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第52話・変な見返りを求められ

 マントを被った盗賊たちがあの菊池たちだとわかると、鮫川は彼らのいる『ザ・レイブン』の方角へ歩を進め始めた。

 

 それを慌てて美咲が押し留めた。

「待ってよぉ! 今行って取り返せると思うの? やられたばかりなんだよ? って言うか、私と雛ちゃんも魔溜石ゼロになってしまったから、さっきよりも勝てる見込みがないわ」


「じゃあ、どうすんだよ? 衛兵に言ってもさっきみたいな態度されるだけだろ? だったら俺らで取り返すしか……」

 美咲は困惑顔をして、詰め寄る鮫川の言葉を遮った。

「だから待ってって……! とにかく今夜は帰ってポーションなどで回復して、それからどうやって取り返せるか考えさせて」


「……そうだな」と、俺は美咲を気遣うように言う。

「鮫川、ここは少し冷静になろうぜ。俺も今すぐ剣が戻ってきてほしいけど、この四人で行っても結果は見えている。誰かを味方にするとかしないと……。例えば、二人の所属するパーティーの人に協力してもらうとか」

 

 俺が肩に手を掛けて言うと、鮫川はそれをうっとうしそうに払った。

「ああ、わかったよ! しかし、お前たちのパーティーの奴らって期待できるのかよ?」

 鮫川に鋭い眼光を向けられた琴浦姉妹は、顔を見合わせ、いかにも困惑した顔をした。

「う~ん……あの人たちも私たちの魔法能力と大差ないからなぁ……」


「お姉ちゃんまで負けてやられたって聞いたら、みんな怖がるだろうな~……」


「それに、仮に取り返せたとしても、お金を要求されるだろうな……。うちのパーティーの人はみんなお金に困っているから」

 

 俺は腕を組み、やがて思い出した。

「あの人たちはどうかな? 藍住(あいずみ)さんの護衛の……壬生(みぶ)さんと福山さんと言ったっけ? なんちゃらバードで連絡して、協力をお願いしてみたらどうだろう?」


「あいつらに頼むくらいなら自分で何とかするぜ」と、鮫川は顔をしかめた。

 

 美咲も困った表情を見せた。

「うん……。壬生さんのあの感じからすると、難しそうだしね……。藍住さんって人にも迷惑がかかってしまうし……」


「それじゃあ、どうすんだ?」


「う~ん……」と、美咲は項垂(うなだ)れた。

 その横で雛季は自分の魔溜石がなくなった『エイト剣』を見下ろし、目に涙を浮かべた。


「雛ちゃん……」と、美咲は俯く妹に目をやり、しばらく沈思黙考。

 やがて重い口を開いた。

「近所に協力してくれそうな人がいないではないけど……。彼らなら魔獣退治などの経験も多いし、あの人たちに勝てるかも」


「そんな奴らがいるのか? でも、その人たちにも依頼料がいるんじゃ?」

 俺が訊くと、美咲は硬い笑顔を返した。

「幼馴染のよしみで、そういうのなしで協力してもらえるかも」


「ほ、本当か? それなら……」


「うん。明日にでも訪ねてみるよ。とにかく今日は家に帰ろう。ああ、そうだ。このことはお母さんたちに内緒にしていた方がいいね。心配させちゃうから。二人の『エイト剣』は後日送られてくるということにして……」


「ああ、そうだな……」


 その夜、約束通り、事件のことを親父さんたちに悟られないよう、俺たちはできるだけ普段通りに振る舞い過ごした。

 当然みんなショックが大きかったため、落ち込んだ雰囲気が漂ってしまう瞬間もあったし、特に普段テンションの高い雛季はわかりやすく元気がないことがあったが、この日の農作業が一段と大変だったらしい親父さんたちが、こちらの変化に気づくことはなかった。


 いつもならお袋さんに泣きついているであろう雛季も、口を引き結び、何とか泣くのを堪えているようだった。


********************************************************


 翌日、たまたま朝早く目が覚めた俺は、部屋の窓際であくびをしながら体を伸ばし、何気なく窓の外に視線を向けた。

 そこからは琴浦家の裏手にある家々が見えるのだが、そこへ向かう道の途中に美咲の姿があった。

『エイト剣』を佩刀(はいとう)しているが、防具は着けておらず、ラフな格好だ。


「美咲だ……。こんな早くにどこに行くんだ?」


「昨夜言っていた奴に頼みに行くんだろ?」

 鮫川は朝のトレーニングという腕立て伏せをしながら、興味ないように呟く。


「ああ、そうか。近所にいるって言っていたもんな。……だったら、俺たちも一緒に頼みに行った方がよくないか?」


「俺はそんな奴らに頭下げなくても自分で取り返せるという立場だからなぁ」


「まだそんな無計画なこと言っているのかよ? とにかく、行くぞ!」

 

 トレーニングを中断させられて仏頂面の鮫川を連れ、急いで一階へ下りる。

 

 雛季はまだ寝ているようだったが、親父さんたちはすでに朝食を取っていて、外へ駆け出そうとする俺たちに当然気づき、お袋さんが声を掛けてくる。

「どうしたの? 二人揃って。今朝はやけに早いのね……。あれ? 外に出るの?」


「あ、ああ~、あの、ランニングに! 剣も手に入るし、今日から本格的に基礎体力作りをしようかなぁ~、と……ハハハ」


「へぇ~、そうなの。偉いわね~。雛ちゃんにも見習ってほしいわね。じゃ、行ってらっしゃい! 朝ごはんは用意できているからね」


「ありがとうございます。じゃ、行ってきます! いやぁ~、朝日を浴びながら体を動かすというのは気持ちよさそうだねぇ、鮫川君! ハハハ」

 扉から出て、両腕を前後に振って足踏みをする半笑いの俺に、鮫川が冷ややかな目を向ける。

「怪しすぎるな……。疑われていないのが奇跡だぜ」

 

 表に出た俺たちは家の裏に回るとさらに加速して美咲の後を追った。

 琴浦家の横の道を奥へと進み、左折したところで、美咲の後ろ姿を(とら)えた。

 その道の突き当りにある、藁ぶき屋根の小さな建物のドアの前に彼女が立っていた。

 

 美咲の背中越し……開いたドアの奥には、こちらに顔を向けるかたちで、男女が立っている。

 男の方はオレンジ色の髪を襟まで伸ばしている奴で、薄い眉に垂れ目、そして特徴的な(わし)鼻をしている。

 髪の色や肌の白さから、遠目では北欧あたりの人に見える。

 よく見るとニヤついた目と口元がいやらしく、寄せ書きに一人だけデカい文字を書きそうなタイプだ。

 

 ドア枠にもたれている男の腕の下から外に顔を見せている女の方は、ややカールした金色の長い髪に、ガチャガチャのガムみたいに鮮やかなピンク色のヘアバンドをつけている。

 色白で垂れ目、鼻はも高く、どこか隣に立っている男に似ている。 

 同じ家にいることから考えても、男とは兄妹ではないだろうか。

 

 美咲が例の頼みを聞いてもらっているのだろう。

 三人の声がぼそぼそと聞こえる。

 

 俺たちも彼らに頼み込むため、その家へ近寄った時、美咲の鋭い声が響いた。

「そ、そんな約束、できるわけないでしょ?」

 ここからは美咲の後ろ姿、時折横顔がチラッと見えるだけだが、眉を吊り上げて怒っている彼女の顔が頭に浮かんでくる。

「こんなにお願いしているのに……じゃあ、もういいよ」と残念そうな声で続け、美咲は一度彼らに背を向けた。

 

 しかし、こちらに気づく間もなく、美咲はまた彼らの方へ向き直った。

「……」

 肩を上げうつむいた姿勢でしばらく黙っている彼女に、ニヤけた顔で男が言った。

「そうそう、よく考えなよ、琴浦さん? それだけでその奪われたって言う剣二本と魔溜石が戻ってくるんだから、安いもんだろ?」

 

 美咲はゆっくり頭を上げ、ここからだとかろうじて聞き取れるほどの声量で呟いた。

「……ほ、本当に、取り返せるのね?」


「お兄様と私を信用していないの?」と、女がつんけんして言った。やはり二人は兄妹のようだ。


「そ、そういうわけじゃないけど……」


「あなたも、俺らなら取り返すことができると考えて頼みに来たんだろ?」 

 にんまりした表情で、男は持っていた『エイト剣』らしき黒い剣を鞘から抜き、馬鹿みたいに掲げた。

「『SDG(エスディージー)』の名に懸けて奪い返してやるよ」


「お兄様があなたのために働くのは不本意だけど、お兄様に頼まれたら私も断れないし、『SDG』の名に懸けて、やりましょう」

 妹も不機嫌そうに言って、どこからか取り出した自分の剣を掲げた。

 

 二人が揃って口にした『SDG』とは、何の略かは知らないが、おそらく彼らが所属するパーティーの名前なのだろう。

 

 美咲はさらに小さくなった声で何かを呟くと、こっちを振り返り、うつむいたまま歩き出した。

 その背後で兄妹が笑顔を見せて(正確には兄の方だけが嬉しそうで、妹はそれに対しやや不貞腐(ふてくさ)れている)、「じゃあ、またな、琴浦さん」と手を振っている。

 

 曲がり角まで来て、美咲はようやく落としていた視線を上げ、その先の俺たちに気がついた。

「あっ……カケル君、鮫川君も……。ここで何を?」


「いや、どこかに歩いて行く姿が見えたから、もしかして昨日言っていた人に頼みに行くのかと思って……。ほら、俺たちも一緒に頼んだ方がいいかもしれないし」


「そうだったの……。でも、もう安心して。彼らに一緒に行ってくれる約束をしてもらったから」


「本当か? あんなヒョロッとした奴らで大丈夫か?」と、鮫川は言った。


「ああ、うん……。魔法剣士としての腕は私たちよりも上だから……。それに彼らが所属するパーティーからもメンバーを数人連れて来てくれるみたいだから、多分取り返せると思う」


「それにしては元気がないようだが……?」

 俺が唐突に言うと、美咲は明らかにどぎまぎした。

「え? そ、そんなこと、ないよ?」


「さっきも彼らに向かって怒っていたみたいだけど……?」


「……み、見ていたの?」


「あ、ああ……。あれって、何か変な見返りを求められたんじゃないのか?」

 美咲はわかりやすく視線を逸らし、顔には赤みが差した。

「う、ううん、別に……」


「あの感じ、金ではないな?」


「だとしたら、体を要求されたか? ハハハ」と、鮫川が気兼ねなく言ったので、俺は腕を小突いた。

「バ、バカ野郎! さすがにそれは下衆(げす)すぎるだろ……って、あれ? 何で黙っているの? み、美咲さん?」

「……」

 美咲は顔を紅潮させたまま、黙っていた。

 俺は生唾を呑みこむ……。


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