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「... 天におられる 私たちの父よ」
氷咲家の食事はいつも、母さんが祈ってから始まる。
母さんの祈りが終わるまで、父さんもオレもリンも、両手の指を組んで静かに俯き、食事に感謝する。
「... 私たちの日ごとの糧を、今日もお与えください」
オレもリンも 小さい時に洗礼はしているようだが、母さん以外は 普段は特に何もしていない。
普通に、盆には 墓参りに行って
正月は 御節や雑煮を食べる。
でも子供の頃から、母さんが祈る声は好きだった。無駄なものがなくて、きれいだから。
「... 私たちを誘惑におちいらせず
悪からお救いください アーメン」
「アーメン」
「じゃあ、いただきましょうか?」
「いただきまーす」
ここから母さんが 大皿の料理をみんなの皿に取り分ける。で、やっと手にグラスや箸を持つ。
こんな感じなので、実家にいた頃は
友達ん家に泊まりには行っても、泊まりに呼ぶことはなかった。
けど、家族や、こういうことに不満を感じたこともなかった。
父さんも母さんも、オレやリンの意志を出来るだけ尊重してくれるし
オレやリンも、自然と家族にそうする。
「... でね、今日はニイがイタリアに持って行く
トランクも買ってくれて」
いや、これは尊重 出来なくね?
オレが 皿のペンネから眼を上げると
父さんと母さんはそっぽを向いた。
「なあ、女の子なんだぜ? 海外とか早くねー?」
そっぽ向いたふたりに、かまわず言うと
「... だけど、母さんの故郷よ。
ロマーノのところに行くだけだし」とか
母さんが言う。
ロマーノというのは、母さんの兄さんだ。
つまり、オレらの叔父さん。
叔父さんは、アメリカ人の奥さんがいて
オレと同じ歳の 双子の子供がいる。
「ルカ、お前もアリゾナに行ったじゃないか。
半年は長かったぞ。
父さん達は、おまえのいないクリスマスと正月を過ごしたんだ」
父さんも言うが
「オレは男で ハタチだったし。
リンはまだ17だぜ? 高校2年で... 」
「でも私、その頃のニイより
精神的には大人だもん」
あっ、こいつ...
サラダのチーズを口にしながら、さらっとリンが口を挟んだ。父さんも母さんも頷いている。
「二週間、サマースクールに行くだけよ。
私、鞄と靴に興味があるの」
「だから、高校出てからでいいだろ?」
「今行きたいのっ!
ニイなんかアリゾナまで行って、ルチと遊んでただけじゃん!」
うわぁ、ムカつくぅ...
なんて言ってやろうかと考えてたら
呼ばれたと勘違いした琉地が リンの隣に座り
リンが その頭を撫でる。
父さんや母さんには白い靄にしか見えねーけど
リンには琉地が見えるんだよな...
「とにかく、なんかあったら
イタリアまで行くからよ!」
「なんかあったかなんて、日本から見えないじゃん」
オレは カッカして
もう最後まで無言で飯食った。
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実家の二階。
今もあるオレの部屋で、従兄弟のジェイドと
ネット通話で話をする。
『... ルカ。
竜胆も もう、そんなに小さくはないんだよ』
「えっ、何?
おまえまで そんなこと言うわけ?」
スマホの画面の向こうは昼過ぎだ。
ジェイドはイタリアにいる。
あっ、リンドウというのはリンのこと。
氷咲 竜胆 と
字面は男みたいだが、花の名前だ。
休日だというのに
ジェイドは神父な格好をしている。
まあ、神父なんだけどさ。
ジェイドは神学校を出て、教会に入り
そこからの推薦でバチカンへ。
エクソシストの養成講座を受けて、また教会に戻っていた。
格好のことを聞くと
『午前中はミサだったんだ』と言っていた。
ふうん、忙しそうだな...
いや、それはともかく。
「ジェイド、おまえも実家に いねーんだろ?
叔父さんも仕事があるだろうし
リンは 誰が送り迎えするんだよ?」
ジェイドは、ふう とかため息ついてから
まあまあ... と、オレを宥める。
アッシュブロンドの髪の下の ブラウンの眼は
母さんやリンより薄い色をしている。
『うちの母さんも いるんだし
ヒスイも竜胆がうちに来るなら、その間は実家から仕事に通う って言ってたから大丈夫だよ。
僕も もちろん、竜胆に会いに
教会に休みをもらって 実家に戻るしね』
うん、そうか...
ジェイドの話を聞いて
ちょっと落ち着いてきた。
『それに竜胆が通うサマースクールは、ヒスイの会社が主催してるんだ。
だから、うちからスクールまでは
ヒスイが 一緒だよ』
ヒスイ、というのは
ジェイドの双子の妹だ。
二卵性の双子で、背格好はもちろん違うが
顔は よく似ている。
ジェイドは、男にしては 甘い顔をしていて
ヒスイは、女にしては クールな顔立ちだ。
ヒスイの名付け親は、うちの父さん。
ジェイドの名は、ジェイドのアメリカのじいさんが付けた。どちらも翡翠石の意味。
ヒスイは イタリアで鞄と靴のデザインと製作をしている。リンは ヒスイに憧れているらしい。
『竜胆がうちに来ても、こうやって顔を見て話せるじゃないか。毎日 話せばいい』
「うん、そうだよなぁ」
『おまえも いつかおいで。
そんなに忙しくなさそうだし』
「ああ、忙しくねーよ。
そのうち行くわ、父さんも母さんも連れてな」
気分が いくらか落ち着いて、通話を終えてから気づいた。
見た目は違うが、リンの遠距離のカレシは
ジェイドと似たとこがある。
何ヵ国語も話せるとことか
なんか、ちょっとやんわりしたとことか。
親と似た人を好きになる、とか聞いたことあるが
無意識などこかで、近くにいるヤツに憧れる部分があんのかねえ。
それがジェイドであって、オレじゃないとこが
いささか疑問ではあるけども。
一階から
「ルカ、拗ねてないで降りて来なさいよ」と
母さんの声。
そうだ。オレが「今日は泊まってく」って
言ったら、夜は なんか映画観よう って言ってたな。
「うーい」と返事して、リビングへ行くと
一人掛けのソファーに父さん
L字のソファーには、母さん、リン、琉地が座っていたので、琉地の隣に座る。
オレが座ると、父さんがリモコンの再生ボタンを押した。今夜はリンと母さんが好きな、海外のアニメ映画を観るようだ。
「土産、買って来いよ」
テレビ画面見ながら言うと
「お小遣い くれたらね」とリンが笑った。




