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第24話・8ビギンティリオン

 雛季から渡された剣は、もっと重量があるものと思っていたが意外とそうでもなかった。

 斬る、あるいは打突という攻撃よりは、魔法発動に特化しているものだから、軽量で扱いやすい方がよいということなのだろうか……。

 

 柄を両手で握り、構える。

 また右手や左手に持ち替えたりしてみたが、鮫川の時のような振動が一向に起こらない。

 俺はより真剣な面持ちで、強く握りしめた手に神経を集中させてみたが、やはり剣は何の反応も示さない。


「……鞘から抜いてみたら?」と雛季が言うので、念のため美咲に確認の目配せをすると、彼女も小さく頷いて承諾した。

 

 鞘からゆっくり剣を抜く。

 その黒い刀身が、不気味に光りながら露わになった。

 

 しかし、やはり鮫川の時のような青白い光が発せられることはない。

 角度を変えた時に窓からの外光を受けて、わずかに光るだけだ。もちろんそれは能力を示すものではない。

 

 沈黙の中、俺はしばらく粘って色々と角度を変えたりしてみたが、しびれを切らしたようにお袋さんが声を掛けてきた。

「……カケル君には、ないようね。私とお父さんにもないから、気にすることじゃないのよ?」


「……は、はい」

 俺は小さく返事をして、ついに剣を鞘に収め、雛季に返す。


「ハハハ。とことん持ってない男だな、お前は!」

 鮫川が馬鹿笑いをしたので、にらみつける。

 まだ剣を返していなかったら、その剣先をこいつの開いた口の中に突き刺していたかもしれない……。

 

 美咲が優しく肩を叩いてきて、やや強張った笑みで言った。

「カケル君、落ち込まないで。お母さんが言ったように、この剣を使えない人はいくらでもいるの。そういう人たちにはそういう人たちの仕事があって、役割分担してみんな生活しているから心配はいらないわ」


「それに、一回持っただけでわからないこともあるんだよね、お姉ちゃん?」

 雛季が聞き捨てならないことを言ったので、俺は半信半疑で美咲に訊ねる。

「え? そうなのか?」


「う、うん。稀にだけど……何日間か試しに持ってみたら、何度目かで突然剣が反応を示したというケースがあるの」


「じゃ、じゃあ、俺もまだ可能性がゼロってわけではないんだな?」


「ゼロではないけど……本当に稀なことだから、限りなくゼロに近いと思っておいた方がいいよ?」


「う~む……。だが、レアケースがあるとわかったなら、簡単に諦めたくないな」


「駄々こねてんじゃねぇ。諦めろ、瀬戸。可能性ゼロのことに時間かけるより、料理一つでも覚えろよ」


「ゼロじゃねぇって言ってんだろ……」


「ハイ、やめやめ!」と、美咲が二人を引き離した。

「あのね、鮫川君。君もこの『エイト剣』を持っていないことには変わらないのよ?」


「ああ、そうだったな。自分用の剣を手に入れなきゃならないんだったな。それで、一体どこで手に入るんだ? この特殊な剣は」


「武器屋で売っている物ではないから、手に入らないの」

 美咲が真剣な顔つきで言うと、鮫川は「はぁ?」と、太い首を傾けた。


 俺もその言葉がよく呑み込めなかったので訊いた。

「それじゃあ、君たち姉妹はどこでその……『エイト剣』だっけ? それを手に入れたんだ?」


「この街の人は15歳になる年に、中央本部の人に審査されるの。魔法発動能力の有無を確かめるため、君たちが今やったように『エイト剣』を渡され、何回か振ったりして反応を見るの」

 

 美咲は話しながらテーブルを回り、またソファに腰を下ろした。

「この能力は大体ね、12歳前後で覚醒すると言われているのよ。どんなに遅くても15歳。だから15歳になる年に判断しようって決まったの。それにこの街では15歳頃を目安に、本格的に仕事を始めたり、独り立ちしたりする人が結構いるからね」


「15歳で……。早いんだな」

 俺は自分の15の時を思い返し、自嘲(じちょう)気味に笑った。


「もちろん移住初期の人はね……」と、お袋さんが首を突っ込んできた。

「その時点でとっくに大人になっている人も多かったし、年齢に関係なく一斉に剣の能力を試させられたそうよ」


「そう。そして審査で能力があるとわかった者は、その先大きく二つの道に分かれる。一つは魔法術者育成機関へ通い、その能力を更に磨いて、魔溜石(まりゅうせき)エネルギーを扱う仕事に就く道。その手の人は『魔法術者』と呼ばれているわ。大体、特殊な能力があって魔溜石からエネルギーを抽出することができるけれど、剣士や戦士として不向きだと判断された人がなっているの。もう一つは、私たちのように『魔法剣士』となる道。審査段階で中央本部の人たちから純粋に剣や弓などの腕を認められた者。あるいは、元々備わっている能力が大きいとか、魔法の発動までが速いとか、『エイト剣』との相性がよいという理由から選ばれた者が進める道」


「雛季もお姉ちゃんも選ばれたの!」


「へぇ~……。君たちが……?」

 俺の左右に座る姉妹を交互に見ながら、首を傾げる。


「何よ、カケル君。私たちが剣士に選ばれたのが不思議? まぁ、二人とも純粋に剣の腕で選ばれたわけじゃなく、後者だけどね」


「そう、なぜかこの子たちには大きな能力が備わっていたのよ」と、お袋さんは娘たちを自慢した。彼女はさらに何か自慢話を続けようとしたが、遮るように美咲が手を叩いた。

「ああ、そうだ。まだ話が途中だったね」


「そうだぜ。剣の話が終わってないだろ」と、鮫川が肩肘ついてふてぶてしく言った。


「この剣はその審査の時、『魔法剣士』の才が認められた者に、中央本部から与えられる物なのよ。通称の『エイト剣』で呼ぶ人が多いけど、中央本部が定めた正式名称は『(エイト)ビギンティリオン』って言うわ。柄頭から魔溜石を()め込むことができ、その異なる力がある石の組み合わせによって様々な魔法が発動されるように特別に作られた武器なの」

 

 8ビギンティリオン……。8×10の63乗。

 俺はそのあまり聞かない言葉……数の単位を耳にして、親父のことを思い出した。

 アルキメデスは、宇宙(当時の知識によるもの)を埋め尽くすのに必要な砂粒の数を8ビギンティリオン以下と導き出した……。

 それは小さい頃、雑学の好きな親父から聞いた話だった。

 

 もしかしたら、『エイト剣』とやらを作りだしたのは、親父を含む『キルデビルヒルズの空』の研究者なのかもしれない……。

 魔溜石の研究に誰よりも早く着手した人たちなのだから、その可能性は高い。

 

 そうなれば、親父を含む研究員たちの『惑星サライ』への転移も考えられる。

 魔溜石の力によって秘密裏に異星へ飛んでいたとしたら、地球で行方不明扱いになった説明もできる……。

 

 親父たちもここに来たのか……?

 5年前……いや、それは俺たちのいた時代から考えてだから、この世界で考えると……100年以上前か?

 親父たちがこの惑星にいたとしても、もう会えそうにもない……。

 

 そんなことを頭に巡らせている間も、美咲は話を続けた。

「『8ビギンティリオン』には剣の他にも『エイト弓〈きゅう〉』と呼ばれる弓型の物もあって、審査で弓の腕がある、あるいはありそうだと判断された人がもらえる。まぁ、剣よりも数が少ないけどね。『魔法術者』も魔溜石からエネルギーを抽出し魔法発動ができるけど、それには長い詠唱や気のコントロールがいる。それに対して、『魔法剣士』や『魔法弓士』に与えられる『エイト剣』や『エイト弓』は、短時間で魔法発動が可能という夢の武器……」


「ちょっと待て。じゃあ、審査を受けないともらえないのか?」

 詰問(きつもん)調の鮫川に、美咲は冷静に返す。

「そうだよ。君たちはもう15歳を過ぎているよね? 審査さえ受けられないよ」


「くそっ!」と、鮫川は拳で自らの膝を叩いて、背もたれに倒れかかった。ソファがギシッという悲鳴を上げる。

 

 しかし彼はすぐに上体を起こし、活気ある声を発した。

「……いや、俺だけなら手に入るぞ! 奴らは俺の力を買っていたんだからなぁ! 特殊能力があるとわかれば尚更だ。すぐに剣をよこすだろう!」


「ま、待てよ、鮫川!」

 俺は少し呆れて言った。

「今あの『キャッスル』って所に戻ったら、剣をもらえても、奴らの兵として訓練させられるだけだろ? お前があそこを抜け出したのは、それが嫌だったからじゃないのかよ?」


「そ、そうだよ」と、美咲も何度もうなずいた。

 

 鮫川は鼻を鳴らし、窓の外に一瞥(いちべつ)をくれてから言った。

「……しかし、どうせすぐには元の世界に戻れないんだろう? だったら、奴らの下で働いていた方がいいだろ? 支配者である奴らの方が給料も高そうだし、待遇もよさそうだ。あの『キャッスル』って所は、ここよりもまだ近代的で過ごしやすそうだしなぁ」


「新米の兵に自由なんてないよ? むしろ規律はもっと煩わしいと思うわ」

 美咲に諭され、鮫川もわずかにトーンダウンした。

「……鬱陶(うっとう)しいのは御免だな」


「あそこの兵隊さんに街で会うと、いっつもカリカリ怒っているもんね? 多分、いつも偉い人から叱られるんだよ」


「そうそう。酒場で辞めたいと愚痴をこぼしている人もいたっけね~」と、雛季とお袋さんが笑顔で加わると、鮫川は舌打ちして、またソファの背もたれにもたれかかった。

 

 判決を読み上げられている被告人のように、暗い顔でうなだれた鮫川の代わりに、俺が美咲に訊いた。

「その『エイト剣』っていうのは、中央本部の奴らしか作り出せないのか?」


「うん。カケル君のお父さんみたいな魔溜石の研究者と共に作り出されたものらしいから……」


「やっぱりか……」と、俺は呟く。


「一般市民が模倣して作り出すのは難しいわ。『キャッスル』外では技術も材料も揃わないし、元々そこまで高度な教育が受けられないから。仮に似たような物を作り出すことができたとしても、中央本部が許しはしないでしょうね」

 

 直後、うなだれながらもこちらの話に聞き耳を立てていた鮫川は、再び溜息を吐いて沈んだ。 

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