第71話・湯煙の向こう側
セクシーな展開が続きますが、すぐにバトルもあるのでしばらくお付き合いください。
大浴場に夜間一人で入っていると、あとから女性たちの集団が入って来てしまった……。
「クレンペラーキャプテン! お背中流しますよ!」
軽快な声が聞こえ、それに対して「ええ、いつも悪いわね」と言う返事があった。
後者は落ち着いた雰囲気の、わずかに低い声だったが、どちらも女性の声だ。
それはそうだ……ここは入居者が女性だけのアパートにある浴場なのだ。
本来俺のような男がいるのがおかしい……。
「私ばかり洗ってもらうのは悪いから、代わる代わるやろう」
また落ち着きのある声がそう言うと、別の女性のものと思われる声が聞こえた。
「ああ~、じゃあ、私も洗います~、キャプテン!」
「いや、二人で洗われても……」
キャプテンと呼ばれた女性が困惑気味の声音を発する。
キャプテン……。
俺はまたおずおずと前屈みになり、岩の隙間から向こうを覗く。
湯煙の中で幾つもの裸体が動き回っていて、声は洗い場にいる者たちの声のようだ。
ベリーショートの金髪の女性の背中を、横にいる二人が石鹸の泡を飛ばしながら戯れるように洗っている。
キャプテンというのは真ん中で体を洗われているあのベリーショートの女性だろう。
時折見える横顔は端正で、外国人の血が入っているのだろうか?
クレンペラーとか呼ばれていた気がするし……。
それにしても、『グラジオラス』の鹿角以外、このアパートでキャプテンと呼ばれるのは……『黒衣の花嫁』のキャプテンぐらいではないだろうか……。
そうなると、ここで見つかってしまったら、出くわしてはならないグループのキャプテンと最悪の状況で出くわすことになってしまう……。
脚が冷水に浸かっていることもあろうが、身震いがしてきた。
「あまり強くこすっちゃダメだよ。キャップの肌は綺麗だから、傷つけないで」
「本当、綺麗~。あんな魔獣を相手にしたのに傷一つつかないなんて……。私なんて、ほらここ、傷が残っちゃう」
「しかし本当にスタイルいいですね、キャプテン。ほどよく筋肉がつきつつも、女性的な曲線もしっかりあって」
「長い脚も美しいです」
二人に褒められ、キャプテンの女性はわずかに上ずった声を出した。
「や、やめなさい。あなたたちだって胸が大きくていいじゃない」
「いやいや、大きすぎても戦闘時邪魔になるだけです」
「肩も凝るしね……。キャップぐらいのサイズの胸が理想ですよ?」
「ひっ……。こらっ、あまり揉まないでっ」
じゃれ合うその声に、思わずまた身を乗り出した。
危険だとわかっていながら、岩の隙間から彼女たちの方を見てしまう。
「楽しそうですね~」と、他の女性たちがキャプテンたちのそばに集まってきた。
「今日は魔溜石を採取できたからご機嫌じゃないですか、キャップ」
「私たちも混ぜてくださいよ~」
キャプテンが体を泡立てたまま振り返り、少しうっとうしそうに言った。
「あなたたちはもう洗ったんでしょう? お風呂に入ってなさい」
「いいじゃないですか~。たまには遊びも入れないと疲れてしまいますよ?」
そう言って、鏡の前に並んで座った。
座りきれないものたちは彼女たちの背後に立って、体を洗うのを手伝う。
魔獣退治や魔溜石採取、「たまには遊ぶ」という発言から、やはりこの『黒衣の花嫁』というグループはかなり真面目に活動しているのだろう。
そんな彼女たちの緊張が解けて、年頃の女性らしくはしゃいでいる姿は微笑ましい。
いや、見つかったらすぐに剣士モードに変わって殺されるかもしれないが……。
直後、岩の向こうで別の女性の綺麗な声がした。
「あの、先輩方……。失礼ですが、ふざけ過ぎではないかと……」
「何よ、何よ、出水、朝霞~! あなたたちもいつもそんな緊張した顔してないで、こういう時はリラックスしなさい」
湯が激しく跳ね、湯舟の外側に流れる音がしてから、「ほらほら~」と調子に乗った声がすぐ横で聞こえる。
こういう騒がしくなった時が抜け出すチャンスだ……と、隣の湯舟を覗き込む。
湯煙の向こうで、先輩と呼ばれた女性たちが、後輩の子にちょっかいを出している。
「や、やめてください……」と、困惑した後輩二人が必死に先輩たちから逃げ回る。
チラッと見た感じでは、後輩二人とも美人な気がする。
一人は色白の、栗色の髪の子で、胸を片手で隠しているが大きいのだろう、隠しきれていない。
「いつもサラシなんか巻いてさぁ、そんないい乳しているくせにぃ、もったいないでしょ!」
先輩がついに彼女を押えこむ。
一方、もう一人の後輩はすでにおとなしく先輩方に囲まれていた。
黒いセミショートの髪を後ろに撫でつけた彼女は、キリッとした目を先輩たちに送っている。
「朝霞さんは堂々としたものよね。胸は小さいけど……あっ……ごめん」
先輩たちは苦笑いを見せ、静かに彼女の周りから離れ始める。
朝霞と呼ばれた黒髪の後輩は首を垂れ、何か呟いている。
とてもここからでは聞き取れないが、彼女から殺気めいたものだけは感じられる。
突然、彼女はその細い体には似つかわしくない豪快な立ち上がり方をした。
「胸の大きさは関係ないでしょう、魔法剣士にはっ!」
「あ、朝霞さんのスイッチが入っちゃったじゃない……」と先輩たちは涙声を上げ、湯の中を走り回った。
「あああ! 許しませんよ、先輩方ぁ!」
何かにとり憑かれたかのように朝霞は先輩たちを追いかける。
この事態に焦ったのは先輩たちだけではない。俺もあたふたした。
逃げまどう彼女たちが岩を回ってここまで来たら、アウトではないか……!
しかしそこでキャプテンの救いの言葉が聞こえてくる。
「こらこら、朝霞さん、落ち着きなさい。それにあなたたちもフザけすぎよ」
湯の中を走り回る音が止まって、メンバーたちの反省の言葉が返される。
さすがキャプテン。一声でメンバーをおとなしくさせる威厳はあるようだ。
鹿角も見習うべきだと思う。
とにかく、この水風呂まで回り込んで来る者はいなくなった。助かった……。
「出水さん、朝霞さんの言う通りよ。いつでも気を引き締めていなくてはならないわ。魔獣との戦いに終わりはない」
「ハァ~……そうですよね」と、一人が重苦しく呟く。
「手前の魔巣窟では魔溜石も見つけにくくなっているし、中央本部の徴収も厳しくなっているし……。ただ現実逃避したかっただけです」
「わかるけどね……。それと風呂場でフザけ合うのとは結びつかないわ」
キャプテンは落ち着いた声で言うと、どうやら湯舟に足を入れたようだ。
俺も一安心して、岩に顔を近づける。
もちろん、脱出の隙がないかの確認のためだ……。
キャプテンは脚が長く、長身だ。ゆっくり腰を折ってお湯に体を沈めている。
白い肌、湯で紅潮した肌、日焼け跡の残る肌、褐色の肌。
ふくよかな胸、可愛らしい胸、形の綺麗な胸、少し垂れた大きな胸。
大きなお尻、小振りなお尻、引き締まったお尻。
長身、小柄、スレンダーな体、ぽっちゃりした体、筋肉質な体、ピチピチした体、熟した体……。
共通して魅力的な、多種多様の裸体が立ったり座ったり風呂場と洗い場を行き来したりして、淡い湯けむりの中に揺れている。
かすんでいる視界の演出もあって、夢か幻を見ているような錯覚を覚える。
しかし脚への刺すような冷たい痛みが、ここが現実世界だと思い知らせる。
上半身には鳥肌が立ち、震えで歯がカチカチ鳴り始めている。
だが、逆に、ここが水風呂であったことが功を奏したとも言える。
彼女たちも普段からあまり利用しないのだろう。だからまったくここには近寄っても来ない。
しかし、危機は突然訪れた。
湯から出る音がしてから、キャプテンの声が近づいて来る。
「さ、次は水に入ろ……」
ひたひたと、濡れたタイルを歩く音が迫ってくる。
マ、マズい……!
俺は反射的に身を屈め、歯を食いしばって冷水に肩まで浸かる。
それでも、仕切りの岩を回ってこられた時点で終わりだ。隠れようがない。
見上げればすでに、岩の上部から金色の短髪が見えている。
万事休す……。
頭にはなぜか、187発の銃弾を食らったボニー&クライドの最期のような光景が浮かんできた。
刹那。
「おっ邪魔しま~す!」
大きな声が脱衣場へのドアの方から響いてきた。
一瞬誰の声かわからなかったが、続いて聞こえてきた少し間の抜けた声で分かった。
「雛たちも温まりたいの~!」
雛季だ。最初に聞こえたのは鹿角の声だったのだ。
思わぬ闖入者に、すぐ近くまで来ていた『黒衣の花嫁』のクレンペラーキャプテンもドアの方へ振り返った。
「あなたたちは……」
クレンペラーさんがこちらに背を向け、少し向こうへ歩を進めたので、俺は岩の隙間へ目を近づけた。
右端に彼女の綺麗な背中と上向きの白いお尻が……いや、それは関係ない。
確認すべきは鹿角たちの姿だ。
彼女たちが乱入してきたということは、俺のピンチを察して助けに来たはずだ。
次にどう出て、俺をここから出してくれる気なのか?
そう思いながら覗き見たのだが、飛び込んできた光景にハッと息をのんだ。
照れ笑いをしながら近づいて来る鹿角、雛季、玉城、松川さん……そして美咲までもが裸の状態だ。
さすがに美咲は長いタオルで前を隠しているが、他の四人は堂々としたもので、こちらが思わず目を逸らしてしまった。
「ああ、どうも~『黒衣の花嫁』さん! 私たちこっちの棟に住んでいる『グラジオラス』です」
鹿角が調子よく言うと、他のメンバーも各々挨拶した。
「きょ、今日は遅いんですね、入浴する時間が……」という美咲の震えるような声が最後に聞こえた。
俺がここにいることがわかっているから、緊張しているのだろう。
「魔巣窟に行っていたので……。そちらは? いつもこの時間なのですか?」と、『黒衣の花嫁』のキャプテン。
「ええ、まぁ~」などとみんなが曖昧な返事をしてから、鹿角が思いきって出まかせを言った。
「いつもこのぐらいよ。私たち夜型で……ハハハ。まさかまだ入っている人たちがいたなんて……。広々とした風呂でゆっくりできると思ったんだけどなぁ~」
それを受けて「ごめんなさい」と相手キャプテンは言ったが、他の女性たちは「謝らなくてもいいのよ、キャップ」と強気だ。
「それぞれの入浴時間は別に決まっていないんだし……先に入っていた者勝ちよ」
「そうそう。それに、せっかくこうして一緒になったのだから、お湯に浸かりながらみんなで話さない?」
「話し……? え~、ああ~……」と鹿角が明らかにしどろもどろになった。
その間、人影がこちらに近寄ってきた。
身を低くし警戒した俺の前に顔を見せたのは、雛季だった。
岩の向こうからこちらを覗き込むように見てきた彼女の、斜めになった上半身が丸見えだ。胸がプルプル揺れている。
「あ、やっぱりここにいたんだ、カケルく……」と、声を発した雛季の口を後ろから伸びた手が塞いだ。
雛季を身体で押しながら姿を見せたのは玉城だ。
「静かに……。気づかれるヨ?」と、雛季の耳元で囁いた玉城は、続いてこちらに向けウインクした。
夏はトップレスで過ごすというのはあながち本当のことなのか、玉城もまったく体を隠すことなく手を伸ばしてきて、目のやり場に困ってレム睡眠時の目玉のようにキョロキョロとしていた俺の腕を強く掴んで引っ張った。
俺の耳元に口を寄せると、なぜか甘い声で囁いた。
「みんなで君を隠しながらエスケープするヨ? オーケー?」
不安はあるものの、俺は小さく首肯した。




