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明日また来る、という桃太が
やはり ふぐりで神社から飛び去ると
儂と浅黄は、泰河の家へ向かう。
泰河はマンションという
鉄とコンクリイトの建物に住んでおる。
儂らの山には及ばぬが、そこそこに高い。
「泰河は部屋におるかのう」
儂が言うと、浅黄は洋装の尻ポケットから
スマホンを取り出した。
「榊、これは持ち歩く物だ」
ふむ、そうじゃな...
泰河や朋樹は、いつも持っておる。
娘に鞄を作ってもらわねば。
浅黄は、慣れた手付きでスマホンを操作する。
黒いニットに濃紺のジインズ。黒きブーツを履き
狐耳を隠すため、黒い帽子も被っておるが
なかなかに似合うておる。
「どうやら泰河は、部屋におるようだ」
浅黄が手のスマホンを見ながら言うが
「それを見るだけで、何故わかるのじゃ」
儂が聞くと、なんと
文字をやり取り出来るという。
浅黄は時折、泰河や朋樹と
このように文字で話をしておるらしい。
なんと...
このような小さな機械でも
これ程に精密な造りであれば
物化けは、さぞ難題になろうのう。
泰河のマンションに着くと、裏へ回り
狐の姿で六階まで跳ねて駆け上がる。
空いた窓から「泰河よ」と呼ぶと
ソファーに座り、テレビを観ていた泰河は
「よう」と、軽く片手を上げた。
「座れよ。飲み物持って来るぜ。
コーヒーでいいか?」
「ふむ」と、人化けすると
ベランダに靴を脱いで部屋に上がり
浅黄と並んでソファーに座る。
「おお、これがテレビか... 」
浅黄はテレビを食い入るように見ておる。
スマホンで様々な情報を取り入れておるが
実物を見るのは初めてであるからのう。
テーブルにコーヒーが三つ出され
泰河が何やらの袋も開ける。
すなっく菓子であるらしい。
「浅黄」
泰河が浅黄に、小さな鍵の様な物を渡す。
「これは何であろう?」
手のひらにそれを乗せた浅黄が問うと
「自転車の鍵だ」と、泰河が言い
浅黄の顔が輝いた。
「やるよ。オレ もう乗らねぇし。
自転車乗ってみたかったんだろ?」
「良いのか?!」
「おう、後で空気入れもやるよ」
文字にて、そのような交流を持っておったか。
ふむ。浅黄に良い刺激となっておるようじゃ。
里では なかなか
このような表情は見ぬからのう。
部屋の呼び鈴が鳴り、朋樹が入って来た。
「おっ、今日は二人共洋装だな」
持っておるビニール袋からは
稲荷寿司や唐揚げの匂いがする。
うむ。勿論、鯵の一夜干しもある。
朋樹がそれらをテーブルに広げ
泰河が朋樹に珈琲を渡すと
浅黄が玄翁の書状を二人に渡した。
「化合戦?!」
「すげぇ!! おもしろそうじゃねぇか!」
「おお、そうであろう?!」
一夜干しを片手に言うと
「へえ... 種目は3種目。榊は何に出るんだ?
人化かしか?」と、泰河が聞く。
はたと黙ると、浅黄が
「榊は参加出来んのだ。空狐になった故」と
説明を始めた。
「ああ、マジかぁ...
けど仕方ねぇよなぁ。決まりみたいだし」
「まあ、いいじゃねぇか。一緒に見学しようぜ。
榊はもう、指導する側なんだよ」
泰河や朋樹が口々に言うが、儂は黙って
一夜干しの尾まで食し、唐揚げに手を伸ばす。
儂は、そこそこに術に長けてはおるが
教えるのは不得手である故。
「人化かしは、もう場所の予定はあるのか?
人がたくさんいた方がいいなら
しょっちゅう仕事が入る廃墟があるぜ」
「ああ、裏に池がある所な。
本物が出たら、オレらがフォローするしさ」
むう... 此処でも こうなるか...
「物化けは?」
「個人宅じゃなくてさ、いっそどこかの
会社とか、店とかがいいんじゃね?」
ふん。
盛り上がっておれば良い。
稲荷寿司を黙々と食べておると、朋樹が儂に
「あっ。榊、食べ物足りたのか?」と聞くが
あっ とは何じゃ。
憮然としたまま首を横に振ると
「ウインナー食うか?」と
泰河がソファーを立ち
朋樹は宅配のピザを注文する。
「榊、先程の娘のことを
二人に話した方が良いのではないか?」
浅黄がサンドイッチとやらを手に取って言う。
「ふむ、風夏のことか」
儂も、ハムという桜色の具材を挟んだサンドイッチを一つ取り、神社での話を二人に聞かせた。
「うーん... それはなぁ... 」
ウインナーとやらの皿を出す泰河が
難しい顔をする。
「どうすることも出来んぜ。
柚葉ちゃんは、もう現世の者じゃない。
とにかく降霊は止めさせた方がいいな」
朋樹も言うが
そのようなことは十二分にわかっておる。
気が利くようで、デリカシィのない奴よの。
ウインナーを噛むと、ぷち と口の中で
小さく身が弾け、じゅわ と旨味の汁が出る。
むうう、やりおるのう...
「しかもさ、風夏ちゃんだっけ?
たぶん難しい年頃だよな。中学生だろ」
泰河もウインナーを摘まんで言うが
風夏は まだまだ、童であるがのう。
「オレら、たぶん好かれてはいないしな。
いや嫌われてもいないかもしれんけど
風夏ちゃんからすれば、姉ちゃんが
亡くなった事を報告に来たヤツらだからな。
会っても気まずいぜ。お互いさ」
それは 一理あろう。
泰河や朋樹の顔を見れば、風夏は胸に
その時の衝撃や痛みを想い起こしてしまう。
「まあ、榊とさ、その桃太って狸が
話を聞いてやるのはいいんじゃねぇの?
多分その子の家も、全員がまだ大変なんだろ。
そういう時って、なんかさ
足が地に着いてねぇんだよな。
起きて朝日とか見ると つらいしさ」
泰河が言うて
鳴った呼び鈴の応対に、戸口へ向かう。
「でもな、無責任なことはするなよ」
朋樹は儂をじっと見て言う。
「榊は柚葉ちゃんじゃない。
榊が風夏ちゃんと長くいるのは
風夏ちゃんには残酷なことかもしれんぜ」
********
昨夜はあれから、ピザを食し
せっかく浅黄が里に来たのだから、と
映画を観に行った。
大変に大きな画面に、大きな音で
浅黄はポップコーンと炭酸飲料を持ち
笑ったり泣いたりと忙しくしておったが
儂は映画の内容も、ポップコーンの味も
ようわからなんだ。
昼間の神社での事を考えておった。
風夏に関わるのは
身勝手なことであったかもしれんのう。
柚葉にしても同じことではあったが
風夏には、この先も現世での人生がある。
「榊さん、どうしたの?
今日は昨日より、お話しないね」
「む? そのようなことはない。
今日は風夏の話を聞いておるのじゃ」
だが儂は、今日も神社におる。
風夏は、儂と桃太に
チョコチップクッキィとやらを振る舞った。
小さくても、チョコという物は痺れるように甘く
何やらの香辛料が鼻を抜ける。
「お姉ちゃんね、小さい頃にケンカして
私が泣いても 最初は知らん顔してるんだけど
少し経ったら、必ず私の顔をティッシュで拭いてくれてね... 」
風夏は、柚葉の隣で
いつも柚葉を見上げて
育ってきたのであろうのう。
風夏の話は尽きぬ。
桃太は話に頷きながら
時折、五十音の紙の上に小銭を滑らし
クッキィを齧っておるが
どういった様に考えておるものか...
今日も風夏に飲み物を買いに行かせ、桃太に
どうするのじゃ、と聞いた。
「榊、お前は空狐であろう。
人神様と話せようよ」
「そういったことでは... 」
儂は命を聞くだけである故、と言い掛け
こ奴に “要は人神様の小間使い” と言われたのを
思い出し、口をつぐむ。
「風夏を、姉の柚葉と会わせられぬのか?
突然の別れであったのが、良うなかったのではないか?
しかも他の者に命を奪われたとは...
傷も深かろう。
姉に直接に別れを告げることが出来れば
風夏も心持ちが変わるかもしれぬ」




