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万象  作者: 桐崎浪漫
第四章 「伴天連」(泰河)
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15


沙耶ちゃんの店に着き、ジェイドの丁寧な挨拶と握手が 沙耶ちゃんと交わされてから、オレらは軽く計画を練った。


沙耶ちゃんは、あの女に連絡を取り

「急に視えたことがあるから 店に話を聞きに来てほしいんだけど、いいかしら? 」と 呼んだらしい。


奥のテーブルには、占う時と同様にパーテーションを設置する。


オレは 質問事項のメモを取りながら

「まずは、オレと沙耶ちゃんが客につく」という

朋樹の指示を聞く。


「女から 天使部分を呼び出したら

泰河とルカは テーブルに来てくれ。

ジェイドは、動けたらになるよな」


それまでオレは カウンター内で待機。

ジェイドとルカは 他の客のふりをし、奥から 二つ手前のテーブル席に座って

それぞれコーヒーを出してもらっていた。


「沙耶ちゃん、急に ごめんな」と朋樹が謝ると

沙耶ちゃんは「ううん、全然」と笑い

「私も彼女に もう 一度 会ってみたいと思ってたのよ。今まで何もわからない ってことなかったから気になってたし、もう 一度 視てみるわ」と

姿勢を正す。



ドアベルが鳴り、あの女が入ってきた。


当然だが、さっきと同じ服に 同じ帽子で。

やっぱり全く普通の女の子に見える。


「いらっしゃいませ。

ごめんね、呼び出したりしちゃって」と

沙耶ちゃんがパーテーションの奥のテーブルに誘導する。


「紅茶をお願い」と 沙耶ちゃんの声がして

朋樹が キッチンから紅茶を持って向かった。


「どうぞ」という 朋樹の声。


その後 すぐに、沙耶ちゃんが

「泰河くん」と オレを呼ぶ。


カウンターを出て 奥のテーブルへ向かった。


奥から 二つ手前のテーブルから

ルカだけでなく、ジェイドも立ち上がる。

... 動けるのか。


パーテーションの向こうでは

奥の壁を背に座る女の前に、沙耶ちゃんが座り

沙耶ちゃんの隣で、朋樹が俯いている。

眠っているようだ。


沙耶ちゃんが 無言で立ち上がり、オレに ちらっと視線を寄越して、カウンターへ戻っていく。


眠っている朋樹の隣... 女の正面に座ると

女は深く青い眼で オレを見て、オレの背後に視線を移した。


「ジェイド... 」


ルカの声と、ガタッという 人がテーブルやイスに当たる音。ジェイドが眠ったらしい。


「... 名前は?」


女に質問する。


「Ariel 」


これは オレにも聞き取れた。

アリエル、か。


「天使なのか?」


女... アリエルは躊躇し、小さく頷いて

その後 微かに首を横に振る。

今は違う ってことなのだろうか。


ジェイドを背後のイスに座らせ

ルカが空いている席... アリエルの隣に

なんとか、緩慢な動作で座った。


「なぜ、堕ちた?」


アリエルは オレの質問に躊躇したが

ぽつぽつと話し出した。ルカが 追って通訳する。


「“私は、自然や動物の守護者だった。

それには人間も入るが

人間は、木々や他の動物を破壊する”」


守護する対象が

同じく 守護する対象を破壊していく。


長い間 嘆いていた彼女は

“人間による他の破壊を抑える必要がある”、と

他の天使による助言に背を押され

耐えられず、自らの手で天災を招いた。


だがそれは、神や 神の命を遂行する天使の役割で

彼女の役割ではない。


人間の文明と自然の住み分けをするため

身勝手に天災を起こし、地上の 一部を破壊した。

つまり、人間と同じことをした彼女は

そのために堕天し、地上に立った。


「天使に戻りたい?」


アリエルは頷く。


「“私は、私が愛するものの守護者でありたい”」


人間も含めて、と

まっすぐに オレを見て返した。


「なぜ教会に現れる?」


「自分の足で教会に入れたなら、天に戻すと

約束をしたから」


ここまでルカが通訳した時、アリエルは揺らぎ出した。

嵐の日のアナログのテレビ画面を彷彿とする。


「誰と約束をした? 神?」


アリエルは 首を横に振り、唇を動かすが

声が出てこない。


ルカが、隣からアリエルを見ながら

「泰河!」と、言った時

アリエルは イスに沈み出した。


「オレらに出来ることは?」


オレは急いで質問したが、アリエルは唇を動かすだけだった。昨日と同じように。


教会じゃないのに、どうして溶けるんだ?


「待て、アリエル... 」


イスから立ち上がるが 何も出来ない。

クソッ! 昨日と同じだ!


「ごめん!」と、ルカが アリエルの肩に手を置くと、溶ける速度が増す。


アリエルは もう、イスに頭を沈めていた。




********




「アリエル、か」


朋樹と ジェイドを起こし

そのまま奥のテーブルに着いている。


「ライオンがみえた。牝の」


ルカが言うと、ジェイドが

「そう、彼女は “神のライオン” とも呼ばれる。

彼女自身が話したように、自然物... 野性動物や植物、そして 人間の守護者なんだ」と頷いた。


「それで、教会に入れればいいのか?」


朋樹が オレ聞く。


「自分の足で、って言ってたぜ」


店に閉店の札を出した 沙耶ちゃんが

「彼女と連絡がつかなくなったわ

もう利用されてない番号になってるの」と

コーヒーを 四つ持って来てくれた。


「ありがとう。沙耶さんは何か視えた?」

ルカが コーヒーを口に運びながら、沙耶ちゃんに聞く。


沙耶ちゃんは「視えなかったわ」と瞼を臥せ

「教会では、朋樹くんも ジェイドくんも

動けなかったけど、寝なかったのよね?」と

続けた。


朋樹と ジェイドが頷くと


「朋樹くんは、彼女と眼を合わせながら呪を唱えたわ。

彼女の雰囲気が変わって、彼女が別の彼女になった時に、朋樹くんは 気を失ってしまったの。

彼女と眼を合わせたままだったから」


「ジェイドもだ」と、ルカが言う。


「アリエルが ジェイドに眼を向けた時に

急に倒れた」


「教会では、どうだったの?」と

沙耶ちゃんが 朋樹とジェイドに聞く。


「眼は合ってないな。

彼女はいつも、教会だけを見てた」と

ジェイドが答えると、朋樹も頷いて同意し


「公園の前でも、藍色の眼になった時に

意識が薄れていったんだ」と答えた。


だけど と、沙耶ちゃんが話す。


「それは、たぶん彼女がしていることじゃないわ。他の何かよ。

それは わかったのに、何かは視えないの。

私も 彼女と眼を合わせたわ。

最初の彼女とだけじゃなく、私の知らない 違う彼女ともね。

私が眠らなかったのは、その他の何かに問題視されていなかったからだと感じたの」


他に何かがいる って、ことか。


「やっぱり、何か憑いてんじゃないのか?」


オレが聞くと、朋樹が頑なに

「いや、それはない」と否定した。


「何か相手にとって不都合な時...

オレやジェイドの存在を認めたりすると

スイッチが入る感じだ。

例えば、オレが泰河に あらかじめ呪をかけておくとするだろ?

泰河に会うと... そうだな。猫は寝る、とか。

おまえが どこかで猫と眼を合わせて 猫を認識すると、それが発動するんだ。

おまえと会った猫は寝てしまう。

彼女には、憑いてるとか、何かが傍にいるような感じはない。

相手にとって不都合なもの... オレや ジェイドに対して発動するんだ」


この言葉に、ジェイドも頷き

沙耶ちゃんも

「私にも憑依には見えなかったわ」と頷き

「聖職者や神職だけが眠るんだし

その相手は、それを問題視するんだな」と

ルカが言う。


「そいつが アリエルに『天に戻す』って約束してるヤツなのかな?

でもアリエルは、いつも教会に向かうと溶けてくんだよな。

さっきオレらが 誰と約束したのかを聞こうとしたら、また溶けちまったんだ。

そいつ、アリエルを すげぇ妨害してねー?」


確かに、約束した相手のことを聞いた時

アリエルは揺らぎ、溶け出した。


これも 相手にとって不都合なのか?

自分の正体が知れる ということ。


聖職者に?


「... ルカ。ハティを呼べるか?」


ルカは そう言ったジェイドに眼をやる。


「教会の門に。

ハティなら、相手のことが 何かわかるかもしれない」


「どうだろ? 来るかな?

おまえに 首 掴まれたばっかだしよ」


だが、ルカが「ハティ、いる?」と言うと

テーブルの横に立っていた 沙耶ちゃんの隣に

スーツ姿のハーゲンティが立った。


「同じものを」と

前を向いたまま、沙耶ちゃんに言う。


沙耶ちゃんが カウンターへ向かうと

一つ後ろのテーブルのイスが、独りでに

ハーゲンティの背後に移動してきた。


ジェイドは ちらっと、イスに座るハーゲンティを一瞥したが、無言のままだ。

その隣で ルカがため息をついた。


やたら空気が張り詰めていたので

「ジェイド、おまえさ

さっきは悪かったとか、一言なんか... 」と

提案すると

ジェイドは 氷のような視線をオレに寄越し

「何も悪いことはしていない」と

余計に場を張り詰めさせた。


いや、そうかもしれんけどさ。

ちょっと勝手じゃねぇか?


これ以上の刺激は良くない気もするが。

なぜか ルカが少し笑う。


「... よかろう」


ハーゲンティが言った。


沙耶ちゃんが コーヒーを運んでくると、深紅の肌の手でカップを受け取り

「退屈しのぎだ」と、付け加える。

黒い髪の奥の眼は笑っているように見えた。



「そろそろ、時間だ」と、朋樹が言う。


時間は 23時を超えていた。


また、アリエルが溶けていくのを

ただ見ていることになるんだろうか?

あの切実な眼を。


わかったことは多いが、それでも策はなく

今夜も対処のしようがない。


引き留めても腕の中で溶けるだけだ。

なぜかわからず泣いた時の、あの胸の痛み。


ジェイドと朋樹がイスを立つ。


ルカも立ちながら「ハティ」と呼ぶが

「飲み終えたら行く」と

ハーゲンティは座ったままだ。


「泰河」


ジェイドが、まだイスを立たない オレに言う


「つらいか?」


渋々、イスを立った。

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