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万象  作者: 桐崎浪漫
第三章 「パライソへ」
67/620

10(泰河)


協会までは 車で 一時間ちょっと。

余裕を持って出たので、駐車場で時間潰しする。


「ちょっと早かったな」


「でも、外に出る気には なれんな... 」


夕方になっても まだ暑い。

明るい間は蝉も すげぇ鳴いてるし。

また本当に雪とか降って、コート着たりしても

寒い寒い って言うようになるのかと

不思議に思う。


「エンジン掛けっぱなしって訳にもいかんだろ」


「しょうがねぇよな。出るか」


今年は殊更暑い気がする。湿気が多いせいかもしれねぇけど。空気が肌に貼り付く。


日影に移動しようぜ、と

協会の前のベンチに座るが、暑い。

無風なんだよな、今日。


「やばいなぁ。中で待たせてもらうか?」


ベンチから立ち上がろうとすると、スマホが鳴った。表示は 沙耶ちゃんだ。


『ごめんなさい、もう協会かしら?』


「着いたけど、まだ外にいるよ。

どうしたの?」


『またキリシタン弾圧の記憶のような話よ。

十字架が出るみたいなの。

そこから近いわ。時間は 夜みたいなんだけど... 』


マジか...


「協会の人と話してから行くよ。

話が済んだら、沙耶ちゃんに電話するから」


電話を切って朋樹に話すと

「またか」と、呆れたような困惑したような表情になった。


「とりあえず、協会の人と話してみようぜ」


協会の建物に入り、受付で担当の人の名前を言うと、応接室のような場所に通された。


「はじめまして。

電話をいただいた、笹川です」


40代くらいだろうか? 感じのいい人だ。

オレらも自己紹介をして握手をした。


「どうぞ」と椅子を勧められ

笹川さんとテーブル越しに向かい合って座る。


ドアがノックされ、笹川さんが返事をすると

にこやかなおばさんが冷茶を出してくれて

またすぐに出て行った。


「お忙しいところ、こうしてお時間をいただき

ありがとうございます。

電話で話した件についてなのですが... 」


朋樹が、海や高校で起きたことの話をする。


「どちらの教会の神父様達も、原因はまったくわからないとのことでしたが、笹川さんは何か御存知ではないでしょうか?」


笹川さんは、少し間を置き

「30年ほど前にも、同じような現象が起こったと聞いたことがあります」と言った。


「その時は、教区の神父たちが祈り鎮めたようです。

それでも あちらこちらで現象は起こったようですが、ある日 突然に収まったと。

その時も原因はわからず仕舞いだったと聞きます」


笹川さんは、迷ったように続けた。


「私共は、この現象において出来ることは

祈ることのみなのです。

弾圧を受けながら信仰を貫いた方々のためにも、やむなく棄教された方々のためにも。

罪が赦され、等しく召されますよう と。

原因等については分かりかねます。

大変 申し訳ないのですが... 」


「いえ、笹川さんが謝られることじゃ... 」


オレが口を挟むと、朋樹も頷いた。


「お話をしていただいて、助かりました。

30年ほど前にも同じ現象が起こり、突然収まったということは、大変興味深いです。

何か、現象を引き起こす鍵のようなものがあるのかもしれませんね」


笹川さんが申し訳なさそうに

「私もまだ子供の時分の話ですし、こうして協会に携わってから聞いただけの話ではありますが」と俯く。


「先程 聞いた話なのですが、この辺りにも

同様の現象として、十字架が出たそうです」


朋樹が言うと、笹川さんは顔を上げ

「本当ですか?」と、眼を見開いた。


「詳しい話は これから聞くところなのですが

笹川さんも同行していただけませんか?」


笹川さんは同行する意志だったが、一存で決められるものでもないらしい。

「許可を求めて参りますので」と

一度部屋を出て行く。


オレらは30分ほど待つ間に

ネットで過去のこの件に関して調べてみたが

何も出てこなかった。


30年前じゃなぁ... むずかしいよな。

事件じゃなく、都市伝説とかの部類だし。


そうこうしている間にドアがノックされ

笹川さんが戻ってきた。


「許可が降りましたので、ご同行いたします」




********




沙耶ちゃんに詳しい話を聞くと、それは山の中の廃墟近くで、廃墟の写真を撮るために訪れた人が目撃したようだ。


最近、よく廃墟写真 見るもんな。

現れた十字架にカメラを向けたが、十字架は写真に写らなかった。


もうすでに噂になっているようで、廃墟の探索なのか 十字架を見に来たのかはわからないが

そういうヤツらが幾らかいる。

有名ではないが、心霊スポットでもあるらしい。廃墟は戦時中の建物のようだ。


ようやく暗くなってきた20時頃

それは現れた。


廃墟からは やや離れた場所に、粗末な木の十字架が立つ。


他に来ていたヤツらも気づいて騒ぎ出すが

見えるヤツと 見えないヤツがいるようだ。

オレにも笹川さんにも見えなかったが

朋樹がいつものように 呪で見えるようにした。


十字架の近くから、不意に男達が湧く。

海で出たような髷に袴のヤツらだ。


「これが... ?」


笹川さんが十字架や男たちを見つめながら言う。


「海で見たものと似ています」


騒ぎながら逃げるヤツもいれば

「何もいねーじゃん」と、十字架に近寄って行くヤツもいる。


そのうちに何人かが憑かれ、近くにいるヤツを捕まえると、十字架のもとへ引き摺っていく。


笹川さんが 十字架に向かって歩き出したので

オレと朋樹も ついていった。


「助けてっ!」


憑かれたヤツらに引き摺られるヤツが

必死な眼でオレらに言うが

「なんで?」と、朋樹に聞かれて絶句した。



「主よ

永遠の安息をかれらに与え

絶えざる光をかれらの上に照らしたまえ... 」


笹川さんが祈り始めると

他の髷の霊たちの眼が笹川さんに向く。


「かれらの安らかに憩わんことを

アーメン」


憑かれていたヤツらが、引き摺っていたヤツから手を離し、笹川さんの腕を掴んだ。


「... 棄教しろ。国賊め」


笹川さんが 憂いの眼でそいつを見つめる。


朋樹は まだ祓おうとしない。

笹川さんは抵抗せずに、十字架の下へ向かって行く。


「主よ

われら みまかりし者の霊魂のために祈り奉る... 」


十字架の下に着くと、笹川さんは また祈りはじめた。


「願わくは、そのすべての罪を赦し

終りなき命の港にいたらしたまえ アーメン」


「棄教しろ ... さもなくば」


憑かれたヤツらは 尚も棄教を迫る。

一人がどこからか植物の蔓を引き摺ってきた。

十字架に笹川さんを磔にしようとする。


「おい、キリシタンはオレだ。

棄教して仏教に帰依する」


朋樹が動かないので オレが言う。

憑かれたヤツの足元には、海で見たような黒い枷があった。


「オン ボロン ソワカ オン アミリタ アユダディ ソワカ」


陀羅尼の短呪を唱えて枷を外すと憑依も解けた。

憑かれていたヤツは、その場に気絶し

呆然として立つ髷の霊が残る。


笹川さんの腕を掴んだままのヤツの枷も

同様に外す。


笹川さんは、十字架に向き

その場に膝をつくと また祈り始めた。


「主よ

永遠の安息をかれらに与え

絶えざる光をかれらの上に照らしたまえ」


十字架はきっと キリスト教の人たちにとっては、オレらには計り知れないくらい神聖なものなのだろう。笹川さんの祈る姿を見て思った。


髷の男たちが周囲を囲んでいく。

十字架を前に膝を着く笹川さんの背後に立って、オレが向き合った。


7人か8人ほどか。

先に枷を外した霊のことは、まだ枷が付いているこいつらには見えていないらしい。


「祈願 すべての人の救霊を望み

罪人に赦しを与えたまう天主

主のあわれみを切に願い奉る... 」


まだ憑かれているヤツが、折った竹を持って近づいてきた。


キリシタン弾圧の 処刑の 一つに

十字架に磔にして 竹槍で刺す ってやつがなかったか... ?


「笹川さん! 危険です。

“棄教する” と言ってください!」


笹川さんは オレの言葉を背に、ただ祈り続ける。


「願わくは、終生童貞なる聖マリア

および諸聖人の御取次によりて

すでにこの世を去りし わが親、兄弟、姉妹、

親族、恩人、友人に

永遠の福楽を与えたまわらんことを... 」


「笹川さん!」


ダメだ。動きそうにない。


竹を持って近づいてくるヤツに向かい、竹を掴んだ。


棄教する、と言おうとした時に

朋樹が そいつの背を叩いて霊を祓う。


「... 笹川さんは棄教しねぇよ。

棄教というのは、おまえが考えるほど簡単なものじゃない」


今まで黙って見てて それかよ。


オレは 朋樹には何も言わず、また笹川さんの背後に戻り、寄ってくる霊の枷を片っ端から外していく。


「... われらの主イエスズ·キリストによりて願い奉る アーメン」


笹川さんの祈りが終わった時、まだ三人の霊に枷が残っていた。


笹川さんが また祈り始める。


「主よ

永遠の安息をかれらに与え... 」


突然、十字架も髷の霊たちも

すべてが消えた。


枷を外した霊も、まだ枷がついていた霊も。


「... なんだ?」


朋樹が呟く。

笹川さんも十字架が立っていた場所を見つめて、言葉を失っている。


突然収まる って、こういうことなのか?

いやでも、あまりに唐突だ。


オレらの他には、憑かれていたヤツらや

まだ泣いているヤツ、座り込んでいるヤツが

まばらにいるが、廃墟はただ佇んでいる。

何もない、普通の夜だったように。

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