると、素早く振り返ってこちらに背を向け、後ろ手で俺を引き寄せた。


 ここに来る前にシミュレーションでもしてきたのだろうか、その間、玉城は流れるように俺の左側に立つ。

 それを見て雛季が慌てて右側につく。

 俺は股間を隠す……。


 三人は見事な連係プレーで俺を覆い隠した。

 しかし俺にとって、その作戦はあまりに刺激的すぎる。

 三人の魅惑的な体が三方から押し当てられ、クラクラしてきた。

 寒いのか暑いのかもよくわからず、気のせいか視界もよりかすんできている。


 四人固まって歩き出すと、更に美咲が近寄って来た。

 彼女は体の前を隠すタオルを強く握りしめ、なぜか睨みつけるような視線をこちらに向け横を過ぎると、俺の背後に回った。

「後ろ見ないでね」と、美咲が呟く。

 

 体をくっつけるように一塊(ひとかたまり)になって歩く『グラジオラス』メンバーに、クレンペラーさんはじめ『黒衣の花嫁』のメンバーたちはさすがに怪訝(けげん)な表情を見せ始める。


「……何をやっているの? あなたたち……」

 スッピンの女性が、その薄い眉を寄せて訊いてきた。


「いや~、私たちフレンドリーだから、いつもくっついて行動するのヨ。ハッハッハ」

「そうそう、仲いいのよね~」

 玉城が苦しい言い訳をし大げさに笑うと、鹿角(かづの)も調子を合わせる。

 

 俺はドキドキしながら、縮こまり頭を下げる。

 松川さんの瑞々しく綺麗なお尻はできるだけ意識しないようにしよう……と言うか、綺麗とか言っている時点で意識しすぎだが……。


「固まって歩いて……何か気持ち悪いわ。危ないし、離れた方がいいわよ」と言うクレンペラーさんの声が近づいて来た。


「か、構わないでください……」

 背後で美咲の慌てた声がする。

 

 その言葉尻に重なって、前方からも声が響いた。

「グ、『グラジオラス』のみんな! い、急いで出てきてください!」

 

 頭を上げ、玉城の肩越しに前を見ると、脱衣所から坂出(さかいで)が手招きしているのが見える。

 彼女はパジャマのままなので、俺を救い出すために文字通り一肌脱ぐ……ということは断固拒否したのだろう。

「な、中間(なかま)さんと、え~っと……宇佐さんがケンカしちゃって、広尾さんも浅川さんも小牧さんも加わって大乱闘なんです!」

 

 坂出はおそらくまじめな性格だから、あまり嘘をつくことに慣れていないのだろう。

 声は上ずり、言葉に詰まる。

 それに、あのガーリー全開の浅川や小牧がケンカに参戦とは……彼女たちのことを知らないであろう『黒衣の花嫁』の人たちにだから通用するが、咄嗟についた嘘にしても無茶苦茶だ。


 坂出の思いをすぐにくみ取った鹿角が、いかにも演技っぽく返した。

「そ、そうなの? それはマズいね……せっかくだけど風呂は明日も入れるし、みんな戻るよ!」


「わかった」と返事し、松川さんが俺の手を掴み前進しだした。

 それに合わせ、両サイドの玉城、雛季も歩を進め、美咲も軽く俺の肩に触れながらついてくる。

 

 半ば強引な脱出に、クレンペラーさんも諦めたのか追いかけては来ない。

 キャプテンが立ち止まったからか、他の『黒衣の花嫁』メンバーも俺たちに構うのをやめた。

 

 よし、このまま脱衣場に行ってさっさと服着て抜け出そう。

 うつむき、股間を押えながらそんな事を思った瞬間だ。

 俺の右半身に体を寄せて歩いていた雛季が突飛な声を発した。

「うひゃあっ?」

 

 視線を向けると、彼女は前屈みになっていて、俺の腕や松川さんの背に必死に掴まろうとした。

 足を滑らせ、転びそうになったのを堪えているようだ。


 雛季の足が今度は前に高く上がり、彼女は揺れながら両脇に寄っている二つのふくらみと、食いしばった歯を天井に向けた体勢に変わる。

「あうっ!」と最後に言って、そのまま崩れ、尻餅をついた。

 

「雛ちゃん! 大丈夫?」

 おそらく反射的に、美咲がお尻をさすっている雛季のそばに屈んで訊いた。


 彼女も俺もすぐにハッとなったが、もう遅い。

 美咲の立ち位置が少しずれたことで、前にいる俺の後ろ姿が露わになってしまう。


 俺たちの斜め後ろには『黒衣の花嫁』のキャプテンがいるし、その周りにも他の女性たちがいて、みんな大きく息をのんだのがわかった。


 俺は鮫川のように見るからに男と分かる、筋肉で隆々とした体駆をしているわけではない。

 細身だし、比較的肌も白く、不本意だが軟弱と言われることもある。

 しかし昔は伊賀の道場に通ってもいたし、多少の筋肉はついている。

 それに、成長するにあたって男性特有の角ばった体にもなってきている。

 女性の身体として見るには少し違和感があるだろう。


 左についていた玉城が機転を利かせ、すぐに俺の背に被さってきた。

 そして前にいる松川さんと、俺をサンドする。

 何だ、この感触は……。もうバレテもいいとさえ思ってしまう……。


「ちょ、ちょっと……その中の方……」

 クレンペラーさんが緊張気味の不安定な声音で呼び止めてきた。

 やはり俺の後ろ姿が気になったのだろう……。

 

 俺は柔らかさも何もないケツを向けながら、固まる。

 後ろにいる玉城が固唾(かたず)をのむ音が耳に届く。足元の琴浦姉妹は弱々しい溜息をついた。


『黒衣の花嫁』の女性たちがざわめき出すのが聞こえた。

 ああ、女性たちに罵詈雑言を浴びせられながら追い出され、俺の『ビッグドーナツ』での生活は半日で終わるようだ……。

 

 しかし突如、その剣呑(けんのん)とした空気を鹿角の叫びが切り裂いた。

「キャアア! み、見て!」

 鹿角はわなわなとした表情で、俺たちの背後……水風呂の方を指差した。

 みんなの視線が一斉に浴場の奥へと集中する。


 俺の視線は一度、立ち上がってみんなと同じく後ろを少し振り返っていた美咲の、タオルには収まりきらない横乳やら太ももに留まった。

 しかし彼女の一瞥(いちべつ)が返ってきたので、すぐに水風呂の方へ視線を投げた。


 みんなが振り向いた先に、別段驚くようなものは何もない。

 ゴツゴツとした岩に囲まれた水風呂がひっそりあり、他よりも弱々しい魔溜石灯の灯りを受けた壁があるだけだ。


「ゆ、幽霊がいたんだ」と言いながら、鹿角はこちらに近づき、密かに松川さんと目配せをした。

『黒衣の花嫁』メンバーの視線と意識がそちらに集中している間に、急いで抜け出せと言うことらしい。


 最近彼女たちの間に巡っている噂話を利用した鹿角の時間稼ぎのようだ。

 

 そのハッタリで見事に『黒衣の花嫁』の女性たちの多くが動揺し、ついでに雛季まで「どこ、どこ?」とパニックに陥っていたが、最初から鹿角を怪しがって見ていたクレンペラーさんは鼻を鳴らし、すぐにこちらへ向き直った。

「待って。話をそらさないで」

 彼女は今まで以上に鋭い声で言った。


 鹿角と松川さんは引きつった笑みのまま固まった。

 ピンチが訪れては何とか切り抜けてやってきたが、さすがにもうダメだろう。

 なぜか、股間を握っている俺の手に力が入る。


 直後、「キャアアッ」と、別の女性の悲鳴が響いた。

 いくらやってももうダメだ、と俺は心で呟く。

 すでに猜疑心(さいぎしん)でいっぱいのクレンペラーさんを騙す手はもうないのだ……。


「今度は一体なに……って、あなただったの……」

 クレンペラーさんがうなだれる。

 そう、今度悲鳴を上げたのは『黒衣の花嫁』のメンバーだった。


 悲鳴を上げたその女性は腰が砕けたようにへなへなと床に座り込み、肩を震わせながら天井の方を指差している。

 正確には天井近くにある小窓を指しているのだ。

 その窓のすりガラス越しに何か緑っぽい光がぼんやり見えていた。

 

 またまたつられてそちらに目を向けた他の女性たちも、今度は本当に何かの影が見えて驚きの声を上げたり、慌てて窓の傍から離れ出した。


「幽霊です! やっぱり噂は本当だったんですよ、キャプテン!」

 横座りのまま腰をひねって上半身だけこちらに向けた女性が、頭上のキャプテンに訴えかけた。

「そんな……」と、クレンペラーさんもわずかに震えた声を漏らした。


「ウ、ウソ……! 口から出まかせが現実になっちゃったよ」

 鹿角は先ほどの自分の発言が出まかせだったことをあっさり吐露しながら、じりじりと湯舟の方から後退し、俺たちの方へ迫ってきた。

 

 今が、ここから抜け出す最大にしておそらく最後のチャンスだ。

 美咲もそう考えたのか、窓の外の不気味な発光体を気にしつつも、未だに座り込んでいる雛季に手を貸して彼女を立ち上がらせると、小窓を見上げ茫然としている松川さんや玉城に逃げるよう指示した。

 

 松川さんも玉城も我に返り、坂出の待つ脱衣場の方へ歩こうとしたが、大きな金属音が響いてすぐに立ち止まった。

 気が急いていた俺は一人、松川の肩に頭頂部をぶつける。


「窓の外の柵が外れたよ?」と、雛季が美咲の横に出てきて叫んだ。

 

 その間、『黒衣の花嫁』のメンバーはメンバーで各々何かわめいている。

 

 尋常じゃない雰囲気に、脱出ばかり考えていた俺もさすがに一旦頭を上げる。

 前には玉城や鹿角の裸の後ろ姿があり、左右には松川さんと雛季の魅力的な胸が自己主張し、雛季の向こう側には美咲の半裸身も見える。

 相変わらずすごい状況下にいると認識した。

 しかしそんなことを思ったのも一瞬で、目の前で起きたことが、俺の頭の中に恐怖を叩きこんできた。

 

 雛季が言ったように、小窓の外側に()められていた格子状の鉄柵がいとも簡単に取り払われて、窓が割れ、長い猿の手のようなものが中に伸びてきたのだ。

 続いて、不気味な蛍光色の緑の顔が現れた。顔の形はやはり猿のようだが、目玉が赤く、一つだ。


「何よ、あれ……? 気持ち悪いわ!」

 声を出せない俺の代わりに、他の女性たちが思いを叫んでくれている。


「グリーンフェイス……! こんな所に?」と、クレンペラーさんが前に出ながら言った。

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