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万象  作者: 桐崎浪漫
第四章 「伴天連」(泰河)
98/620

17


「朋樹!」


教会の 十字架の下に走る。


朋樹は、開いた眼を 虚ろに上に向け

薄く開いた口から 短い息を繰り返していた。


座っているジェイドの腕に 頭を支えられて

横たわっている朋樹の側に膝をつく。


どういうことだ?

間に合わなかったのか... ?


ハーゲンティが渡した あの赤い粉は何だ?


石畳に立ったあいつは、まるで...


「おい、朋樹... 」


短く弱い呼吸に胸を揺らす朋樹の肩に

恐る恐る手を置く。


教会の床が 微かに軋む音を立てた。


ジェイドが そっと、朋樹の頭を床に寝かせて

立ち上がる。


扉の内に大鎌を持ったヤツが立っていた。


黒く長いローブのフードを目深に被り

また 一歩、床に軋む音を立てる。


立ち上がろうとした オレの腕を引いて

ルカが止める。


横たわる朋樹と、オレや ルカを背にして

ジェイドが そいつと向かい合う。


「... 聖父と聖子と聖霊のみ名のもとに命ずる」


ジェイドが歩を進めると、そいつは立ち止まった。


ひゅう と、突然 朋樹が 強く息を吸い込んだ。

速くなる自分の鼓動を聞く。


「邪悪なる者よ、今すぐ ここを立ち去れ」


ジェイドは 淀みなく歩を進め、そいつとの差を詰めて行く。


「さもなくば、ジェズ クリストの み名のもとに、その力に依りて、お前を滅する」


手を伸ばせば そいつに届く という距離まで

ジェイドが詰めた時に

朋樹の呼吸が止まり、そいつが消えた。


「ともき?」


指先が、手が震える。


腰から下の感覚が無くなって、ついていた膝が笑うと、その場に へたり込む。


扉が閉まる音がして、さっきとは逆に

ジェイドの足音が近づいてきた。


今、腕が放されるまで

ルカが ずっとオレの腕を握っていたことに

気づかないでいた。


ジェイドが、オレの隣に片膝をつく。


「朋樹」


唇までが震え出し

耳鳴りで頭がいっぱいになる。


ジェイドが 朋樹の胸に手のひらを付け

知らない言葉で 何かを呟く。


祈り、か?


「... い、やめ」


オレが 言葉を絞り出した時

朋樹の口が

ふうう と、長く息を吐き出した。


「大丈夫?」


ジェイドが 瞼を開いた朋樹に聞く。


朋樹は 小さく頷き、オレを見て

「... おまえ、死人みたいな顔してるぜ」と

掠れた声で おかしそうに笑った。


... は?


え? なんだ これ?


「泰河、おまえが大丈夫なのかよー?... っ?!

痛ったぁっ!!」


のんびり話したルカを、反射的に殴っていた。


「なんだよ おまえ!

くそっ、本気で殴りやがって!」


「あ?」


「ルカ、落ち着いて」

立ち上がるルカを ジェイドが止めている。


起き上がった 朋樹が

「え? 何 おまえ、ルカに謝れよ」とか

言うから、ついでに朋樹も殴ってやると

ようやく少し落ち着いてきた。




********




「おまえさぁ、ちょっと衝動的過ぎねぇ?

腫れたら飯奢れよ」


知らねぇよ。


「まったくよー」と

隣で でかい声で文句言いながら歩くルカに

まだ怒りの醒めやらぬ オレは

「うるせーな、ばぁか」と、悪態を吐き

あやうく また取っ組み合いになりそうだったが

「おい、ガキ共。じゃれてないで早く来い」と

ボティスに言われ、石畳を ルカと並んで門まで歩く。


あの後、朋樹は 無言で殴り返して来た。


オレも もう 一回 殴ってやろうとすると

ジェイドとルカに 二人がかりで止められた。


『あの赤い粉は なんだよ!』と

誰ともなしに、オレが聞くと

『知らねーよ!

朋樹を助けようと必死だったしよ!』と

ルカも苛立って返してくる。


『多分、仮死状態にする物だよ。

外に何か居ただろう?

ハティは魔神だけど、騙したりはしない』と

冷静に説明するジェイドにもムカつき

『知ってたなら言えよ!』と、怒鳴ると


『おまえ、何もしてねーくせに

えらそーにすんじゃねぇよ!』とか

ルカに言われて

また カッとして ルカに掴みかかると、後ろから

朋樹に蹴り入れられた。


『ああ、もう! うるせーな!

オレ まだ頭痛ぇんだよ!

泰河、おまえ頭冷やしてこい。外出とけ!』と

ぐいぐい背中押されて 教会を出され

『おまえもだよ、ルカ』と

ジェイドが ルカを出した。


「ハティに、何か わかったか 確認してきて」


そういう訳で、ルカと 二人

また教会の門の外に出た。



「... 己の不甲斐なさ、か」


腕組みしたまま

さらっと言う ボティスを睨み付けると

「ボティス」と、ハーゲンティが牽制する。


そうだ


オレは、ルカが言ったように

何も出来なかったんだ。


怖かった


朋樹が... と、思うと。


自分に腹が立つ。


「ハティ、何かわかったのか?」

ルカが仏頂面でハーゲンティに聞くと


「サリエルだ」

ハーゲンティは空を指さした。

指した先には、下弦の薄い月が浮かんでいる。


サリエルって、あの大鎌持ったヤツのことだろうか?


「死神?」と、オレが聞くと


「いや、大天使サマってやつだ」


ボティスが あきれたように言った。

「何も知らんのだな、お前は」


大天使?


「あれがかよ?」


「いや、サリエルなら納得だな。

死の天使と呼ばれてる」


ルカが ため息をつく。


「魂の管理者なんだ。

道を外した天使を堕とす役割も担ってる。

さらに、邪視の持ち主でもある」


ルカは オレに、ざっとサリエルの説明をした。


死ぬ時に魂を刈り取る、だとか

月の支配者 だとか。


月には、亡くなった魂が向かい

生まれる魂はまた月から来る という

伝承があるらしい。


他の天使を罪に問い、堕天させる権限を持つというのは余程のことで

四大天使とか七大天使に数えられるようだ。


邪視を持つヤツは人間にもいるらしいが

そいつの眼に見られると、動けなくなったり

病気や死に見舞われる という。

サリエルは その筆頭ともいえる存在らしい。


なるほど、それで

朋樹やジェイドは 寝ちまってたのか。


だが、オレが納得できたのは

そいつが邪視持ちだ という部分と

そいつには天使を堕天させる権限がある、という部分だけだった。


... あれが、大天使?


それが なんか納得いかない。


だいたい、天使が邪視?


魂の管理者、とか言われても

その魂を刈り取る って何だよ。

まるっきり死神じゃねぇかよ。


ジェイドも、“邪悪なるもの”って

あいつに向かって行った。

現に、ジェイドの詠唱が効いていた。


いや、あの時は

朋樹が死んだと思って去ったのか?

天使は、目に見えないはずじゃ...


「一説には、サリエル自身が堕天使だと言われている」


ボティスが オレに言う。

オレの考えに補足したらしい。


「だが、地界にも地上にもいる気配がない。

謎が多い者だが、神に匹敵する程の力を有している と 言っても過言じゃない」


そんなヤツ、どうすんだよ...


「サリエルが堕天させた としてさぁ、また本当に

アリエルを 天に戻すことも出来んの?

なんか、試練とか言って

邪魔してるようにしか見えねーんだけどー」


ルカの言葉に、ボティスとハーゲンティは顔を見合わせた。


「前例がない訳ではない」


「エノクや、他の聖人も幾らかは... 」


二人が はっきりしないと、ルカは

「なんだよ、結局わかんねーのかよー」と

見くびった態度に出はじめる。


「わかった、聞け。逸りやがって。

これは まだ仮説だが」


ボティスが 顎に届く自分の牙に指をやりながら

「はっきりした訳じゃあない」と 前置きをし


「アリエルを堕天させたことは サリエルの独断であって、天は知らないのではないか... と、考えている」と、歯切れ悪く言った。


「は? だって

そういう権限があるんだろ?」と、オレが聞くと

「権限があろうと、遂行するのなら

天に報告する義務もある」

「ここ数百年、堕天使の数が減っている。

地上に堕天する時は 赤子として降りるはずなのだが、アリエルは成人だった」と

“赤ちゃんで生まれて成長したんじゃないか?”

という、オレの推測は すぐに却下された。


「過去が見える、というのを忘れたか?

アリエルは ほんの 二ヵ月程前まで天にいた」


「あっ、そうだ!

未来は どうなんだよ?」


ルカが聞くと

「月が見える」と、ボティスが答えた。


「人間の魂には価値がある と 話しただろう」

ハーゲンティが教会を見つめる。


「天使にとっても、だ。

守護する立場にあるから手を出さないだけだ。

天使は使命を遵守する。

故に、そういった考えにも至らぬ者が大半ではあるが。

だがもし、手に入るなら?

人間には、自ら死を選ぶ者がいる。

そうした魂は 長い間さ迷うことになる。

魂が行方知れずでも、誤魔化しが利く。

堕天した者... 元々天使だったものが

地界まで身を落とさず、人間になったのなら

その魂の価値は殊更高い」


なんだよ、それ...


「試練って、絶望に向かわせてる ってことか?」


ハーゲンティは「我等の推測が正しければ」と

教会から視線を外した。

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