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第1125話・夜まで短し、歩けよ男たち

 一日ごとに5つ『変化』が起きる『幻影世界』。寝る前にその『変化』を念じて眠りにつくことで前日に戻り続けた(脱出方法)俺は、ついにスタート地点……『幻影世界の1日目』にまで戻って来られたのだ!


 テントのドアをめくって外を眺めてみると、それを裏付けるように、東の空は白んで来ているが西の方はまだ暗い。空が暗い……これは久しぶりの光景だ。『陽が沈み切らなくなった』2日目以降ではない……つまりこの空の暗さこそ、それ以前の『1日目』に戻った証左と言えよう。


『1日目』に戻れたということは、迷いがあった『2日目』の『変化』の一つが『例年以上に暑い日が続く』で合っていたことになり、同時に『雛季(ひなき)の一人称が私になっている』が今日『1日目』から始まった『変化』だと決定する。

 

 また、これまでの考察で『1日目』に起きた『変化』は3つしかわかっていなかったから、『雛季の一人称』以外に『最上さんの髪色の変化』についても、その可能性が高いと言える。

 

 最上さんの件について、可能性は高いにしても決定とまでは言えないのは、やはり最上さんを問い詰めることができない現状、『最上(もがみ)さんが自身のイメチェンを恥じらった』説を完全に捨てきれないからだ。その場合、他の『変化』が一つ残されているはずで、それを見つける必要がある。

 

 この森の中だけの『変化』なら、その残り一つも、少なくとも半日探せば見つかる気がする。

 ただ、もしかしたらその『変化』は『ゴブレット』の方で起きていること……『ゴブレット』に戻らないと気づけない種類の『変化』なのでは? と、頭の中を(かす)めてからは、俺の落ち着きはなくなって行った……。

 

 昨日は最上さんの髪色について彼女を問い詰めるため『ゴブレット』に戻ることは難儀だろうと却下したわけだが、それ以外の、残り一つの『変化』がなかなか見つからない場合は、強引にでも『ゴブレット』へ一旦戻らなくてはならないだろう。


 そんな不安感と同時に『現実の世界』に帰れる時が確実に近づいているという高揚感も加わって、とにかく二度寝する気はなくなった。俺は鮫川(さめがわ)鳩ケ谷(はとがや)、葉山の眠る男子テントを出て、交代制の見張り番をしていたメンバーと挨拶を交わす。


 それからは、一度目の『1日目』とほぼ変わらない流れになった。

 朝の小便のために木立に向かうと、光が浮き上がり、一瞬『DAY(デイ)1』という文字を作り出したのも一緒だ。最初はこれを誰かの魔法の残滓(ざんし)だと思ったのだが、これはこの『幻影の世界』を創り出している魔獣・ナイトメア・リバティーンの合図だ。つまりこの日から魔獣の創り出す『間違い探しゲーム』の始まりというわけだ。


 そのことを知らなかった一度目の時は、この世界が『現実』ではないと気づかずに数日を無為(むい)に過ごしてしまった。しかし、今はもうこの『異世界』と、ここからの脱出を心得ているし、それも間近……あと一晩で抜け出せる、抜け出してみせる!

 俺は武者震いした……いや、まぁ、小便をしたから震えただけかもしれないけど。




 その後、(一度目の時と同じように)一同しばらくは魔溜石(まりゅうせき)採取や、俺の父親の痕跡探しをした。


 その間のメンバーの会話や行動は……一度目の時のことを詳しく憶えているわけではないが、一度目の時とは多少違うものだった気がする。

 出現した魔獣の種類や数も、多少違っているだろう。ただ、その辺はあまり重要ではない。俺から見て、『現実世界』とは違うことが重要なのだ。


 例えば、戦闘時……。

 ケルベロ・キャットが身体を大きくすることがない。『現実世界』ではできるのだから、これは『この世界』に入り込んでからの『変化』だ。


 また、朝から葉山は女性の心を持っているという『変化』があり、一同もそれを共通認識としている。

 川で体を洗う際、坂出(さかいで)の性格の『変化』も如実に表れた。一度目の時と同じように、「私は男子と一緒でもいいけど……」と言ったのだ。まぁ、それ以前から、鹿角(かづの)や玉城、中間(なかま)などの不真面目なメンバーに合わせるようなセリフも吐いていたので、何となくはわかっていたが。


 そして、雛季だ。彼女の一人称が『現実世界』での『雛季』や『雛』ではなく、『私』に変わっているのも、この『1日目』からだとようやくわかった。朝から彼女が自分を「私は~」と言っているところを何度か耳にした。

 もしかしたら雛季の気まぐれかもしれないので、念のため本人だけでなく美咲たちにもそれとなく確認を取って、『この世界』での雛季はいつも自分のことを『私』と言っていたという証言も得た(もちろん、この『幻影の世界』の住人の彼女たちから変に思われたのは俺の方だけど)。


 こうして、『現実世界』とは違う点が4つ、すでに再確認できた。

 

 同時に、残りの一つについては見つけられていない。

 他のメンバーの容姿、性格に『変化』がないかじっと見過ぎて美咲や桜川たちには恥ずかしがられる。逆に、鹿角や美馬さんたちには勘違いされて色っぽい挑発を受ける。

 しかしそうして他のメンバーの言動を観察していても、『変化』は見つからない。


 森の中に目を向けても、戦う魔獣を注視していても、それは同じ結果だった。

 これは、やはり『最上さんの髪がピンクになっている』という『変化』が、この『1日目』の最後の『変化』であり、つまるところこの『幻影の世界』を脱出するための最後のピース……この悪趣味な『間違い探し』の最後の答えの可能性は高い。


 ただ、先ほどから残っている不安通り、それが最上さんの照れ隠しからくるミスリードである可能性もわずかにある。

 その場合、それに代わる最後の『変化』は、この森の中よりも、『変化』が起こりやすい人や物が多く存在する『ゴブレット』でひっそりと起こっている可能性が高い。


 午前中からこの森の中をさまよっても明確な『変化』が見つけられなかった以上、このあと午前0時まで……『答え合わせの時間』までに一度『ゴブレット』へ戻る必要がありそうだ。

 もちろん『最上さんの髪色の件』に決め打ちして、一度目の時のようにこのまま夜を迎えることもできるが、やはり『現実世界』に帰れるなら一日でも早く帰った方がいい。


 俺は一人、そう心に決め、次に一同が集った休憩時間、一芝居に出た。




「うがああ……痛い……腹……何だ、これ……ちょっと治癒魔法じゃ無理だな……。病院へ行きたい……」

 急に腹を痛がり出した俺に、美咲たち他の優しいメンバーたちは初め疑いつつも念のため治癒魔法をかけてくれた。演技なので、ただただ俺の体から疲労感がなくなっただけだ。

 

 それでもまだ体調不良を訴えると、美咲や東御(とうみ)や青葉や桜川、そしておそらく魔獣退治をサボりたいだけであろう雛季や玉城などが『冒険者の町』の病院へ付き添うことを提案してくれたが、川を渡ったすぐにある『冒険者の町』では困るので、俺は言い換えた。

「いや、実は……腹じゃないかも……」


「え? じゃあ、どこが痛いの? も、もっと下?」と、美咲は俺が鼠径(そけい)部に手を下げるのを見て少し困惑の色を見せた。

「こ、股間の方なんだ……だから……」


「コカン? オオ~、ドウしちゃったノ、カケル君?」

「昨夜こっそりテントでいじり過ぎたのではないのかしら? フフフ」

 玉城に次いで美馬さんがそう言って(あや)しく微笑むが、それを無視して俺は叫ぶ。

「だから、女子の付き添いは恥ずかしいんだ! それに、別に一人でも歩いて行けるから、戻るまでみんなは引き続き……」


「何だ、それ」と、鮫川が呟く。

「お前の親父の痕跡探しって名目もあって付き合わされているのに、お前は抜けて俺たちだけで続けろって?」


「く……」

 横からの反論に、俺は思わず唇を噛んだ。

 そうだ……この男が仲間思いの性格がいい奴に『変化』したのは『2日目』で、『1日目(いま)』のこいつはまだ『現実世界』の時と同じで趣味は牛をキャトルミューティレーション化すること、みたいな男のままなのだ。


「そ、それはすまないと思ってるよ! ただ……仕方ねぇだろ……」

 面倒だ……いっそ隙を見て勝手に立ち去ろうか?

 残る『変化』が決定し無事『現実世界』に戻ることができれば、『この世界』の彼らとの関係は終わり、不審がられることもない。

 

 しかし、その前に、美咲や東御、そして鹿角などが一応納得し、認めてくれた。

 ただ、一人では心配ということで誰か付き添いは必要となり、俺は鳩ケ谷を指名した。

「ああん? ワシ? いや、お前の股間の痛みのために……」と、初めは鳩ケ谷も難色を示す。こんなにたくさんいる女性たちと離れるのは面白くないと思っているのだろう。


 しかし、俺が小声で「魔獣と戦わなくて済むぞ? どうせ戦っている時はみんなの方へ目を配っている暇なんてないだろうし、俺も寝る時には帰って来るし」と囁くと心が揺れたようだ。そして渋々というていで俺と同行することを決めた。


 羨ましがる雛季や宇佐たちをよそに、俺は鹿角や美咲と、落ち合う際はレインボーバードを使うことを決めて、鳩ケ谷と共に『冒険者の町』に向かった。


 ここまでは、スペインのトマト祭りで言えば、最初の生ハム取りに過ぎない。トマトの投げ合い……つまり、ここからがメインイベントだ。


『勇者の町』、レインボーバード・リバー、そして『冒険者の町』へ。

 その道中で、鳩ケ谷には本当のことを話した。つまり、訳があって一度『ゴブレット』に戻りたいのだ、と。

 

 鳩ケ谷はこういう時だけ安っぽい正義感を持ち出し、初めは裏切って引き返そうとさえした。しかしこの男の正義感などは、世界最小哺乳類の一つであるトウキョウトガリネズミ並みに小さく、俺が魔法の言葉を掛けたらすぐに『ゴブレット』行きを了承した。

「俺が用を済ませている間、お前は『神々の黄昏(たそがれ)』に行っているといい。その分は俺がおごるよ」

 

 どうせここでの浪費は『現実世界』には関係ない、ということで俺がそう言うと、彼はグロテスクで卑猥(ひわい)な表情を見せた。

「ほ、本当か? やけに気前がいいのぉ……。魔獣退治せずに、『神々』でセクシーな遊び……ええんかのぉ、本当に……」

 とか言いつつ、鳩ケ谷は俺よりも先に歩を進めていた。

 

 本来、ここまで来たら彼を連れて行く意味はないのだが、ここで「もうお前に用はないから戻っていいぞ」とはいかないだろうから、道中ややうるさいけど、この男も連れて行った方が面倒も起きないだろう。


 と言うことで、俺と鳩ケ谷は『冒険者の町』も素通りし、『マレンゴ・ステーション』へ。

 ここから『ゴブレット』までの荒野を、中央本部兵の運転する『マレンゴ』に乗せてもらうわけだが、当然運転者にも(いぶか)られた。『幻影の世界』とは言え、行きに俺たちが彼らの運転する『大型マレンゴ』で『冒険者の町』の前までやって来たことを、彼らも知っているという点には変化が生じていないのだ。


 運転ばかりではなく、魔溜石採取で『北の森』や『魔の森』に入る際、大体どれくらいの滞在をするのかを彼らに報告している。それよりも日にちがかなり遅くなった場合、中央本部兵たちが捜索し、魔獣によって負傷、瀕死(ひんし)などのトラブルが起きている場合の援護が表向きの理由だが、中央本部支配からの逃亡や税金逃れ、『(エイト)ビギンティリオン』の違法な回収を極力阻止したいという思惑もあるのだろう。

 

 だから、彼らは俺たちが大人数で森へ入ったことも数日間森の中で寝泊まりすることもを知っているので、二人だけすぐに(俺からするともう何日も経っている気分だが、他の者にすればまだ一泊しかしていない)戻って来たことを怪しんでいるのだ。


 と言うことで、彼らにも「『ゴブレット』で体調を悪くした知り合いを見舞う」、「治癒魔法などがうまくいけば戻って来る」などと適当なことを言って、納得させた。少なくとも夜には本当に戻らなくてはならないだろうから、この時点で前振りをしておいた。




「しかし、こんな時に本当、何の用なんじゃ? 美咲ちゃんたちの両親に頼まれごとされていたって本当なんか?」

 運転手の中央本部兵と別れ、『ゴブレット』に入ると、鳩ケ谷が問い詰めてきた。


 実は『マレンゴ』での移動中も彼がしつこく理由を訊いてきたので、俺は「琴浦姉妹の両親から頼まれごとをしていたことを忘れていた」、「これは明日、姉妹にサプライズですることと関係があるから、鳩ケ谷も明日まで楽しみにしておいてくれ」という口から出まかせを言った。

 どのみち今日で『この世界』とはオサラバするつもりだ。今日をやり過ごすために(つくろ)った話で、明日のサプライズなんて何もないのだ。


 俺は繰り返し、そのありもしないサプライズイベントを口にして鳩ケ谷の追究をかわし、彼の興味を近づいてくる『神々の黄昏』の方へと誘導した。思惑通り、彼はまた意識がそちらに向かい、浮かれだした。


 約束通り幾らかの金を鳩ケ谷に渡し、北北西通りの『神々の黄昏』横で別れた。

 ちなみに、彼には『神々の黄昏』内での出来事をメモするように頼んだ。もちろんそれを他のメンバーに報告などしないと約束したが、意図がわからない彼はかなり怪訝(けげん)な様子だった。


 俺としては、もし『神々』内に見落としている『変化』がある場合、できればそれを彼に見つけてほしいと思っているのだが、彼のその不承不承(ふしょうぶしょう)と言った様子から、それほど期待はできないようだ。


 とにかくこうして鳩ケ谷と別れた俺は、最上さんの髪色の『変化』が残る一つの『変化』であってくれれば一番楽だ……と改めて感じながら、街中を歩き回って見る。

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