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パプリカやトマト、ブロッコリーなんかで
色鮮やかなミニサラダ。
マッシュルーム入りのデミグラスソースがかかったハンバーグやら ライスやらを
ほんの10分かからず食い終わった ルカは
「ふう。うまかった」と、一人落ち着いている。
沙耶ちゃんが 多少焦りながらサイフォンをセットし、アルコールランプに火を点けた。
「オレさぁ、すぐ腹減るんだよねー」
皿が下げられたカウンターに頬杖をついた。
ルカの背後を 朋樹がちらっと見る。
... なんかいるのか?
まあ、オレには見えんけど。
そういや榊も、なんか そんなようなこと言ってたな。影がどうとか。
「ルカくん、で いいのよね?
こんなこと聞くのは失礼かもしれないけど
ルカくんて、純日本人なの?
はっきりした顔立ちしてるわよね」
コーヒーカップの用意をしながら沙耶ちゃんが聞くと、ルカは「ん?ハーフだよ」と答えた。
「母親がイタリア出身で、父親がこっち。
あ、泰河、昨日オレといた ジェイドってヤツ
あのどんくさいヤツ覚えてるだろ?」
「ああ。お前の隣で、ずっとぼんやりしてたヤツだろ?」
榊が言うには、そいつが祓魔師らしいが。
「はじめまして」と流暢な日本語で言って
会釈した、昨日のそいつを思い出す。
あの見た目からはどうも、エクソシストというのがイメージ出来ない。
雰囲気は穏やかで、何にしてもノンビリしているように見えた。
「あいつもハーフだよ。
父親がイタリアで、母親がアメリカなんだ。
あ、従兄弟なんだよね、オレら。
ジェイドの父親が兄で オレの母親が妹ね」
しかし、よく食うし
よく喋るヤツよな、こいつ。
だが、それでいて端々に どこか品がある。
一口がでかいのに、頬張っている訳じゃない。
姿勢よく きれいな食べ方だった。
話す時も 一方的ではなく、聞く側への気配りを忘れない感じだ。それも、ごく自然に。
「オレは ちっこい頃に、両親とイタリアから こっちに来て、こっちで生活しててさぁ。
ジェイドは、家族とイタリアにいたんだけど
最近 あいつだけ こっちに来た」
こぽこぽとサイフォンが小さな音を立て、コーヒーの香りが強くなる。
沙耶ちゃんがアルコールランプの火を消し
今 淹れたコーヒーをカップに注ぐと、ルカの前に出した。
「ありがとう」
ルカは 一口飲むと、おっ!という顔をする。
「うまいね! 濃さも すげぇ好み!」
ここで何故か オレと朋樹が得意気な顔になる。
うまいんだよな。料理もモチロンだが、なんといってもコーヒーが。
沙耶ちゃんはプロだ。
客が選んだメニューで、人によって好みの味覚の予想を立て、同じブレンドコーヒーでも
ひとりひとりに微妙に味が違うものを出す。
霊視が出来るから、それとなく好みもわかるのかもしれないが。
沙耶ちゃんは ニコッと笑って
テーブル客の会計をするために レジへ向かった。
「で、ルカ。おまえ、昨日からなんで
なんでオレの周り うろちょろしてんだよ」
コーヒーに感動しているルカに
おもむろに聞いてみた。
「あっ、ばれてるよな、やっぱり」
ルカは 一つ空けた隣から、ちらっとオレを見やると、朋樹に眼を移した。
「朋樹くん、座らねーの?」と
自分とオレの真ん中のイスを ぽんぽんやる。
「いや、なんかいいわ」
朋樹は「ちょっと真ん中すぎるし」と
真面目な顔で断った。
どうでもいいことかもしれないが
オレが、昨日の時点で最初から「泰河」で
朋樹は「朋樹くん」なのは 何故だろう?
ふうん と、気持ち 寂しそうな顔をして
ルカが話し出した。
「オレ、同業なんだよね。
でさぁ、ふたりに手伝ってもらいたい件があってー... 」
同業... やっぱりか。
一人が祓魔なら、そりゃそうなんだろう と思ってはいたが。
ルカは あちこちのツテを使い、何人かの祓い屋に当たったりもしたようだが
インチキが半分、たいしたことないヤツが半分、と いうところだったらしい。
「たいしたことないヤツ って どうやって判断してんだよ? とりあえず 一緒に仕事したのか?」
「いや」
沙耶ちゃんが戻って来て 一度キッチンに入ると、タルトを 一つずつ オレら三人の前に出した。
それぞれ沙耶ちゃんに礼を言って、タルトにかじりつくと、沙耶ちゃんは
「その 後ろの人がわかるかどうか が、判断の基準なの?」と、ルカに聞いた。
朋樹が眼を上げ、ルカが笑う。
ルカの後ろには 忽然と男がいた。
「朋樹くんだけじゃなくて、沙耶さんにも見えてた?」
突然現れた男には、実体があった。
深紅の肌に、眼元や頬にかかる漆黒の髪。
髪と同じ色の眉とまつげ、静かな眼。
タイトな黒いスーツを着ているが、人間じゃない 何か。
「... ハーゲンティ、か?」
「如何にも」
朋樹の問いに、男は艶のある声で答えた。
「おいルカ、説明し... 」
言いかけたオレの隣、つまり元は朋樹のイスに
男は座った。
そして何故か 真隣からオレを見る。
「... え? なに?」
脳みそまで見透すような視線が落ち着かない。
男は オレの額に指で触れると、何事もなかったかのように「同じものを 一杯」と、沙耶ちゃんに言った。
少し停止していた沙耶ちゃんが サイフォンをセットする。
同じく男を見つめたままだった朋樹も、ルカに説明を求めるように眼をやった。
「ソロモン王に使役された72柱の悪魔の内のひとりらしいぜ。
序列48番、33の軍を率いる大総裁だって」
ソロモン王... 確か、イスラエルの王だ。
紀元前11世紀くらいだったか?
神に、何が欲しいか と 問われた際
「知恵」だと答えると、神は大変に喜び
天使や悪魔を使役することが出来る指輪と書が
ソロモンに贈られた とかいう。
天使は ともかく、悪魔は 呼び出され使役されたことを怒っていた。
ソロモン王は悪魔の復讐を恐れ、72の悪魔を壺に閉じ込めて封印した。
序列、というのは
その封印した順の番号らしい。
だが、壺の中身は財宝ではないか と 邪推した人間達が壺を開け、悪魔を解放してしまった... と。
昔 なんかの本で読んだ。
「そういうこと聞いてるんじゃねぇよ。
お前、従兄弟が祓魔なんだろ?」
朋樹が言うと、男が答えた。
「憑いてはおらぬからな。
そう... 友人、といったところだ」
えぇ... 友人 って...
オレも朋樹も 何も言えずにいると、男が また口を開いた。
「時に、昨晩の女性は 如何がお過ごしか?
尾が二本生えていたようだが」
あ、そうか。
オレらが 榊や玄翁といるようなもんなのか...
こぽこぽとサイフォンの音がする。
「何か契約してるのか?」
朋樹が聞くと「いや、ないぜ」とルカが答え
男が笑った。
「人間に憑いたのは、我が配下の者だ。
ルカの妹君に憑いたのだ。
憑いた者はジェイドに祓われ、我が知ったのは
その後だった」
沙耶ちゃんがコーヒーを男に出すと、男は目を臥せて礼をし、カップを口に運ぶ。
「我は ルカの元へ赴き、配下の非礼を詫びた。
妹君の前に姿を現すのは気が引けた。
非道な思いをさせて、のこのこと同族の魔の者が出ていけようか?
両親の前に出るのも如何なものか。
とはいえ、謝罪も無いのは無礼だろう?」
とりあえず正論に頷くが
なんだろう、この礼儀正しさは...
「非礼を謝罪し、契約外のこととして望みを問うたのだ。謝礼としてだ。
ルカは ‘’消えろ‘’ と答えた。それが望みだ、と」
男は くっくっと小さく笑って続けた。
「まるで恐れず、普通の人間に対するような態度でだ。
今のこのような出で立ちではなく、元の姿で現れたというのに」
言い終えると、男の姿が変貌した。
牡牛の頭には カーブした長い二本の角が生え
その角の先は金に鈍くひかる。
さっきまでの人間の姿の時より 一回り以上でかい。黒く引き締まった身体の背からは闇色の両翼が生えた。
うわぁ...
すげぇ 強そう...
足元から頭のてっぺんまで ザザザッと
何か走り抜けた。
「そのまま すごすごと帰るのでは、こちらもプライドに触る。
勝手ではあるが、妹君から配下の者が付けた記憶を消し、ルカの友人となることにしたのだ」
コーヒーを 一口飲み、悪魔はスーツの男の姿に戻った。




