第1123話・バック・トゥ・ザ・フューチャー
魔獣・ナイトメア・リバティーンに呑み込まれ『幻影の世界』に閉じ込められてから『7日』にして、はじめて前日に戻れたらしい(抜け出すことができる?)……。
パンや野菜中心の朝ご飯(俺は甘さ控えめに)を食べ、昼に部屋の住人たちと体操をした俺は、当たり前のようにエッチの誘いをしてくる女性たちと少しだけイチャイチャした後、外に出た。
『ビッグドーナツ』を出るまでに、また『黒衣の花嫁』メンバーや中庭のテントにいた奥さん連中に誘惑されるが、のらりくらりと抜け門の外へ。
そしてしばらく街を歩き、どこかで魔獣が出現していないか探してみたわけだが、そんなことはなかった。念のため店の人などにそれとなく訊ねると、トラヒメのようなバルーンドッグやジャンピング・ウルフなどの飼い慣らすことが可能な魔獣以外、街にはしばらく魔獣は出現していないと言う。
魔獣の侵入が稀にあると言われる『ゴブレット』外壁に近い場所にいた人も含め複数人から聞いた話なので事実のようだ。
つまり、簡単に魔獣が入り込んでくる『7日目以降の世界』ではないのだ。
『ビッグドーナツE』近くに戻って来ると、そこで鳩ケ谷と葉山に出くわした。二人は恋人のように肩を寄せ合って笑顔で歩いている(実際恋人なのだ)。
「鳩ケ谷!」
俺は彼の前へ駆け寄り、その手を握った。
「な、何じゃ、いきなり……。気味悪い笑顔じゃな……」
「そ、そうだよ、瀬戸君。まさか、君も鳩ケ谷君のことを好いているんじゃないだろうね?」と、葉山は訝った。
「ええ? いや、お前みたいな奴に好かれてもなぁ……よ、よせよな」と、鳩ケ谷は少し照れる。
「いや、安心しろ、二人とも。もちろん好きじゃない。恋愛感情という意味ではもちろん、人間としても好きではない。朝目覚めてこいつが横で寝てたら、ランチュウの頭みたいボコボコにしちゃうもん」と、俺。
「ランチュウって頭にコブみたいのがいっぱいある金魚じゃろ? しちゃうもんじゃないわ! ワシじゃってお前のことは嫌いじゃ!」
「いや、元気があっていいな、鳩ケ谷……うんうん。生きているっていいことだ」と俺は喜び、彼の肩を叩いた。一方、鳩ケ谷の方は気味悪がる。
「それじゃあ、あとは愛する者同士、乳首のつねり合いでもしていてくれ」と、俺は二人と別れ、部屋に戻った。
ついに、この『幻影の世界』に入り込んでから初めて、前日に戻ることが叶った。
池田さんが教えてくれた『この世界』からの脱出方法は、どうやら昨夜のようなやり方で合っているらしい。
そして、『ケルベロ・キャットの頭が替わる順番が変化した』ことも、それを土壇場で『7日目の変化』の一つに入れたこともやはり正解だったのだ。
俺は昨晩、すでに決まりかけていた『7日目の変化』の5つのうち何が間違っているのか、『ケルベロ・キャットの頭が替わる順番』という変化の代わりに何が外れているのか、考え直してみた。
人の性格が喧嘩っ早くなったのも、白鷹たちが同じ部屋の住人になったのも、魔獣が街に出現しやすくなったのも、『7日目の変化』で間違いなかった。
そうなると、残り二つのうちに、俺の誤解があるのだろうと考えた。
その一つ……『空が黄緑』ということは『7日目』から始まったし、現実の世界でも経験はなかったが、もしかしたらすごく稀にある現象だったら? そうなると、『7日目の変化』ではなく、たまたま起きた異常な現象だ。だから、これについては一旦保留にし、残る一つを考えた。
残り一つ……『7日目の変化』と思っていた『俺の体つきの変化=背中や尻の肉付きがよくなっている』こと。
これを考え直した時、答えは見えた。
この体つきの変化がまさしく、勘違いからくるものだったのだ。
と言っても、俺の背中や尻にここまで短期間で肉がつくことはやはりおかしい。これもこの『幻影の世界』で起きた『変化』に他ならないが、『7日目』から始まった『変化』ではなかったのだ。
昨晩、さらに俺は深く考え、『俺の体つきの変化』はそれよりも前……『6日目』の段階から起きていたのだろうと推測できた。
何も、『5つの変化が起きる』というルールからはみ出したから、その余分をとりあえず『前日の変化』の方に押し込んだというわけではない。ハッキリと、と言うほどではないが、納得するに充分な証言を思い出すことができたからだ。
『6日目』……そう、『人々の愛の表現が過剰となり、性に対してオープンになる』という『変化』が起こり始めた日。俺は、何度か数名の女性に囲まれ、むき出しの上半身、そして薄いパンツ越しのお尻に、幾度となく触れられた。その時に彼女たちが口にしていたセリフを思い出した。
『背中の筋肉と、このお尻! いいわよ、瀬戸君』
『ああ~、いいね、瀬戸君。背中の筋肉』
『お尻はプリンとして、柔らかい』
これらは『6日目』最初に俺を風呂場へと誘い込んだ『黒衣の花嫁』の女性と、後から来たクレンペラーさんや朝霞さんの言葉だ。
【第1099話、1100話・参照】
『いい筋肉ね。お尻も素敵』と、美馬さんも言っていた気がする。
そして、『牙』の寮の保健室では、月形さんが……。
『いい筋肉』
その後、寮の大浴場では、速見先生や佐倉先生、レンジリー先生にも言われた……。
『ああ、意外とたくましい背中ね』
『本当』
【第1105話・参照】
思い出せば、女性たちがこんなにもあちこちで俺の背中やお尻の筋肉について言及していたのだ。
それなのに俺は、その度聞き流していたのだ。
それは一度ぐらい『俺、そんなに筋肉ないけどなぁ』と思いはしたが、すぐに思考は本流の方へと切り替わった。その時の思考の本流……つまり、女性たちの嬌態や蠱惑的な言葉についてだ。そちらに意識がすぐに戻ってしまっていた。
また、自分の背中やお尻に意識が行く最大のチャンスである入浴時でさえも、一緒に入っている女性たちの言動の方を気にしていて、自分の体の異変を見落としていた。
防具を身に着ける時やパンツを履き替える時も同様だった(上着は着ていないので、背中はそもそも意識が行きにくい)。
女性たちから離れた場所でも、例えば鏡に映った自分を見る機会は何度か訪れた。わざわざ背中は見ないけれど、肩の後ろから膨らみ始めているのだから少し前屈みになれば異変を目にできたかもしれないのだ。
しかし一人でいる時も、俺は女性陣の裸身や誘惑的な言葉のことで頭を占拠されていたのだ。
そして昨晩までその『変化』を見落としていたもう一つの理由は、それよりも前の『5日目の変化』で重力がわずかに弱くなっていたから、『6日目の変化』で背中や尻の筋肉分わずかに体重が増加したことに気づかなかったことが挙げられる。
正確に言えば、まったく気づかなかったわけではない。
『5日目』を終え、『6日目』。重力が弱くなっている事実を忘れかけていた自分には気がついていたではないか。
【第1099話・参照】
ただあの時は、自分の体重がわずかに増加していたなど知る由もなく、『5日目』を丸一日過ごしたことで『重力が軽くなっている』ということに慣れたからだと結論付けたのだ。
『5日目』に重力が弱くなったというのも、わずかだ。足取りがフワフワした感じで、意識して強く地面をけると通常よりも多少高く跳ぶことができる、それぐらいだ。だから、すぐに慣れてしまったのだろう……そう思ってしまった。
何はともあれ、俺は昨晩、土壇場の所でそこに気づいた。『7日目』に始まった『変化』の一つが『ケルベロ・キャットの頭が替わる順番』で、『俺の体つきの変化』はそれよりも前……『6日目』に始まった『変化』の一つである、と。
それによって、『6日目の変化』5つについても確定した。
白鷹と目黒さんの性格の入れ替わりが『変化』の二つ扱いと強引に考えていたところ、そこの一つに『俺の体つきの変化』が収まるのだ。つまり、『白鷹と目黒さんの性格の入れ替わり』はやはり『変化』の一つとしてしかカウントしないのだ。
とは言え、一応街中に出て、想定外の『変化』がないか確認しに行くことにした。
この『幻影の世界』に引き込まれてから『6日目』のこの日を経験するのは二度目だが、一度目の『6日目』と現在の『(7日目を経験してから、戻って来て、二度目の)6日目』に起こる『変化』がまったく同じとは限らない。
まぁ、すでに『人々が基本上半身裸』ということや、『肉や魚を食べない』、『過剰な愛情表現、乱れた性事情』、そして『俺の背中や尻に筋肉がついている』という、一度目の『6日目』に起きた『変化』が同じように起きていることがわかっているので、5つすべての『変化』が総入れ替えになっているということはないわけだが、一つぐらい違いはもしかしたらあるかもしれない。
しかし街へ出る前に、また『グラジオラス』メンバーに捕まった。
「一人でどこに行くの?」
「暇なら、エッチでもしない?」と言うわけだ。
まぁ、好意を寄せてくれるメンバーをあまり邪険にもできず、彼女たちと少し戯れた……。
しかし隣室の美馬さんや安城さんだけでなく、柳井さんたちまでこっちの部屋に集まって来て場が大いに乱れ始めた頃を潮時として、俺は何とか『ビッグドーナツ』を後にした。
壁際のテント前にいる鳩ケ谷と葉山を再び見かけた。
鳩ケ谷は行き交う女性の胸をあからさまに見ており、葉山に頬をつねられていた。さっきは鳩ケ谷の復活を喜びはしたけど、彼は亡き者になった方がいいのではなかろうか……と改めて考えさせられる。
とにかく彼らの横を通り過ぎ、俺は目黒さんや白鷹が暮らす近所のアパートに向かった。
丁度そこから二人が出て来て、買い物か何かに向かうところだった。
俺は声を掛け、二人とハグを交わした後、彼女たちの性格を確認すべくさりげない会話を試みた。
二人の性格はほとんど第一声でわかる。目黒さんがつんけんとし、白鷹の方が丁寧な言葉を使った。二人の性格はここでも入れ替わったままだ。
俺は隠れてガッツポーズをした。現在二度目の『6日目』も、一度目の『6日目』とすべて同じ『変化』が起きている。つまり、その日の5つの『変化』をすべて正解し前日に戻った場合、繰り返されるその前日では以前と同じ『変化』しか起きないということなのだろう。
この『6日目』よりも前の日の『変化』にもある程度答えを見つけられている俺にとって、ここからは楽な展開が予想できるのだ(最上さんの髪色の件がまだ棚上げになっているけど)。
怪訝な様子の目黒さん、そして多少恥じらいつつもエッチな誘いをしてきた白鷹と別れた俺は、念のためまだ街の探索を続けた。
『6日目』5つの『変化』が前と同じとわかり、その答えも揃っているが、実は、5つはこの前と同じ『変化』だが、新たに幾つか『変化』が加わっている……つまり『変化』の数が5つより増えているという最悪なケースも想定し、一応このまま探索を続けてみようと思ったのだ。
一度アパートに戻ると、心配性の美咲たちや性欲が強い(?)鹿角や美馬さんたちに捕まって、再び探索に出かけることが困難になるし。
また、これから遡って行く日の『変化』を、一人整理したいとも思った。




