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第67話・マスター、コーヒーを淹れてくれ

 男に人通りのない裏道に連れて来られた俺。

 そしていきなり男の左拳が飛んできた。右頬に強い痛みが走る。

「ぐふうっ!」

 俺はうめきながら、フラフラした足取りで左へ、湿った壁に体を預ける。

 

「とっとと帰って、お母ちゃんに消毒でもしてもらえ」

 通りから差し込む陽を受け、逆光の中に立つ男の影が向きを変えた。


「ま、待て……。お前みたいな奴は、あの店に近づくな!」

 俺は通りへと出ようとした男の背に掴み掛かって言った。


「離せっ! ……ブルー・モス!」

【MOTH(=蛾)・男所持魔溜石、B、『H』、『M』、『O』、『T』】

 

 男は肩越しに叫びながら、『エイト剣』を握ったその右手を回した。

 一瞬、青白い光が薄暗い路地裏を寒々しく染めた。


 直後、男の剣から出現したのは、気と思しき青白い幾つもの光で、ギョーザの皮のような薄さと大きさ、いびつな輪郭をしている。

 それらが飛行し、こちらに迫ってくる。


 俺は剣をすぐに構えたが、一撃目に対応できず、横っ腹にもらった。

 重いパンチを腹に受けたような激しい痛みを感じる。

 それと共に、俺の体は強風で煽られたかのように後方へ吹っ飛んでいた。


 苔むした道を後転し、一〇メートルほど下がったところで何とか四肢(しし)をついて止まる。


 視線を上げると、さらに気が飛んでくる。

 美咲の攻撃魔法・『BAT(バット)=コウモリ』の動きを思い出させる飛び方だ。


 俺は飛び退きながら、その飛行物に向かって不格好に剣を振る。

「パーフェクト・ヒットォォォ!」

【HIT(=打撃の当たり、命中)・瀬戸カケル所持魔溜石、『H』、『I』、『T』】

 

『エイト剣』から青白い光の弾丸が飛び出し、目の前で相手の気とぶつかった。

 炸裂音を響かせながら、青白い火花が明滅し八方に散っていく。

 続いて飛んでくる気を、同じく『HIT(ヒット)』で破壊する。


「しぶてぇ野郎だな……もう、どうなってもしらねぇぞ! ブルー・モス!」

【MOTH(=蛾)・男所持魔溜石、B、『H』、『M』、『O』、『T』】


 無闇にこの『モス』ばかりを連発してくるところからして、この男はこれ以外の魔法を放つことができないのだろうか?

 現時点で『HIT』しか放てない俺が言えた義理ではないが、それでもこの『モス』よりは、威力、スピード共に勝っている気がする。


 しかし、威力を制御する必要もある。

 人のいない路地裏とは言え、周囲には店や民家が建ち並んでいるのだ。


 次の瞬間、男の動きが止まった。

 逆光の中の影の肩が上下している。

 魔法乱発によるエネルギー消費が激しく、次の攻撃が出せなくなったのだ。

 つまり休んでいる状態……。


「今だ……! パーフェクト・ヒットォ!」

【HIT(=打撃の当たり、命中)・瀬戸カケル所持魔溜石、『H』、『I』、『T』】

 

 俺は叫び、『エイト剣』を振り下ろした。

 たちまち青白い光の弾丸が、尾を引きながら前方へと走って行った。

 しかし……。


「っだああ!」

 歯を食いしばった男は、体の前で剣を縦に構え、こちらの攻撃魔法を停止させた。

 男が一歩踏み込むと、剣から『HIT』の弾丸が弾き飛ばされ、青白い光をまき散らしながら建物の壁の下部にめり込んだ。


「くっ……! 防御魔法を発動したわけでもないはず……。剣が持つ初期の防御能力だけで止められたということか?」

 周囲への影響を考慮し力を絞った結果、訓練時よりも弱い攻撃になってしまった。

 

 言下、男は再び「ブルー・モス!」と発し、自身の剣から『()』のような気を放つ。

 俺は急いで剣を引き、もう一度『HIT』を発動。

 一撃目の『蛾』を、まるで刃先で斬るように消滅させるが……二発目がすぐに襲ってきて、俺の肩に打撃を与えた。

「うおああっ!」

 

 次に視界に映ったのは(だいだい)色を帯び始めた空と、その左右にせり出した(のき)の影だった。

 強風で体を吹っ飛ばされていたのだ。

「がごあ……」と自分でも奇妙だと思う声が口から漏れ、路面を激しく転がった。

 

 すぐに体勢を立て直そうとするが、踏ん張った脚が痛む。

 それでも必死に立ち上がり剣を構える。

 ……が、魔法発動が間に合わず、もう一発見舞われた。


 魔法の威力の差は、推測通りだと思う。

 俺の『HIT』の方が強力、少なくとも男の攻撃には負けていないはずだ。

 しかし、魔法剣士としての差がこの結果になっているのだ……と、ぼんやりした意識の中、考察する。


 男はこの路地で大きな損害を出さない程度に、最大限の魔法を放ち続けることができる。

 それに対して、俺はその魔法力のコントロールをうまくできていないから、周囲のことを意識しすぎて、極端に力を弱めなくてはならない。


 また、魔法発動に掛かる時間の差もあった。

 魔法自体の速度が優れていても、それを発動するまでに時間が掛かっていては意味がないのだ……。

 

 俺は壁にもたれながらゆっくり倒れた。


「せ、瀬戸さんっ!」

 星野さんの震えた弱々しい声が耳に届いた。

 無言で視線を向けると、裏通りの入り口に星野さんと、彼女を庇うように前に立ったマスターの姿が見えた。


「き、来ちゃ、ダメだ……」

 声を振り絞る。

 口の中に鉄のような味が広がって気持ち悪い。

 

 声が小さくて届かなかったか、マスターが男に詰め寄っている。

「お、お客さん。いい加減にしてもらわないと、衛兵を呼びますよ……?」


「ああ? そもそもあんたらがサービス悪いから、あの出しゃばりが痛い目に遭ったんだぜ?」

 

 その時、二人の背後に影が現れた。

「衛兵なんて呼ぶ必要ねぇよ、マスター」

 威勢よく言ったのは鮫川だった。

 奴はこの現場を見て、水を得た魚のようになっていた。

「マスターは戻ってうまいコーヒーを()れてくれ。この男を倒した後、一服したいんでね……」

 

 マスターも星野さんも困惑したまま、その場からちょっと離れてオロオロするばかりだった。


「鮫川……」と、俺は呟く。


「助けに入ってコテンコテンにやられるとは……コメディ部門受賞だな」


「う、うるせぇ……」


「誰だ、てめぇは!」と、しびれをきらしたように男が怒鳴った。


「知る必要ないだろう。俺もお前の名は知らなくてもいい。俺の伝説にお前は一行も記されることはないからな」


「何だと? ハンッ……今日はぶっ飛んだガキを相手にする日だぜ……」


「鮫川、油断はするな……」

 俺の何とかして絞り出した忠告を、鮫川は一笑に付す。

「ハハハ。さも自分も油断でやられたというような言い草だな。お前は単なる力不足だよ。俺はお前とは違う。まぁ、後はそこでジッとしていろ。後半ロスタイム、10対0で勝っているチームを観るように」


「ハンッ、大した自信だな? 吠え面かくなよっ?」

 男は言いながら、発光した『エイト剣』で鮫川の太もも辺りを叩こうとした。


 対して鮫川も咆哮しながら黄緑色の光を纏った剣を振り回した。

「うらああっ! グレイテスト・ダイナマイト・カップ!」

【CUP(=カップ、お椀)・鮫川所持魔溜石、『C』、『P』、『U』】


 無駄に長くてダサい魔法名を唱えると、彼の前にマンホールほどの大きさのお椀型の気が即座に現れ、男に迫る。


 男は自分が放った気を送り返され、尚且つ『CUP(カップ)』の気自体を食らって、背後の壁に背を激しく打ちつけ、呻いた。

 

 さらに、情けを知らない男・鮫川は至近距離で『CUP』を撃ち込んだ。

 男は再び後ろへ吹っ飛び壁に激突、悲鳴と共にうつ伏せで倒れた。

 

 鮫川の勝利を確信……するよりも早く、俺は顔をひきつらせた。

 次の瞬間には茶色の物体が視界を覆って……。


「どぅはあっ!」


 薄れる意識の中、直前の出来事が回っている。

『CUP』が向かいの壁に衝突した。

 それにより壊れた壁のレンガが勢いよく八方に飛び、そのうちの一つが俺の頭に当たった……。


 膜が掛かったようにぼやけた視界が中心に向かって狭まり、やがて暗転した。


***********************************************


 何かを呼ぶような女性の声が遠くに聞こえ、その声が徐々に迫って聞こえてくる。

「……カケル君……カケル君!」

 

 カケル君……カケル君……。

 ああ、それは俺の名前だったか。

 俺の名を呼ぶ声。それが、不透明に混濁(こんだく)した意識の中から引き上げようとしてくれている。

 

 やがて、濁った乳白色の視界が広がる。

 揺れる膜の先に女性の顔が見えた。

 オレンジがかった茶色い髪を揺らし、真っ直ぐこちらを見つめる大きな両の瞳。

 輪郭が明らかになっていく。その屈託のない可愛らしい顔。

 雛季だ。


「目が開いた! ほら、開きそうだっていったじゃん!」

 快活な声が耳に届く。

 雛季は一度頭を上へ向けてから、満面の笑顔を向けてきた。

「カケル君! 助かったんだよ、カケル君?」


「あ、ああ……ん?」

 いくつもの足音が響き、体の下の敷布団の揺れが全身に伝わった。


「カケル君! よかったぁ! 心配したんだよ……?」

「おお……」

 駆けてきた美咲が左側にしゃがみ、肘をついて頭を少し上げた俺を自分の方へ抱き寄せた。

 前に傾けられた彼女の柔らかな胸の感触が側頭部に伝わってきて、まだ残る体の痛みを一時忘れさせてくれた。

 

「美咲ちゃん……。嬉しいのはわかるけど、そうやっていつまで抱きしめている気?」

 しばらくそのままの姿勢でいた美咲に、隣に座った鹿角が苦笑して言った。


「え? あ、違う……」

 あたふたした声で言って、美咲は俺の頭を胸元から離し、投げ捨てるように雑に下ろした。

「おう? 痛っ……」

 

「あ、ごめん、カケル君!」


「もう~、お姉ちゃん! カケル君また気を失っちゃうよ~? アハッ」


「いや、笑い事ではないんだが……」


「しかし本当によかったよ、カケル君! 私たちもこうやってずっと看病していたんだからっ!」

 鹿角が俺の真横に寝転んだ。

 そして右側にはいつの間にかハーフ女性・玉城が寝転んでいる。

 

 他にも、俺が横になっている布団の周りを数人の女性が囲み、喜びの声を上げていた。

 何だ、ここは……楽園か?

 

 俺の顔が緩んでいたのだろう、覗き込んでいた美咲の表情が呆れていたのがわかった。


 俺は咄嗟に体を起こし、誤魔化し笑いを浮かべた。

「そ、それより……ここは? もしかして……」

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