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「しかし、日本語うまいよな」と
朋樹が ジェイドに言う。
「小さい頃から 語学は習わされていたんだ。
日本語については、ネットでルカと話してたから上達が速かったのかもしれない。
ルカも、簡単なイタリア語は話せるよ。
英語は話せないけどね」
ジェイドが 薄いブラウンの眼をルカに向けると、ルカは つまらなそうに
「お前は、英語もスペイン語もロシア語も
話せるけどな」と
ワインのつまみを探しにキッチンに立った。
「あいつ、よく食うよな」
ルカの後ろ姿を見ながら オレが言うと
「ハティが 傍にいるから
エネルギーの消費が早いんだよ」と
ジェイドが説明する。
「その辺、エクソシストとしては どう思う?」
悪魔が人といる、ということについてだ。
本当に、オレらが榊達といるのと同じなんだろうか?
これは、オレの個人的な印象だが
キリスト教は、神道や仏教に比べると
あいまいな部分が少ない気がするからだ。
善と悪に対して、はっきりとした線引きをしてるように思う。
オレの質問に、ジェイドは少し悩み
「困っている人を救う、というのが僕のすべきことだ。そのことに対して迷いはないけど、ルカは困ってないからね」と答えた。
ルカが 皿にトマトやチーズ、サラミをスライスしたものを持って戻ってくると、朋樹が
「そういえば、ルカ。おまえ 苗字なんていうの?」と聞く。
「ヒサキだよ、氷が咲くって書く。氷咲 琉加。
朋樹と泰河ってさぁ
普段、どんなヤツ相手にしてんの?」
朋樹と、今まで依頼されてこなした 仕事の幾つかを話してみた。
人霊、生き霊、獣憑き。
こないだの山神の騒動に巻き込まれたこと。
逆に ルカとジェイドにも仕事の話を聞いた。
人に憑いた狐の蓬を祓ったのは、ルカだったようだ。
こうして話していると、それぞれの専門が見えてくる。
朋樹は 仕事では人霊が主だが、実家が神社なので、一通り 一般的な祓いなども出来る。
一方で陰陽道にも通じているので、呪や式鬼を使ったりもする。
オレは、その他諸々のヤツら。
榊みたいなヤツらとか、得体の知れんヤツ。
見えて掴めるヤツだ。
元が人でも 霊ではなくなったヤツ とか、下手すると言葉も通じないようなのもいる。
ジェイドは もちろん人に憑いた悪魔。
朋樹にも言えることらしいが
祓う、というのは、朋樹やジェイドが具体的に相手に何かするのではなく、神が清めるのだという。
朋樹やジェイドは、神の力を借りるため
相手に対峙し、自分の精神にも立ち向かう。
そのために揺るぎない信仰心が必要になるらしい。
ルカは、精霊が主だという。
物に宿ったもの、自然そのものに宿ったもの。
学生の時にアメリカに留学し、先住民と交流を持ち、自然の声を聞く方法を学んだようだ。
それとは別に、幼い頃から感が強く 面倒なモノが見え、人や物に残った思念のようなものを読み取ることが出来る。
「アメリカに留学してたのに、英語は喋れないんだな」
「何言ってるかは だいたいわかるんだよ。
でもオレは、ほぼ日本語で返してたね」
ある意味、すごいヤツな気がする。
あ、そうだ
話をしている内に、榊が言ったことを思い出した。
「... それで榊が言うには、エクソシストに祓われると、自然に近いヤツらは魂ごと無くなるらしいんだよな」
ジェイドは少し考えて
「禁書を使ったのかもしれない」と 言った。
エクソシストは悪魔祓いをするのであって
精霊や獣憑きは専門外らしい。
ゴースト... 人霊に対しても、相談があれば
ゴーストが出る場所や建物の方を清めるという方法を取るようだ。
「悪魔と契約した訳じゃないんだから、魂は無くなった訳じゃない。どこかにいるはずだ。
悪魔は、人間としか契約しないしね。
戻す方法もあるかもしれないし、調べてみるよ」
話しているうちにワインボトルが空になり
ルカが皿に残っていた最後のチーズを口に入れた。
「そろそろかな」
ジェイドが 壁に掛かった時計を見ると
0時になるところだった。
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教会の扉の前に、四人で立つ。
この辺りは街灯が少なく静かなせいか、夜が深い気がする。山の中で感じる夜と似ている。
教会を囲む外塀をこうして内側から見ると
塀に沿って植えられた木々に囲まれ、小さな森にいるようにも見える。
石畳の先の、両開きの鉄柵の門が
キィ と小さく音を立て、片側だけ開いた。
「来たな」
ルカが言う。
開いた門に立ったのは、若い女だった。
鎖骨が隠れるくらいの黒髪。
お決まりのような白い膝丈のワンピースは
ノースリーブで、裾がフレアになっている。
裸足の足で 石畳に 一歩 踏み入る。
オレらのいる教会の方へ、まっすぐに近づこうとしているが...
「何だと思う?」
ルカは、女を見ながら オレらに聞く。
女は 一歩進むと、右足が足首まで溶け
次に踏み出す左足が ふくらはぎの中程まで溶けた。
右足が膝まで溶け、左足が膝の上まで溶ける。
両足が付け根まで溶けると、細く白い両腕をまた溶かしながら進む。
教会のステンドグラスの灯りで、女の顔が見えた。灯りの反射のせいか眼の色が青く見える。
その眼は オレらには向けられることはなく
教会だけを見ているが、切実な眼で薄紅の唇を動かし、なにかを必死に訴えようとしているようだった。
右腕が肘まで溶け、左腕が 二の腕の中頃まで溶けると、胸から上だけになった女も 左に傾ぐ。
「泰河!」
朋樹の声を背に、オレは走り出していた。
待て と、体が動いた。
いくな
女に駆け寄って石畳に膝を付け、女の両肩を掴んだ。
すると 両肩が溶ける。
女と、眼が合った。
女は微笑んだ。
ふうわりと柔らかい顔で。
頭部だけになった女を抱き上げると
女は嬉しそうに唇を動かし
そのまま胸で、溶けてなくなった。




