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第4話・尋問

 自宅に二人の男が押し入ってきたあの時から、おそらく数日後……。


 俺は深い眠りから覚めた。

 相当な時間こうして眠っていたのだろう、と思った。

 ゆっくりと薄目を開けると、飛び込んできた光に目がくらんだ。

 頭がぼんやりして、自分がなぜこうして横になっているのかすぐには思いを巡らせることができなかった。

 

 しばらくして、家で侵入者に襲われ意識を失ったことなど、わずかに思い出したが、それ以上のことを考えようとするとまた妙な眠気に襲われてしまう。

 

 はっきりと目が覚めるまで、相当な時間と労力を要した。

 これだけで、自分が長いこと眠らされていたのだとわかった。 


 何とかして枕から頭を離すと、軽いめまいを感じる。

 横になったまま首を揉んだり、重くだるい両手足を小さく振って血の巡りをよくし、ようやく上体を起こす。その時には眩い陽の光に目も慣れていた。

 

 自分のいる部屋を見渡す。

 横になっていたのは、何の特徴もないベッドの上だ。

 布団も枕も真っ白で、病室のそれを想起させた。左手の壁に大きな窓があって、そこから陽光が燦々(さんさん)と注ぎこんでいる。

 

 その部屋は二〇帖ほどあって無駄に広い。

 無個性な白一色の壁と天井が、黒いラインで幾つかに区切られている。

 

 体を回転させて両脚をベッドの横に投げ出し、おもむろに立ち上がった。

 そして壁に近づきそっと触れると、滑らかな硬質素材でできている。淡く輝き、衛生的な印象もあるが、俺にはかえって寒々しく感じた。


「……風呂場のタイルみたいだな……」

 

 意味もなく、思ったことを口に出した。掠れた弱々しい声しか出ない。

 それに酷いセリフだ。おそらく久し振りに発したであろう言葉が「風呂場のタイルみたいだな」って……。

 

 顔の向きを変え、無人の部屋の隅を睨みつける。

 窓とは反対側の壁の端に、白色中心のこの部屋では浮いて見える青い扉があった。

 

 扉に向かって低速で歩く。

 いつだったか、ナマケモノが動物園に来園した際に輸送箱から外に出るまで五日かかったというエピソードを聞いて笑ったものだが、今の俺はとてもそれを笑える状況にない。

 体が重く、扉までずいぶん距離があるように感じる。

 

 足を引きずりながらのそのそと進んでいる間、ふと疑問が浮かび上がった。

 長い間眠らされていたはずだが、その間の栄養補給はどうなっていたのだろう?

 腕に点滴の管が繋がっているということもないし、その跡すら見当たらない。

 それなのに……。しばらく体を動かしていなかったことで怠さはあるが、大した空腹感はないし、栄養失調になっている感じもしない。

 

 眠っている間、俺はどうやって生かされていたのだろう?

 もしくは、そもそもあの日から思いのほか時間は経過していないのか?

 

 わからないまま、とにかく青い扉の前まで辿り着いた。

 扉の横には大きな横長の鏡があって、そこに男の姿が映し出されていた。

 どこか疲弊の色が見える、暗い顔の男。深刻な悩みを抱えているのだろうか……お気の毒様だ。

 ああ……これは俺の顔か。

 数秒遅れで気がつく。やはり頭の回転はまだ遅いようだ。

 

 鏡に映し出された自分の顔には無精ひげが伸びていて、やや頬がこけているように見える。

 元々ひげが伸びるのは遅い方だから、ここまでひげが伸びた自分の顔を見るのは初めてだ。

 

 あの時から、時間は確実に経過している。

 少なくとも四、五日は経っているのではないだろうか?

 

 それに、鏡に映し出された上半身を客観的に見つめたことで、初めて自分の服装に意識がいった。

 黒いマウンテンパーカー。汚れた灰色のジーンズを穿いていて、その下にはオレンジ色のスニーカー。そのスニーカーはこんな時にさえ、暗めの服装に良いアクセントになって輝いて見えた。

 間違いなく、俺がよくするファッションだ。


 あの時もこの格好をしていたのかどうかはっきりと思い出せないが、今こうして着ているのだからそうだったのだろう。

 まさか俺が眠っている間に、誰かが別の服装から俺の一番お気に入りのマウンテンパーカー、そしてアクセントとして足元にはオレンジ色を……などとコーディネートして着替えさせてくれたわけではないだろう。

 

 とにかく自分の服装を確認した直後、断片的な記憶が、打ち寄せる波に運ばれてきた漂流物のように押し迫ってきた。

 酸っぱいものが胸にこみ上げてくる。鼓動が速くなり、額や握った手のひらにじんわりと汗をかいているのがわかる。

 直感が働く。

 一刻も早く、この無機質な部屋から抜け出した方がいい。

 できれば誰にも気づかれずに、そっと……。


 俺は鉄製の青い扉の前に立つと、銀色のひんやりした棒状の取っ手を掴み、静かに下へ動かした。

 社長の高級車のドアを開ける運転手の如く、慎重に取っ手を手前へ引く。しかし開かない。

 今度はゆっくり押してみる。

 いとこのお姉さんの着替えを覗き見る少年のように息を殺し……。

 だが、扉はまったく動かない。

 鼓動のピッチが上がるのを感じた。

 多少の音がしても構わない。今度は少し乱暴に、取っ手を上下させながら押したり引いたりしてみる。

 しかし、やはり扉は開かなかった。


「鍵が掛かっているのか?」

 

 俺は苛立ち、扉の下の方を蹴りつけてから、一旦その場を離れた。

 頭を掻きむしりながら、部屋の中をグルグル回る。先ほどはナマケモノになった気分だったが、今は動物園の檻の中をグルグル回る猛獣の気分だ。

 

 わずかなめまいを感じながら再び扉の前に近づく。

 

 扉の前で次の手を思案しようとしたその時、部屋の外から足音が聞こえた。

 音の大きさも間隔もバラバラで、複数のものだとわかる。

 それが次第に大きく近くなり、扉一枚隔てた向こう側で止まった。

 扉の取っ手のすぐ上に小さなランプがあって、それが小さく光った。

 向こう側からロックが解除されたのだろう。機械的な小さな音が鳴ってから、勢いよく扉が外側へ開かれた。

 

 唾を飲みこみ、その場から二、三歩後退した俺の前に、数人の男が立ちふさがった。

 ぞろぞろと室内へ踏み入って、一番後ろの男が扉を閉めた。


「お目覚めだね? 瀬戸翔琉(かける)君」

 男たちは三人いて、先頭で入ってきた者が、形式的な笑みを浮かべて言った。


「誰だ、あんたたち! 何で俺の名前を?」

 男たちに向かって声を荒げたが、その質問は無意味なことが何となくわかっていた。

 

 彼らはある程度こっちのことを知っている。その上で俺を襲い、眠りにつかせ、この病室のような部屋に運んできたのだ。

 名前の他、家族構成、友人関係ぐらいは把握しているかもしれない。

 

 俺が目覚め動き出してから、間もなくして現れたことから考えると、この部屋の中も監視していたのだろう。

 思えば、扉の横の鏡は無駄に大きかった。これがマジックミラーになっていて、向こう側から俺を監視していたのではないか……?


「まぁ、一度落ち着いて。ベッドに腰を掛けたまえ」

 先頭の男が部屋の対角にあるベッドを指し示した。

 丁寧な口調だが、声は低く、どこか威圧感を与える。

 

 前に出てくる三人の男たちの無言の圧力に押し負け、後退り。

 結局は彼らの指示通り、さっきまで横になっていたベッドへ尻を沈めることになった。

 

 三人の男を改めて観察する。あの時のあごひげ男たちとは違った男たちだ。

 先頭に立っていた、この中のリーダーと思しき男は、ベッドの脇にあったキャスター付きの丸椅子を動かし、俺の向かいに座った。

 身長は三人の中で一番低そうだが、浅黒い肌に太い顎、しっかり整えられた口周りのひげに威厳を感じる。

 甘酢をぶっかけたみたいにギトギトと光っている黒髪を後ろに撫でつけている。

 

 その男の右側(こっちから見て左側)に、同じく置いてあった椅子を持ってきて座った男は、欧米人のように彫りが深く、長めの髪は金色がかっている。

 人の往来が激しい通りでもすぐに目に付きそうなほど長身であるし、外国人の血が入っているのだろう。

 

 座る椅子がなく、二人の後ろに突っ立っている男は一番若く、下っ端という感じだ。

 坊主頭で、理科室にひっそり置かれた人体模型のような飄々とした顔でこっちを見下ろしている。

 

 この三人が、あの時俺を眠らせここへ連れてきた二人の仲間であることは、彼らの格好でわかった。

 あごひげの男たちのようなフード付きの黒いコートを纏ってはいないが、各々が時代にそぐわない中世ヨーロッパ風の軽武装(黒い服に赤い胴鎧キュイラスやメイルスカート)をしていて、見覚えのある黒い革靴を履き、真紅のグリーブを着けているのだ。

 そして決定的となったのは、三人の腰にもあの時見たものと同じ型の剣が吊るされていたからだ。


「……君が眠りについている間、少し調べさせてもらったよ」と、ひげの男が口を開いた。


「調べたって……何を?」


「父親の仕事について本当に何も知らないのかどうか、とかな」


「ほとんど知らないと、別の人たちに話したはずだぞ!」


「ほとんど知らない……。確かに、どうやらそれには嘘はないようだ。だが、わずかに隠し事をしていたこともわかっているよ?」


「か、隠し事?」


「父親の勤めている研究所が、ある惑星の探査をしていたことは認識していたはずだね?」


「そ、それは……」

 俺は口ごもった。

 確かに惑星探査の話は耳にしていた。

 しかし、特別に隠していたわけではない。

 親父や研究所について知っている者なら、それくらいのことは俺の口から聞くまでもなくわかっているだろうから、わざわざ言わなかっただけだ。

 

 それにしても、なぜ俺がそのことを口にしなかったということを、この男たちは手に取るようにわかっているんだ?

 

 首を傾げる俺の前で、ひげの男はうなじを掻きながら言葉を継いだ。

「できれば、知っていることはすべて喋ってもらいたかったんだが……。まぁ、それ以上のことは本当に知らないようだから、見逃してあげるがね……」


「……あ、あの~、調べたって、俺が眠っている間に? 一体どうやって?」

 

 金髪男がくつくつと笑った。

「久しぶりに目覚めた割には、なかなか頭の回転が速いじゃないか。ねぇ、ナガタさん。それは教えてやってもいいんじゃないの? 遅かれ早かれこの男も、この世界の仕組みを知ることになるわけでしょ?」

 金髪男は思いのほか流暢に喋って、ナガタというひげの男へ視線を向けた。


「お前に言われなくてもわかっているさ。しかし、こちらが必要以上のことを話す必要もないだろう。だから、瀬戸君……」

 ひげの男ことナガタはこちらに視線を流して、語りかけてきた。

「どうやって調べさせてもらったかについては、ごく簡単に教えることにするよ。実は私たちは、君が長い時間眠っているうちに……そうだな、いわゆる自白剤のようなものを使用したと思ってくれ」


「自白剤……?」と、呟く。

 今までの人生でほとんど聞いてこなかった単語だ。

 それを使用されたと告白されても、すぐには理解もまともな反応もできなかった。


「あくまでも自白剤のようなものということだ。君の心身に害が残るということはまったくないので安心してくれ」


「いや、そんなもんっ! 安心なんて!」


「まぁ、一般的な自白剤によって得られる成果がまちまちであるのと同じように、私たちのやり方でも結果にムラが出てしまうことは否めない。だが、まぁ、君の場合はある程度うまくいってね。その結果、君は父親の仕事についてほとんど何も知らないと判断したよ」


「だったら! 早く家に帰してくれよ! って言うか、ここはどこなんだ?」

 立ち上がり、振り返って窓の外を見ようとしたが、ほとんど同時に目の前に座っていた二人の男が、俺の行動を遮るように立ちはだかった。


「座りたまえ、瀬戸君。まだ君への尋問は続けなければならないんだ」


「何……?」

 

 金髪男が少しウエーブのかかった髪を指で梳きながら言った。

「現時点で覚えていることはそれほどなくても、後から忘れていたことを思い出すことがあるだろう? どんな些末なことでも、拾い集めるのが当面の俺たちの役目なんだよ」


「そういうことだ。しばらくの間は私たちの話を聞いてもらい、質問に答えてもらう。その期間が終われば、君は解放されるだろう。ただし反抗的な態度をとれば解放する日は遠ざかると思ってくれ」


「フ、フザけるな……。しばらくってどれくらいだよ? ここがどこかも教えてくれないのか? あんたたちが何者なのかもわからず、何を語れって言うんだよ?」

 

 ひげの男・ナガタは苛立ったように、強く短い溜息を吐き出した。できるだけ温厚な人柄を装っていたが、素が出てしまったようだ。

 それでも一拍置いてから、また穏やかに話し出した。

「私たちは君への尋問が仕事だ。どのくらいで君が自由になれるかは上が判断することなのだ。わかってくれ。それと、ここがどこか、私たちが何者なのかについてもいずれわかるだろう。とにかく、今の君は私たちに囚われている身だということを忘れないでくれ。君は余計なことを考えず、父親の仕事のことで記憶の引き出しにしまっているものがないか……それを引っ張り出すことに専念するのだ」

 

 金髪男と後ろに立つ坊主頭も頷いて聞いていた。

 ナガタが口にした『囚われている身』という言葉が、俺を委縮させた。

 

 あの日……。

こいつらの仲間と思われる男二人に、俺と伊賀と鮫川は何もできずに昏睡させられた。

 それを考えると、この男たちに抗っても得がないように思えた。

 こいつらの言う通りにして、解放される日が来るのを待つしかないのだろうか……。

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