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万象  作者: 桐崎浪漫
第十四章 「罪人」(泰河)
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タクシーで教会まで行って、駐車場に停めた 自分の車に乗り換える。


いつも、護れない。誰のことも。ひとりも。

オレのせいで、死なせるのに。

そしてオレ自身が、望んで人を殺す。


駐車場から車を出して、宛なく走らせる。


噛んだ血肉や軟骨の感触と温度、味を思い出す。

あれは、獣の血のせいじゃなかった。


“自らを ケダモノ以下に堕とす”


それは オレのことだ。


普通なら、自首するよな。

法に裁いてもらう。


そうしたら、どうなるか。

まず、遺体が無い。

シェムハザや ハティ、榊が手を回し、被害者を “最初から いなかった人” にする。


猟奇的な殺人を犯した!と 騒ぐだけ騒いだオレも

幻惑で忘れられる。

悪魔は 天の眼は誤魔化せなくても、人の眼なら誤魔化せる。


このまま車で、どこかに突っ込んでみたらどうだろう? 山に行ってみよう。六山以外だ。


そう考えると、少し気が楽になってきて

四の山の向こう側へ出た。


海に行く時に、麓を通り過ぎた山に登ってみる。

早く 早く と、気が急く。


ちょうどいい崖が見える。

オレがいなきゃ、キュベレを起こす計画なんか

サンダルフォンは立てなかった。

アクセルを踏み込んで、ぐんぐん加速する。


獣は、オレから離れない。

どうしてかは分からなくても、それは分かる。


子供の時に見た あの眼を思い出す。

全部 有って 何も無かった。

獣を取り込んで憑いているのは、オレの方だ。


ガードレールが目前に迫り、身体が浮き立った。

すぐに強い衝撃。どこか折れたかもしれない。

シートベルトがなければ、前に飛び出していただろう。付けなきゃよかった。

けど、思惑通りに、車はガードレールを越えた。


すると、額と うなじに キリで刺すような 痛みを感じて、気付いたら 麓にいた。


確かに、ガードレールを越えた。越えたんだ。


夢だったのか? 何から “気付いた”?


もう 一度だ。

シートベルトを外して、車に坂道を登らせる。


... “生きるのですよ”


ハンドルを持つ手を、誰かが 上から掴み

その温度が伝わってくる。


“生きるのです。必ず”


ハンドルを取られ、小さな 休憩場所に入った。

車を停める。


逃げてばかりだ


ぐずぐずになるまで泣いた。



まだ夕方でも、山の中は とっぷりと暗い。

闇の色が濃密だと いつも思う。


藤を殺しかけた時、手に闇が染みた。

気持ち良さに痺れたことは、気付かないふりをした。


涙と 一緒に、たくさん何かを流して

もぬけの殻になる。

世界は こんなに簡単に 沁み入ってくる。


コントラバスの音が 身体と耳を掠めた。

朱里シュリに やっぱりそうと言おう。

バカげてるけど、それが いちばんいい。


ジャズバーに着いて、顔を覗かせると

ステージの朱里は 明るい顔になった。


ひとりだし、カウンターに座る。


『泰河くん、来てくれたのー?!』

『おう』

『後で もう 一回ステージあるけど、待ってて。

一緒に お店 出たいから』


朱里は、オレの返事を聞かずに

他のテーブルへ挨拶に行く。


少し 驚いた。強引な気がした。

まだ出会って そんなに経っていないけど、オレから見た朱里は、相手に合わせて気ばっかり使っている印象だったからだ。


ステージがない間は、することがない。

ウォッカを飲みながら 時間が過ぎるのを待つ。

朱里は、バックルームから出て来なかった。


今日は、ボーカルのいないステージだったけど

オレは まともに音を聴かないように気を付けた。

揺らされたら困る。芯にある 何かを。

ただでさえ、もぬけの殻だ。


『泰河くん、お待たせ!

ごめんねー、本当に待たせちゃって!』


ドレスから私服に着替えた朱里が バックルームのドアを開け、向こう側から手を振る。


『外に出て待ってて。表に回るから』と 言うので

会計を済ませようとすると

『ルチーニ様から、請求を回すように おおつかっております』と、そのまま出された。


『泰河くん、疲れてるね』


車の助手席で、朱里が言う。


『おう。仕事が、でかかったからな』


『灰色蝗さんの? 解決したのー?』


『おう。まぁ、一応な』


『そっかぁ... 疲れちゃってるけど、良かったよね? お疲れさま!』


『いや、おまえも。ステージ... 』


言わねぇと “やっぱり止そう” って


なんで、口から出ねぇんだ?


まだ、別に何もない。

共有する空気や時間とか、一緒に積み重ねたものとか。

ツレに戻るだけだ。


いや、戻らねぇか...

傍にいたら、意味ねぇんだし。


大したことを話さない内に、マンションに着いた。


『泰河くんの お部屋?』

『おう、6階。帰るのは 久々だけどな』


部屋は、空気が動かず 淀んでいる気がしたので

ベランダを全開にして、換気扇を回す。


『うち、何も ねぇんだよな。

何か買ってくりゃ 良かったな』

 

『あたし、お邪魔しちゃっていいの?』


部屋に入っても、まだ朱里は座らなかった。


『あ? なんで?』


『うん... 』


『座れよ、とりあえずさ』


『泰河くん、今日は、ごめんね』


朱里は、まだ片方の肩に リュックを掛けたまま

『あたし、“ああ、やっぱり フラレちゃうんだ” って、解って。

でも、お店じゃイヤで。

うん... それも、あたしの都合なんだけど、毎日あそこで 弾いてるから、きっとステージで悲しくなっちゃうし。

でも、電話でも イヤで。

それで、カフェとかで お話になるなら、絶対 笑ってようって思ってて、その... 』と 口籠り

はっ と気付いて、リュックを開けると

『ごめん、こっちを返すのが先だよね?』と、ボティスが渡した この部屋の鍵を出した。


ソファーを立って、朱里の前に立つ。

鍵を受け取ると テーブルに投げ、肩からリュックを外して、床に置いた。


『ごめん、朱里。違う』と 背中に両腕を回す。


オレ、こいつに 会いたかったんだ

自分で それが分からなかった。今 気付いた。


泣き尽くして からになった時に、朱里を思い出した。


指輪 着けて、笑った顔とか

本当に好きで弾いてると伝わる コントラバスの音とか、その時の 生きている って表情とか


『今さ、オレ たぶん、おまえに逃げてるんだ』


顔を見れず、朱里の背中の向こうのフローリングに 視線を落としながら話す。

こんな時にも、肝心なことは言えねぇまま。


けど 今、帰らないで欲しい


朱里は、引き締まった身体をしているけど

細くて 柔らかい体温だった。

温もり という言葉が しっくりくるような


もし、朱里に何かあったら?

オレが 何かしたら...


だめだ やっぱり


こうして、無責任に 腕を回してから

“もし... ” と 怖くなって、指が震える。


『オレさ、ひとを... 』


くちびるまでが 震えた。


怖いよな ごめん

そんなヤツに、部屋に連れ込まれて


背中に回した 腕を緩めると

朱里は『うん』と 静かに 頷いて

オレの背に、自分の両腕を回した。


『逃げてないよ』


朱里は、オレが したこととか

オレのいる位置に 頷いたんじゃない。


オレ自身に...


『でも、逃げたっていいよ』




********




「美味かった。ありがとうな」

「ううん、簡単なものだったし」


皿洗いながら 礼を言うと、朱里はコーヒーを淹れながら、時間を気にしている。

サイフォンを見つけて、コーヒーの粉も買って来ていた。


「こんな早くに出んのか?」

「うん、シャワーとか美容室とかあるし」

「風呂なんか、ここで入りゃあいいじゃねぇか」


朱里は ちょっとオレを見たが

「嬉しいけど、下着とか ないし」と 恥ずかしそうに言った。


「あっ、そうか... そうだよな」


いきなり連れて来ちまったしな。


こうして いられたら... とか、手を拭きながら

ふわ っと 考えてみる。

普通に 過ごせたら...


「うん... 」と、コーヒーをカップに注ぎ

「また お邪魔しちゃっても いい?

今度は あたしの部屋に ご招待したんだけどー」と、カップをテーブルに運ぶ。


「自慢の編みぐるみコレクションがあって。

実は、作ったりしてるしぃ」


「今日、店に迎えに行くよ。

今日は着替えも取りに行ってから、ここにくればいいんじゃねぇか? 行く時も 送る」


「きゃあ、本当に?!

... でも、お仕事は 大丈夫?」


「別に今んとこ、仕事 入ってねぇし

そんなに金にも困ってねぇしな。

さっきのスープは カレーにしとくからさ」 


コーヒーを飲むと、一度 朱里の部屋まで行き

シャワーと身支度の間は 部屋で待ち

朱里が作ったという、やたら丸っこい毛糸編みのぬいぐるみを テーブルに積み上げてみる。

十二個も いるが、積めたのは四個だった。


多少の着替えや下着を車に積み、足りないものや

要るものは その都度 買うことにする。


朱里が美容室でセットする間は、カレーのルウを買い、外でコーヒーを飲んで待った。

あ。っていうか 米もいるな。


その間に スマホが鳴る。朋樹だ。

出ねぇ訳には いかねぇよな、やっぱり。


『仕事。召喚部屋』


「... 仕事って、何のだよ?」


『あ? 召喚。“パイモン” だけどな。

前の モレク儀式の参加者が客だ。

ついでに、これからの対策を練る。

ボティスとパイモンの配下が、奈落のヤツらに殺られただろ?

アバドンの配下も、蟷螂カマキリ頭や堕ち掛けの天使だけじゃねぇだろうしな。

ハティやシェムハザも来るから... 』


また、召喚部屋で 長話か...


「なら、オレ無しでも イケるだろ?

どうせいつも、居るだけだしな」


『は? 何 言ってんだ、おまえ。

これからの対策 って言ってるだろ?』


「いや、オレ 後で聞くし」


朱里が美容室から出て来た。

店で飯 食うって言うけど、もう少し時間がある。

“化粧水が要る” って言ってたな...


『今も 奈落から、何か出してるかも分からんぜ。

六山の霊獣たちも、毎日 二十四時間体制で 蝗探しと警戒の見張りを... 』


「オレ、しばらく休むから」


『... あ?』


「休めねぇんだったら、もう 辞める」


『おい、泰... 』


通話を終えると 電源を落として、ジーパンのポケットに突っ込む。

召喚部屋になんか入ったら、どうせ泊まりになっちまう。


正直 もう、いやなんだよ。

オレが ほんの 二日三日休んだって、別にさ...


「あれ? お仕事じゃないのー?

もしそうなら、あたしがカレー作っておくよ?

ステージ終わってからに なっちゃうけど... 」


「いや、オレ抜きで大丈夫らしいからさ。

化粧水 見に行っとこうぜ。

店 あがってからじゃ、もう売ってるとこは閉まってるだろ?」


「うん... 」と 心配そうに見上げるので、手を差し出してみると、嬉しそうに笑って、親指の指輪の手を、オレの手に乗せた。







************   「罪人」 了




しばらく更新お休みします。             


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