第1124話・時をかけるカケル
ついに初めて『幻影の世界』からの脱出方法と期待される、前日(『6日目』)への遡りに成功した俺は、今後のことを整理するために街へ出た。
午前中、『アイラブコーヒー・アイラブティー』や『篠山組』がいる『スピリット・オブ・セントルイス』、そして鮫川のいる琴浦家を回った。
マスターや星野さん、丸森夫婦や『篠山組』の3名には特に異常は見られなかった。
ただ、それは本日『6日目』以降のこの世界においてはという意味で、星野さんと丸森夫妻は上半身裸にエプロンだし、他は上半身裸という格好なのでものすごい違和感はあるけど。
また、『4日目』から起きている『一夫多妻、一妻多夫OK』という『変化』によって、丸森の奥さんが丸さん以外の夫らしい客の男と時折イチャついているという異様さや、星野さんと篠山佳織が俺をエッチに誘い、それを聞いていたマスターあるいは篠山純太や黒石さんがやっかむというおかしなこともあったけど(特に『アイラブコーヒー』のマスターのそれは違和感が大きい。純太や黒石さんは『現実世界』でも佳織をいやらしい目で見てそうではあるけど、物静かなマスターが星野さんに「それなら私も仲間に入れてほしい」と割って入って来た時は、『幻影の世界』とは言えマスターを見損なってしまった)。
琴浦夫妻は畑仕事に出ていていなかったが、現実世界と同じく我が家のように琴浦家で寛いでいた鮫川にも、『変化』は見られなかった。
もちろん、『2日目』から始まった『変化』によって彼は多少性格がよくなり、俺にコーラを出してくれたり(琴浦家のものだろうけど)、『グラジオラス』メンバーの近況を訊いてきたりして他人に気が使えるようになってはいるが、新しい『変化』というものはない。
生物室の骨格標本をバリバリ食いそうな、おっかない顔つきも同じ。スペインのトマト祭りに参加したら、投げたトマトで人を殺しちゃいそうな、ごっつい体も同じ。下に穿いているハーフパンツも地下道の壁みたいな色とその壁に付いた吐瀉物みたいな柄で、そういうセンスも変わっていなかった。
近くのレストランで昼のパスタを食べてから鮫川と別れた俺は、その後、『寮』、『牙』、そして『中央大広場』と回って、『ビッグドーナツ』に帰って行った。
実は『寮』では二宮たち現2年生と佐倉先生に、そして『牙』の方では速見先生やレンジリー先生と会い、一度目の『6日目』のような際どい時間を過ごした。今日がこういう時間の最後になるということは頭にあったが、彼女たちと会えたのは本当に偶然だった……ほんと。
一度目の『6日目』では寮で会えた速見先生が、今回は寮では会えず『牙』の方で会えた。時間的な問題もあるだろうけど、やはり一度目とは若干人々の行動が変わってくるらしいということもわかってプラスになったし……。
『ビッグドーナツ』に帰ってからも入浴時間の他、やはりそれなりの幸せな時間を過ごした俺は、心地よい疲労感の中、また寝る時間を迎えた。
『寮』や『牙』、その道中で新しい『変化』は生まれていなかったので、『6日目』の『変化』の5つは変わっていないと信じ、目を閉じ、その5つの『変化』を繰り返し頭に浮かべ、自然と眠りに落ちるのを待った。
今回は、『人々の多くが上半身裸で過ごす』、『人々みんなが肉や魚を食べない』、『愛の表現が過剰で、性にオープンになっている』、『白鷹と目黒さんの性格が変わっている』、そして『俺の背中や尻に筋肉がつき体重増加』……この5つだ。
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これがまた成功した。
翌日、まず自分の体を触った俺は、尻が柔らかでキュートな、自分に馴染みある尻になっていることがわかった。もちろん背中も薄くなり、体重はあきらかに軽くなったことで微妙に重力が弱まっている状況に慣れるまで少し苦心することになった。どうしてもジャンプが大きくなってしまう。
そして残念ながら、上半身裸でなくなったことは『グラジオラス』メンバーを見渡してもわかった。鹿角や玉城でさえTシャツを着てしまっている(ノーブラ、下はショーツという格好だが)。
また、『6日目』以降では忽然と消えていた『冷蔵庫』の中のハムなどの肉類が戻っていた。当然それをちょっと食べてみても誰も注意はしない。万人が肉を食べないという世界ではなくなっていた。
悲しいかな、女性陣が俺にエッチな誘いをしてくることもなくなった。むしろ、誰かに声を掛けられる度に俺一人ドキドキして、それを相手に覚られて怪訝な顔つきをされることが度々あった。なんか、一気に人気を落としたようで辛くもある。
外では白鷹と目黒さんの性格が戻っていることも確認。久しぶりに白鷹が白鷹の姿で俺を詰るので嬉しくなった……いや、それだとドMみたいじゃないか!
とにかく、俺は『5日目』にも戻ることができたのだ。
もしかして『7日目』から『6日目』に戻れたのはたまたま、この『幻影の世界』で時たま起こるバグのようなものだったらどうしよう? そんな不安もわずかにあったが、連続で日を遡ることができ、そんな危惧も消え失せた。
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そして次に目を覚ますと、見事に『4日目』に戻っていた。
前夜、眠る前に念じたこと……『5日目』に起きた『変化』5つが、『重力が少し弱くなっている』、『人々が正午、一斉に体操をする』、『金というものがなくなり、物々交換が行われる』、『雛季、浅川、小牧、ミュウ、二宮の年下組が、俺の妹になっている』、『鳩ケ谷と葉山が恋人同士になっている』というものですべて合っていたわけだ。
鳩ケ谷と葉山のことに関しては『5日目』に起きたことなのか、二度目の『5日目』で確認できるまで微妙なところではあったが、二度目の『5日目』に彼らを見て確認できた。イチャついていやがったのだ。『現実の世界』の二人を知る俺からすると、やはりいい気分になるものではない。
そして『4日目』。
『朝食が甘い物ばかり』、『一夫多妻、一妻多夫が認められている』、『トラヒメが喋る』、そして、『みんな午前中はダラダラ過ごす』がこの日起きた『変化』で間違いない。
朝が苦手な俺からすると、『午前中はダラダラ過ごす』という習慣は『現実世界』でも今後続いてくれてもいいぐらいで、『3日目』に戻ると、このゆったりした午前中がなくなると思うと一抹の寂しさがある。
それだけではない……と言うか、正直「午前中はダラダラ過ごしたいのにな~」と言うのは隠れ蓑に過ぎない。
この『4日目』以降の世界からの脱却を一番寂しく思わせ、強烈に後ろ髪を引くのは、やはり『男女混浴が当たり前』という『変化』があることだ。それも、この『4日目』から起こる『変化』……つまりそれより前に戻れば……そして、『現実の世界』に帰れば当然なくなってしまう『常識』だ。
と言うことで、俺はいつも以上に幾つもの風呂に長く入る日を送った。
『ビッグドーナツ』の大浴場には昼、そして夜に2回。
おかげで『グラジオラス』メンバーはもちろん、クレンペラーさんや出水さんら『黒衣の花嫁』のメンバーの多くとも入浴。管理人の新見さんや、中庭のテントで過ごす奥さん方ともご一緒させていただき、相手に頼まれると背中などを喜んで洗った。まるで三助のようだ。
外では、まず『牙』の卒業生ヅラして『寮』の大浴場にも入った。もちろん、まだ男子が同じ風呂にいても女子たちは気に留めることもない。
それからさらに西へ進み、『神々の黄昏』内の入浴施設にも入った。ここは土地柄、他の銭湯などよりも若い人が多く騒がしいが、その分『最後の混浴の日』を満喫できた。
それから『ビッグドーナツ』に戻ってからも2回、長く入浴したわけで、服を着ていなかった時間の方が長いくらいかもしれない。指先もフニャフニャになっていた。
そしてこの『男女混浴が当たり前』の日が終わる。
これと他の4つの『変化』も頭の中で繰り返し念じ、眠りに落ちる。
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迎えたのは『3日目』。また、前日へ戻ることに成功。
この日から始まった『変化』5つも、以前熟考したことが幸いして早々に目星がついた。
『みんなが動物を敬う』、『普通にテレビやラジオの放送がある』、『決闘制度がある』、『喫茶店のマスターが魔法術を使えるようになっている』、『魔法書の中にデタラメな物がある』……この5つだ。
『3日目』より以前は、『混浴』も『上半身裸』も『エッチの誘い』もない。そういうことで時間を使う人も少なく、むしろどうでもよいことで『決闘』などの厄介なことが起こりやすくなっている。
それなので、この日は部屋と中庭、アパート近辺などで静かに過ごした。
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そして5つの『変化』も合っていたらしい。
次の日は、『2日目』に戻っていたのだ。
これまで以上に早く、前日に戻ったのだと実感できたのは他でもない、俺が目を覚ました場所が『ビッグドーナツ』の布団の上ではなく、テントの中だったからだ。
この『幻影の世界』の『2日目』の朝は、魔溜石探索と父親の痕跡を探すために北の森に出て来たその続きで、『グラジオラス』一行は森の中の広場に張ったテントで寝泊まりしていたのだ。
この後、父親の痕跡探しを一旦やめて、『ビッグドーナツ』に帰り、『3日目』と続く……。
この『2日目』の『変化』5つも、見当はついている。
『陽が沈み切らない』、『あいさつでみんなハグを交わす』、『子供でも飲酒が禁止されていない』、『例年以上に暑い日が続く』。
そして、『鮫川が少し仲間思いになっている』、これもこの日から始まった『変化』だ。
ただ、確実にこの5つの『変化』で正解だと迷いなく言えるかと言ったら、嘘になる。
『例年以上に暑い日が続く』。前に考えた時もこの『変化』には確定の判を押せていなかった。この暑さが、本当にこの『世界』で起きた『変化』なのか? もしこれが、ただ今年は暑い日が続いているというだけであれば、代わりにもう一つの『変化』があるはずで、そこに嵌ってもおかしくはない『変化』も二つある。
一つは『雛季の一人称が私になっている』という『変化』だ。すでにこの二度目の『2日目』を過ごし、雛季が自分のことを「雛季」と名前で言うのではなく(『現実世界』ではそう言っている)、「私」と言うことは確認している。
この『変化』が、この『2日目』から起きたという可能性は充分にある。
そしてもう一つは、ずっと棚上げにしてきている『最上さんの髪色の変化』だ。
これについても、この森へ来たばかりのシチュエーションで最上さんがいる『ゴブレット』内へ戻って確認することはできそうにないので、どうしようもない。
確認はできないが、最上さんが実は卒業後の自分のイメチェンに照れて、あの時「ずっと私の髪はこのまま」と嘘をついた可能性もある。
それなら、女好きの鳩ケ谷がドラゴン襲撃の際に死ぬ前、あの時の彼が最上さんの髪色の変化を指摘しても良さそうだが、同じ場所に恋人・葉山がいたため、そういうあらぬ誤解を生みそうな発言は控えたのかもしれない。
もっとあの時、最上さんの髪色について問い詰めるべきだったと後悔するが、あの時は彼女からのエッチな誘いやら魔獣出現やらでそれどころではなかった。
とにかく、この『2日目』の残り一つの『変化』……正解を、わかっている『変化』三つから選ばなくてはいけない。
もし間違っても、もう『この日』に戻る手段はわかっているのだが、無駄に一日(3日目)を過ごすことになる。
『現実世界』の自分の体がどうなっているのかわからない状況だから、一日でも早く『この世界』を抜けだすに越したことはない。
そして……。
俺は迷った末、『例年以上に暑い日が続く』、これを『2日目』の最後の『変化』と決め、この夜の就寝の時間を迎えた。
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朝……再び、テントの中?
失敗か? と一瞬思ったが、そうではない。『ビッグドーナツ』で目を覚ました方が失敗だ。『1日目』には戻っておらず、また『3日目』に進んでしまったということになる。
そう、『1日目』に戻れているのなら、このようにテントで目を覚ます方が正しい。この『幻影の世界』の創造主と言うべき魔獣……ナイトメア・リバティーンに飲み込まれた俺は、テントで目を覚ます。そうして始まったのがこの『世界』の『1日目』なのだ。
つまり俺は、ついにスタート地点……『1日目』にまで戻って来られたのだ!




