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万象  作者: 桐崎浪漫
第十四章 「罪人」(泰河)
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「うるせぇんだよ、さっきから。ペラペラ ペラペラ喋りやがって。

不要物ゴミ” って、どっから モノ見て言ってんだ?」


朋樹だ。キレやがった。


「“掃除” だと? 出来るなら やってみろよ。

オレからやれ。オレは その不要物ゴミだ。

異教徒ゼンチョ” だからな」


起き上がったシイナは、顔を真っ赤にしていた。

眉間に険しいシワを刻み、固く噛み合わせた歯の薄いくちびるを 真一文字に閉じ、怒り心頭の眼で 朋樹を睨む。

不要物ゴミの前で転ばされたことが 許せないらしい。


「その代わりオレも、黙って やられんぜ」


朋樹が 白い鳥の式鬼札を飛ばし、ペティナイフを持つ シイナの腕を裂く。


シイナが着ている 黒いトレンチコートや中のシャツの袖が裂け、降ろしたままのシイナの ナイフの手に 赤い血が筋になって流れた。


シイナは、ナイフを持つ自分の手が濡れたことに気付き、驚いた顔で ナイフの手を上げて、血の赤い色を凝視している。


「ひどいわ」と、くちびるを震わせ

「誰にも こんなこと、されたことないのに」と

コートの上から 片手で傷を押さえ、悔し涙をにじませて、また朋樹を睨んだ。


オレは やや、呆気に取られていた。

こいつ、周囲の血塗れの人たちを見て 笑って

何 言ってるんだ? ココの ことだって...


「“働く” んだろ? ほら、やってみろよ。

おまえに 何が出来るんだよ?

役立たずじゃ “お姉さま” の傍には置いて貰えんぜ」


「朋樹... 」


シイナには、何を話しても無駄だ。

もう ほとんどの人が蝗の死骸を吐き出せて、臓器の修復中で、無事に修復されるよう ジェイドが祈っている。


けど...  周囲で 恐れて泣いていた人たちや、過去、灰色蝗や尾長蝗に 憑かれていた人たちも 臓器の修復中の人たちの傍に集まってきて、手を握り、声を掛けて励まし出した。

捨てたもんじゃない という気になって、嬉しくなる。こういう人たちだっている ってことが。


シイナは なだめておいて、エマの子のことを 何とか出来たら...


朋樹に挑発されて カッとしたシイナは、血の筋が付いた手の ナイフを握り直し、朋樹の方へ向かおうとしたが、足首に絡ませた呪の蔓を朋樹が軽く引き、また よろけさせられた。


狐姿の榊が、口を開き掛けたが 何とか堪える。

ベルゼやミカエルも、何も言わずに見守っている。


シイナは、怒り 狼狽うろたえながら朋樹に近付こうとし

何もないところで自分で つまずいて転び、座り込んでしまった。


真っ赤な顔で エマを見上げ

「お姉さま、私は 傍に居られるんですよね?

選ばれたんですよね?」と、怒り泣きの表情で必死に聞いている。


エマは、眉を剃り落とした 白粉おしろいの顔に

赤い日差しを映し、黒染めの歯を覗かせ

『... 御免なさい』と言った。


シイナは、エマを見つめたまま 表情を止め、何を言われたのかを 理解しようとしている。


「どうして?」


言葉の意味が届くと、混乱し始め

「どうして 謝ったりなんかするの?!」と、なんとか今 言われた言葉を くつがえさせようと エマを責め出した。


「お姉さまも “ずっと独りだった” って...

私に、“一緒に居ていい” って言ったのに!」


ニナは 何も言えず、四郎が立ち上がる。


「あんたが生き返ったりするからよ!」


シイナは、四郎の首に ナイフの先を突きつけた。


「“天人” なんて、“神” なんていない!

もし いたら、私は こんなじゃない!

不要物ゴミが死ななくても、このガキが死ねば

お姉さまの子供を取り返せるんでしょう?!」


四郎は 静かに まっすぐシイナを見つめ、憐れむ眼になった。

その眼を見て、シイナは余計に激昂し出す。


式鬼札を飛ばそうとした朋樹を シェムハザが止め

「シイナ」と 名を呼んだ。


まだ横たわっている人の 手を握っていたルカが

シェムハザに 咎めるような眼を向けるが、オレも たぶん、同じような表情になっただろう。

何か ずるい気がした。

どんな相手でも、シェムハザが そういう手段を取るのが、何か嫌だった。


シェムハザは、空気の壁のすぐ近くに歩み寄り

「何故、その女の傍に在りたい?」と エマを視線で示して シイナに聞くが、シイナは 四郎の首にナイフの先を突き付けたまま、造った睫毛の眼で 四郎を睨み付け、シェムハザの方には向かないでいる。


「俺に 愛されたくはないか?」


まだ黙っているシイナに、シェムハザが言葉を重ねる。

「お前のどこに触れたか、覚えているか?」と

単純な言葉を選んで。


「肌の上から子宮に触れると、身体を震わせただろう? 俺に触れられたことを 喜んでいた。

何を望み、考えた? 男は 怖いか?」


シイナは またカッとして見えたが、四郎から ナイフの先に視線を移し

「あなたには... 」と、小さな声を出した。


「それが何だ?

お前を愛することと、何の関係がある?

誰でもない、“俺に愛されろ” と言っているんだ。

俺が 傍にいてやろう」


例え オレらじゃない、何も 知らない人が見ても、

シェムハザが 嘘を言っていることが分かる。

何を考えてるんだ?


それでも シイナは、その嘘に揺れているように見える。


「シイナ」と、シェムハザが呼ぶと

シイナは ナイフを下ろし、シェムハザに向いた。


「あなたが、きらい」


そう言ったシイナは、小さな子供のように見えた。大好きなのに、そう言ってしまう風に。


「嘘つき。あーあ。どうせ... 」


だれにも 愛されないし と、自分の喉を真横に裂いた。


鮮血が溢れ出すのを見て、耳鳴りが始まり、その場に 立ち上がる。 嘘 だろ... ?


これをさせる ためだったのか?


“わたしを、おねえさまの こどもと... ” と

薄い くちびるが動く。


ゾイが、シイナの隣に立った。


そうだ ゾイは、朋樹の式鬼だ。

空気の壁の中に 入って止めることは出来たのに...


シイナの手から ナイフを外させると、両腕を拡げるシェムハザの元に付き添って連れていく。

真横に裂いた傷から、どくどくと血が溢れている。


「シイナ。お前の記憶は削除するが、俺は共に在る。“きらい” などと 俺を愛したのだから」


シェムハザの手のひらの上に、青い炎が浮く。

シェムハザの魂だ。

ゾイがシイナを 空気の層の外へ出した。


シイナは、シェムハザの前に来ても まだ “だいきらい” と くちびるを動かす。


「自ら 孤独に堕ちるな」


シイナが シェムハザの腕に落ち、青い炎が シイナの薄いくちびるに すうっと溶け込んだ。

裂けた首のラインが 閉じて消えていく。


シェムハザの腕にもたれて 眼を閉じたシイナの血を消し、地面に寝かせようと しゃがんだ時に

「ファシエル!」と、ミカエルが叫んだ。


ゾイと、シイナを支えるシェムハザの間に 女の首が浮いていた。ココだ...


シェムハザの隣に立ったミカエルが、ゾイに手を伸ばそうとしたが、ゾイはまだ 空気の壁の中だ。


「ゾイ、戻れ!」と、朋樹が命じたが

「ニナを」と、ゾイは ニナの元へ行く。


ココの首の口が開き、今 傷が閉じたばかりの シイナの首に食らい付いた。


ミカエルが ココの頭に触れ、動きは止めたが

シイナの首から 口を離さない。


「ココ。もう せ」


ミカエルが言うと、ココの首は涙を流した。

胸が 軋む。


黒い霧のようなものが 羽音を立てて、シェムハザとミカエルの頭上にこごった。


「ミカエル、離れろ」と、ベルゼが言う。

「お前がいると、私の虫が近付けない」


ミカエルが立ち上がり、数歩 下がると

黒い霧は、ココの首を包んだ。


数秒もしない内に、包まれた首が 地面に落ちる。


ベルゼが手首に白い手袋を付け、黒い霧が晴れると、ココの首は 頭蓋骨と頸骨を失い、ぐしゃりと潰れていた。


シェムハザが「眠れ」と 青い炎で燃やして灰にし

「二度は... 」と、シイナの首に 視線を落とした。


パイモンが シイナの首に赤色髄を打ち

ミカエルが 首の傷に手を当て、額に くちづける。


「ココは、どこから... ?」


気付いたら、もう 浮いていた。


「十字架の向こうじゃねーの... ?」と、ルカが 立ち上がりながら言った。

「ビルの地下、エマたちがいた所」


空が 赤さを増し、空気が揺れた。


十字架の上に 巨大な石の門が顕れた。

閉じた石の両開きの扉には一面に文字が書かれ、扉の中央から文字が光り出し、周囲に広がっていく。 奈落の扉だ。


「ファシエル、戻れ! エマ、壁を解除しろ!」


シェムハザが シイナを抱いたまま下がり、ボティスが榊を呼ぶ。


「もっと下がれ。まだ動けん者に手を貸せ」


パイモンやニルマ、アコも、横たわる人をかかえて 駐車場の方まで下がり、ジェイドにスマホを渡されたルカが 地の精霊で天空の守護精霊の召喚円を敷いた。


「カルネシエル、カスピエル、アメナディエル、デモリエル」と ジェイドが 精霊を召喚し

「すべての人々の守護を」と、円に降ろす。


「アバドンが?」

「いや。召喚や 天のめいでもない限り、あいつ自身は 地上に出られない」


両開きの扉の文字が 隅まで光ると、扉が消滅し 白い十字架の上に、門だけが残った。


「ゾイ!」と 朋樹が呼ぶが、ニナを片腕に空気の壁の近くに立ったゾイは

「出られない」と、片手で壁に触れている。

ニナを連れているのが問題のようだ。

エマは、シイナは放しても、ニナを放す気はない。


「アバドン! 聞いてるな?!

許されると思っているのか?!」


ミカエルが 奈落の門に怒鳴り、自分の背後に エデンの門を開く。

左腕を伸ばすと、大いなる鎖を巻き付かせた。


「不当に保護した エマの子の魂を返せ!

今 返還しなければ、天の軍を向かわせる!」


門の中には、翼のない 奈落の天使が立った。


「... “ユリイナ” の保護は、天の命にるものだ」


「お前、俺が誰か分かってて 喋ってんのか?

天の誰が 奈落などに子供の保護を命じる?」


抑えている というミカエルの声に、天使は 怯えた顔をした。


「ユリイナの父、リノは、“多くの信徒を売った大罪人である” とのこと。

再び信徒となり、地上での生を終え 天に昇ったが、血の内で 罪の浄化を待つ身。

子にも 同様の罪が引き継がれたが... 」


「ふざけるなよ。いつの話をしている?

幼くして亡くなった者に、罪などあるものか。

“血の内”? “罪が引き継がれる” だと?

どこの法で話している? アバドンを出せ。

俺が召喚を要求する」


「... そこに居るのは、バアル・ゼブルだと見受ける」


「それが 何だ?」


「天に背く罪を犯しているのは、ミカエル、あなたの方では... 」


「私は、ミカエルに捉えられている。

見て分からないのか?」と、ベルゼが眼鏡の奥から 天使を睨む。


「アバドンは知っているはずだ。

一度 連行されているが、奈落には “他に客があった” ために帰された。だが私は 天に繋げない。

これで いいか? 茶番は終われ。

“子供を返せ” と言っているんだ」


「... 母親のエマが、子の罪を贖うため」


「いい加減にしろよ? 聖子イース! 奈落の件だ!

第四天マコノムより、俺の直属の者等 及び ザドキエル、アリエルを派遣し、隈無く調査を... 」


「ミカエル、エマは奈落と契約している!

ユリイナの魂は ここにある。

契約内容には、異教徒の魂を奈落に送る という項目がある。果たされれば、魂はエマの胎に宿る」


天使は、手のひらの上に 白い炎の魂を示したが

「契約は 反古ほごにしろ。二度は言わせるな」と ミカエルが宣告した。

『ゆりいな』と、エマが 魂に呼び掛ける。


『私共の霊魂あにまでは、なりませんか?』


四郎が言うと

「エマが手を下して 獲らなければならない」と

手のひらの上の魂を、黒く透けた球体に閉じ込め

それを 赤黒い炎に包んだ。


球体と炎に包まれた魂は、奈落の門の下の 白い十字架の前に揺らめき浮いた。


「契約期限まで あと5分。

果たされなければ、ユリイナの魂は消滅する。

こちらから 少しサービスしてやる」


白い十字架の左右に、八本の黒い十字架が立ち

それぞれに、人が 蔦の蔓で巻き付けられていた。


「何で... 」と、朋樹が前に出る。


十字架に付けられているのは、ブラウンと紺に染めた髪の人や、洞窟教会の外で 蝗の死骸を吐き出した人、さっき プールバーで会った 江上悠樹...

オレらが 首を繋いだり、蝗を吐き出させて 病院にいるはずの人たちだ。


奈落こちらの同胞の遺体を積み上げたことは

これで 痛み分けとする」


天使が そう言うと、奈落の門の四方から 文字が中央に向かって光り描かれ、石の扉が姿を顕すと、そのまま門ごと消えた。


白い十字架の上... 奈落の門があった場所から

空気の壁の境に、ぼとぼとと 何かが落ちる。

それは 人の形をしていた。


「アルマ... ?」


重なり落ちた遺体の 一体を見て、ヴァイラが口を開いた。

「ヨーマ、ガイム... 」


「エイダ、ジュノ、ムルク... 」


アコが前まで進み出て、遺体の名前を呼ぶ。

病院で見張りに着いていた、パイモンとボティスの配下たちのようだ。


一体だけ、首がない遺体がある。

吸血されても、悪魔は 抜け首にならない。

それなら あの身体は、人間の身体なのか... ?


「エマ! この壁を取り払え!」


ミカエルが エマに言うが、エマは 空中の赤黒い炎を見つめている。


朋樹が 蔓を切ろうと白い鳥の式鬼を飛ばし、ルカが オレの隣に立った。


ゾイが「少しだけ 待っていて」と、ニナを残し

十字架の蔓を掴んで引くが、切るどころが 弛ませることも出来ない。


『エマ殿。私を十字架に付けられてください』


白粉顔のエマの眼が 四郎に動く。

八本の十字架の蔓が するすると伸び出して 地面を這い、四郎に近付いていく。


「いや。術者を」


ベルゼが 白い手袋の指で、エマを指す。


「それで片付く。ハゲニト、ゾイめいを」


ミカエルと朋樹が ベルゼに向く。

ゾイに、エマを殺らせるのか?


今、空気の壁の中には ゾイしか入れない。


「オレが殺る」と、朋樹が炎の尾長鳥の式鬼を

エマに追突させたが、式鬼鳥は エマに当たると

しゅう と、蒸発するように 消える。


ゾイがエマに近付こうとした時、白い十字架の裏から 男の首が顕れて、長い舌を伸ばした。

ニナを狙っている。


「ゾイ!」と 朋樹が呼び、ニナの傍に立ったゾイが ニナを庇うように肩に片腕を回し、向かってくる首を掴んだ。


ぼと っと 鈍い音がして、地面に何かが転がる。


別の 首だ。


ルカが 落ちた首から、黒い十字架に視線を移す。


黒い十字架に磔になった身体から落ちている。

また 落ちた。

首の断面から 血が滲み出し、身体からも流れる。


「主 ジェズの御名みなもとに、なんじ エマに命ずる!」


ジェイドが、悪魔祓いを始める。

「その身を 土に塵に返し、霊は 天に返せ!」


「ファシエル、その首を俺に渡せ!

さっきは ココの首も、壁の外へ出た。

それにはもう、繋がる身体は無い」


ミカエルがゾイに命じる。

“繋がる身体が無い”?

じゃあ、あの 首無しの身体は... ?


... 『... マホアプリの名前は、“槙田マキタ 和哉カズヤ”』


誰かの声が、脳裏を横切る。


「泰河、下がるぜ。オレら、ジャマになるし」


ルカが オレの背中に手を回したが

オレは、少し先に転がる首の顔を見ていた。


どこかで...


「泰河」と、隣に ボティスまで立つ。

何か おかしい。


それでも 下がらされそうになり

地面の首から眼を離すと、吸い寄せられるように

一本の黒い十字架の身体のスニーカーに 視線が

止まった。

靴紐の色が 白じゃない。


「... リョウジ?」


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