第61話・三つの石と御守り
駆けつけた『SDG』のメンバーに促され、俺たちは菊池や渋谷の『エイト剣』から魔溜石を外した。
そして、衛兵が到着して一層騒がしくなった公園を後にし、人ごみへ逃げ込むように中央大広場へ。
そこで茅野たち『SDG』のメンバーと共に大き目の馬車を拾い、琴浦家や茅野家のある北東部エリアに向かった。
馬車が少し進み、一段落してから、俺は美咲に訊ねた。
「……あいつらは捕まってどうなるんだ?」
この世界の刑罰の仕組みをほとんど知らないので、むち打ちをされる渋谷やボインちゃんたちが頭に浮かび、勝利を手放しで喜ぶことができずにいたのだ。
「う~ん……あの人たちがどこまで他の犯罪に手を染めている人たちなのかわからないから……」と、もっともな前置きをしてから美咲は続けた。
「最も罪が軽いと判断された者は、罰金とか一日以内の労働義務。次に、期間はまちまちだけど、自宅から工房や畑に通って労働をさせられるものがある。さらに厳しいのでは、強制的に魔巣窟などに行かされて魔溜石の採掘をさせられるものがあるわ。それ以上の罪の場合は、『キャッスル』内の中央本部が管理する牢屋行き。そこでやはり労働をさせられる。時々難易度の高い魔巣窟に行かされることもあるって話だよ。さらに厳しいものでは、地下牢。そのまま死ぬこともあるぐらいだから、一層死刑の方がマシという人もいる」
俺は自分が宣告されたかのように項垂れた。
雛季も隣で、「怖い~」と顔をしかめた。
美咲は続けた。
「一般市民が『エイト剣』で人を攻撃するのは基本的に罰せられるから、あの人たちはその罪と……今後の取り調べで『エイト剣』の密売がバレるよね。他にも悪いことをして、衛兵や中央本部の人間に目を付けられていたとしたら、牢屋行きの労働義務は免れないかな……」
そこで、床に寝かされたポトフ軍団を挟んで、向かいの簡易椅子に腰かけていた忍野が口を開く。
「『南方送り』を忘れているぜ?」
「なんぽう……送り?」と、俺は首を傾げる。
「あ、そうだった……。でも、彼らはそこま行くとは思えないけど……」
俺はもう一度忍野に話を戻した。
「その、『なんぽう送り』って言うのは何なんですか?」
「ああ……普通の牢屋行きと地下牢行きの間ぐらいかな。もしくは何度も捕まっているような前科者、あとは脱走を試みた奴、その辺の犯罪者が行かされるんだ。『キャッスル』の南に海があるだろ?」
「その先に島があるんだよ~。魚を獲る漁師さんとか、コーヒー畑を栽培している人が住んでいるんだよ」
雛季が明るく口を挟んだ。
自分も攻撃を受けて多少は辛いだろうに、魔溜石が返ってきたからかどこかご機嫌だ。
しかし、忍野は渋い顔で頭を傾けた。
「それは『エルカーノ島』な。『南方送り』はそこではなくて……。そのずっと先に、人はもちろん動物もほとんど棲んでいないと言われている痩せ地があるらしい。つまりそこは一周して、北部にある山脈を越えた先に当たる場所なんだが、その荒れ地に送られるという過酷な罰があるのさ。『南方送り』なんて聞くと、どこか温暖な場所を想像しちまうが、言い換えれば『極北送り』だよ」
「極北送り……。確かにその方が何となく厳しく聞こえるな……」
「まぁ、そこの姉さんが言ったように、あいつらは『南方送り』までにはならないだろう……。高い確率で『キャッスル』での懲役だな」
「……じゃあ、菊池は?」と、俺は誰に問うわけでもなく言った。
菊池へ最終的に手を下した夏妃のことを考えれば、その話題は避けるべきだったと後から気づく。
馬車の後部の席で辛そうにしている茅野兄妹を中心に、しばらく重苦しい時間が流れた。
それを断ち切ったのは、やはりと言うべきか、忍野だ。
「……死んでいるからなぁ、衛兵が火葬することになるんじゃないか。身寄りがあっても、ゴロツキだろ? 引き取りには出ないだろう」
「そうよ、遅かれ早かれいつかは天罰が下っていたのよ」と女性メンバーが慰めるように言って、斜に座る夏妃の肩を優しく撫でた。
「火葬してもらえるだけマシだ。あいつの罪を考えれば、魔獣葬でもいいくらいだ……」
夏妃を慰めるつもりはないだろうが、鮫川がわけわからないことを言った。
「魔獣葬って何だよ? 鳥葬みたいなものか?」
「ああ。魔獣のいる森に放っちまうのさ」
「ダメだよ」と、美咲が真面目な顔で首を振った。
「魔獣に遺体を与えることは絶対しちゃいけないって言われているの。だから『サライ』では人が死んだら何回も火葬して、骨もできるだけ残さないようにするのが一般的なの。宗教上、例外的に土葬ということもあるにはあるけど」
「何重にも燃やすのか……。ジャンヌ・ダルクの最期みたいだな。まぁ、鮫川もジョークで言っただけだから……なぁ?」と俺はおどけて見せ、鮫川の膝を叩く。
しかし鮫川は視界に入りこんだ俺を鬱陶しそうに押しのけて、真顔になって訊いた。
「魔獣に食われちまうと何だ? 魔獣がパワーアップでもしてしまうのか?」
「まぁ、そういう感じかな……? 私も実際そういう場面を見たことがないからハッキリわからないけど……そう言われているの」
忍野もまた口を開いた。
「言われているねぇ。俺も見たことないけど……。まぁ、その点はお互いさまってところじゃないか? 人間も魔獣をぶった切って手に入れた魔溜石で強くなっているし……おっ、着いたんじゃないか?」
忍野の視線に合わせて外を見ると、すでに馬車は琴浦家の近くまで来ていた。
馬車を下りてから、ようやく口数も増えてきた茅野春樹も含め、忍野たちと話をし、魔溜石の分配をした。
琴浦姉妹が奪われた魔溜石はもちろん全部彼女たちに返ってきたが、俺と鮫川の『エイト剣』にはめ込んでいた酒田と太っちょの魔溜石、そして菊池と渋谷から一部取ってきた魔溜石は、大部分『SDG』に持って行かれた。
鮫川はすぐ不平不満を漏らしたが、戦ったのはほとんど春樹たちだし、仕方ないと思った。
しかし、その上、「お前からの依頼料は別にもらうからな?」と言う春樹に、さすがに俺も反発した。
粘って交渉した結果、依頼料は減額してもらったが、もらえる魔溜石は増やしてもらえず、結局モヤモヤしたまま家に帰った。
親父さんたちはまだ農園から帰っていなかったが、お腹が空いて夕食まで待てないと言う雛季のために、美咲が作った卵焼きとベーコンのサンドをみんなで食べた。
「さぁ、食事も済んだし、魔溜石を二人に分けよう」
リビングのテーブルを片付けた後、美咲は小袋から取り出した色とりどりの魔溜石を並べて言った。
「全部で……六つか」
「あれだけあったのになぁ……。搾取されたもんだぜ」
俺の後に、鮫川が独りごちた。
「欲張ったらだめだよ……。ほとんど彼らに任せきりだったのに、六つももらえたんだから、これで良しとしなきゃ。そもそも相手に返そうと思っていたぐらいなんだし」と、美咲が言った。
「う~ん、まあな……。でも、これを分けるとなると、組み合わせによっては何の魔法も出ないんじゃないか?」
俺が訊くと、美咲も難しい顔をして卓上の魔溜石を見下ろす。
「それもあるかも……。とにかくここにある石の名前を教えておくね? まず、この黄色は『C』に該当する石。紫は『Ⅰ』、黒は『T』、黄土色は『P』、水色は『H』……」
そこで、テーブルに両手を突き前のめりになって見ていた雛季が一つの魔溜石をつまみ上げた。
「このエメラルド色の石、キレイ~! 雛季、これにする!」
彼女は親指と人差し指にその石を挟み、向きを変えるなどしてキラキラ光るのを、笑顔で見つめている。その双眸は魔溜石以上に輝いていた。
しかし、美咲が優しく言った。
「ごめんね、雛ちゃん……。今回はカケル君たちに三つずつ……全部あげよう」
「え~?」と、雛季は眉を八の字にした。
「私たちが一つ取ったら、残り五個になっちゃうでしょ? そうなると、カケル君と鮫川君で三個と二個に分けなくちゃならなくなるの」
雛季が軽く頷く。
「そうか……。二個しかもらえない鮫ちゃんが可哀そうだもんね」
「何で俺が二個って決まってんだよ!」と、鮫川がツッコむ。
「まぁ、カケル君が二個になることもあるけど……とにかくそれだと不公平だし、この中の魔溜石でどれか二個ってなると、魔法発動は難しそうだから……」
「わかった。雛は諦めるよ。カケル君たちで三個ずつ分けよう」
あくまでローテンションで雛季がそう言うと、美咲は彼女の頭を優しく撫でた。
「ありがとう。……じゃあ、二人で三つずつ剣にはめることにして、それぞれどの石を選ぶかなのだけど……それも公平にくじで決める? 全部この袋に混ぜて、目をつぶって引いていくの」
俺と鮫川は顔を見合わせ、互いに小さく頷いた。
「俺はそれでいいよ」
「俺もいいぜ。どうせ、三つじゃ大した魔法はできねぇだろ? 結局その魔法を使ってどれだけ他の石を獲得していくかが大事なわけだから」
「うん、まぁ、そうだね。……よし! じゃあ、決まり!」
そう言って手を叩くと、美咲は六つの魔溜石を小袋に入れて、静かに振った。
始めにじゃんけんでくじを引く順番を決め、その結果、俺が先に引くことになった。
袋に手をつっこみ、意味もなく中の魔溜石を掻きまわし、一つ引く。
握っていたのは甲虫にも見える黒い石だった。『T』にあたる魔溜石だ。
その後も、鮫川、次にまた俺と、一つずつ引いていった。
三巡目の俺の番……これを引き終わると鮫川の三つ目も自動的に決定するというところで、雛季が引かせてほしいと俺に言ってきた。
傍で見ていて、楽しそうだと思ったらしい……。
まぁ、運命が大きく変わるわけでもないし、了承した。
「よ~し、何が出るかなぁ……行くよ、カケル君?」
「あ、ああ……早く引いてくれ」
袋の中の魔溜石はもう二つしかないというのに、三十秒ほどかけてから、雛季はようやく一つの石を引き出した。
「紫だ! キレイな石だよ、カケル君! やったね!」
「いや、キレイだとかは関係ないだろ……」
こうして、俺と鮫川の『エイト剣』に最初に(戦闘時の酒田たちのものは除く)はめこむ三つの魔溜石が決まった。
俺は『H』、『I』、『T』の名が付いた三つ。
鮫川は『C』、『P』、『U』の名が付いた三つだ。
「『H』、『I』、『T』……。この魔溜石で発動できる魔法は何かあるかな?」
俺が天井に目を向けながら考えていると、美咲がクスクス笑った。
「そのまんまであるじゃん。H・I・T……ヒット。打撃系の攻撃魔法だよ」
「ヒット……。うおぉ、本当だ! あるんだな? 『HIT』という魔法が」
「あるよ。この本にも書いてあるわ。一通り目を通しているから、簡単な魔法は憶えていたの」
美咲はそう言って、すでに用意していた魔溜石の本を床からテーブルの上に移した。
鮫川がその本を自分の前に引き寄せ、慌ただしくページをめくる。
「『C』、『P』、『U』の組み合わせでできる魔法は何かあるんだろうな?」
「う~ん……」と美咲は顎に指を当て、しばし考える。
「あっ、C・U・Pで『CUP〈カップ〉』と言う魔法があったと思うよ」
鮫川はそれを本にも見つけたらしく、ページを繰るのをやめた。
「『CUP』……。確かにあったが、『カップのような形をした気』? 何か弱そうだな……」
「ハハハ、カップか! 茶碗の意味もあるよな? 大食いのお前にはピッタリじゃないか?」
俺の『HIT』の方が攻撃魔法っぽくて強そうだ。
俺の笑いにつられ雛季も「アハハ」と笑い、鮫川は鬼の形相を見せた。
しかし美咲は彼をなだめるような仕草をして言った。
「でも、この『CUP』と言う魔法には、『その形状故に防御魔法の機能もある』と追記されているよ」
「何? おお、本当だ。相手の攻撃にぶつけるとブーメランのように送り返すことがあるのか。相手の攻撃力次第のようだが、使いようによっちゃ使えるか……。少なくとも『HIT』とか言う魔法は跳ね返してほしいもんだぜ」
「ハハ……だといいが……」と、笑顔が引きつる俺。
さらに美咲は微笑を浮かべ、言い足した。
「おまけに鮫川君、『UP』と言う魔法もできるようになるよ? そっちは治癒系魔法。攻撃に防御、それに治癒もできる。魔溜石三つにしてはよくできた組み合わせだと思うわ」
「フハハッ。ようし、じゃあ、当分はこいつを鍛えていくか!」と、鮫川は軽快に笑った。
その隣で俺は暗い顔をして、魔法名の書かれた本のページをめくる。
「俺は……『HIT』以外にないのか……。『IT〈アイティー〉』があってもよさそうなんだが……」
「ネットでもできるのか? そりゃ、いい魔法だな。『HITだけで魔獣に食われない方法』を検索できるしなぁ。まぁ、なくて残念だ。ハハハ」と、鮫川が今すぐにでも『HIT』をぶち込みたくなるような嘲笑を見せた。
「最初は一つ使えるようになれば充分だよ。そのうち別の魔溜石も獲得して、技のレパートリーが増えていくわ」
美咲がそう優しく言い、雛季も励ましてくれた。
確かにまだ初期段階だ。
これから剣と魔法を鍛えていって強くなればいいんだ……。
俺はその後、今日ようやく自分の手に戻ってきた『エイト剣』の鞘に、家の鍵に付いていた『お袋手製のお守り』を結びつけた。
今日の戦いで、菊池信長という男が目の前で死んだ……。
そのようなことが、対魔獣の場合も含め、ごく当たり前に起きうる世界……それがこの『惑星サライ』なのだということを改めて実感させられた日だった。
深く考えると、体の底から冷たいものがせり上がって来て、全身が震えてくる。
俺はすがるような思いでお守りを付けたのだ。
元いた平和な世界と俺を繋げる、わずかな物。
それを身近に置いておくことで、お袋や妹の咲花、そしておそらくこの世界のどこかで消えたであろう親父の魂に、守ってもらいたいというわずかな願いを込めて……。
とりあえず第一章終わりです。ここまでご覧いただいた方、ありがとうございました!
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次回から第二章、魔法剣を手にしたカケルがいよいよパーティーに加入し、魔獣たちと戦って行きます。
割とゆっくりな展開になってしまいましたが、これからはいろいろ動いて行くと思います!




