第59話・剣、魔溜石奪還戦③
ようやく立ち上がった夏妃も、その状況を見るや、過呼吸を起こしているように激しく肩を上下させている。
しかし、兄・春樹の仇に対する怒りか、魔法剣士としてのプライドか(おそらく前者が強いだろう)、彼女は気丈にも菊池への反撃に移った。
「ゲイル・オブ・グレイブ!」
【GALE(=大風、疾風)・茅野夏妃所持魔溜石、『A』、『E』、『G』、『L』、R】
夏妃の振り下ろした『エイト剣』から大きな青白い気が、前方にいる菊池たちへ流れていった。
俺たちから見て反対側で強風が吹き荒れ、砂塵が舞い、木々が大きく揺れている。
ずっと倒れていた、相手方の太った男や胸のふくよかな女性だろう、後ろへ大きく飛ばされた人の影も見えた。
ものすごい強風だ。
菊池、渋谷もその場にとどまっているのがやっとという感じだ。
しかし夏妃も、強風を放ってから、次の手に出ることがない。
大きく肩を揺らし、両足が定まらずによろめいている。
限界を超えてその魔法を放ったのかもしれない。
今、反撃をくらったら、間違いなく倒されるだろう……。
そんな中、ニンジン女が『エイト剣』を杖代わりにして前へ進み出ると、うつ伏せのまま呻いている春樹の横に立った。
「茅野さん……私は攻撃魔法が不得意です。だから残りの力すべてを使って、あなたを回復します」
春樹にそう告げると、ニンジン女は剣から治癒魔法を発動した。
白いシャボン玉のような光が、春樹の体に吸収されていく。
やがて、春樹は小さく声を出しながら、両肘をついて頭を上げた。
それと同時、ニンジン女が気絶するようにその場で頽れた。
前言通り、春樹の回復と引き換えに、自身の残りの力を使いきってしまったのだろう。
「ニンジン女さん……。ナイスファイトだ」と、思わず呟くと、横で雛季が「ニンジン?」と首をひねった。
「あ、いや……何でもない。俺が勝手に付けたニックネーム……。それにしても、ジャガイモ男と玉ねぎ男はどうした?」
「ああ、あの味方の二人の男の人?」と、なぜかそれだけはすぐに理解した雛季は、手庇しながら、遠くを見回した。
「あそこにいるよ! 相手の……熊男さんと一緒に倒れてる!」
雛季が言う『熊男』とは、攻撃魔法『BEAR』を発動する酒田のことだろう。
彼らは攻撃の打ち合いで共倒れとなっていたのだ。
その間、夏妃が自身の『エイト剣』の柄頭を開いていた。中から魔溜石を取り出している。
「あ、あの子……何をしてんだよ?」
上ずった声を出した俺に、美咲が答えた。
「おそらく……春樹さんに渡す気なんだ。彼女の魔溜石があれば、春樹さんは別の種の魔法が出せるようになる。そうすれば、形勢逆転の手が生まれるかもしれないと考えたんだ」
「でも、待てよ……。別の魔溜石の組み合わせができても、それによって生まれる魔法を、何と言うか、成長させないと、あまり効果ないんじゃないか?」
「うん、そう……。でも彼女たちは長い間一緒に暮らしている兄妹だから、お互いの魔溜石を入れ替えたりして、新しく生まれた魔法の強化ぐらいしているんだと思う」
「なるほど……。あくまでとっておきなのかもしれないが、現状のまま戦うより期待はできるかもな。しかし、そうなると……」
俺は、おぼつかない足取りで兄の元へ寄って行く夏妃を見て心配になった。
彼女から魔溜石を手渡された春樹も同じことを思ったらしく、すぐに不安気な声を上げた。
「これじゃあ、お前の剣の魔溜石ゼロじゃないか? 狙われたらどうする?」
その通りだ。
しかし夏妃は小さく首を横に振った。
「私はお兄様を信じている……。回復もしたでしょう? そこに私の魔溜石が加われば、お兄様が今のアイツらに負けるはずないわ」
「しかし……」
言いかけた春樹の言葉を遮るように、夏妃は声を大きくした。
「時間がないわ! 『ゲイル・オブ・グレイブ』ももうじき消滅してしまう。すぐにあいつらが反撃してくるわ。早く、石をはめて、お兄様!」
妹に強く促され、ようやく春樹は渡された魔溜石を次々に自分の『エイト剣』にはめ込んでいった。
その姿を見届けながら、夏妃は後退りし、少し離れたところで倒れた。
美咲は咄嗟に動き出した。
周囲の草むらに隠れるように低くした体勢で、前へ進み出したのだ。
「お姉ちゃん……?」
「どこへ行くんだ?」
俺たちが背後から問いかける。
「雛ちゃん、一緒に来て。カケル君たちは、夏妃ちゃんをもっと安全な場所へやって!」
「待ってよ~、お姉ちゃん……。カケル君、お願いね」
雛季が美咲の後を追いながら振り返って言った。
「お、お願いって言ったって……」
「とにかく、瀬戸」と、鮫川が夏妃の方に顎をしゃくった。
「あの女をこっちへ運ぶしかねぇだろ……」
「余裕はないしな……。わかった、急ごう。じゃあ、運んでくれ、鮫川」
「お前も手伝え!」
鮫川に肘で突っ込まれ、俺は仕方なくひざを折って前に進む。
前方の風が弱まっている気がした。
そろそろ菊池たちも身動きが取れるようになる頃だろう。
彼らに警戒しながら、俺たちはぐったりした夏妃を二人で抱え、茂みへと戻った。
こちらを振り返って、妹が安全な場所に運ばれたことを確認すると、春樹は頷き、自らの剣を自分の体に向けた。
「エンジェル・ライト!」
【ANGEL(=天使)・茅野春樹&夏妃所持魔溜石、『A』、A、『E』、E、F、『G』、G、I、『L』、『N』、R、S、T】
剣先から流れ出た白い光が春樹の全身を包んでいた。白い光は治癒系魔法の証だ。
妹の魔溜石をはめ込んで使えるようになった新たな魔法なのだろう。
初めは首をひねって、効果に半信半疑といった感じだった春樹だが、すぐに力が漲ってきたのを感じたのか、控え目に歓喜の声を上げた。
「美咲たちはどこに行った……?」
俺は広場を囲む木々に沿って視界を巡回させる。
そうしているうちに、視界の隅で青白い光が走った。
すぐさま顔を向けると、すでに烈風は少し強い風程度にまで弱まっていて、その中で菊池の攻撃魔法『PIKE』が春樹に向かっていた。
【PIKE(=槍、ほこ)・菊池所持魔溜石、C、『E』、G、G、『Ⅰ』、『K』、O、O、『P』、R、W】
しかし春樹は臆することなく、直前で「アイロン・シール!」と、またまた聞き慣れない魔法名を叫び、剣から飛び出した黄緑色の四角い気を張って、『PIKE』の鋭い先端を防いだ。
【SEAL(=シール、封印)・茅野春樹&夏妃所持魔溜石、『A』、A、『E』、E、F、G、G、I、『L』、N、R、『S』、T】
攻防、それぞれの気が激しい音を響かせ、消滅する。
飛び散る光の欠片の中、春樹が菊池の前に接近した。
「ブラッドレッド・レイン!」
【RAIN(=雨)・茅野春樹&夏妃所持魔溜石、『A』、A、E、E、F、G、G、『I』、L、『N』、『R』、S、T】
春樹が突き上げた『エイト剣』を振り下ろすと、血のように赤い数十の光線が上から下へ落ちていく。
その名の通り、『雨』のように降る攻撃魔法だが、地を穿つその威力は『雨』なんてもんではない。
いくつもの赤い気が地面に突き刺さる度、辺りに軽い揺れが起きるほどだ。
そして火焔が上がる。
菊池は防御魔法『COOP』を発動し、自分と渋谷の身を護る。
【COOP(=鶏、ウサギなどの小屋)・菊池所持魔溜石、『C』、E、G、G、Ⅰ、K、『O』、『O』、『P』、R、W】
降り注ぐ槍のような気は火の粉を散らしながら一部弾かれていったが、それでもいくつかの気が突き刺さり、『COOP』を徐々に破壊。やがてただの、飛散する光の粒へと変えた。
相手の防御を解いた春樹は、すでに次のモーションに移っていた。
青白い光を纏った剣の先を、相手に向かって突き出す。
「エヴィル・スティンガー! 貴様もだ!」
【STINGER(=刺す動物)・茅野春樹&夏妃所持魔溜石、A、A、『E』、E、F、『G』、G、『I』、L、『N』、『R』、『S』、『T』】
剣から伸びたレイピアのように鋭く先が尖った気は、まず渋谷の胸元を勢いよく突き、後方へ吹っ飛ばした。
地面に横になった彼女は、悲鳴を上げながらのたうち回る。
二発目は菊池を突いた。
菊池は吹っ飛んで、地面に叩きつけられた。
「があっ……! くそがっ!」
菊池は肩や腕をさすりながら転げ回っていたが、春樹の足音が近づいていることに気がつくと、そちらへ一度鋭い眼光を向けてから、次に頭だけを後方へ向けた。
後ろには渋谷が倒れていて肩で息をしている。
菊池はもう一度春樹の方へ向き直ると、剣を自分に向けた。
「ライス・パワー……」
【RICE(=米)・菊池所持魔溜石、『C』、『E』、G、G、『Ⅰ』、K、O、O、P、『R』、W】
剣先からまさに『米粒』のような白い光が無数に出て、菊池の体に吸収されていった。治癒系魔法だ。
菊池は立ち上がり、ふらつきながらも渋谷の元に急いで歩み寄った。
彼女と一言二言、言葉を交わしてから、また立ち上がり、近づく春樹を睨みつけた。
「フハハッ……。いや、大したもんだ」と、春樹がせせら笑った。
「所詮は泥棒みたいなことをしてコソコソ生きている連中だと甘く見ていたが、ここまで俺たち『SDG』を苦しめるとはなぁ~。……だが! あんたの命運もここで尽きたってわけだ。今も、それほど回復できなかったのだろう? もう諦めて、奴らの魔溜石と『エイト剣』、それと相応の慰謝料。素直に出した方がいいぜ?」
「そんな金はねぇな!」と、菊池は勢いよく前へ走り出した。
「だが気の毒だ。少しだけなら、お前らの家族に香典を出してやるよ!」
菊池の剣から青白い光が射出される。
しかしそれを嘲笑うかのように、春樹は簡単に防ぎ、すぐに攻撃の構えに移る。
「わからない奴だ。死ぬまで直らないな、その気性は……。だったら俺が治してやるよ! 地獄でおとなしくするんだな!」
続けて「デビルズ・ストリング!」と叫び、『エイト剣』を振り下ろした。
【STRING(=ひも、糸)・茅野春樹&夏妃所持魔溜石、A、A、E、E、F、『G』、G、『I』、L、『N』、『R』、『S』、『T』】
剣先から青白く細長い気が伸び出て、接近する菊池の体へ神速に巻き付き、捕えた。
それと同時、春樹の体の横へ構えられた『エイト剣』を中心にして、巨大な赤い光が広がっている。
空気が震え、周囲の木々の葉もザワザワと揺れ始めている。
その葉擦れの音に負けぬよう俺はやや大きな声を出す。
「デカい……。さっきみたいな特大攻撃魔法か?」
「今度はミスらなければいいが……」と、鮫川も大声で答える。
「不吉なこと言うなよ……」
顔を曇らせながら、今まさに渾身の一撃を放とうとする春樹の方へ向き直る。
春樹は叫び、意気衝天の勢いで『エイト剣』を振り下ろした。
「くたばれぇ! アレース・フレイムッ!」
【ARES(=ギリシャ神話・戦の神、アレス)・茅野春樹&夏妃所持魔溜石、『A』、A、『E』、E、F、G、G、I、L、N、『R』、『S』、T】
轟音と共に、巨大な火の玉のような赤い気が放出され、空気を焼き、大地を削りながら、菊池の元へ……。
すぐに激しい炸裂音と爆風が一帯を震わせた。
菊池の立っていた場所に、燃え盛る小さな太陽のような大きな球状の残り火が見えている。
「アレス……。名前からして凄そうな魔法じゃないか!」
俺はこの場所にまで届く生温かい風に目を細めながら呟く。
鮫川も飛んでくる土埃を鬱陶しそうに払いながら言った。
「倒した……と言うか、死んだんじゃねぇか? さすがに。さっきは女に助けられたが、その女も倒れたまんまだし、菊池本人の今までの防御魔法を見る限り、さすがに今のは防げ……」
と、そこで鮫川は目を白黒させ、声を飲み込んだ。
妙な緊張が俺にも伝わり、鮫川に向けていた視線をまた前方に戻す。
爆炎が静まっていく中、広がった煙の幕の先に、人の輪郭が浮かび上がる。
「な、何だと……?」
俺は震える声を絞り出した。
それは、剣を目の前に翳して立っている菊池の姿だった。
巨大な気を受け止めたからだろう、中腰になっている奴の足元は地面に埋もれかかっていて、そこから放射状にひび割れができている。
気の飛沫を受けて、防具には焦げ跡が何か所も付いている。
歯を食いしばって紅潮した顔にも無数の見慣れぬ傷ができていた。
だが、あんな攻撃を間近でくらったにも関わらず、菊池の体に目に見えて残っている痕跡はそれぐらいだ。
「ふ、防いだって言うのか……? 奴にそんな防御魔法がまだあったなんて……。それとも、今の攻撃が見掛け倒しだったのか……?」
「いや……まぁ、ないとは言えねぇけど……」と、鮫川がくぐもった声で答える。
「周囲を見ろ。派手に地面がえぐれているし、向こうの樹まで折れているぜ? 少なくとも、俺たちが見たどんな魔法よりも強かったはずだ」
「じゃあ、やっぱり防御魔法?」
「そうだろうよ。見てみろ、あいつの斜め上を……」
鮫川に促され、視線を菊池からずらし、奴が翳している『エイト剣』のさらに上へと向けた。
そこには『王冠』の形にも似た黄緑色の気がぎらついていた。
さすがにその光明も長くは続かず、明滅し、やがて花火のように散っていった。
しかし、その防御魔法が、軍神・アレスの名が付けられた春樹の一撃を防いだのは間違いない……。
「ク、クラウン……? 今そう発したな?」
春樹の上ずった声がわずかに聞こえる。
「そ、そんな防御魔法、隠していたのかよ?」
「ヘッ……。隠していたわけじゃねぇよ……。正直イチかバチかだったが、どうやら本物の戦の神が味方しているのは、やはり俺の方のようだな」
菊池の強張っていた顔がゆっくり弛緩していくのが見てとれた。
そして憎たらしい笑みに変わる。
「魔溜石……」と、彼らの横から美咲の声がした。
美咲と雛季は木々の方へ後退りしながらも、精悍な顔を繕って言う。
「私たちの魔溜石を、使ったのね?」
「返してよ~!」
私たちの魔溜石……?
そう言うことか……。
菊池は昨夜奪った彼女たちの魔溜石を咄嗟に自分の『エイト剣』にはめ込んでいた。
それにより新たな防御魔法を発動できたのだ。
だが……。
俺と同じ疑問を持った春樹が、声を詰まらせながら訊いた。
「ま、待てよ……。じゃあ、昨日手にした魔溜石で……? そ、そんな鍛錬もなく、あそこまで強固な防御ができるのか?」
「まぁ、一応、昨夜この石を手にしてから、発動できる魔法の確認はしたがなぁ……。その時も、なかなかいい魔法が発動できるとは思ったが、鍛錬して強化していくよりも売って金にした方がいいと考え直して、俺とあの女で分けて持っていたんだ。しかし今、イチかバチかで発動してみたら、この通りだ。売るのが惜しくなるぐらいの魔法が生まれたってわけだ。いや、何でも賭けてみるもんだな、ハハハ」
不敵に笑って彼に春樹に歩み寄る菊池は、自身の剣を体の前でユラユラ揺らす。
「今見せた『クラウン・ガード』だけではないぜ? 新たにできるようになった攻撃魔法も……いや、お前が言ったように、鍛錬されていないから大部分は大したことはないが、一つだけ気に入った魔法があってね。そいつは現段階でも充分使えそうだ。今からそいつを試してやろう……」
この戦いも、次回決着!




