第43話・お金を貯めて大広場へ
さらに日は流れ、『惑星サライ』はすっかり春の訪れを感じさせる陽気になっていた。
農園での手伝い後や休みの日、鮫川は相変わらず姉妹から借りた『エイト剣』で魔法発動の訓練を、俺は『魔法術者の書』を見ながら、剣なしでも魔法を使えるように鍛錬していた。
残念なことに、伊賀の行方は未だわかっていない。
そして、二人分の『エイト剣』を手に入れるために必要と思われるお金も貯まったとは到底言えなかった。
それでも姉妹がパーティーで稼いだわずかなお金の中から、少しずつ俺たちの剣のために貯金をしてくれたし、親父さんたちからは農園を手伝った分の小遣いをもらい、それが少しずつ貯まってきている。
そして何より、いくつかの初級魔法をある程度使えるようになっていた俺に、近所の人たちから小さな仕事がくるようになっていて、それがなかなかいいお金になってきていた。
電灯の点火、料理の火、土壁の修復、家具修繕……。
これらのうち、簡単なことなら魔法でできるようになったのだ。
電灯や料理コンロなどは、魔溜石灯や魔溜石焜炉と言う名が付いていて、その名の通り魔溜石の力を借りる。
それらは小規模の魔神具(魔溜石を使って動かす道具・機械)であって、あらかじめ魔法術者の力を封じてあるため、魔法術の能力がない者たちでも点灯したり、着火したりすることが可能になる。
しかしそれらは永久的なものではないので、やがて電球が切れるのと同じように使えなくなるのだ。
そこで再び、その魔神具に魔法術者が力を封じ、機能させる必要が出てくる。
もちろん魔法術の能力者が身内や知り合いにいて、その者が行えば、半永久的に魔神具を使用することも可能だが、身内、知人に能力者がいない家庭も多い。
琴浦家近隣のそういう家から、俺に依頼が回ってくるようになったのだ。
そして、この近辺で一番のお屋敷を持つ一家にまで時折呼ばれるようになった。
その家は広い分、魔溜石灯の数も多い。
そのため、魔法術者にも頻繁に世話にならざるを得ないようで、お気に入りの魔法術者が来られないとなると、俺のような新米にも依頼が回ってくるのだ。
その家に魔溜石灯の修復のために呼ばれたある日のこと。
頼まれた通りにダイニングルームのシャンデリア風の魔溜石灯を直した俺は、いつもの窓際のロッキングチェアーにいる女主人のお婆さんに報告しに行った。
しかしお婆さんはそこにおらず、別の場所で倒れていた。
俺は慌てた。
キャリアのある魔法術者であれば治癒魔法を施すこともできるのだろうが、今の俺にそこまでの魔法は使えない。
何よりそのために必要な魔溜石もない。
その時、家に他の家族もいなかった。
やむを得ず、急いで他の魔法術者(医者)を呼んだ。
発見が早かったため、結果、お婆さんは助かった。後遺症などもなく、今までの生活を送ることができた。
すべては治癒魔法を行った医者のおかげだったが、お婆さんは命の恩人として俺にも謝意を表し、この時の報酬はいつもの何倍も多く支払ってくれたのだ。
お婆さんが倒れてしまったことは不運な出来事だったが、結果、この時の高い報酬は俺を『エイト剣』入手へと近づけた。
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それからさらに数日が過ぎ、街も、農園の向こう側の景色も春めいていた。
あちこちで、桜、あんず、タンポポ、スミレ、菜の花、パンジーなどの春を感じさせる花が色鮮やかに咲いている。それらの花もやはり見た目や特色は似ているが、地球のそれらとはわずかに違うので、正確に言えば別の花なのだが……。
「だいぶ貯まってきたね」
夕食後、リビングテーブルの上に並べたお金を数え、美咲が言った。
「ああ、そうだな……」
俺もお金に目を注ぐ。『惑星サライ』で使われている中央本部発行の紙幣と硬貨が所狭しと並んでいる。
俺、鮫川、そして琴浦姉妹がこの数週間で貯めたお金に、親父さん、お袋さんが時々くれる小遣いを合わせたものだ。
紙幣には一万、五千、千レガロ(レガロは『惑星サライ』の通貨の単位。一レガロは一円とさほど変わらない)の三種類があって、どれも表には『エイト剣』を持った騎士の肖像。裏には外壁に囲まれた『キャッスル』と思しき建物が描かれている。
一万レガロ札だけ少し大きく、インクが金色でいかにも高額紙幣という感じだ。
五千レガロ札は赤銅色のインク、千レガロ札が緑色だ。
硬貨は500レガロ、100レガロ、10レガロ、1レガロとあって、500レガロは金色で他の硬貨よりも一回り大きい。
100レガロは銀色の円の中に金色の円、10レガロと1レガロは銀色で、1レガロだけさらに一回り小さく軽い(この辺は日本の一円玉と似ている)。
硬貨のどれにもやはり騎士の肖像、裏側にはそれぞれの数字が刻まれている。
「これだけあったら……いろんなケーキ食べられるね」と、雛季は桜色の舌を小さく出して唇を舐めた。
「雛ちゃん……。これはカケル君たちの剣の代金だからね?」
「知ってるよ~! ちょっと言っただけだよ……」
牛乳に浸りすぎたシリアルのようにしょんぼりとなった雛季を見ると、少し気の毒になった。
「剣が手に入ったら、そのうち二人にも、親父さんたちにも何かお返しするよ。ケーキも買ってあげるから」と、俺は微笑む。
「ホント? うわ~、やった~!」
雛季のお金を先にもらうわけだから、厳密に言えばおごるわけではないのだが、彼女はとても気を良くしたようだった。
「そんな約束の前に……」と、仏頂面の鮫川がテーブルの上のお金を見つめながら口を挟んできた。
「これで俺たちの剣は手に入るのか?」
「う~ん……ギリギリかな……」と、美咲は首を傾げながら言った。
「相手の言い値だから何とも言えないよ。丁度、明日は私たち二人ともパーティーの仕事はないから、とりあえず明日、天川っていう情報屋の所に行ってみようか?」
「本当か? よし、行こうぜ」
俺が拳でテーブルを叩くと、雛季も「行こう、行こう!」と喜んだ。
「それと……伊賀の手がかりも早く見つけないと」
「ああ、伊賀か……」とすっとぼける鮫川に、「忘れてんじゃねぇ!」と丁寧にツッコむ。
「伊賀はお前と違ってしっかりしているからな。一人でも何とかやっているんじゃないか?」
「しかし、今までの生活とあまりに違うからな……。さすがにあいつも参っていると思う。早く捜し出してやらねぇと……」と、俺は呟く。
「もう一人の友達ね。私も忘れていないよ。あまり遠くまでは出られないけど、まず中央大広場の方でその人のことを聞き回ってみよう。そこから南に向かって、君たちが収容されていた中央本部の方にも行ってみて、そこから西に向かえば、天川がよくいると言われる寄合所があるから」
美咲の案に俺たちは静かに頷いた。
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そして翌日、俺たちは予定通り『中央大広場』に向けて『東北東通り』(北東大通りと東大通りの中間に伸びる道)を進んだ。
途中、琴浦家がよく利用するという喫茶店『アイラブコーヒー・アイラブティー』で朝食を取り、そこから乗合馬車を拾って、中央大広場に出た。
『キャッスル』から出た日以来、久しぶりに来た中央大広場は、やはりとても賑やかだった。
広場の真ん中にある大きな噴水とシンボリックな騎士の銅像。
それを囲むように多種多様な店が並んでいる(もちろん限定的ではあるが……)。
それ以外にも、中央大広場はどこの広場よりも広いスペースがあるので、あちこちに露店も出されている。
美咲の話によれば、それら露店には中央本部の認可を受けているものもあれば、彼らの目を盗んでこっそり開いているものもあるそうだ。
それらの店舗、露店を訪れる客。
威勢のいい声で客を呼び込む店の者たち。
エリアからエリアへの通過点として行き交う旅人や、馬車、その他乗り物。
ドレス風の衣装でおめかしした者や、汚らしい格好の者、そして武装し『エイト剣』を携えて闊歩する者。
様々な目的を持った老若男女が、まるでコンビニの灯りに集う夏の虫のように、広場とそこから放射状に伸びた大通りを猥雑に埋めている。
露店や料理店から漂うおいしそうな匂いにいちいち引きつられてははしゃぐ雛季に対して、美咲は浮かぬ顔で言った。
「相変わらず、凄い人通りの多さね……」
彼女はこういう場所はあまり好きではないようだ。
そういう俺もあまり混みあった場所は好きではない。
だが、元いた世界の都心よりはマシに思えるのは、店員や行き交う人の女性率が明らかに高いからだ。
人類移住初期の『惑星サライ』の男女比はほぼ半々だったそうだが、魔獣と戦うこともある危険な魔溜石採取には昔から男性魔法剣士が多く駆り出されてきた。
その結果、現在では女性の数が男性を大きく上回っている状態なのだと言う。
そして街中の彼女たちの多くは、上等な服が買えないからなのか、まだ春だというのに、露出度の高い薄っぺらい服を身に付けている。
恥ずかしながら、そのことが俺のモチベーションを上げていた。
しかしそういう女性たちに目移りして、心の中で「眼福、眼福」と思っていたのも始めだけで、次第に俺にも疲労感が出てきた。
と言うのも、やはり伊賀についての有力な手掛かりが一向に得られないからだ。
宿、料理店、服屋、武器屋、肉、魚、野菜、パンなど食料の手に入る店など、伊賀がこっちで生きていく上で訪れそうな場所を当たるが、それらしい人物を見たという情報は得られていない。
さすがに、裏通りにひっそりと店を構えているような、いかにもいかがわしい外観の店までは行けないが、この時間でも開いている酒場などがあれば、それらの主人にも尋ねた。しかしそれも無駄骨だった。
そもそも、伊賀もこの街で流通しているお金を持っていないはずだから、俺たちのように誰かの世話になっている可能性も高い。
そう考え、目につくアパートなどに行って、そこの大家にも尋ねているのだが、そちらも空回りだ。
自分たちだけでの伊賀の捜索は一旦諦め、中央大広場近くの依頼受付所で、『尋ね人』の依頼を出すことになった。
依頼受付所は二つの宿屋に挟まれて、窮屈そうに建っている。
西部劇に出てくる酒場にあるようなスイングドアを通って中に入ると、木製のカウンターで真ん中を仕切られた20坪ほどのスペースがあり、内装も酒場のような印象を与えた。板張りの床の上に小さな丸テーブルが三つほど置かれ、壁には幾つもの貼り紙がしてあった。
カウンターの向こう側にいた受付の女性がこちらに寄ってきた。
彼女に依頼を出す前に、美咲は絞った声で言った。
「ここに依頼を出すと、『ゴブレット』内の各地にいるパーティーに内容が伝わる仕組みなの。頼みたいパーティーを指定することもできるけど……今回は人捜しだし、できるだけ広範囲に依頼が出された方がいいと思うから、指定なしにするね?」
「あ、ああ。そうだな」
俺が了承すると、美咲はカウンター越しに受付の女性へと話し始めた。
俺も隣で、できるだけ伊賀の当時の服装を思い出し、見た目の特徴を伝える。
一通り口頭でのやりとりを終えてから、『伊賀捜し』の正式な依頼書の作成が行われた。
それをもとにいくつかの貼り紙が作られ、一つはこの依頼受付所の壁に貼られ、他は各地に散らばるパーティーの拠点や、彼らがよく利用する宿屋や酒場などに貼り出されるわけだ。
これらの作業を一括してやってもらう分、この受付所にも少しお金を払うのだが、どこで何しているかまったくわからない伊賀を捜し出すため東西南北自ら駆け回らなければならないことを考えれば決して高い料金ではないのだと美咲が教えてくれた。
『ゴブレット』は広いと言え、俺たちが暮らしていた地球の大都市に比べればそれほどでもないはずだ。
いくら伊賀が逞しい人間でも、慣れない場所でそれほど大それたこともできないはずだろうから、その行動範囲を『ゴブレット外』にまで広げるにしても、せいぜい『ゴブレット』近辺の森や海辺ぐらいまでだろう。
そう考えると、各地に広がるというこの依頼が、伊賀との再会の手がかりを必ず掴んでくれるだろう……。
ひとまず……本当にひとまずという感じだが、胸のつかえが下りた気がする。




