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万象  作者: 桐崎浪漫
第一章 「狐」(泰河)
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「まず視えたのは、展望台だったわ」


今の時間は 20時くらいだ。

オレらは、沙耶ちゃんの店にいる。


結構寝たので 頭はすっきりし、疲れも割りと取れたが、部屋の冷蔵庫は ほぼ空っぽだった。

とにかく腹が減ったので、朋樹に迎えに来てもらって ここで飯を食い、今は食後のコーヒーを飲んでいる。


白いレンガの壁の店内には、明るいが眩しくはない照明の下に、様々な観葉植物の緑が よく映える。

いつもオレらが座るカウンターの奥には

この店に不似合いな手書きのボード

“占い、御祓い等承ります。どうぞお気軽に” ってやつが掛けてある。

不似合いなので、店に入れば 必ず目に入る。


沙耶ちゃん... 如月 沙耶夏は

一人で この占いカフェをやっている。


沙耶ちゃん、と呼んでいるが

たぶん 27歳のオレらより ちょっと年上。

華奢で小さく、幼い顔立ちのせいで

とてもそうは見えないが。


肩の上で揺れる柔らかなウェーブの毛先や

二重瞼の大きな眼、ナチュラルな色のグロス。

可憐、という言葉が似合う人だ。


沙耶ちゃんは視える人で、霊視も出来る。

朋樹も多少は出来るが、対象のごく限られたことだ。沙耶ちゃんは遠隔も出来、精度も高い。


「展望台って、大学の裏の山の?」


朋樹が 沙耶ちゃんに聞く。


今日 朋樹は、ユズハちゃんを沙耶ちゃんに紹介すると、ユズハちゃんを目撃したという人達の何人かに会って、その時の話を聞いていたようだ。

残念ながら たいした情報は得られなかったようだが、目撃されるユズハちゃんは、いつも同じ格好をしているらしい。


マリンボーダーの半袖シャツに、赤いミニスカート。白いサンダル。つまり、今と同じ格好で。

バッグなどの持ち物はなく、手ぶらだということだった。


沙耶ちゃんは、店が空いた時に ユズハちゃんを視ていたようで、今もカウンターには

オレ、朋樹、ユズハちゃんの順で座っていた。


「そう。その展望台の駐車場と森を挟んだ道路を渡って、ガードレールを越えるとね

山頂に向かう獣道があると思うの」


しかし、話に出てる展望台がある山って

昨日キャンプ場の山から見た 狐の嫁入りの...

あの赤オレンジの灯りの行列の山 だよな?


この界隈には大学は 一つしかないし、やっぱりその山のようだ。

あの山、この件とは別にも何かあるな。


「たぶん、そこに何かの手がかりがあるわ。

あとは塾ね。

生徒の子たちが着ている制服がバラバラだし、学校にしたら教室が小さいから 塾だと思う」


「塾の方は、どの塾に通ってたかを家族の人に聞いて、明日にでも行くかな」


て ことは、今日も また山か...

展望台がある方の。

朝、キャンプ場の山から帰って来たんだけどな。

ちょっとゲンナリする。


「沙耶ちゃん、他には何か視えた?

彼女たぶん、誰かに首を... 」


朋樹が聞いている途中に、沙耶ちゃんが遮って答えた。


「いいえ。私は、本人が知られたくないことは

無理に視たりしないの」


朋樹が 肩をすくめる。

朋樹の隣にいるユズハちゃんは俯いて、カウンターテーブルを見つめていた。


沙耶ちゃんが遮ったが、朋樹は多分また

被害者のユズハちゃんを気にかけないようなことを言おうとしたようだ。


誰かに殺害されたのなら、その時のことを聞けば依頼の解決も早いかもしれない。

だがユズハちゃんは、何かの理由で口を閉ざしている。


今までの朋樹の口ぶりから、ユズハちゃんは

どうやら誰かに首を絞められたようだ。

朋樹の霊視は、その人が見た場面が視えるようなこともあるようだが、追体験することが多い。

悪夢のような霊視の仕方だと、いつも思う。

被害者の視点であっても、加害者の視点であっても、本人と同じ視点で視る。


対して、沙耶ちゃんは第三者として視る。

被害者の視点にも加害者の視点にもならないらしい。


もし本人が その時のことを覚えていないのなら

沙耶ちゃんには、それがわかる。

記憶が途切れたところが視えるから。


ユズハちゃんは覚えていて、口を閉ざしている。

聞かれたくないことが何かあるんだ。

沙耶ちゃんは、本人が視られたくないと 意志を持って隠しているものは視ない。

占いや霊視をする上で、相手の心を尊重する。

ましてや、ユズハちゃんは若い女の子だ。

特に気を使う必要があるんじゃないかと思う。


それに、事件自体を解決するのはオレらの仕事じゃない。

依頼内容は、ユズハちゃんを捜すことだ。

そして周囲で見掛けられるという、もう一人の

実体を持ったユズハちゃんの調査。

もしそれが 事件解決にも繋がるとしても

ユズハちゃんが知られたくないことは、オレらが知る必要はない。


朋樹は、イヤなヤツではない。

どちらかと言えば 他人には親切な方だ。

でも、そういうことに気を回さない。

朋樹が沙耶ちゃんのように霊視が出来るのなら

何もかも視て、本人に確認するだろう。

例えばだが、“犯されて殺された?” とか

“拷問の仕方は... ” とか、本人に平気で聞く。

何より解決を早めることが相手にとっても良い と考える。考え方は正しいのかもしれないが...



沙耶ちゃんが、一度奥のキッチンに入って

フルーツのロールケーキをオレらに出してくれた。ユズハちゃんの前にも。


「朝作ったの、おいしいわよ」と

にっこり笑う。


沙耶ちゃんは、しょっちゅう こうして、サービスのデザートを出してくれる。

ロールケーキは、フルーツで クリームの甘味がさっぱりして美味かった。


ユズハちゃんは、おずおずとフォークに手を伸ばした。

すると、実際のフォークはそのままに

半透明のフォークが ユズハちゃんの指に持たれていた。


半透明のフォークで ロールケーキを切る。


実際のロールケーキに変化はないが

半透明のフォークの先には、同じく半透明の一口分のロールケーキがちゃんと乗っている。


ユズハちゃんは、ケーキを口にすると

美味しかったようで嬉しそうに笑う。


そして、泣いてしまった。



********



山でもどこでも行く、何度でも。


泣いてしまったユズハちゃんを見て そう思った。

笑顔は やっぱりかわいかったのに。


という訳で

寂れた展望台の駐車場に車を停めた。


しかし、人いねぇなぁ...


山といっても、丘に毛が生えたようなものだ。

たいして高さもなく、たいした眺望も望めないこともあって ガランとしている。


なんか、中途半端な造りなんだよな。

望遠鏡が三つ、ベンチが二つ、自動販売機が一つ。メインのはずのここより駐車場の方が広い。

眼下には夜景が見え、空には星も見えるが

ちゃんと観測とかするんだったら、キャンプ場の方がいいもんな...


手に清酒を持った朋樹とユズハちゃんと一緒に

目の前の道路を渡り、ガードレールの向こうの森の獣道を探す。

それはすぐに見つかった。


「あったぜ、これじゃねーの?」


幅50センチ程の木々の間を指し示す。

細い獣道には少し奥の方に、草が倒され折られた形跡がある。


「たぶん、これだな。じゃあ行くか」


ガードレールを越え、獣道に入る。


木や、枯れ草の下の湿った土の匂い。

秋の虫たちが鳴らす様々な音に混じり、どこかでフクロウが鳴いた。


「... おっ」


しばらく獣道を登ると、開けた場所に出た。


どうやら頂上付近のようで、周囲を森に囲まれ

ちょっとした広場くらいの広さがある。

木々の中に一本、楠の大木が目立つ。


けど...


「何もねぇな」


満月が近いので、月明かりでも十分に広場を見渡すことが出来た。

オレと朋樹はしばらく広場を見て回ったが、相変わらず虫の声がするだけだ。


ユズハちゃんが楠の大木の前に立ち、じっと見つめている。

それに気づいた朋樹が ユズハちゃんの隣に立ち、楠とその周囲を見つめる。


オレも近づいてみたが、特に変わったことはなく

ただ木々が並んでいるだけに見えるが...


朋樹は持ってきた清酒を開け、楠の根元に どばどばかけた後、残りを一口飲み

「お前も飲め」と、オレに瓶を渡す。

よくわからんが、言われたように 一口飲んだ。


次に 朋樹はしゃがんで、清酒が染みた楠の根元の土に指で記号か何かを書き、その指で 自分とオレの額にも同じ記号を書く。


短く呪を唱えると、二回 柏手を打った。


「右だ」


朋樹が指で示す方向を見ると、木々で埋まっていたはずの場所に まだ獣道が続いていた。

... 誰かが道を隠していた ということか?


再び、月明かりの下

楠の右隣に現れた獣道を進む。


緩い傾斜の道の脇に、苔むした小さな地蔵や何かの石像が並んでいたが

傾いたものや倒れたものもあり、手入れする人もいなくなった長い年月を感じた。


また少し木々が開けた場所に出た。

さっきの広場よりはずっと小さいが、どうやらこの山の頂上らしい。

古びて崩れかけた石碑や小さな祠がある。


石碑の裏は、来た道と同じような森で

今登って来た展望台がある方の反対側になるが

もう獣道は見当たらない。


その森の中の木々の間に、朋樹が入って行く。


後に続いて入ったが、苔で滑り、木の根に足を取られ、普通のスニーカーだと歩きづらいったらない。また登山用のやつ履いてくりゃよかった...


朋樹が立ち止まったので足元から視線を上げると

隣でユズハちゃんが前方を指差す。


そこには、後ろ向きのユズハちゃんがいた。

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