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「ならぬ。生者と死者は会えぬのだ」
幽世にて 月詠尊は
「分かり切っておることであろう」と
ため息をつく。
「俺の母神を知っておろう。
死は穢れ。現世ではな」
柚葉が、ここにおるのは
月詠尊の父神の情けによる。
「母神は、父神の前に
どのような姿で現れた?
父神は逃げ帰り、身を禊いだのだぞ」
月詠尊の父神、伊弉諾尊が
冥府は黄泉国へ迎えに降りた折り
母神、伊弉冉尊は
身体を腐らせ、蛆が湧いておったという。
「それが現世での柚葉の姿となる。
柚葉は、現世を旅立つ際
父母や風夏に別れを告げただろう?
未練はない。自ら現世へ行く理由もない。
今、無理に現世に行くのなら
風夏の執着に引かれて行く、ということに
なるのだからな」
生者の執着が、死者を朽ちた身から離さぬ。
自ら進んで現世に出る訳でなく
生者の執着に引かれて現世に出るのなら
その幻影の身も、死した姿のままとして出る。
「いつか会えるのだ。
そのために柚葉はここで待っておる。
風夏も柚葉も、酷な目に合わせるな」
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「いよいよ人化かしじゃ」
欠け始めた月の明かりの下で、玄翁が言う。
「物化けは、惜しくも狸の勝利であったが
人化かしは儂等の十八番であるのう」
分かっておろうの という含みに
参加者の蓬と羊歯がゴクリと喉を鳴らす。
物化けは、あの後どちらも動かず
狸軍は、エアコン狸と椅子狸二脚
我等狐軍はテーブル狐二台で
店の閉店を迎えた。
残った人数により 我等狐軍の敗北であった。
「なんかさ、玄翁 いつもと違うよな」
「いつもは和に見えるのに、熱気を感じるな」
泰河と朋樹がぼそぼそと話しておる。
「では、会場となる
心霊スポットとやらに向かうが... 」
「おお、いかん!」
話の途中で蓬がハッとして大きな声を出した。
「俺は人里に降りれぬ!
人の子に憑いた際、祓い屋に誓わされたのだ!」
そうじゃ、蓬は藤に幻惑され
フラフラと憑いたのだったのう...
「ああ、なんかそんなこと言ってたよな」
「里にも幻惑されたまま帰って来てたもんな」
蓬は、その祓い屋に
また会うことがあれば、犬に喰わせると
狼顔の霊獣のような犬をけしかけられ
匂いを覚えられたようじゃ。
「あれは、五の山の御犬様の元におる者ではない!
我等霊獣とも違うのだ。
実体が無いが有り、顔は狼、身体は犬
いや、身体も狼かも知れぬ。
尾は我等のような尾であった!」
限りなく狼であるが、どうにも何か違うという。
「へぇ、何だろな」
「式鬼でも狗神でもないみたいだな」
泰河や朋樹は大して気に懸からぬようだが
我等狐にとっては、由々しき問題じゃ。
「その狼犬は大変に脅威であるが
現在 目の前には、人化かしが迫っておる」
蓬は、かなりの術の腕を持つ。
人化かしは、人を驚かさねばならぬ故
ようやく一人で人化けが出来るようになったような、野狐では務まらぬ。
だが仙狐の中にも、羊歯以外には
蓬に並ぶ術使いもおらぬ。
この間の白尾の一件以来、皆
術や武の稽古にも身を入れるようにはなったが
これまでを ちぃと
のんびり過ごしすぎたのう。
はて、どうするか と考えるが
儂も出れぬのう。
玄翁は難しい顔でむっつりと黙っておる。
「このままでは一人棄権となる。
そうなると、我等狐の敗けは濃厚となるぞ」
「真白爺が喜べば、また玄翁が... 」
「それだけは避けねばならぬ」
「この際、化けれる者なら良いではないか」
「先の鉢を忘れたか? 似たようなことになるぞ。化けれても驚かせなくては意味はない」
「おお、そうじゃ。また負けたとあれば
玄翁が相手方に “猿に謝れ” などと言い出すぞ」
皆もう、勝ち負けではないのう。
頭を突き合わせて話しておるが、良い案も浮かばぬ。
「俺が出よう」
そう申したのは浅黄であった。
「お前は耳も隠せぬではないか」
羊歯が言うが
「人化けならな。だが人に化ける技を競うのではなく、驚かせれば良いのだろう?」と
浅黄は答えた。
「良いか? 玄翁」
浅黄が聞くと、玄翁は
「ふむ。やってみると良い」と
いつもの調子に戻り、ニコリと笑うた。
浅黄が、苦手とする術に
自ら挑戦するのが嬉しいようじゃの。
「じゃあさ、オレら先に廃墟に車で行って
現在地情報をスマホに送るから
浅黄に見てもらって、狸たちも連れて来てくれ」
「廃墟近くでは人化けするんだぜ。
狐や狸姿だと、肝試しの連中の目につくからさ」
泰河と朋樹が「浅黄、頼むぜ」
「スマホ使えるの、おまえだけだもんな」と
浅黄に軽く手を上げ 車に乗り込むと
浅黄も「うむ、連れて参る」と
嬉しそうに軽く手を上げた。
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泰河と朋樹が指定した廃墟周辺には
深夜になろうというのに、ちらほら人がおる。
儂等も狸等も、審査の鼬も
人化けして先へ進む。
あまりに大人数という訳にも行かぬので
見学の者は、狐は玄翁と儂と慶空
狸は真白爺と護衛が二名のみじゃ。
場所は二山、蛇神の山の山裾。
山裾の舗装された道路から、分かれておる
舗装の無い方の道を進むと
天を覆うように枝を伸ばす
道の両脇の木々の間に、鬱蒼と草が繁り
片側が外れた大きな鉄柵の門がある。
泰河と朋樹は、その門の前におった。
「よう。廃墟はこの中だ」
門の中に入ると、それは大きな洋館跡で
広い前庭と、煉瓦に蔦の這う二階建ての洋館は
窓が割れ、入り口の扉は失われており
ぽっかりと口を開けておるように見える。
裏の森には池があり、そちらの方にも
肝試しに来た者共が ようおるらしい。
「しかし、人が多いのう」
人化けしたとて狸顔、太鼓腹の真白爺が言う。
「有名なんだよ、ここ。
先週もネットに記事が載ったし」と
泰河が言うと、朋樹も
「実際 出るんだよな。人に憑いたヤツ祓って
何度か洋館自体にも祓いに来てんだけど
またすぐ霊が集まって来んだよ」と
ため息を吐いておる。
「じゃあ、人化かしのヤツは好きな場所選んで
配置に着いた方がいいぜ」
「そうだな。明け方になると
さすがに人も少なくなるしな」
人化かしをする者と審査の鼬が
それぞれ一名ずつ、二名一組となり
狐二組、狸二組が
各々《おのおの》 前庭の隅の茂みや洋館の中
裏の森の池へと散る。
「まずは我等 狸からいくか」
狸の一名が向かった洋館の裏へ
泰河や朋樹も連れ立ち、皆で向かう。
周りの人等のように、儂等も
肝試しに来たように見えるのかのう。
まさか狐や狸だとは思うまい。
そう考えると、これもまた楽しいのう。
人と見える者であっても
気を緩し過ぎぬ方が良い。
このように儂等が紛れておるかも知れぬ故。
洋館の裏の茂みには、人化かし狸が潜んでおるが
池の近くには羊歯も潜んでおった。
まず、狸軍からというので
儂等は少し離れた場所で見学することとした。
他に肝試しに来ておる者共が、儂等に眼をやり
「ジイさんがいるぜ」
「孫と肝試しかよ」と、話しておる。
儂等は、ちぃと目立つようじゃのう。
だが、その者等が、狸の潜む茂みに近付いた時
茂みを割って珍妙な物が飛び出した。
人の子程の背丈の瓢箪じゃ。
二本足が付いておる。
これは泰河も朋樹も無言じゃのう。
「うわっ、何だこれ?!」
ふむ。一応 飛びずさったのう。驚いておる。
「... これ、UMAじゃね?」
む? ユーマとは?
「すげぇ! 捕まえようぜ!」
瓢箪狸は男二人に捕らえられそうになり
茂みに二本足で駆けて逃げる。
「おい ヒョーターン!」
「待てやー!」
男等も茂みに消えた。
真白爺が舌打ちをし、玄翁がニヤリと笑う。
「おお、池には羊歯がおるのう。
玄翁、次は我等 狐の番じゃ」
玄翁の片腕を、儂が しっかと取り
儂と逆の側には慶空が着く。
取っ組み合いは回避出来た。
「おっ、羊歯は池の中にいるみたいだぜ」
泰河の声に、儂等も池をよく見ると
羊歯はどうやら池の中心におるようじゃ。
我等狐は狩りの際
池の水の中で草などを頭に被って身を隠し
水を飲みに参った他の小動物を狩ることがある。
肝試しに来ておる三人組の男等が
池の縁で「何もいねーなぁ」などと
多少強がるかのように、話しておった。
ぶくぶく と、池の中心から
あぶくが上がる。
「何だ、今の」
「魚か何かじゃねぇの?」
「あ、ほら、なんかのガスとか... 」
怖々と話しておるが、肝試しに来ておって
何か起こると “気のせい” じゃとするとは。
だが、水の中に潜むのは羊歯であるので
気のせいのはずもなく、あぶくの場所から
黒く丸い頭が半分、水の上に出る。
「あれ... 」
三人組は池の中心の羊歯の頭を注視しておる。
眼が離せぬようじゃのう。
羊歯がゆっくりと池の中から
顔の下、首、肩や胸を出す。
顔も何も見えぬ、ぬるりとした真っ黒な人じゃ。
真白爺が「昔からこれだ。変わらぬのう」と
見くびっておるが、玄翁は素知らぬ顔じゃ。
羊歯がカッと眼を開くと
三人組に、その眼を止めた。
耳まで裂けた口の端を くううっと
ぎこちなく吊り上げ、人の白い歯を見せる。
「あ... 」
ふむ。驚いておる。
三人共が白い顔となりガタガタと震え
卒倒しそうじゃのう。
羊歯が水の中を三人に向かって歩み出すと
三人は「ああーっ!!」だの
「来るなぁーっ!!」だの叫んで逃げ出した。
「気持ち悪ぃ... 」
「あれ相手の仕事はしたくねぇな」
泰河や朋樹も言うと、真白爺は口を一文字に閉じ、玄翁は
「使い古した手であろうと
相手方の人間は、化かされたことのない
新しい者故。
さて、判定を聞こうかのう」と明るい顔で笑う。
森で人間をまいて戻った瓢箪狸と
池から上がった羊歯を前に
人化けした二人の鼬が短く協議し
案の定、羊歯に軍配が上がった。




